تسجيل الدخول絵麻は、也哉子の言葉を静かに聞き続けていた。何も言わなかった。やがて也哉子が話し終え、期待に満ちた眼差しで彼女を見つめると、絵麻はようやく口を開いた。「以前のことを、私は許すつもりはありません。でも、これ以上恨み続けるつもりもありません。私には、私自身の人生があります。もう、こんなことに時間を無駄にしたくないんです」その言葉を聞いた也哉子は、しばらく沈黙し、やがて長いため息をつくと、鞄から1冊の日記帳を取り出した。絵麻はひと目でそれと分かった。それは、彼女と清輔が付き合い始めたばかりの頃、バイト代で買って彼に贈った、最初のプレゼントだった。あのとき、清輔はひどく感激した様子で、この日記帳を大切に使い、ふたりの思い出をひとつひとつ書き綴っていくと言った。いつか、ふたりの子供にそれを見せてやるのだと。子供たちに、自分たちの父と母がどれほど深く愛し合っていたかを伝えるために。「あなたがいなくなってから、清輔はすっかり変わってしまったの。毎日、この日記に何かを書いていたわ。何を書いていたのか、私も読んではいないけれど……あなたを迎えに行った日、連れて帰れたら、これをあなたに見せるつもりだと言っていたの。今のあの子には、もう自分で渡すこともできないから……勝手だとは思ったけれど、私が持ってきたの。よかったら、一度だけでも読んであげて」そう言うと、也哉子は席を立ち、先に清輔の病室へと入っていった。絵麻は椅子に座ったまま、膝の上の日記帳をじっと見つめていた。どれほどの時間が経っただろう。彼女はようやく手を伸ばし、ゆっくりと、その端が変色した日記帳を開いた。【2020年5月1日。今日、絵麻と正式に付き合い始めた。この日記帳も、彼女がくれた最初のプレゼントだ。とても嬉しい。そして胸が高鳴っている。この日記帳を大切にする。彼女のことも大切にする。絶対に、彼女を裏切らない】それから3年、清輔は言葉通りにその約束を守った。以後3年間、この日記帳には彼女への深い愛情ばかりが綴られていた。小さな1輪の薔薇から、夜空いっぱいに広がる花火まで。だがその愛情の記録は、ふたりが駆け落ちしたあの日を境に、ぷつりと途絶えていた。【2023年9月11日。両親がこの関係にひどく反対していることは知っていた。だが、自殺をちらつかせるほどまで
まもなく、清輔と絵麻はヘリコプターで最寄りの病院へと搬送された。着陸と同時に、医療スタッフは清輔をストレッチャーに乗せ、足早に手術室へと運んでいった。扉が閉まり、手術の同意書など、必要な書類に署名する。絵麻は朦朧とした頭で、医師の指示に従って手続きを済ませた。それが終わった途端、もう限界だった。目の前が暗くなり、その場に崩れ落ちた。「大変、誰か来て!ここに倒れた人が!」絵麻が再び目を覚ましたのは、1日後のことだった。看護師の話によれば、清輔の手術は成功し、すでに病室に戻っているという。だが出血が多かったため、いつ目を覚ますかは誰にも分からなかった。明日にも目を覚ますかもしれないし、二度と目を覚まさないかもしれない。その宣告は、絵麻の胸に重くのしかかった。彼は自分を救ってくれたのだ。見舞いに行くのが道理だろう。病室の扉を開けた瞬間、鼻を突く消毒液の匂いが漂ってきた。彼女はしばらくその場に立ち尽くし、それから中へと足を踏み入れ、最後には清輔のベッドの傍らに腰を下ろした。彼女が意識を取り戻した直後、あの児童を一緒に救った男性教師が、その子を連れて謝罪に来ていた。土石流があまりに突然だったこと、祖父母がうっかりその子のおもちゃを持ち出すのを忘れてしまったこと。それに気づいた子供は慌てふためき、学校を抜け出し、ひとりで家に戻ってしまったのだという。だがまさか自分のせいで、危うくふたりの命を危険にさらすことになるとは思ってもいなかった。その子は後で、祖父母から厳しく叱られたそうだ。男性教師はまた、この一件を受けて校長が安全教育を強化し、その子にも改めて安全指導を受けさせることになったと語った。災害時には、何よりも命を優先しなければならないと、しっかり理解させるために。絵麻は何も言わず、拾い出したおもちゃをその子に返し、二度とこんな危険なことをしないようにと言い聞かせてから、男性教師に連れて帰ってもらった。児童は、こうして無事に保護された。ただひとつ、目の前の清輔が依然として目を覚まさないことだけが、絵麻の胸に重く残っていた。眠り続ける彼の姿を見つめながら、絵麻は自分でも何を感じているのか、うまく言葉にできずにいた。男性教師は帰り際、清輔と道中で出会った経緯を教えてくれた。清輔は彼らが児童を捜索していることを知り、慌てて後を
絵麻はその子の腕の中に、たくさんのおもちゃが抱えられているのに気づいた。足元にも、まだいくつも積まれている。ふと、この子の母親が早くに亡くなり、それらが亡き母親の残した、かけがえのない形見なのだと思い出した。絵麻はその場で決めた。男性教師には先に子供を連れて学校へ戻ってもらい、自分は後から追いつくと告げた。子供には、このおもちゃを全部学校に持ち帰ってあげると約束した。男性教師が子供を抱えて立ち去った後、絵麻は素早く大きな袋を手に取り、おもちゃを次々と詰め込んでいった。それを担ぎ上げて出ようとした、その瞬間。土石流が窓を突き破った!時間が凍りついた。息の根を止めるような恐怖が、絵麻の全身を締め上げる。視界に映るのは、濁り、粘つき、折れた木や砕けた石を巻き込んだ土石流だけだった。それは咆哮を上げながら窓枠を越え、まるで地獄の口が開いたかのようだった。むせ返るような生臭い土の匂いが一瞬にして鼻腔を満たし、絵麻の呼吸を完全に奪った。頭の中は真っ白になり、膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。ただ、迫りくる死の波を、まっすぐに見つめることしかできなかった。そのとき。迫りくる濁流の轟音を切り裂いて、ひとつの人影が絵麻に向かって飛び込んできた!絵麻は目を大きく見開いた。清輔。どうして、彼がここに!?絵麻は、清輔が部屋へ飛び込み、燃えるような眼差しで瞬時に隅にいる自分を捉えるのを見た。彼は余計な言葉をひとつも発することなく、そのまま身をかがめ、肩を絵麻の腹部に押し当てたかと思うと、渾身の力で彼女の体を一気に持ち上げ、自身の肩へと担ぎ上げた。清輔は彼女を担いだまま、唯一の逃げ道である裏山の斜面へと通じる木の扉に向かって、全身の力を込めてぶつかっていった。だが、この家では家畜が逃げ出さないようにと、扉の裏側にわざわざ木製の閂を取りつけ、扉と壁をがっちりと固定していた。唯一の退路は無情にも絶たれ、背後には死の濁流が迫っている。そのとき、鈍く耳障りな、何かが裂ける音が響き渡った。続いて清輔の体が激しく震え、固く食いしばった歯の間から、極限まで押し殺した呻き声が漏れた。絵麻は全身を硬直させ、恐怖に駆られて下を見た。心臓が瞬時に凍りつく。扉が破られた瞬間、その中から突き出た木の破片が、まるで槍のように、清輔の右の脇腹深くへと突き刺さ
なぜ、絵麻を探しに来たのか。それは、清輔がどうしても確かめたいことがあったからだ。なぜ突然自分を置いて去ったのか。なぜ何も告げずに姿を消したのか。なぜ自分に探させようとしなかったのか。そして何より。彼女は今も、自分を愛しているのかどうか。だが、それらの言葉は、いざ口にしようとすると、どうしても出てこなかった。長い沈黙の末、清輔はようやくこう告げた。「君を、家に連れて帰りたい」清輔は、知夏の本性がどのように明らかになったか、そして彼女や子供のことにどう決着をつけたのかを語った。両親がどれほど後悔しているかを語った。この数ヶ月、彼女を探し続けてどれほど狂おしく、どれほど追い詰められていたかを語った。絵麻は手にしたスマホを強く握りしめ、全身の震えを必死に抑え込んだ。それは痛快さでも、悲しみでもなかった。あまりにも遅れて届いた真実が、かさぶたの張った傷を突然引き裂き、その下にある、決して癒えることのなかった膿んだ傷口を無理やりこじ開けるような感覚だった。遅すぎた。すべてが、もう遅すぎたのだ。彼女はもう、真実が明るみに出ることを必要とする段階を、とうに通り過ぎていた。清輔の償いも、後悔の言葉も、もう必要としていなかった。「清輔、私はあなたと一緒には帰れない。私たちはもう、昔には戻れないの。あなたがご両親に逆らいきれなかったことも、知夏との間に子供ができたことも、それ自体を責めるつもりはない。でもあなたは、別の女性と家庭を築きながら、私には叶えるつもりもない約束をし続けた。そうやって1年、また1年と、私をあなたのそばに縛りつけて、私の時間を奪ったの。あなたと彼女が寄り添っている姿を見るたびに、ずっと思ってた。もしかしたら、後から割り込んでいるのは私のほうなんじゃないかって」「違う、絵麻。君はそんな存在じゃない。俺が一番愛しているのは君だ」清輔は何度も否定し、思わず彼女の手を取ろうとした。だが絵麻は、触れられる前にそっと身を引いた。「でも、周りから見ればそうなのよ。あなたは彼女との間に子供をもうけ、夫婦同然に暮らしてきた。婚姻届を出していなかっただけで、あなたたちはもう家族だった。誰が見たって、あなたと彼女のほうが夫婦に見えるわ」絵麻は清輔をまっすぐ見つめた。「それなのに、どうして今さら私を捜
その瞬間、清輔の目に、鈍い痛みの色が滲んだ。視察も交渉も滞りなく進み、夏山グループはその場で、来月から毎年2000万円をこの学校に助成することを決定した。条件は、進学を希望するすべての生徒を、大学へ進学させること。4年制大学、短期大学を問わない。もし3年連続で、やむを得ない事情もなく中途退学する生徒が出た場合、または進学率が低下した場合は、夏山グループは即座にすべての助成を打ち切る。契約は滞りなく締結され、校長と同行の教師たちは、学校に新しく建てられた食堂へと、彼らを熱心に招いた。道すがら、清輔は何度も話を切り出しかけては飲み込んでいたが、最終的には校長のほうが先に口を開いた。「夏山さん、あなたは絵麻のことを私に尋ねたいのでしょう?」清輔の目が、たちまち輝いた。だが清輔が口を開くより先に、校長は続けた。「絵麻からあなたのことは聞いています。彼女が今どこにいるかも、私は知っています。でも、彼女はあなたに会うつもりはありませんよ」清輔の指が、痙攣したように固く握りしめられた。爪が掌の柔らかな皮膚に深く食い込み、鋭い痛みが走ったが、それでも胸の奥を抉る、あの骨の髄まで蝕むような痛みを和らげることはできなかった。かつて母が言ったのと、まったく同じ言葉だった。なぜ彼女は自分に会おうとしないのか。あんなにも自分を愛していたはずなのに。校長はまるで清輔の疑問を見透かしたかのように、遥か遠くに雲に煙る山の峰を眺めながら、昔を振り返り始めた。「絵麻は幼くして両親を亡くし、私が引き取って育てました。私は学校のことでいつも手一杯で、余裕がなかったのですが、絵麻はとても聞き分けのいい子で、駄々をこねるどころか、進んで私の手伝いをしてくれて……」校長の声は、遠い場所から響いてくるようだった。清輔の目の前には、小さな影が浮かび上がる。校長の後ろについて、けなげに、自分にできることをこなしていく幼い少女の姿が。「そんな環境の中で育ったからこそ、絵麻には強く、簡単には折れない心が備わったのです。何をされても、彼女を打ちのめすことはできません。誰にも彼女を追い出すことはできない。彼女が自分から離れていくとしたら、それは何かに深く失望したときだけです。あなたはきっと、そうさせるようなことをしたのでしょうね」絵麻は校長にふたりのことを詳しく話しては
鍋を囲んだ後、皆はそれぞれ片付けを済ませて散っていった。絵麻が自分の部屋へ戻ろうとしたとき、校長が背後から声をかけた。「絵麻、話があるの」しばらくして、絵麻は校長と腕を組みながら、校庭の隅にあるベンチに並んで座った。「絵麻、視察には本当に出ないの?」校長の声には、惜しむような響きがあった。彼女は絵麻を我が子のように手塩にかけて育て上げ、この子がどれほどの汗と涙を流して、この離島を出ていったかをよく知っていた。ようやくこの離島を出た彼女が、今こうしてこの学校のために戻ってきて、しかも住民票まで島に戻してしまった。もう一度出ていくとなれば、今度はずっと難しくなるだろう。だからこそ、夏山グループの担当者が視察に訪れると知ったとき、校長は大いに喜んだ。視察に同行させる職員を選ぶ段になって、真っ先に思い浮かべたのも絵麻だった。絵麻は仕事もでき、人当たりもいい。視察に来た関係者の目に留まれば、声をかけられ、いずれ本土でもっと条件の良い仕事に就けるかもしれない。彼女はまだ若い。この小さな島だけにとどまり、将来の可能性を狭める必要はないと、校長は考えていた。絵麻はその気遣いをありがたく受け止めたが、それでも島を出るつもりはなかった。いつものように、穏やかな口調で断った。もうここで生きていくと決めていること。この島は自分が育った大切な場所で、離れたいと思ったことなど一度もないこと。そして、もうひとつ。「あの人には、もう会いたくないんです」それこそが、絵麻が視察に同行しない本当の理由だった。知夏のために何度も自分を欺き、傷つけたあの人には、二度と会いたくなかった。会わないことこそが、ふたりにとって唯一の答えなのだと、彼女は思っていた。校長は深いため息をつき、その目には惜しむ色が浮かんでいたが、最後には彼女の意思を尊重することにした。校長が立ち上がって去ろうとしたとき、絵麻が不意に呼び止めた。「校長先生、当日はどうか私のことは伏せておいてください」もし本当に清輔本人がやって来て、万が一顔を合わせでもしたら、厄介なことになる。校長は振り返らずに手を振った。「大丈夫、分かってるから」数日後、夏山グループの一行を乗せた船が、離島の小さな港へ近づいていた。その少し前、絵麻は真悠と一緒に連絡船へ乗り、必要な物資を買