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3.お願い、話を聞いて?①

Author: 鷹槻れん
last update Last Updated: 2025-12-10 04:44:00

美千花みちか律顕りつあきに歩み寄ろうとした時には、既に遅すぎたのだろうか。

「あの、律顕……」

「ごめん、美千花。今日はちょっと忙しいんだ。またにしてもらえるかな?」

何とか律顕と話をする機会を作ろうと試みる美千花だったけれど、その度にていのいい言い訳をされてはかわされてしまう。

そんな事が、もう十回以上は続いただろうか。

こうも続くと、さすがに美千花も律顕に避けられていると思わざるを得ない。

そんな中、せめてもの救いは律顕がどんなに遅くなっても、必ず美千花の待つ家に帰って来てくれることだったのだけれど。

美千花が彼の帰りを起きて待っていると、律顕は明白あからさまに困った顔をするのだ。

「ねぇ美千花。僕のことは気にせずゆっくり休んで? お願いだから」

いつか自分が律顕に告げた、「私のことは気にせず食べて来て?」と言う言葉を彷彿とさせられる気遣いをされて。

挙句「キミは今一人の身体じゃないんだから」と付け加えられては従うしかないではないか。

ならば、と朝話し掛けようとしても、

「ごめんね、今、仕事が立て込んでるから早めに行かなきゃいけないんだ」

そんな風に言われて、朝食も食べないまま逃げるように会社に行かれてしまう。

律顕りつあきが自分に構ってこない状態は、かつて美千花みちか自身が望んだ事だったはずなのに。

いざそういう状態になってみると、美千花は堪らなく不安になった。

今現在、つわりは徐々に落ち着いてきている。

だけど、元々ストレスに強い方ではない美千花は、このところ胃痛と不眠、動悸や息切れに悩まされるようになっていた。

律顕が嫌がるから早めにとこに就く様にはしているけれど、誰もいない部屋の中、薄暗がりでベッドに寝そべっていると悪い想像ばかりが膨らんでしまう。

「律顕……」

抱きしめられるのは今でもやっぱり躊躇ためらわれてしまうけれど。それでも顔を見てちゃんと話したい。

そう思った。

***

先の妊婦健診から丁度四週間。

妊娠週数も十三週目の半ばを超え、つわりの症状も大分緩和されてきた。

そんな中、美千花みちか二度目の健診のため、総合病院産科の待合いにいた。

律顕りつあきは先の健診同様、病院に付き添ってくれると信じていた美千花だったのだが。

「ごめんね、美千花。どうしても外せない仕事が入ってしまったんだ。――ひとりで……行けそう?」

健診予定日の前日になって、カレンダーのメモ書きを指差してそう言ってきた律顕に、〝予約の日時を変更出来るか問い合わせてみる?〟と聞いてはくれないんだなと思った美千花だ。

実際大きな病院の予約日時の変更はそんなに楽ではない。

でも、以前の律顕ならきっと、ダメ元でもそう言ってくれていた気がして。

美千花は律顕の死角になる様気をつけながら、ギュッと拳を握りしめた。

本当は健診の移動時間や待ち時間を利用して、ずっと話せなかった気持ちを律顕に伝えられたらと思っていたのだけれど。

仕事だと言われてしまったら、引き下がるしかないではないか。

男性にとって仕事が大事なのは百も承知だったし、何より今現在無職の美千花にとって、永田家が律顕の稼ぎで支えられている事は嫌と言うほど分かっていたから。

勿論貯蓄がないわけではない。

寧ろ律顕はかなり稼ぎが良い方だったから、同年代の夫婦の平均より蓄えているぐらいだろう。

でも、今から子供が産まれてくることを考えたら、増やす努力はしても、減らす様な事はしたくなかった美千花だ。

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