ANMELDEN三年間に及ぶ過酷な妊活の末、川澄鈴音(かわすみ すずね)はようやく新しい命を授かった。 しかし、その幸せは一瞬で打ち砕かれる。 夫・伊藤章臣(いとう あきおみ)との婚姻関係そのものが、最初から存在していなかったという衝撃の事実を知ってしまう。 真相を問いただそうとした鈴音だったが、その矢先、章臣が別の女性を連れて妊婦健診に訪れている現場を目撃する。生まれてくる子どもを私生児にしないため、彼はその女性と正式に籍を入れていたのだ。 怒りも悲しみも胸の奥へ押し込み、鈴音は静かに復讐の計画を進め、ついに章臣との決別を果たす。 しかし章臣は異常なまでの執着を見せ、鈴音を再び自分のもとへ縛りつけようと狂気じみた行動に出る。 さらには、章臣が別の女性との子どもを優先し、鈴音を見捨てたことで、彼女は流産してしまう。その瞬間、二人の関係は完全に終わりを迎えた。 そして再会の日――鈴音はすでに、財界を牽引する大富豪・雨宮巽(あまみや たつみ)の妻となっていた。オーダーメイドの豪華なドレスをまとい、最高級のジュエリーを身につけた彼女は、誰もが目を奪われるほど気品に満ちあふれていた。 周囲の人々は皆、鈴音と巽の仲睦まじい夫婦ぶりを羨望のまなざしで見つめ、惜しみない賛辞を送る。 かつてあれほど尊大で傲慢だった章臣は、その場で目を真っ赤にし、鈴音に戻ってきてほしいと何度もすがりついた。 そんな彼を鈴音は冷ややかに見下ろし、静かに言い放つ。 「手遅れになってからの愛なんて、何の価値もないのよ」
Mehr anzeigen鈴音は一瞬、彼に自分の窮状を打ち明けるべきか迷った。だが、祖母の手術は一刻を争う。このままためらっている時間などなかった。彼女は藁にもすがる思いで、誠意を込めて口を開いた。「実は……祖母が転倒して大怪我を負い、今すぐ手術の手続きをしなければならないんです。でも、手術費用がどうしても60万円ほど足りなくて……突然こんなお願いをして本当に申し訳ありませんが、今すぐその金額をお振り込みいただくことはできますでしょうか」詐欺だと思われることを恐れ、彼女は慌てて言葉を重ねた。「本人確認書類の写真もお送りしますし、借用書もきちんと書きます。どうか私を信じてください。お借りしたお金は、必ず全額お返ししますから……」しかし、電話の向こうの相手は事情を詮索することもなく、ただ一言だけ告げた。「振込先の口座番号を教えてくれ」それから間もなく、指定した口座に60万円が振り込まれた。鈴音は電話越しに何度も礼を伝えると、すぐに病院の会計窓口へ駆け込み、無事に手術費用を支払った。手術室前の待合席で過ごした二時間は、彼女にとって永遠にも思えるほど長かった。もし祖母に万が一のことがあったら、自分はこれからどう生きていけばいいのか。そう考えるだけで、背筋が凍りついた。祖母は昔気質で少し保守的な人だった。それでも、誰よりも鈴音を大切にし、惜しみない愛情を注いで育ててくれた。両親のいない家庭で育ちながらも、鈴音はほかのどの家庭の子にも負けないほど、不自由のない暮らしをさせてもらっていた。着る服はいつも新しく、身体にぴったり合ったものばかり。髪も毎朝、祖母が丁寧に結って整えてくれた。食べたいものがあると言えば、祖母は決して惜しむことなく買ってくれた。近所の年配者たちは、そんな祖母を見て冗談交じりに言うことがあった。「たかが女の子一人に、どうしてそこまで手をかけるんだい?どうせ嫁に行けば他所の家の人間になるんだろう。それなら親戚の男の子でも養子に迎えた方がいいじゃないか。将来は老後の面倒だって見てもらえるだろうに」だが、そのたびに祖母はきっぱりと言い返していた。「うちの可愛い孫娘を、私が可愛がらなくて誰が可愛がるんだい?よその子を養子にしたって、本当の家族にはなれやしないよ。私たち夫婦の財産は、全部この子に残す。それで十
鈴音は彼を一瞥すると、静かに問い返した。「お義母さんがあなたのために多くを尽くしてきたとしても、私には何一つしてくれていないわ。あなたがお義母さんの癇癪に耐えられるからといって、私まで我慢しなければならない理由はないもの。お義母さんが私を尊重してくださるなら、私もお義母さんを尊重する。でも、私に嫌な顔ばかりするのなら、もう機嫌を取るつもりはないわ。もし私を嫁失格だと思うなら、それで構わない。もう二度と本邸へ戻って煙たがられることもないから」章臣も苛立ちを隠せず、声を荒らげた。「何を言ってるんだ?姑に尽くさない嫁がどこにいる?鈴音、お前はそんなことを言って、俺をどれほど失望させているか分かってるのか」鈴音は静かに立ち上がり、服の裾を整えると、冷ややかに言った。「自分のお母様への親孝行は、ご自分でなさってください。私は仕事に戻ります。失礼します」そう言い残し、鈴音は社長室を後にした。章臣は怒りで顔を真っ青にしていた。その隣で優衣は、笑いをこらえるのに必死だった。鈴音がここまで愚かだったとは思わなかった。自分が少し章臣と親しげに振る舞っただけで感情を抑えきれず、章臣と衝突したばかりか、美代子まで敵に回してしまうなんて。伊藤家から見放されるのが怖くないのだろうか。心の中ではせせら笑いながらも、表向きは章臣を気遣うように口を開いた。「章臣、鈴音さんって本当にわがままだよね。章臣があんなに一生懸命働いて養っているのに、それでも不満だなんて。前にも言ったでしょう?あまりすぐに機嫌を取ってあげちゃ駄目だって。そうしないと、愛されていることに甘えて、どんどんつけ上がっちゃうから」今の章臣には、その言葉がもっともだと思えた。さっき自分から折れて機嫌を取るべきではなかった。あれで鈴音を甘やかし、ますます我儘にさせてしまったのだ。章臣の険しい表情を見た優衣は、自分の言葉が効いたのだと確信した。彼女はさらに畳みかける。「少しお灸を据えるつもりで、まずはクレジットカードを全部止めてみたらどう?鈴音さんは普段から贅沢な暮らしに慣れてるでしょう。章臣のお金が使えなくなったら、きっと困るはずだよ。すぐに戻ってきて謝ると思う。そうすれば、もう機嫌を取る必要もなくなるし、これから先も大人しく言うことを聞くよう
優衣は鈴音の剣幕に気圧されたように肩をすくめ、深くうつむいたまま、一言も返そうとしなかった。鈴音の容赦ない切り返しを聞いた章臣は、胸の奥に不快感がさらに募るのを感じた。「お前、いちいち優衣に噛みついてどうするんだ。この子とは昔からの付き合いで、とっくに家族同然なんだぞ。俺と一緒に昼飯を食べたくらいで、何が悪い?それより、お前の方こそ他の男との距離感も分からないのか。俺が甘やかしすぎたせいで、そんな理不尽な女になってしまったんだな」鈴音は、この人とは何を言っても分かり合えないのだと悟った。仕事の話ではなく、こんな不毛な言い争いを続けるだけなら、もうここにいる意味はない。そう思った鈴音は踵を返し、その場を立ち去ろうとした。章臣はすぐに立ち上がり、追いかけて彼女の腕をつかんだ。改めて見つめると、今日の鈴音は淡いピンクのスーツを上品に着こなし、しなやかな身体のラインを美しく際立たせていた。髪もすっきりとまとめられ、整った顔立ちと白い鎖骨がのぞく姿は、いつもの彼女とはどこか違う。その姿を目にした途端、責め立てる言葉は喉元で止まってしまった。章臣は小さくため息をつき、口調を和らげた。「昨日のことで、お前が意地を張ってるのは分かってる。でも俺はちゃんと説明しただろう。どうして聞いてくれないんだ?ほら、お互い少しずつ譲って、もう仲直りしよう」この半月、章臣はずっと優衣に付き添っていた。だが、優衣が妊娠中ということもあり、彼女とはキスや抱擁以上の関係には踏み込めなかった。満たされない欲求を抱え続ける中、普段以上に艶やかな雰囲気をまとった鈴音を目の前にすると、胸の奥で抑え込んでいた感情が再び静かに疼き始めていた。鈴音も、会社でこれ以上彼と揉めるつもりはなかった。何より、会社の経営状況や財務状況を詳しく把握するには、章臣の承認が必要だったのだ。鈴音は態度を少しだけ和らげ、章臣とともにソファへ腰を下ろした。章臣はアシスタントを呼び、新しいランチをもう一つ用意させた。優衣と同じメニューが目の前に並んでも、鈴音にはまるで食欲が湧かなかった。それでも午後の仕事が待っている。しかも妊娠中の今は、何も食べないと悪阻がひどくなってしまう。彼女は自分に言い聞かせるように、無理やり数口だけ口へ運んだ。章臣は、そ
秋子のしっかりとした声を聞き、鈴音はようやく胸をなで下ろした。だが、すぐに表情を引き締め、真剣な口調で言った。「おばあさん、これは気の巡りが滞ることで心身に負担がかかっている持病です。いつ倒れてもおかしくありません。普段お出かけになる時は、できるだけご家族に付き添ってもらったほうが安心ですよ」秋子はにこやかに笑った。「ちょっと散歩に出ただけなのに、こんなことになっちゃってねえ。普段は家族も私のことをとても気にかけてくれていて、一人では出歩かせないようにしてるのよ。うちは本当に家族仲が良くて、子どもたちもみんな親孝行なの。そうそう、お嬢ちゃん、まだお名前を聞いてなかったわね。よかったらLINEを交換しない?今度、お礼にご飯でもごちそうさせてちょうだい」鈴音は秋子の病状を思い返した。きちんと体調を管理し、定期的に鍼灸治療を続ければ、発作の回数はかなり抑えられるはずだ。そう考えた彼女はうなずき、スマホを取り出してLINEを交換した。「私の名前は川澄鈴音です。また体調が悪くなったら、いつでもLINEしてください。私が鍼灸の施術に伺いますから」秋子は鈴音の連絡先を手に入れると、心から嬉しそうに顔をほころばせた。「ありがとうね、鈴音ちゃん。これから何かあったら、真っ先に連絡するわ。それより、あなたはもう結婚してるの?もし独身なら、うちの一番上の孫息子を紹介したいんだけど」あまりにも熱心な秋子の様子に、鈴音は苦笑しながら答えた。「お気持ちだけで十分です。それより私、もう会社へ行かないと。おばあさん、お一人でも大丈夫ですか?」秋子は笑顔でうなずいた。「大丈夫よ。家族に連絡して迎えに来てもらうから。あなたは安心して会社へ行きなさい」鈴音は秋子の意識がはっきりしていることを確認すると、安心してその場を後にした。秋子は去っていく彼女の後ろ姿を見つめながら、今すぐ鈴音を家へ連れて帰り、巽に引き合わせたい衝動に駆られた。だが、こういうことは急いては事を仕損じる。焦らず、少しずつ進めるべきだと秋子も分かっていた。まず何より、巽をこの街へ呼び寄せなければならない。秋子はスマホを取り出し、巽へメッセージを送った。……鈴音は会社へ到着すると、誠矢を訪ねた。誠矢は彼女を連れ、部署のメンバーのもとへ向かっ