ログインパーシヴァルは、むせ返るような香の匂いで目を覚ました。
「なん……だ……?」
全身に、嫌な汗をかいている。
蘇る、アルトゥールの閨で縛られていた記憶……。 だが、今は怠いだけで、手足は動いた。「こ……こは……?」
咳き込みながら、体を起こそうとしたが──。
寝かされていた寝椅子から転がり落ち、床に肩を打つ。 だが、打った痛みより、全身に響いた衝撃のほうが強かった。「うあっ……あ……」
ぞくりと走る、快とも不快とも感じる感覚。
痛みすらも熱に変える、おぞましい|発情《ヒート》の兆候だ。「思ったより、早く目が覚めたな……」
うつ伏せたパーシヴァルの背中に、聞き慣れた声が落ちてきた
パーシヴァルは、温もりの中で目を覚ました。 アルトゥールの腕が背に回され、未だ残る傷を撫でている。「陛下……?」「アルと呼べと、言っただろう」 アルトゥールは、拗ねた感情を乗せてそう言った。「では、この部屋でだけなら……」「うむ。……だが、この部屋を出てもパーシーと呼ぶぞ」「はい」 傷を撫でるアルトゥールの手が止まる。「言っておくが……。俺は次代の皇帝は──」 アルトゥールの口元に、パーシヴァルが指を当てる。「エドワード殿下に、重荷を背負わせず、為政者として育てる覚悟を、僕も持とう」 パーシヴァルの言葉に、アルトゥールは驚いた顔をする。「ユーウェイン殿下と良好な間柄を築いていたアルを、ずっと羨ましいと思っていた。エドワード殿下にしわ寄せや悪意が及ばないように、慎重に距離感を保っていることも。……オメガ隷奴のことも、議会に腐敗が蔓延していることも……。僕は……アルの騎士だ。きみの心を、信念を守るために、盾になる」 ぐいとアルトゥールはパーシヴァルの体を抱き寄せた。 それらが、言うほど容易くないことは、パーシヴァルも理解しているだろう。 常に、その悪意に晒されてきた当人であるのだから、骨身に染みて──。 それでも、パーシヴァルは折れずに未来を見据えている。 アルトゥールの真意を汲んで、共に進むと言ってくれた。「ありがとう……」 アルトゥールは、他に言葉が思い浮かばなかった。終わり。
衣服は、とうの昔に脱ぎ捨てられ、ベッドの外へと落とされた。 微かに汗ばんだオリーブの肌から立ち上る、芳しい香り。 鎖骨に胸元に、一つ一つ丁寧に証を残し──。 アルトゥールは、パーシヴァルの体に火を灯す。「パーシー……」「はい……、ここにおります……」 乳首を舌で転がすと、パーシヴァルの体がびくりと強張った。「怖くはないか?」「いえ……」 だが、その声は震えている。 パーシヴァルにとって、体を重ねる行為は、一つとしていい思い出が無いだろう。 暴かれたのは、アルトゥールにだけだが──。 下劣な物言いや、下心を持って撫で回されたこともあると聞く。──スラムに居たなら、強姦されかけたこともあるだろう……。 脇腹を撫で、臍にキスを落とす。「ん……っ」 下腹に手を伸ばせば、既にそこは熱を持って立ち上がっていた。 やんわりと握り、幹を撫でながら、アルトゥールは先端を舐め上げた。「あっ……!」 パーシヴァルが反応を示す場所を、わざと音を立てて執拗に触れる。「や……、い……いけません……っ!」「なにがいかん? 気持ちがいいなら、このままイケ」「だ……だめ……で……、ああっ!」 びくりと体を強張らせ、パーシヴァルは果てた。 アルトゥールは、その熱情を口内で受け止め、飲み下す。「陛下っ!」「アルと呼べ」 パーシヴァルの頬が、更に赤さを増す。「不敬では……?」「|番《つがい》をねだっておいて、今更
アルトゥールの寝室で、パーシヴァルは横たわっていた。 ヴィの用意した抑制剤を飲ませ、息もだいぶ落ち着いている。 アルトゥールは黙って、パーシヴァルの顔を見つめていた。 様々な感情が胸のうちにある。 しかしどの感情にも、正しい答えは出せないまま──。 ただ、現実としてある結果を前に、アルトゥールは途方に暮れていた。「……へい……か?」「目覚めたか? 抑制剤で落ち着いたとは思うが、まだ休んでいたほうがいい」 目を開いたパーシヴァルは、半身を起こす。「ここは……、陛下の……」「済まない。|きみ《・・》には、いい気持ちのしない場所だが、他になくてな……」「陛下……?」「アルで、いい。スラムで俺を助けた時に、帰り道で肩車をして、そう呼んでくれただろう?」「申し訳ありません……、また陛下にご迷惑を……」「きみは、俺の光で、永遠の英雄だ。迷惑だと、思った事は一度もない」 そう言ってから、アルトゥールは深々と頭を下げる。「済まない、パーシヴァル。結局俺は、またきみを危険に晒した」「僕があなたの英雄なら、危険を引き受けるのが役目です」「俺は!」 アルトゥールは眉根を寄せ、苦しげな顔で俯いた。「俺は……、きみを得難い存在だと思っている。……あんな形できみを穢し、きみの矜持を奪い……。今は見世物のように扱って、政治利用している……」「光栄だと思ってます。陛下のお役に立てるなら、家臣としてどれほどの誉れかと」「だが、きみは傷ついている!」「それは……、僕が自分の……オメガ性に負けたような気がした
割れた窓から、レイヴンが飛び込んできた。「なんだっ?」 ほぼ同時に扉が開き、ヴィとアルトゥールが踏み込んでくる。「パーシヴァル!」 床に倒れ、衣服が乱れたパーシヴァルの姿と、部屋に立ち込める香の匂い。 アルトゥールは瞬時に状況を理解し、同時に怒りに全身が焼けるような感覚に襲われる。「陛下っ!」 ヴィの制止は、アルトゥールの耳に聞こえなかった。 そこで、レイヴンと切り合っているモルドレッドを、アルトゥールは無言のまま、その背に剣を打ち下ろす。「ぐあっ!」 振り返ったモルドレッドは、信じられないといった顔をした。 皇帝が、自らその剣で、賊を切ることなどあり得なかったからだ。 アルトゥールは、驚きに見開かれたモルドレッドの目を真っ直ぐに見据えながら、そのままモルドレッドの心臓を剣で刺し貫く。「あ……、が……」 モルドレッドの口から、赤い泡に続いて、液体が溢れ出た。「陛下……」「………………」 呼びかけるレイヴンに返事もせず、アルトゥールはモルドレッドを刺した剣をそのままにして、振り返った。「パーシヴァル殿、助けにきたのです。落ち着いて」「あ……、あ……っ!」 香に蝕まれ、ヒートが加速している。 だが、パーシヴァルは服の前を掴んで、身を縮こませ、手を差し伸べるヴィを拒絶するように壁に身を寄せ、首を振った。「パーシヴァル!」 歩み寄るアルトゥールが一喝すると、ハッとそちらを見たパーシヴァルは──。 相貌を崩し、まるで迎え入れるように手を伸ばす。「ある……」「そうだ、俺だ」 アルトゥールは、そのままパーシヴァルの体をグイと抱き上げた。
「なぜ、ソーンウッドが加担を……?」「リオンは自滅したようなものさ。きみは気づいていなかったようだが、やつは子供の頃から、きみを欲しがっていた」「ありえない……」 子供の頃から、腹違いの兄からは罵倒と蔑みをされた記憶しか無い。「リオンは母親が怖くて……、いや、違うな。あれは〝母親に見捨てられるのが〟怖くて、逆らえなかったんだろう。前侯爵夫人は、半分とは言え血を分けた兄弟を妾にすることを許してくれず、やつは泣く泣くきみを手放したんだ」「|義母上《ははうえ》……は、僕を憎んでいた……」 侯爵の正妻といったら、パーシヴァルとその母を心底疎ましげに、憎しみの視線を向けてきた記憶しか無い。「当然だろう? 亭主と息子を狂わせる、傾城の母子だぞ? 屋敷に置くのが怖かったんだろう。スラムに捨てれば、すぐにも奴隷商に捕まるか、野垂れ死ぬかと思ったのかもしれないが……。その逆境を生き延びたきみは、美しさのみならず、その高潔な精神によってアルファの垂涎の的になってしまった」 じり……と、モルドレッドが歩み寄る。 それは、追い詰めた獲物を嬲る、獣のような動きだった。 肘をつき、パーシヴァルは後退る。「きみがオメガ隷奴に落とされると決まった時。リオンはいつもの横流しで、うまうまときみを手に入れようとしていたんだが……。俺に過去の悪事を暴露されそうになって、再び泣く泣くきみを諦めたのさ」「じゃあ……、僕を牢から逃がしたのは……」「オークションに掛けて、俺が手に入れるためだった。……まさかアルトゥールが、横からかっさらうとは思ってなかったよ。俺なら、近衛になった時点で、小姓にでもしたのにな」 手を伸ばし、モルドレッドはパーシヴァルの顎を掴む。「アルトゥールには、後ろばかり責められ
パーシヴァルは、むせ返るような香の匂いで目を覚ました。「なん……だ……?」 全身に、嫌な汗をかいている。 蘇る、アルトゥールの閨で縛られていた記憶……。 だが、今は怠いだけで、手足は動いた。「こ……こは……?」 咳き込みながら、体を起こそうとしたが──。 寝かされていた寝椅子から転がり落ち、床に肩を打つ。 だが、打った痛みより、全身に響いた衝撃のほうが強かった。「うあっ……あ……」 ぞくりと走る、快とも不快とも感じる感覚。 痛みすらも熱に変える、おぞましい|発情《ヒート》の兆候だ。「思ったより、早く目が覚めたな……」 うつ伏せたパーシヴァルの背中に、聞き慣れた声が落ちてきた。 だがそれは、パーシヴァルの知る優しい声音ではなく──。 聞いたこともない、冷ややかなものだ。「モル……?」「ああ、俺だ」 振り返ったパーシヴァルは、天井の明かりの下、逆光になった親友の顔を見てギョッとなった。「いや……まさか……」 戦場で、背中に衝撃を感じたあと。 記憶の中では、ちらと人影を見たような気がした……だけだった。「なんだ、今更、思い出したのか?」 にやりと笑って、モルドレッドが言った。「そうだ、パーシー。俺が、お前を斬った。幻術を使っていたから、ブラッドレーにはパロミデスに見えていたがな」 モルドレッドの言葉に、パーシヴァルは愕然となる。 あの時と同じような──。 地に伏した自分と、逆光で影になった顔の襲撃者。──そうだ。あの時、僕ははっきり相手の