自宅ではできたての朝食がテーブルに並べられていた。燿の父親はすでに出勤してしまったらしく、テーブルに着いているのは小学三年生の妹、煌だけだった。
「かーちゃん、蒼波来たから」 「はーい。蒼波くん、おはよう」 「おはようございまーす」 燿はスープをテーブルへと運ぶ。その間に母親が全員分のサラダを取り分けてくれた。 蒼波は煌の話し相手をするのがここでの役目だ。なにせ煌は蒼波が大好きで、兄の燿によりも懐いている。昨日の夜も話をしただろうに、今朝もテレビ番組や本についてとりとめなく話していた。 「煌、俺ら遅刻しそうなんだ。蒼波に食わせてやれ」 話をするばかりで食べるのがおろそかになっている蒼波を見かねて、燿は煌にそう頼んだ。煌もすぐに気づいたのか「ごめんね」と慌てて自分の皿に視線を落とす。 「夜にまた話そうね、煌ちゃん」 蒼波はにっこりと笑って食事を進めた。断り切れずに話に付き合ってしまうのが蒼波らしいなと思いつつも、なにかが喉の奥につかえているように感じられる。燿はハムエッグを頬張りながら、今朝も母親の目を盗んでミニトマトを蒼波の皿へと放り入れた。 「行くぞ、蒼波」 「ちょっと待って。これ食べてから」 燿が声をかけると蒼波は慌てた様子でミニトマトを口に入れ、鞄を手に立ち上がる。どうにか本日の遅刻は回避できそうだ。しかしそれはまっすぐ学校に行くことができればの話に限る。燿は学校までの道のりを思って、少し暗い気持ちになった。 家を出た二人は速足で駅に向かって歩き出す。高校までは最寄りの駅から電車で五駅、そこからは再び徒歩で十分ほどと通学環境には恵まれている方だった。利用している路線は電車の本数も多い。燿にとっての問題は家から駅までと、駅から学校までを歩く時間にあった。 「待って、燿ちゃん!」 蒼波の弾んだ声がする。振り返れば予想通り蒼波は道端にしゃがんで何かを拾っていた。急いで引き返し、蒼波の制服の襟首をつかんだ燿は、自分より十センチも背の高い蒼波を無理やり立たせる。 「ダメだ! 今日はダメだ!」 「ええ。だってほら、空みたいなんだよ?」 視線を蒼波の手にやれば、水色のビー玉がひとつある。近所の子供が落としたのかもしれない。蒼波は嬉しそうにビー玉をブレザーのポケットにしまった。 「とにかく行きはやめろ。帰りならいいから」 「……わかった」 言葉とはうらはらに、蒼波の頬がぷくっと膨らむ。幼いころから蒼波にはこの癖があった。不本意なことがあると頬を膨らませる癖だ。さすがに最近になってからは学校などではやらなくなったが、燿と二人きりのときには遠慮がない。 「むくれんな」 フグのようになっている頬を燿がつつくと、ぷすっと空気の抜ける音がしておかしかった。 駅に着いた二人は電車に乗って、さらに目的の駅から学校までの道を歩く。途中、何回か蒼波が小さく声を上げていたのが聞こえたが、燿に怒られるのが解っているからか立ち止まるのは我慢したようだった。 「セーフだね」 「おう」 校門をくぐったところで蒼波がにこにこと笑う。そんな蒼波を見ながら、燿は朝のミッションをすべて終えたとばかりに息を吐き出した。「痛いよね。ごめん、ごめんね」 「う、あっ。いい、から」 蒼波のものをすべて受け入れるまでとてつもない時間を要した気がする。心の準備はできているつもりだったが、体には力が入って拒んでしまうのが現実だった。 「全部、挿入った……」 それでも蒼波が吐息を混ぜながら嬉しそうに言ったときには、燿もしあわせな気持ちになる。 蒼波は少しの間じっとして燿の呼吸が整うのを待ちたかったらしい。だが、微かに蒼波の腰が揺れ始めていることに気づいて、燿はくすりと笑みをこぼした。笑うと体内の蒼波にダイレクトに伝わるらしく、上から小さなうめき声が聞こえてくるのもおかしい。 「動きてぇんだろ?」 「うん……でも」 「ゆっくりなら、いい」 燿が言い終わらないうちに埋め込まれていた屹立がずるずると引き抜かれていった。抜ける寸前で今度は奥まで押し込まれる。その動作は繰り返されるたびに速度を上げていった。 「あ、バカ! ゆっくりって」 「ごめん、無理。気持ち、いい」 ぐっと根元まで挿れられて、燿はとっさにシーツをつかむ。蒼波はそんな燿の足をさらに開かせて腰を打ちつけた。 「う、あっ。あ、んんっ」 角度が変わったことによって、前立腺に蒼波の屹立が当たるようになったため、燿は喘ぐばかりだ。早急な抽挿に苦情を言うこともできなくなった。 「気持ちいとこ、当たってる?」 「ひ、うっ。あ! あ、んうっ」 燿の手がシーツを掻いて、自分の腰をわしづかみにしている蒼波の腕へと伸びる。先ほどと同じくなにかにつかまっていなければ耐えられないと思った。その間にも蒼波は腰を送り込んで燿を追いつめていく。 「あおば、も、やだ……っ」 「もうちょっと、待って」 達したいと訴えても、蒼波は燿の中心になかなか触れてくれなかった。蒼波が今まで以上に奥深くまで抉るように突いてくるので、燿の口からはまた意味を成さない喘ぎだけがこぼれる。やがて燿の上で蒼波が荒い息を吐き出した。 「燿ちゃん、俺もイクから、一緒に」 そう宣言した蒼波が反り返って腹につきそうになって
深いキスを受けると、脳にぼんやりとかすみがかかったようになり、燿の体のこわばりはとけていった。それを見計らって蒼波がゆっくりと指を一本挿入する。「んんう……っ」「痛くない?」「へんなかんじ、する」 蒼波は燿に何度もくちづけながら、後孔へ愛撫を施した。時折中心にも刺激を与えつつ、後ろの指を動かして二本目までを挿れる。燿の様子をきちんと見ながら進めてくれるので、今のところ痛い思いも怖い思いもしていない。 そうやって蒼波は燿の後孔へ三本の指をくわえさせ、なにかを探るようにゆっくりと抜き差しを繰り返した。ハンドクリームが燿の体温でとけてぐじゅぐじゅと音を立てている。聞くに堪えないとばかりに、燿は両手で耳をふさごうとした。「あ! うあ、あっ」 蒼波の指が一点に触れたとたん、燿は悲鳴めいた嬌声を上げた。蒼波は探し物が見つかったというようにその場所を繰り返し刺激する。「あ、やだ。蒼波! そこ、やだ!」「燿ちゃんの気持ちいいところだよ」 気持ちいいどころの話ではない。意識が飛びそうになるのを必死にこらえながら、燿は蒼波の首筋にかじりつくように抱きついた。なにかにすがっていなければ、強烈な快楽に押し流されてしまいそうだ。「あ、蒼波っ。それ、イっちまうから」「ん」 蒼波はうなずくといきなり燿の後ろからすべての指を引き抜いた。その刺激すら今の燿には快感となる。自分のスウェットを下ろした蒼波が、どこから取り出したのかコンドームを装着し、ぐったりとベッドに横たわる燿の両足を抱えた。「燿ちゃん、いやなら、俺のこと蹴って逃げて」「うるせ」「もう本当に止まれないよ?」 こんなときでさえ燿のことを一番に考えてくれる蒼波の気持ちが嬉しい。蒼波がすることならなにも怖いことはない。痛みをともなう行為でさえ、蒼波と一緒なら構わない。 指とはまったく比べ物にならない質量のものが、慎重に、ゆっくりと燿の中に押し入ってきた。「く……あ、あうっ」「燿ちゃん、燿ちゃん」 うわごとのように燿を呼びながら、蒼波
「燿ちゃん、そのままうつ伏せて腰だけ上げて」「はあ!? そんなのできるわけ」「じゃあ、腰の下にクッション入れるから仰向けに転がって」 どっちの選択肢も燿にとっては地獄である。「蒼波。なあ、ちょっと落ち着こう」「落ち着けると思う?」 蒼波がここまで強くものを言うのは本当に珍しかった。燿は蒼波の下半身を改めて見る。先ほどよりもずっと硬く張り詰めているのがスウェット越しにも解った。今すぐにでもどうにかしたいくらいの状態だろう。それを蒼波がこらえているのは、全部燿を思ってのことだ。「なら、俺がしてやるから」 燿はなんとかこの状況を打開できないかと提案してみた。しかし蒼波に胸をとんっと押されてベッドに転がされてしまう。「蒼波!」「俺、燿ちゃんの中がいい。お願い」 蒼波は弱気なところが目立つけれど、一度言い出したことは絶対に曲げない。妙なところで頑固なのだ。燿はそれを解っていたから、蒼波とこじれたときにも自分の方がどうにかしなくてはならないと思っていた。 その厄介な頑固さが、ここにきて発揮されると誰が想像しただろうか。 うなっている燿に足を立てるようにうながし、腰の下にクッションまで入れてしまった蒼波は、ハンドクリームを手のひらに出してのばしている。これはもう逃げ出すことはできない。別に嫌なわけではないし、興味がないわけでもない。ただまさか自分が受け身になるとは思っていなかったので、ちょっと怖いと感じているだけだ。「絶対怖いことはしないから」 そんな燿の気持ちを見透かしたように、蒼波が優しくくちづけてくる。下肢を這うぬるりとした感触は、ハンドクリームにまみれた蒼波の手のひらだろう。「ひっ。お前、どこ触ってんだ!」「お尻ほぐさないと挿れられないでしょう?」 後孔に触れられて体をこわばらせた燿に、蒼波はのんびりと答えた。蒼波は丁寧に優しく後ろを刺激したり、浅く指を沈ませたりし始める。「あ、ちょっと! やめ、あっ」「力抜いて? キスする?」 どこをどうすれば力が抜けるのか解らなくなった燿は、蒼波の申し出に激しくうなずいた。蒼波の言
言葉を返す余裕のない燿に構わず、蒼波はふくらはぎから太ももまでを何度もたどる。そうしておもむろに勃ち上がりかけている中心を軽く握り込んだ。 「う、あっ」 慌てて蒼波の手を押さえつけようとした燿の両手を軽く払って、蒼波はゆるゆると手を上下に動かし始める。 「蒼波っ。やめ、や! あっ」 「大丈夫。気持ちよくするだけだから」 別に燿に自慰の経験がないわけではない。しかし、他人の手でこのように高められるのは初めてのことだった。しかも相手は今しがた想いを交わしたばかりの蒼波である。 羞恥に混乱する中で、快楽を追う自分を蒼波はどんな風に思うのか。燿はそれが心配だった。 「あおば、あおば……っ」 「ここにいるよ」 荒い息の合間から蒼波の名を呼ぶと、安心させるように蒼波が答えてくれる。それでも燿の中心をしごく手を止めるつもりはないらしい。緩急をつけて動かしながら先端の敏感な部分をくるくる円を描くように撫でた。 「ん、ああっ」 燿は唇を噛みしめて迫ってくる射精感を耐えようとする。そんな燿に気づいた蒼波が、手を休めることなく燿にくちづけた。 「燿ちゃん、唇噛んだらダメ」 「ん、うっ。んん!」 「いつでも好きなときに出していいから」 唇を舌でこじ開けられて、燿には噛むものがなくなった。まさか口の中に入っている蒼波の舌を噛むわけにはいかない。口とともに中心へと与えられる刺激にぎゅっと目をつむった。 根元から先端までを強めにこすり上げられて、先に軽く爪を立てられたらもう我慢できない。 「んん、んー!」 瞼の裏がちかちかすると感じたのと同時に、蒼波の手のひらに吐精していた。 「いっぱい出たね」 「そういうことを、わざわざ、言うな」 荒い息の合間から文句を言ってみるが、蒼波はどこ吹く風といった様子だ。ティッシュで手を拭いてチェストの上にあったチューブに入ったなにかを持ってきた。 「なんだ? それ」 「ハンドクリーム」 燿がきょとんとしていると、蒼波が園芸や手芸は手荒れがひどくなるので使
蒼波はそう言いながら、燿の胸の辺りにそっと手を当てた。仕方なく深呼吸をして体から力を抜こうと試みる。そんな燿の胸元をなでつつ、蒼波はそろりそろりと腹の方へ手を下ろしていった。Tシャツの裾から蒼波の大きくて温かな手が忍び込む。 「蒼波っ」 「なに?」 「いや、なんでも……」 一度燿の素肌に触れたら、蒼波には遠慮がなくなった。割れた腹筋をなぞったり、へそをくすぐったりしながら今度はどんどん手が上にくる。その指先が胸の先端を掠めた瞬間、燿は言い知れない感覚に身をよじった。 「うあっ」 「燿ちゃん、胸気持ちいいの?」 「そんなわけあるか! くすぐったいだけ、ん、あっ」 蒼波は執拗に燿の乳首をつまんだりひっかいたりして刺激を与え続ける。一方の燿はいちいちもれ出す声をどうにかしようと両手で口をふさぐしかなかった。そんな燿を見下ろす蒼波はとても嬉しそうに見える。 燿のTシャツはいつの間にか首元までまくり上げられていた。蒼波は燿の心臓の辺りに一度くちづけると、そのままじゅうっと乳首に吸いつく。吸いながら舌先で乳首を転がすように舐められるのに耐えかねて、燿は背中を大きく反らせた。 「ん、んー!」 結果的に胸も首も腹も、蒼波にすべて差し出すような形になっていることに燿は気づいていない。腰がずっしり重くなるのを感じて、燿はなんとか蒼波と密着している自分の下半身を逃そうともがいた。 「燿ちゃん、勃ってる。気持ちよかった?」 口を離した蒼波が大きく息をついて、自分のシャツを脱ぎ捨てる。燿は答えることなく蒼波のあらわになった上半身から目を逸らした。 「もう。頑固だな」 言いざま蒼波は燿のスウェットのウエスト部分に両手をかけて、下着ごと引き下ろす。 「うわ!? なにやってんだ!」 「なにって、えっちするんだから脱がなきゃ」 改めてはっきりと言葉にされて、燿は固まってしまった。その間に蒼波はてきぱきと燿のスウェットを脱がせてしまう。そして筋肉のついた足に触れた。 「燿ちゃんはやっぱりきれいだね」
「いってぇ」 「ね、燿ちゃん。いい?」 なにが? と燿は尋ねることができなかった。仰向けに倒れた燿に覆いかぶさる形になっている蒼波とは下半身が密着している。蒼波のそこが硬く張っているのが伝わってきたからだ。 「あお、あおば……。待て、ちょっと」 制止の声を上げた燿に向かって、蒼波が頬を膨らませる。不満があるときの蒼波の癖だ。むすっとしたまま蒼波は燿の耳元へ口を寄せ、低い声で内緒話をするように言った。 「ずっと待ってたよ。もう待てない」 耳をはむりと噛まれて、耳朶に舌を這わされる。燿は「ひっ」と肩をすくめた。 「ダメ?」 「少し離れろ」 「どうしてもダメ?」 燿の上でしょんぼりとしている蒼波を見ていると、燿はどうしようもなく庇護欲を覚える。それが今まさに自分を食べてしまおうとしている男に向けるものではないと解ってはいるのだが、長年培ってきた習性というものは恐ろしい。 しばらく逡巡したのち、燿はぽつりと言った。 「ダメとは言わねぇけど。お前、こういうのしたことあんのかよ」 「ないよ?」 「だったらよく解んねーだろ? また改めて調べるとかして」 「でも燿ちゃんとしたかったから、調べたことならある」 燿は頭を抱える思いだ。この方面について、蒼波はきっと疎いだろうと考えて逃げ道にしようとしたのだが、完全に裏目に出てしまった。 「えっと、でも、ほら。なんかいろいろ大変なんじゃ」 「もしかして、燿ちゃん。怖いの?」 怖いに決まっているだろうと燿は心の中で怒鳴る。それを素直に口にできないのが燿の悪いところでもあった。せっかく蒼波が訊いてくれたにもかかわらず、燿の口からは真逆の答えが飛び出してしまう。 「こ、怖いわけ、ないだろ」 「だったら、もっと力抜いて」