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桜木いとか
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Novels by 桜木いとか

ガラクタはキラキラ

ガラクタはキラキラ

■「俺はそんなにきれいじゃない」美しく可愛いものばかり集める幼馴染みとの恋は綺麗事では済まなくて。 ■室橋燿の幼馴染みの高遠蒼波は優しい性格をしており、きれいで可愛いものを集める趣味を持っている。  そんな蒼波の世話を焼くのが好きな燿は、蒼波が自分へ向けてくる好意に恋愛感情が含まれていることに気づき意識し始めた。  しかし、蒼波の集めるものと自分との差に悩む燿は、蒼波からの告白に動揺してひどい言葉を放ってしまう。  綺麗事を並べたい高校生の恋のお話。
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Chapter: Ⅱ-7
「気持ち、いいか?」「俺の台詞、取らないで」 蒼波は汗で額に貼りついている燿の黒髪を優しく払ってから、ゆっくりと動き始める。喘ぎの合間から燿が小さな声で呟くのが聞こえた。「俺だって、不安なんだよ」「燿ちゃん?」「俺で、お前が、気持ちいいのか、とか」「気持ちいいって、言ってるのに」 最初のときも蒼波は気持ちよくて止まることができなかったのに、なにを不安に思うことがあるのだろうか。今だって燿にちゃんと話させてやりたいと思っているのに、どん欲な自分は腰を動かすことをやめられずにいる。奥深くまで来てもよいと許可された喜びで爆発しそうだ。「奥までするの、どんな感じ?」 尋ねながら蒼波はこれ以上奥はないというところまで自身を捻じ込んだ。きれいにしなる燿の背中をしっかりと抱いて、何度も最奥を貫く。「あ、あっ。ん、あおばっ」「やめる?」 燿が首を横に振ったのを見て、蒼波は微笑みを浮かべた。負けず嫌いの燿のことだから、多少無理はしているのだろうけれど、本当にいやがっている様子はない。「じゃあ、今日は奥で気持ちよくなって?」 角度を変えて前立腺をかすめるように突き入れて、奥の奥まで抉るように動く蒼波に、燿がしがみついてきた。それだけではやり過ごせなかったのか、蒼波の肩に噛みついてくる。声を抑えたかったのかもしれない。噛みつくたびに後孔がぎゅっと締まるので、蒼波はそれだけで持っていかれそうになった。「燿ちゃん、燿ちゃん」「ん、んんっ」 蒼波は夢中になって燿の中心へと手を伸ばし、一緒に達するために刺激を与えようとする。しかし、自分の動きが激しくていつものように燿をうながすことができなかった。「あ! あおばっ。ちょっと、あ、ああっ」 今の動きでまた角度が変わってしまったのか、燿がひときわ大きな声を出す。とっさに燿の口を手でふさいだ蒼波は、そのまま抽挿を繰り返した。「んっ。んー! んうっ」「燿ちゃん、イキそう?」 全身を震わせている燿の姿を見て蒼波が問いかけると、燿は何度もうなずいて蒼波の腕や肩に爪を立てる。燿が耐えがたい快楽の
Last Updated: 2025-11-26
Chapter: Ⅱ-6
「燿ちゃん」「な、に?」「挿れてほしい?」 問い直した蒼波を唖然と見つめてくる燿が、少しおかしかった。それでも蒼波はどうしても答えてもらいたくて、燿の中心をひとなでする。のけぞる首筋に噛みつくようにキスをして、もう一度訊く。「ねぇ、挿れてほしい?」「もう言っただろ」「挿れてもいいと挿れてほしいは違う」 燿が息を詰めたのが伝わってきた。蒼波には本当は燿がどんな状態なのかも、なにを望んでいるのかだって解っている。けれど言葉にしてほしかった。「この……っ。バカ蒼波! とっとと挿れてイかせろ!」 言いざま燿は両足を使って蒼波の腰を自分の方へと寄せる。慌てたのは蒼波の方だ。「燿ちゃん、待って。ゴムしてない」「そのままで、いい」 ぐいぐいと腰を引き寄せる燿を一度落ち着かせて、蒼波はなんとかコンドームを装着した。そのままでもよいと言われても、燿が体調を崩したりするのはいやだ。「あおば」「うん」「はやく」 こんな風に急かされたら、それがはっきりとした言葉でなくてももう充分だ。蒼波は燿の足を開かせてゆっくりと先端を挿入した。浅く挿れては腰を引き、それを何度も繰り返しながら徐々に深くまで挿れていく。「ふ、あっ。んう」「燿ちゃん、つらくない?」「だい、じょぶ」 蒼波は燿の呼吸が少し落ち着くまで動かずにいた。「なあ、蒼波」「うん? 痛い?」「全部挿れろよ」 その言葉に蒼波は紅茶色の目を見開く。身長の高い蒼波のものは平均よりも大きめなので燿の負担が大きい。そう考えてこれまで蒼波はすべて挿れることをしてこなかった。燿には気づかれていないと思っていたのだが、ちゃんと解っていたらしい。「全部、ほしい」「燿ちゃんはずるい……!」 いつだって燿は蒼波の願い以上に、大きなものを返してくれる。蒼波が燿に抱いた恋慕の情に対しても、見つからなかったシーグラスについても、今の言葉にも、全部蒼波が思い描いたものよりもずっとよいものをこ
Last Updated: 2025-11-23
Chapter: Ⅱ-5
「お前、最初からその気だったのかよ」 「だって一緒の部屋にいて、我慢なんてできないし」 「だったら、なんでそんなに悩んでんだよ。好きにすりゃいいのに」 「それとこれは別。口でする? 手がいい?」  ついでのように次の愛撫をどうするか尋ねた蒼波に、燿はとうとう両手で顔を覆ってしまった。 「言わないとしないよ。ここ、このままだとつらいよね」  中心にそっと触れたとたんに燿の背中がしなる。「あ」と漏れる声に蒼波の腰も重たくなった。 「――……で」 「え? 聞こえない」 「手でいいから!」  蒼波が指を絡ませて緩く手を動かすと、燿は声をこらえようと唇を噛みしめる。本当なら好きなだけ喘がせてやりたいところだ。しかし隣の部屋が気になるのも確かなのでそのままにしておいた。  張り詰めている中心をしごきながら、後ろを優しくなでてみる。 「は、あっ。んん」 「一回イク? このまま後ろしていい?」  燿には蒼波の声が届いていない様子だった。頭を左右に振るだけで、まともな応えは返ってこない。蒼波はそんな燿の中に早く挿入りたくなって、ローションのキャップを乱暴な手つきで開けた。両手にぶちまけるように出したローションを温めるのももどかしくて、そのまま燿の後孔へ指を這わせる。 「冷てぇ、んっ。うあ」 「ここ、してもいい?」  蒼波の我慢も限界に来ていたが、今日は全部言ってもらうと決めていたため、なんとか耐えようとしていた。燿がこくこくとうなずくのを見て、ローションをまとわせた指を一本、ゆっくりと沈ませる。 「あ、あっ」 「静かに」 「んんっ。ん!」  燿がまた自分で自分の口をふさいだことによって、部屋には燿の荒い息遣いと後孔に施されるぐちぐちというはしたない愛撫の音だけが響いた。指を増やすたびにそこからは淫猥な音が響くようになり、燿の中心も腹につきそうなくらいに反り返っていく。 「燿ちゃん、挿れてもいい? ダメ?」  後ろへ三本目をくわえさせた蒼波は、ふーふーと息を吐いている燿に尋ねた。流石にこの質問には答えづらいら
Last Updated: 2025-11-21
Chapter: Ⅱ-4
***「ん、ん……っ」  甘さを含んだ燿の声が合わせた唇の隙間からこぼれ落ちる。吐息混じりのそれは簡単に蒼波に火をつけた。唇をついばむようにしたり、こじ開けて舌を差し入れたりしながら、蒼波はキスを続ける。  最初にキスをしたときから、燿は上あごの辺りを舌先でくすぐられるのにとても弱いと解っていた。今夜はわざと上あごには触れずに舌を絡ませて遊ぶ。それが気に入らなかったのか、燿が蒼波の胸をどんっとたたいて口を離した。 「どうしたの?」 「するならちゃんとしろ」 「ちゃんとって、どこをどうする?」  蒼波の言葉を受けて、燿がぽかんと口を開ける。蒼波は燿のしてほしいことだけをしたいと考えた末に、全部言ってもらうことにした。だが、それが一歩間違うとプレイの一環になってしまうことには気づかないままだ。燿は瞬間湯沸かし器にでもなったかのように怒鳴った。 「そういうことは、いちいち言わなくていいだろ!」 「言ってくれなきゃ、いやなことしちゃうかもしれない」 「大丈夫だから、好きなようにしろよ!」 「絶対やだ。言って」  燿の反論ごと食べるようにくちづける。すると、燿は器用に蒼波の舌を自分の口へ招き入れて、上あごの辺りに押しつけるようにした。言葉にはしてもらえなかったが、その辺りを舐めろということだとは蒼波にも解る。舌先で軽くつついたり、なぞったりすると、燿がしがみついてきた。 「んん、んっ」 「燿ちゃん、次は?」 「お前、最悪」  ナイトウエアの胸元のボタンに片手を、もう片方の手を裾の方へと持っていった蒼波に、燿が毒づく。 「最悪じゃないよ。最高にするから、どっち?」 「お前の好きな方」  燿の答えはまた明確のものではなかった。蒼波は仕方なくいつも通りの手順でボタンを外す作業に取りかかろうとしたが、ふと思いとどまる。いつも通りではない方がよいのかもしれないと考え、ナイトウエアの裾に手を突っ込んだ。 「う、わっ。あ!」 「声大きいよ、燿ちゃん」  ビジネスホテルの壁はそれほど厚くはない。大騒ぎしてしまうとなにをして
Last Updated: 2025-11-19
Chapter: Ⅱ-3
「今のはびっくりしただけだぞ?」 「でも燿ちゃん、俺が触るのいやがるし」 「それは」 「えっちのときだって『いや』とか『だめ』ばっかりで、俺……」  もう少し順序立てて話すつもりだったのに、結局蒼波は思いつくままを言葉にしてしまった。燿が大きくため息を吐き出して起き上がる。それすら蒼波は怖かった。 「あのなあ、蒼波」 「うん?」  燿の手が伸びてきて、蒼波のまだ湿った色の濃い茶色の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。 「幼馴染みとそんな簡単に、さらっとエロいことできるわけねーだろ!?」 「え? それでなんでいやがるの?」  蒼波の言葉を聞いた燿ががっくりとうなだれた。 「燿ちゃん?」 「前も言ったけど! 恥ずかしいんだよ!」 「それだと『いや』とか『だめ』になるの?」 「あーもう! それは気持ちよすぎるから……って、なに言わせんだ!」  白状した燿の姿を見て、蒼波は安堵のあまり脱力してしまう。体中の力が抜けたついでに涙腺も緩んでしまったようだ。視界がぼやけていくのを止められなかった。 「え、ちょっ、なに泣いてんだよ」 「だって、燿ちゃん本当にいやなのかと思ってたから」 「本当にいやだったら最後までするか、バカ」 「よかった」  慌てふためいてなだめようとしてくる燿を、ぎゅっと抱きしめる。燿が伸び上がるようにして蒼波の頭をなでてくれるのが心地よかった。 「今日は今までで一番気持ちよくするね」 「は? お前、まさか」  泣きながら笑う蒼波を見た燿が距離を取ろうとじたばたともがき始める。そんな燿をしっかりと抱いたまま、蒼波はベッドへ転がった。
Last Updated: 2025-11-16
Chapter: Ⅱ-2
「……燿ちゃん、無防備すぎ」  このホテルのナイトウエアは男女兼用のワンピースタイプだ。つまり一般的なパジャマとは異なりズボンがついていない。蒼波は頭を抱える思いだった。それでもそもそも蒼波はその気ではいるため、自分のベッドの枕の下にローションとコンドームを忍ばせてしまう。  いやがられているのは解っていても、こんなシチュエーションでは我慢などできない。ただ、今夜はちゃんとなにがそんなにいやなのかを燿に訊こうとは思っていた。  しばらくするとシャワーを浴び終えた燿が戻ってくる。濡れた黒髪をタオルで拭きながら蒼波にも入るようにとバスルームを指差した。 「泳いでなくても潮風のせいでベタベタだったぜ」 「ずっと海にいたから仕方ないよね」  ワンピースタイプのナイトウエアを着た燿はとてもかわいらしい。蒼波は身長の関係で恐らくサイズが合わないだろうと思ってスウェットを持ってきていたので、それを持ってバスルームに向かった。  今日は念願の海に来られただけでなく、燿と一緒に一泊することができて蒼波は満足している。シーグラスは見つからなかったけれど、その代わり燿からきれいな石をプレゼントしてもらえた。あとは蒼波の疑問が解消さえすれば言うことはない。  髪と体を洗って、少しの間気持ちを落ち着かせようとシャワーに打たれる。 「よし。ちゃんと燿ちゃんに訊こう」  両の頬をぱしんと叩き気合を入れて、蒼波はバスルームから燿のいる部屋へ行った。  そこにはベッドにうつ伏せて足をぱたぱたとさせながらテレビを見ている燿がいる。ナイトウエアの裾が膝の上までめくれていて、蒼波はたまらずうなった。 「おー、遅かったな」 「燿ちゃん、わざと?」 「なにが?」 「こういうの、わざとしてるんでしょ?」  燿のそばまで行った蒼波はベッドに腰かけると、むき出しになっている燿のふくらはぎをなでる。とたんに「うひゃあ」と色気のない声を上げて、燿が逃げようとした。蒼波はとっさに燿の足首をつかんで阻止する。 「は、放せ」 「いや? 燿ちゃんがいやならしない」 「……蒼波?」  う
Last Updated: 2025-11-14
紅の月、籠の鳥

紅の月、籠の鳥

■「なぜここに来たのだろう。どうしてここにいるのだろう」 自ら館に囚われる少年と、彼を慈しむ主の紳士。 二人の歪んだ愛の先に待つのものは、幸福か、破滅か。 完璧紳士×おっとり少年のダークファンタジーBL。
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Chapter: 【急】Ⅲ
 五月は翌日には目覚めたものの、ひどい貧血で起き上がることができなかった。ハーベンはそんな五月の世話を一から十まで焼く。体を拭いてやり、手ずからリゾットを口へと運んで食事を摂らせた。そしていつものホットミルクを飲ませて、五月を寝かしつける。 「おやすみ、サツキ。愛しているよ。よい夢を」 「……ぼくも。すき」  あのディナーの夜以来、初めて五月が発した言葉だった。  五月はハーベンによる死の一歩手前までの強烈な吸血行為による大量の失血と精神的なショックから、多くの記憶を壊されてしまった。痛みも悲しみも、真実さえも、もはや思い出すことができない。ただ、この館にずっといる事実と、目の前で甲斐甲斐しく自分の世話をしてくれるハーベンという人物を愛している感情だけが、白い紙にインクで丁寧に書き込まれて残っており、後はまるで塗りつぶされたかのように失われているのだ。  ふいに、こげ茶の瞳がハーベンを見上げた。 「ぼく、ここ、いていい?」  ―ー……ああ! とうとうこの瞬間が訪れた! とハーベンは心の内で歓喜に打ち震えた。今、この瞬間に五月は完全にハーベンのものになったと確信する。  表情には露ほども表わさず、優しい微笑みを浮かべたハーベンが五月をこの上なく優しい手つきで抱き寄せた。 「もちろん。君にはここがとてもよく似合うのだから」  そして五月の喉元に白く長い指を這わせ、ゆっくりと唇を重ねる。  窓の外には二人を静かに見下ろす、紅月がひっそりと浮かんでいた。      了
Last Updated: 2025-09-23
Chapter: 【急】Ⅱ
 混乱したまま、行くあてもなく五月はふらふらとひたすら歩き続けていた。どこをどう歩いてきたのかもよく覚えていない。ただ、もうあの館には戻ってはいけないと考えていた。しかしそう思ったとたんに、堪らなくハーベンに会いたくなってしまう。その気持ちを打ち消すようにまた一歩、一歩と五月は歩を進めた。なるべく館から離れるようにと考えてのことだ。「ハーベン……」 愛しい名前を呼んでみた。だが、その人がどうしてあの時あそこにいたのだろうか。さっき見た広がる黒いインクが赤い血の海とすり替わる。父と母と姉が切り裂かれて目を見開き、倒れ伏していたあの場所に、ハーベンがいるはずがなかった。 考えよう、思い出そう、そう強く思えば思うほど五月の呼吸と鼓動は速まって、頭痛と吐き気がひどくなっていく。あまりの体調の悪さに意識がもうろうとしてきた時、五月の体は甘くしびれるような感覚に包まれたような気がした。ホットミルクを飲んだ時のようでもあり、ハーベンにキスをされている時のようでもある。「う……ハーベン、ハーベン」 今、ここにハーベンがいないことが、とても苦しい。どうしたって五月はハーベンを愛していた。あのホットミルクを差し出してくれる優しいまなざしと、キスをして抱きしめて眠ってくれる愛しい人のそばにいたい。 けれど、頭のどこか遠くの方で「戻ってはいけない」ともう一人の自分が叫んでいるような気もしている。 おぼつかない足取りで歩き続ける五月を見かねたのか、通りかかった白髪交じりの老翁が「おい、大丈夫かい?」と手を差し伸べてきた。しかし、その声は五月の耳にはもう届いていない。今にも倒れ込みそうなのに、どうしても足を止めることができなかった。 ふらりふらりと必死に歩いて、五月がたどり着いたのは、尖った屋根にグレーのレンガ、絡まった蔦に重厚な門扉を持つハーベンの館だ。まるで酩酊している者のように、五月は門を開いて力なくドアをノックしようとした。 その時、バンっと音を立ててドアが開く。ハーベンが満面の笑みを浮かべ、拍手と共に五月を迎えた。「お帰り! 愛しいサツキ! 待っていたよ!」「……ハ
Last Updated: 2025-09-20
Chapter: 【急】Ⅰ
 さいわいなことに、五月の風邪はそれ以上ひどくはならず、すぐに快復した。ハーベンは五月が館を飛び出してしまったことを責めることはなく、五月もその日の出来事に触れない。そうやって二人は日常へと戻っていった。 ただ、あの日から例の使用人の姿を見かけることはない。課されたルールはたったひとつだった。それは『五月と話さないこと』だ。五月もそれは心得ていたのだが、たまたま廊下で使用人の彼が落としてしまったハンカチを、五月が拾って渡したことに彼が礼を述べ、五月はそれに対して「どういたしまして」と返した。それだけだったのだ。 そんなこともあってか、五月はあの日以来、ハーベンの姿が視界に入らないと落ち着かない。「ね、今日も書斎に行っていい?」「ああ。好きな本を読むといい」 朝食の時にそうお願いをして、五月はハーベンが仕事をするかたわらで本を読んでいた。室内にはハーベンが走らせるペンの音と、五月が本のページをめくる紙がこすれる音だけが響いている。「おや、いけない」 ぽつりとハーベンがつぶやいた。五月は反射的に本を置いてハーベンの机まで歩いていく。ハーベンは長くきれいな指先で万年筆を遊ばせるように何度か振って、小さなため息をついた。「どうしたの?」「万年筆がダメになってしまってね。これはもういらないな」 困ったように笑ったハーベンが、万年筆をまだ何も書かれていない書類の上に、まるで無価値で興味を失ったとでもいうように無造作に放り投げる。壊れてしまっていた万年筆は、インクも溜めておくことができなかったのか、書類の上に真っ黒な染みを作っていった。 その様子を見ていた五月はみるみるうちに顔色を変えて、自分で自分を抱くようにしながら、カタカタと震え始める。「サツキ? どうしたんだい?」 優しい問いかけにも五月が答えることはなかった。 五月にこげ茶の目には、広がるインクだけが映っている。広がり続けるインクは、これまで何度も警鐘を鳴らしていた光景を呼び起こすのに十分なものだった。 血だまりに立つ『男』、そして事切れている父母と、姉――……。「うわああああ――っ!」
Last Updated: 2025-09-18
Chapter: 【破】Ⅲ
 雨の降る中を二人で館まで歩く。さっきまであんなに混乱していた気持ちが不思議と収まっていくのを五月は感じていた。門扉をくぐって敷石を踏み、重厚なドアを開くと、館の中はとても暖かい。居間に行くと暖炉には薪がくべられており、パチパチと火の粉が舞っていた。 ハーベンはすぐにホットチョコレートを淹れて五月に手渡してくれる。しかし五月は冷え切っていて、上手くカップを受け取れなかった。「先に体を温めよう。もう準備はできているからね」「お風呂?」「そう。今日はローズマリーを入れてみたよ」 なんでもハーベンが言うにはローズマリーには殺菌や抗菌の効果が期待できるほかにも、血行をよくしたりリフレッシュを助けたりもできるらしい。外出して冷え切った体を流すにはピッタリだと選んでくれたのだろう。 五月はハーベンに連れられてバスルームへ行き、衣類を丁寧に脱がせてもらって、ローズマリーの入浴剤が入ったバスタブへ浸かった。ハーベンはかたわらで腕まくりをして五月の髪と体を洗うと、より温まるよう腕やふくらはぎをマッサージしてくれる。 急に体が温まったせいなのか、五月は何度か小さく咳をした。「大丈夫かい?」「うん」「風邪でないといいだが……どんな薬も使いたくないからね。君には強すぎるかもしれないし」「平気だよ、ハーベン」 しっかりと温まった五月を、まるでこの世でもっとも貴重な宝石でも扱うかのような手つきでハーベンはタオルで包み込んだ。そして冷えない内にと手早く夜着とガウンを着せる。 五月は今、自分がどんな顔をしているだろうかと恥ずかしくなった。子供のようにハーベンに風呂に入れてもらって、すべての世話を任せてしまっている。自然と顔が熱くなるのを感じた。バスルームに鏡がなくてよかったと心底思う。「今日はもう疲れただろう? 早めに眠るといい」「そうする」「ホットミルクを持っていくから、先にベッドに入っていなさい」 ベッドルームの前でハーベンはそう言い残して一度キッチンへと引き返して行った。五月はガウンを脱いで、言われた通りにベッドにもぐりこむ。サラサラと肌に当たる寝具が気持ち
Last Updated: 2025-09-16
Chapter: 【破】Ⅱ
 あの日の出来事がいったい何だったのか正体はわからないままだ。それでもハーベンと五月の暮らしは揺らぐことなく続いていた。 次の朝には五月は落ち着きを取り戻し、いつものようにハーベンが作った食事を食べて、本を読んだり庭の花々を見て回ったり、午後のケーキの時間にはハーベンと談笑したりと、しあわせな時間を過ごし、夜には彼と共に眠る。 今日はハーベンに借りていた本を返して、違う本を読ませてもらおうと書斎に行く予定にしていた。五月は自分の部屋を出て長い廊下を歩いて行く。規則的に並んだ窓からは庭がよく見えた。「天気、悪いなあ」 いつぞやのハーベンとの庭でのデートの時のように、重く暗く空には雲が垂れ込めている。しばし外を眺めていた五月の耳に、ハーベンの声が微かに届いた。何を言っているのかはわからないが、使用人と話しているようだ。ここ一週間ほどはハーベンの仕事が忙しく、食事と就寝の時しか顔を併せることができていなかったこともあって、五月は嬉しくなり話声のする方へと走り出そうとした。 ところが、そこへ使用人の小さな声が聞こえてきて、五月の足は自然と止まる。「申し訳なく存じます」「私はなぜ規則を破ったかと訊いているんだ」「それは……」 ハーベンが使用人に対して怒っているのは明白だった。廊下を曲がれば、そこにハーベンと使用人がいるだろう。五月は早鐘を打つ鼓動が鎮まるよう願いながら、こっそりと二人の様子をうかがった。 そこには想像通り、うなだれる若い男性の使用人とハーベンの姿がある。悲しそうにしている使用人は心から反省しているのだと思われた。対してハーベンの顔からは常日頃絶やすことのない笑みが完全に消えていて、本気で怒っている。 ハーベンの表情を見た瞬間、五月は体の芯から震え上がった。体温が急速に下がっていく感覚に襲われ、歯の根が合わない。 ここにいてはいけない。 理由もなく強く感じた五月は足音が立つのも構わずに走って、再び館から逃げ出した。 曇っていた空からとうとう雨粒が落ちてきた。薄着のまま館から出てきたからか、それとも恐怖からか、五月はガタガタと震えたまま町はずれの細い路地に座り込
Last Updated: 2025-09-13
Chapter: 【破】Ⅰ
 変わることなく過ぎていく日々の中、ある朝の食卓でのことだった。五月がいつもの通りハーベンお手製の朝食を食べていると、コーヒーを淹れていた彼がつかつかと五月の元へとやってくる。怪訝に思って顔を上げた五月の濃茶の髪を耳にかけたハーベンはじっと五月の顔を見た後、全身へと視線を滑らせた。 「どうしたの? ハーベン」 「少し痩せたかな?」  そのハーベンの言葉に五月は言い知れぬ恐怖にも似た感情を抱き、握っていたフォークを取り落とす。フォークは皿にぶつかってガチャンと嫌な音を立てた。五月は食堂を走り抜け、果ては屋敷からも飛び出して行く。  まだ朝の早い時間帯で人もまばらな町の中を走って、走って、走って、よくわからない場所まで来てから足を止めた。そこからはゆっくりと歩いて、ひたすら町をさまよい続ける。  五月は荒くなった呼吸を整え、一度考えを整理しようと深呼吸を繰り返した。 「だって、僕は、ちゃんと食べてた……」  自分の食事や間食はすべてハーベンが用意していた。余計なものは口にはしていない。それから食事を残していないことも確認できた。五月は少しだけ安堵する。  それに先程のハーベンはいつもと変わらぬ笑みを湛えていたし、多分怒っていたのではないだろう。五月の体調を純粋に心配してくれただけかもしれないのに、なぜ自分はこんな風にパニックを起こしてしまったのか。  歩き回りながらそんなことをずっと考え続けていた五月は、徐々に意識が遠のいていくのを感じた。  暗くなった視界に気づいた五月が慌てて目を開くと、見慣れたレンガと梁が目に入る。 「――……あれ?」  五月は館のベッドで眠っていた。仄かに香る石けんの匂いと着替えが済んでいる。そして隣には寝息を立てているハーベンがいた。まるきりいつもの夜を迎えていることに五月は戸惑ったが、ハーベンを起こして問いただす勇気は出ない。  自分は朝、この館を出て行ったはずなのに、いつの間に戻ったのだろうか。疑問を抱きつつ身じろぎすると、ハーベンの翡翠の瞳が薄く開いた。 「お帰り、サツキ」 「……ご、ごめんなさい」 「構わないよ。ああ、君は本当によい香りがするね」  ハーベンはそう
Last Updated: 2025-09-11
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