燿は午後の授業でも食後の眠気と戦っていたが、放課後になればその眠気は驚きの速さでどこかへ飛んでいく。
「燿ちゃん、今日は部活だよね?」 「おう。お前は? 手芸部行くのか?」 「今日は委員会の方に出なきゃならないんだ」 蒼波は小さいころから花が好きだったこともあって、中学生の時も高校に入ってからも園芸委員をしている。校内の花壇の管理が主な仕事だと聞いた。季節の変わり目なので、花がらを摘んだり肥料をまいたりと仕事はたくさんあるのだろう。 「なら終わったら帰ってろ」 「そうする。じゃあ、行くね」 それでも恐らく燿の所属する陸上部の練習よりは、園芸委員会の集まりの方が早く終わると判断してそう告げる。蒼波は少し残念そうな表情を浮かべながら教室から出て行った。蒼波を見送った燿も部室に行くために、急いで鞄に教科書とノートを詰め込む。 部室で競技用ウェアに着替えた燿は、グラウンドに出るとひとつ伸びをした。蝉の声がずいぶん小さくなってきたように思えるけれど、太陽はまだ眩しく肌を刺すように照っている。 着替えているときに今日は各自が決めている練習メニューをこなすようにと指示された。短距離を専門としている燿は、スタートダッシュと加速走に重点を置いたメニューの日だったので、頭の中でイメージしながらまずは入念にストレッチを行う。 前屈をしたのち上体を大きく反らせると、空が見えた。ふと、今朝蒼波が拾っていた水色のビー玉のことを思い出す。 蒼波ははたから見ればガラクタのようなものでも、きれい、かわいいと言って集めるのが好きだ。それは小石やどんぐり、落ち葉だったり、コンビニエンスストアで売られているお菓子のオマケだったり、ボルトやナットだったりすることもある。すべて丁寧に汚れを落として空き瓶に入れて部屋に飾られているので、蒼波の部屋はガラス瓶だらけだ。さらにそこへ蒼波の両親がお土産としてガラス細工をはじめとする海外の工芸品を与えるので、とにかく蒼波の部屋にはものが多い。そして学校の行き帰りに歩いている間が、蒼波にとっては宝物探しの時間なのだ。 燿には蒼波の美の基準はよく解らなかったが、否定する気持ちは一切ない。むしろそんな風にものをいつくしむことができる蒼波をすごいと思っていた。 「室橋ー! 準備にいつまでかかってるんだ!」 「はい! 今行きます!」 部長の声にはっとなった燿は、頭の中を占めていた思考を追い出す。練習のときに別のことを考えるのは性に合わなかった。 まずは四百メートルを流して走り、その後ラダートレーニングを行って、スタートダッシュ三十メートルを三本、五十メートルを二本こなす。さらに加速走というトップスピード向上のための練習や計測、体幹トレーニング、クールダウンまでみっちりと行った。気づけば辺りは夕焼けに包まれ始めている。 「よし、今日は上がれ!」 練習終了を告げるた部長に「お疲れ様でした」と一礼して、トレーニングに使用した器具を片づけた。部室にはシャワーがついていて、先輩から順に使用できることになっている。 シャワーを浴び終わると燿の腹がぐうと音を立てた。補給食は摂っていたものの、早く夕食を食べたい。燿は急いで身なりを整え帰路についた。「痛いよね。ごめん、ごめんね」 「う、あっ。いい、から」 蒼波のものをすべて受け入れるまでとてつもない時間を要した気がする。心の準備はできているつもりだったが、体には力が入って拒んでしまうのが現実だった。 「全部、挿入った……」 それでも蒼波が吐息を混ぜながら嬉しそうに言ったときには、燿もしあわせな気持ちになる。 蒼波は少しの間じっとして燿の呼吸が整うのを待ちたかったらしい。だが、微かに蒼波の腰が揺れ始めていることに気づいて、燿はくすりと笑みをこぼした。笑うと体内の蒼波にダイレクトに伝わるらしく、上から小さなうめき声が聞こえてくるのもおかしい。 「動きてぇんだろ?」 「うん……でも」 「ゆっくりなら、いい」 燿が言い終わらないうちに埋め込まれていた屹立がずるずると引き抜かれていった。抜ける寸前で今度は奥まで押し込まれる。その動作は繰り返されるたびに速度を上げていった。 「あ、バカ! ゆっくりって」 「ごめん、無理。気持ち、いい」 ぐっと根元まで挿れられて、燿はとっさにシーツをつかむ。蒼波はそんな燿の足をさらに開かせて腰を打ちつけた。 「う、あっ。あ、んんっ」 角度が変わったことによって、前立腺に蒼波の屹立が当たるようになったため、燿は喘ぐばかりだ。早急な抽挿に苦情を言うこともできなくなった。 「気持ちいとこ、当たってる?」 「ひ、うっ。あ! あ、んうっ」 燿の手がシーツを掻いて、自分の腰をわしづかみにしている蒼波の腕へと伸びる。先ほどと同じくなにかにつかまっていなければ耐えられないと思った。その間にも蒼波は腰を送り込んで燿を追いつめていく。 「あおば、も、やだ……っ」 「もうちょっと、待って」 達したいと訴えても、蒼波は燿の中心になかなか触れてくれなかった。蒼波が今まで以上に奥深くまで抉るように突いてくるので、燿の口からはまた意味を成さない喘ぎだけがこぼれる。やがて燿の上で蒼波が荒い息を吐き出した。 「燿ちゃん、俺もイクから、一緒に」 そう宣言した蒼波が反り返って腹につきそうになって
深いキスを受けると、脳にぼんやりとかすみがかかったようになり、燿の体のこわばりはとけていった。それを見計らって蒼波がゆっくりと指を一本挿入する。「んんう……っ」「痛くない?」「へんなかんじ、する」 蒼波は燿に何度もくちづけながら、後孔へ愛撫を施した。時折中心にも刺激を与えつつ、後ろの指を動かして二本目までを挿れる。燿の様子をきちんと見ながら進めてくれるので、今のところ痛い思いも怖い思いもしていない。 そうやって蒼波は燿の後孔へ三本の指をくわえさせ、なにかを探るようにゆっくりと抜き差しを繰り返した。ハンドクリームが燿の体温でとけてぐじゅぐじゅと音を立てている。聞くに堪えないとばかりに、燿は両手で耳をふさごうとした。「あ! うあ、あっ」 蒼波の指が一点に触れたとたん、燿は悲鳴めいた嬌声を上げた。蒼波は探し物が見つかったというようにその場所を繰り返し刺激する。「あ、やだ。蒼波! そこ、やだ!」「燿ちゃんの気持ちいいところだよ」 気持ちいいどころの話ではない。意識が飛びそうになるのを必死にこらえながら、燿は蒼波の首筋にかじりつくように抱きついた。なにかにすがっていなければ、強烈な快楽に押し流されてしまいそうだ。「あ、蒼波っ。それ、イっちまうから」「ん」 蒼波はうなずくといきなり燿の後ろからすべての指を引き抜いた。その刺激すら今の燿には快感となる。自分のスウェットを下ろした蒼波が、どこから取り出したのかコンドームを装着し、ぐったりとベッドに横たわる燿の両足を抱えた。「燿ちゃん、いやなら、俺のこと蹴って逃げて」「うるせ」「もう本当に止まれないよ?」 こんなときでさえ燿のことを一番に考えてくれる蒼波の気持ちが嬉しい。蒼波がすることならなにも怖いことはない。痛みをともなう行為でさえ、蒼波と一緒なら構わない。 指とはまったく比べ物にならない質量のものが、慎重に、ゆっくりと燿の中に押し入ってきた。「く……あ、あうっ」「燿ちゃん、燿ちゃん」 うわごとのように燿を呼びながら、蒼波
「燿ちゃん、そのままうつ伏せて腰だけ上げて」「はあ!? そんなのできるわけ」「じゃあ、腰の下にクッション入れるから仰向けに転がって」 どっちの選択肢も燿にとっては地獄である。「蒼波。なあ、ちょっと落ち着こう」「落ち着けると思う?」 蒼波がここまで強くものを言うのは本当に珍しかった。燿は蒼波の下半身を改めて見る。先ほどよりもずっと硬く張り詰めているのがスウェット越しにも解った。今すぐにでもどうにかしたいくらいの状態だろう。それを蒼波がこらえているのは、全部燿を思ってのことだ。「なら、俺がしてやるから」 燿はなんとかこの状況を打開できないかと提案してみた。しかし蒼波に胸をとんっと押されてベッドに転がされてしまう。「蒼波!」「俺、燿ちゃんの中がいい。お願い」 蒼波は弱気なところが目立つけれど、一度言い出したことは絶対に曲げない。妙なところで頑固なのだ。燿はそれを解っていたから、蒼波とこじれたときにも自分の方がどうにかしなくてはならないと思っていた。 その厄介な頑固さが、ここにきて発揮されると誰が想像しただろうか。 うなっている燿に足を立てるようにうながし、腰の下にクッションまで入れてしまった蒼波は、ハンドクリームを手のひらに出してのばしている。これはもう逃げ出すことはできない。別に嫌なわけではないし、興味がないわけでもない。ただまさか自分が受け身になるとは思っていなかったので、ちょっと怖いと感じているだけだ。「絶対怖いことはしないから」 そんな燿の気持ちを見透かしたように、蒼波が優しくくちづけてくる。下肢を這うぬるりとした感触は、ハンドクリームにまみれた蒼波の手のひらだろう。「ひっ。お前、どこ触ってんだ!」「お尻ほぐさないと挿れられないでしょう?」 後孔に触れられて体をこわばらせた燿に、蒼波はのんびりと答えた。蒼波は丁寧に優しく後ろを刺激したり、浅く指を沈ませたりし始める。「あ、ちょっと! やめ、あっ」「力抜いて? キスする?」 どこをどうすれば力が抜けるのか解らなくなった燿は、蒼波の申し出に激しくうなずいた。蒼波の言
言葉を返す余裕のない燿に構わず、蒼波はふくらはぎから太ももまでを何度もたどる。そうしておもむろに勃ち上がりかけている中心を軽く握り込んだ。 「う、あっ」 慌てて蒼波の手を押さえつけようとした燿の両手を軽く払って、蒼波はゆるゆると手を上下に動かし始める。 「蒼波っ。やめ、や! あっ」 「大丈夫。気持ちよくするだけだから」 別に燿に自慰の経験がないわけではない。しかし、他人の手でこのように高められるのは初めてのことだった。しかも相手は今しがた想いを交わしたばかりの蒼波である。 羞恥に混乱する中で、快楽を追う自分を蒼波はどんな風に思うのか。燿はそれが心配だった。 「あおば、あおば……っ」 「ここにいるよ」 荒い息の合間から蒼波の名を呼ぶと、安心させるように蒼波が答えてくれる。それでも燿の中心をしごく手を止めるつもりはないらしい。緩急をつけて動かしながら先端の敏感な部分をくるくる円を描くように撫でた。 「ん、ああっ」 燿は唇を噛みしめて迫ってくる射精感を耐えようとする。そんな燿に気づいた蒼波が、手を休めることなく燿にくちづけた。 「燿ちゃん、唇噛んだらダメ」 「ん、うっ。んん!」 「いつでも好きなときに出していいから」 唇を舌でこじ開けられて、燿には噛むものがなくなった。まさか口の中に入っている蒼波の舌を噛むわけにはいかない。口とともに中心へと与えられる刺激にぎゅっと目をつむった。 根元から先端までを強めにこすり上げられて、先に軽く爪を立てられたらもう我慢できない。 「んん、んー!」 瞼の裏がちかちかすると感じたのと同時に、蒼波の手のひらに吐精していた。 「いっぱい出たね」 「そういうことを、わざわざ、言うな」 荒い息の合間から文句を言ってみるが、蒼波はどこ吹く風といった様子だ。ティッシュで手を拭いてチェストの上にあったチューブに入ったなにかを持ってきた。 「なんだ? それ」 「ハンドクリーム」 燿がきょとんとしていると、蒼波が園芸や手芸は手荒れがひどくなるので使
蒼波はそう言いながら、燿の胸の辺りにそっと手を当てた。仕方なく深呼吸をして体から力を抜こうと試みる。そんな燿の胸元をなでつつ、蒼波はそろりそろりと腹の方へ手を下ろしていった。Tシャツの裾から蒼波の大きくて温かな手が忍び込む。 「蒼波っ」 「なに?」 「いや、なんでも……」 一度燿の素肌に触れたら、蒼波には遠慮がなくなった。割れた腹筋をなぞったり、へそをくすぐったりしながら今度はどんどん手が上にくる。その指先が胸の先端を掠めた瞬間、燿は言い知れない感覚に身をよじった。 「うあっ」 「燿ちゃん、胸気持ちいいの?」 「そんなわけあるか! くすぐったいだけ、ん、あっ」 蒼波は執拗に燿の乳首をつまんだりひっかいたりして刺激を与え続ける。一方の燿はいちいちもれ出す声をどうにかしようと両手で口をふさぐしかなかった。そんな燿を見下ろす蒼波はとても嬉しそうに見える。 燿のTシャツはいつの間にか首元までまくり上げられていた。蒼波は燿の心臓の辺りに一度くちづけると、そのままじゅうっと乳首に吸いつく。吸いながら舌先で乳首を転がすように舐められるのに耐えかねて、燿は背中を大きく反らせた。 「ん、んー!」 結果的に胸も首も腹も、蒼波にすべて差し出すような形になっていることに燿は気づいていない。腰がずっしり重くなるのを感じて、燿はなんとか蒼波と密着している自分の下半身を逃そうともがいた。 「燿ちゃん、勃ってる。気持ちよかった?」 口を離した蒼波が大きく息をついて、自分のシャツを脱ぎ捨てる。燿は答えることなく蒼波のあらわになった上半身から目を逸らした。 「もう。頑固だな」 言いざま蒼波は燿のスウェットのウエスト部分に両手をかけて、下着ごと引き下ろす。 「うわ!? なにやってんだ!」 「なにって、えっちするんだから脱がなきゃ」 改めてはっきりと言葉にされて、燿は固まってしまった。その間に蒼波はてきぱきと燿のスウェットを脱がせてしまう。そして筋肉のついた足に触れた。 「燿ちゃんはやっぱりきれいだね」
「いってぇ」 「ね、燿ちゃん。いい?」 なにが? と燿は尋ねることができなかった。仰向けに倒れた燿に覆いかぶさる形になっている蒼波とは下半身が密着している。蒼波のそこが硬く張っているのが伝わってきたからだ。 「あお、あおば……。待て、ちょっと」 制止の声を上げた燿に向かって、蒼波が頬を膨らませる。不満があるときの蒼波の癖だ。むすっとしたまま蒼波は燿の耳元へ口を寄せ、低い声で内緒話をするように言った。 「ずっと待ってたよ。もう待てない」 耳をはむりと噛まれて、耳朶に舌を這わされる。燿は「ひっ」と肩をすくめた。 「ダメ?」 「少し離れろ」 「どうしてもダメ?」 燿の上でしょんぼりとしている蒼波を見ていると、燿はどうしようもなく庇護欲を覚える。それが今まさに自分を食べてしまおうとしている男に向けるものではないと解ってはいるのだが、長年培ってきた習性というものは恐ろしい。 しばらく逡巡したのち、燿はぽつりと言った。 「ダメとは言わねぇけど。お前、こういうのしたことあんのかよ」 「ないよ?」 「だったらよく解んねーだろ? また改めて調べるとかして」 「でも燿ちゃんとしたかったから、調べたことならある」 燿は頭を抱える思いだ。この方面について、蒼波はきっと疎いだろうと考えて逃げ道にしようとしたのだが、完全に裏目に出てしまった。 「えっと、でも、ほら。なんかいろいろ大変なんじゃ」 「もしかして、燿ちゃん。怖いの?」 怖いに決まっているだろうと燿は心の中で怒鳴る。それを素直に口にできないのが燿の悪いところでもあった。せっかく蒼波が訊いてくれたにもかかわらず、燿の口からは真逆の答えが飛び出してしまう。 「こ、怖いわけ、ないだろ」 「だったら、もっと力抜いて」