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第四十一話 「描けない……」

Autor: 辻野幸枝
last update Fecha de publicación: 2026-08-19 07:07:10

配信を休止してから、三日が過ぎた。

部屋は静まり返っていた。

机の上には、開いたままのスケッチブック。

ペンタブレットの画面には、真っ白なキャンバスが映っている。

相沢ひまりは、その前に座ったまま動けずにいた。

「……描かなきゃ」

小さく呟く。

締切は待ってくれない。

出版社も、読者も、自分の新しい絵を待っている。

そう分かっているのに、手が動かなかった。

ペンを握る。

キャンバスへ近づける。

しかし、その瞬間だった。

『またパクリって言われるよ』

頭の中で、あの言葉がよみがえる。

ひまりは思わずペンを置いた。

「違う……」

首を振る。

「私は、ちゃんと自分で考えて描いてる」

それでも、不安は消えてくれない。

何を描こうとしても、

「誰かの真似だと思われたら」

そんな考えばかりが浮かんでしまう。

結局、その日も一本の線すら描けなかった。

***

昼過ぎ。

冷蔵庫を開ける。

中には、昨日買ったサンドイッチと牛乳が入っていた。

「食べなきゃ」

袋を開ける。

一口だけ口に運ぶ。

けれど、喉を通らない。

無理に飲み込もうとしても、胸の奥が詰まるような感覚がした。

「……だめだ」

サンドイッチ
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    配信を休止してから、三日が過ぎた。部屋は静まり返っていた。机の上には、開いたままのスケッチブック。ペンタブレットの画面には、真っ白なキャンバスが映っている。相沢ひまりは、その前に座ったまま動けずにいた。「……描かなきゃ」小さく呟く。締切は待ってくれない。出版社も、読者も、自分の新しい絵を待っている。そう分かっているのに、手が動かなかった。ペンを握る。キャンバスへ近づける。しかし、その瞬間だった。『またパクリって言われるよ』頭の中で、あの言葉がよみがえる。ひまりは思わずペンを置いた。「違う……」首を振る。「私は、ちゃんと自分で考えて描いてる」それでも、不安は消えてくれない。何を描こうとしても、「誰かの真似だと思われたら」そんな考えばかりが浮かんでしまう。結局、その日も一本の線すら描けなかった。***昼過ぎ。冷蔵庫を開ける。中には、昨日買ったサンドイッチと牛乳が入っていた。「食べなきゃ」袋を開ける。一口だけ口に運ぶ。けれど、喉を通らない。無理に飲み込もうとしても、胸の奥が詰まるような感覚がした。「……だめだ」サンドイッチをそっと包み直す。コップに水を注ぎ、一口飲む。それだけで精一杯だった。食欲がない。いや、それ以前に、何かを食べようという気持ちになれなかった。鏡を見ると、少しだけ頬がこけているように見えた。「こんなんじゃ……」力なく笑う。「絵を楽しみにしている子どもたちに心配されちゃうよね」その言葉さえ、どこか空しかった。***午後。担当編集者の三浦から電話が入る。「相沢さん、お加減はいかがですか?」「すみません……」その一言しか出てこない。「謝らなくて大丈夫ですよ」優しい声だった。「でも、絵が……」「まだ描けませんか」「はい」ひまりは唇をかんだ。「ペンを持つだけで怖くなるんです」「そうですか」三浦は急かすことなく、静かに耳を傾けてくれた。「締切は調整できます」「でも、ご迷惑を……」「迷惑なんて思っていません」その言葉に、思わず涙があふれる。「相沢さん」「はい」「絵本は、笑顔で描いていただきたいんです」「……」「今は、無理に描く時期ではありません」電話を切ったあとも、その言葉が心に残っていた。笑顔で描いてほしい。その願いが、今の自

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    登録者十万人を達成してから数日。相沢ひまりの周りは、これまで以上に慌ただしくなっていた。動画の再生回数は伸び続け、絵本も順調に売れている。出版社には取材の依頼が届き、VTuberとしてのコラボ企画の相談も増えていた。「こんな毎日になるなんて……。」ひまりは少し照れくさそうに笑う。スマートフォンを開くと、通知が次々と表示された。『十万人おめでとうございます!』『これからも応援しています!』『新作も楽しみにしています!』温かい言葉が並ぶたび、胸がじんわりと温かくなる。「ありがとうございます。」一つひとつのコメントに目を通しながら、小さく頭を下げた。その時だった。画面をスクロールする指が止まる。『結局、元子役だから売れたんでしょ。』「えっ……。」一瞬、目を疑った。読み間違いだと思った。しかし、その投稿の下には、さらに似たような言葉が並んでいた。『知名度が最初からあっただけ。』『無名だったら絶対に埋もれてる。』『肩書きだけでここまで来た人。』『絵より元子役って話題性でしょ。』胸が、少しだけ痛んだ。「そんなこと……。」スマートフォンを閉じようとする。それでも、気になってしまう。また開く。さらに新しい投稿が目に入る。『本当に実力あるイラストレーターがかわいそう。』『元芸能人はずるいよね。』『最初からスタートラインが違う。』ひまりはゆっくりとスマートフォンを伏せた。部屋の中が急に静かになった気がした。「私……。」胸の奥が苦しくなる。子役時代のことを思い出した。「子役だから。」「子どもだから。」「かわいいから。」演技ではなく、肩書きだけで評価されることも少なくなかった。ようやく絵で歩き始めたと思っていた。それなのに、また同じ言葉が自分を追いかけてくる。「私の絵を……見てくれていないのかな。」ぽつりと呟く。自然と視界がぼやけていった。***その日の夕方。ひまりはいつもの喫茶店を訪れていた。神崎蒼は窓際の席で本を読んでいたが、ひまりの表情を見ると、そっと本を閉じる。「何かあった?」「……はい。」ひまりはスマートフォンを差し出した。蒼は何も言わず、投稿を読んでいく。数分後。静かにスマートフォンをテーブルへ置いた。「全部読んだの?」「……読んでしまいました。」「そう。」

  • クズ事務所に捨てられましたが、私の絵の才能を信じてくれた最古参ニートの正体は石油王でした   第三十六話「急上昇ランキング」

    休日の朝。相沢ひまりは、いつものようにコーヒーを飲みながらスマートフォンを手に取った。「おはようございます……。」何気なく動画投稿サイトを開いた、その瞬間だった。「あれ?」画面に表示された文字を見て、思わず目をこすった。「急上昇ランキング……七位?」何度見ても変わらない。昨夜のお絵描き配信が、VTuber部門の急上昇ランキングに入っていた。「うそ……。」思わず声が漏れる。配信を開くと、コメント欄は朝から大賑わいだった。『急上昇おめでとう!』『ランキング見て来ました!』『初めて見たけど癒やされる!』『子どもと一緒に見ています!』『優しい配信っていいね。』ひまりは口元を押さえた。「こんなにたくさん……。」昨日まで知らなかった人たちが、自分の配信を見つけてくれている。そのことが何より嬉しかった。そこへ一本の電話が鳴る。担当編集者の三浦だった。「相沢さん、おはようございます!」「おはようございます!」「見ましたか?」「はい! 急上昇ランキングですよね!」三浦も興奮した様子だった。「編集部でも朝から大騒ぎなんですよ!」「本当に私なんでしょうか……。」「もちろんです。」三浦は笑う。「絵本の売れ行きも好調ですし、動画から本を知ってくださる方も増えています。」「そんなことまで……。」「相乗効果ですね。」ひまりは嬉しさと驚きで胸がいっぱいになった。「ありがとうございます。」電話を切ったあとも、コメント欄を何度も眺める。その一つひとつが、自分の背中を押してくれているようだった。***午後。ひまりはいつもの喫茶店へ向かった。窓際では、神崎蒼がコーヒーを飲みながら本を読んでいる。「神崎さん!」「おはよう。」「見ましたか?」スマートフォンを差し出す。蒼は画面を見ると、小さく微笑んだ。「急上昇だね。」「七位なんです!」「すごい。」その一言だけだった。けれど、蒼らしい祝福だった。「私、まだ夢を見ているみたいで。」「夢じゃない。」静かな声が返ってくる。「相沢さんが積み重ねてきた結果だよ。」「でも、運が良かっただけかもしれません。」蒼は首を横に振る。「毎回、丁寧に描いてる。」「……。」「コメントも一つずつ読んでる。」「はい。」「それを見てくれている人が増えた。」その言葉に

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