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第4話

作者: レモンティー
鈴音はすでに言い訳を用意しており、淡々と答えた。

「仕事に復帰するつもりなの。前の服は仕事向きじゃないものばかりだったから、全部処分したわ。新しい服を買おうと思ってるんだけど、お金の無駄遣いだって言う?」

その説明を聞くと、章臣の表情は少し和らいだ。

「もちろんだよ。欲しいものがあるなら何でも買えばいい。気に入らないものは好きなように買い替えて構わないから」

彼は、鈴音がお金の使い方をきちんとわきまえていることを知っていた。

これまで渡してきた生活費も、彼女はほとんど使わずにいた。

こんなにも思い切って物を処分したのは、今回が初めてだった。

もっとも、それらの服やバッグも何年も前のものばかりだ。

鈴音が捨てたいと言うなら、それでいい。

しばらくすれば、もったいないことをしたと後悔するのは鈴音自身だろう。

そうなれば、今後はもう無駄遣いもしなくなるはずだ。

鈴音はこれ以上章臣と話す気になれず、デスクへ戻ると、誠矢から送られてきた製品資料へ再び目を落とした。

以前なら、章臣が出張から帰ってくるたびに、鈴音は甘えるように彼へ抱きつき、あれこれと楽しそうに話をしていた。

だが今の鈴音はあまりにもあっさりしていて、まるで彼の帰りなど少しも待ちわびていなかったかのようだった。

そんな彼女の態度に、章臣の胸は不思議とざわついた。

その姿は、彼が鈴音へ想いを寄せ始めた頃を思い出させた。

あの頃の鈴音も、彼に対してこんなふうによそよそしかった。

まだ若い娘だというのに、どこか冷めていて頑固で、それまで彼が出会ってきた名家の令嬢たちとはまるで違っていた。

だからこそ、彼は強く惹かれたのだ。

何度想いを伝えても、彼女は逃げるばかりだった。

逃げられれば逃げられるほど、彼はますます夢中になっていった。

そしてようやく鈴音の心を射止め、二人にも甘く幸せな恋人の時間が訪れた。

いつからだったのだろう。

鈴音と過ごす日々に、何か物足りなさを感じるようになったのは。

優衣と出会って、彼はようやく気づいた。

自分と鈴音の関係は、あまりにも穏やかで安定しすぎていた。

刺激が足りなかったのだ、と。

そんな中、出会った頃のように素っ気ない鈴音を目の前にすると、彼女の心をもう一度振り向かせてみたいという衝動が湧き上がってくる。

これが男の性というものなのだろうか。

冷たく突き放されるほど、かえって興味を惹かれてしまう。

章臣は一歩近づき、鈴音を抱き寄せようとした。

その気配を察した鈴音の体は、とっさに強張る。

章臣を愛していた頃は、一日中でも彼のそばにいたいと思っていた。

けれど、彼が浮気をし、自分を裏切っていたと知ったあの日から、その愛は跡形もなく消え去った。

今では章臣という存在そのものも、彼から漂う匂いさえも、吐き気を催すほど嫌悪の対象でしかない。

鈴音は無意識に身をかわし、話題を変えた。

「章臣、仕事に通うのに必要だから、車を一台買いたいの」

章臣は迷うことなく頷いた。

「もちろん構わないよ。好きなのを選びな。代金は俺が払うから」

そう言うと、章臣は身をかがめ、彼女へキスをしようとした。

しかし鈴音は手を伸ばし、彼の唇をそっと押し返す。

章臣の瞳に疑念が浮かび始めたのを見て、鈴音は胸の奥の嫌悪感を押し隠し、わざと甘えるように頬を膨らませた。

「忘れたの?まだ風邪が治ってないのよ。それにあなたも出張から帰ってきたばかりで、会社の仕事が山積みでしょう?私の風邪がうつったら大変だもの。さっき薬を飲んだから、少し眠くなってきちゃった。先に休ませてもらうわね」

章臣も、自分が風邪をもらい、それを優衣へうつしてしまえば、お腹の子供に悪影響を及ぼしかねないと考え、鈴音を抱くことは諦めた。

彼は鈴音の髪を優しく撫で、いつもと変わらぬ穏やかな声で言った。

「分かった。ゆっくり休めよ。俺は外で一本電話を返してくる」

鈴音は章臣が寝室を出ていくのを見届けると、唇を強く結んだ。

そして気配を消し、静かに後を追う。

章臣は優衣の寝室へ入っていった。

ドアは完全には閉まっておらず、鈴音は廊下に立ったまま、中の会話をはっきりと聞いてしまった。

「章臣、鈴音さんには睡眠薬を飲ませた?もしまだ起きてるなら、今日は少し静かにしないと。見つかったら困るもの」

「今日は風邪薬を飲んだから、もう眠くなって寝てるよ。今日は睡眠薬を飲ませなくても大丈夫だ」

部屋の中からは、服を脱ぎ着する衣擦れの音が聞こえてきた。

鈴音はスマホを握り締めたまま、二人が抱き合い、口づけを交わす様子を動画に収める。

その手は、氷のように冷たくなっていた。

以前、章臣が優衣を家へ連れてきていた時も、密会するために自分へ睡眠薬を飲ませていたなど、夢にも思わなかった。

撮影を終えると、鈴音は足音を忍ばせて自室へ戻る。

棚からビタミンCのボトルを取り出し、蓋を開けて一粒取り出すと、ぬるま湯の入ったコップへ入れた。

続いてヨードチンキを取り出し、その中へ数滴垂らす。

薬学を学んできた彼女は、この二つを使えば判別できることを知っていた。

本物のビタミンC錠なら、茶色いヨードチンキはすぐに色が消える。

だが、コップの中では何の反応も起こらなかった。

つまり、この錠剤はビタミンCではない。

鈴音はこれまで何度も続いていた頭痛や強い眠気、理由の分からない気分の落ち込みを思い返した。

ずっと妊娠できないことへの焦りが原因だと思い込んでいた。

だが今になってようやく分かった。

あれはすべて、長期間にわたり睡眠薬を飲まされ続けた副作用だったのだ。

そして、そのすべてを仕組んでいたのは章臣だった。

鈴音は背筋が凍るような寒気を覚えた。

この半月、章臣が出張していたおかげで薬を飲まされずに済んでいた。

もし飲み続けていたら、お腹の子供へ取り返しのつかない影響が出ていたかもしれない。

そう思うほど、章臣への憎しみはさらに燃え上がった。

彼は二人の結婚も愛情も裏切っただけではない。平然と彼女の体まで傷つけていたのだ。

鈴音はそっと下腹部へ手を当てた。

どうしようもない悲しみが胸を締めつける。

もし将来、この子がこんな非情な父親の存在を知ることになるくらいなら、いっそ生まれてこない方が幸せなのではないか。

そんな考えさえ頭をよぎった。

鈴音はスマホを取り出し、病院の予約画面を開いて中絶手術の申し込みをしようとした。

その時、不意に着信音が鳴り響く。

祖母・川澄幸子(かわすみ ゆきこ)からだった。

父が亡くなった後、母は再婚し、鈴音は祖父母に育てられた。

だから二人には誰よりも懐いていた。

大学時代に祖父が亡くなると、鈴音は祖母とともに叔母・川澄美咲(かわすみ みさき)の家へ身を寄せ、この白羽市で暮らすようになった。

大学卒業後も、祖母に少しでも恩返しがしたいと思い、白羽市へ残って就職した。

しかし章臣と結婚してからは妊活に追われ、顔色も悪くなり、高齢の祖母へ心配をかけまいと、かえって会いに行く回数は減ってしまっていた。

そう思うと、祖母への申し訳なさが胸いっぱいに広がる。

「鈴音、明日は叔母さんのお誕生日だよ。章臣さんも都合がつくなら、一緒においで」

幸子の優しい声に、鈴音は胸が締めつけられた。

これ以上章臣とは関わりたくなかった。

それでも祖母を安心させるため、承諾するしかなかった。

翌朝目を覚ますと、章臣と優衣はすでに身支度を済ませ、ダイニングテーブルで鈴音を待っていた。

章臣は笑顔を向ける。

「起きたか。みんな待ってたんだ。風邪は少し良くなった?」

鈴音は無表情のまま短く返事をし、彼の向かいへ腰を下ろした。

朝食は実に豪華だった。

そこへ優衣が嬉しそうに口を開く。

「これ、全部章臣が作ってくれたのよ。朝早く起きて、こんなにたくさん用意してくれたの。鈴音さん、本当にいい旦那様で羨ましいわ」

鈴音はスクランブルエッグとベーコン、トースト、コーンスープへ視線を落とした。

どれも普段、二人が食べることのない献立だった。

つまり、この朝食が誰のために作られたものなのかは、一目瞭然だった。

鈴音は章臣へ尋ねる。

「前はうどんを茹でるくらいしかできなかったのに、いつの間にこんな朝食を作れるようになったの?」

章臣は軽く咳払いをし、取り繕うように笑った。

「全部半調理品だよ。そんなに手間はかかってない。さあ、早く食べよう。冷めるともったいないから」

鈴音には食欲がなかった。

コーンスープを一口だけ飲むとスプーンを置き、叔母の家で食事をする約束を章臣へ伝えた。

章臣は大きく頷いた。

「そういえば、幸子おばあちゃんにも美咲さんにも、しばらく顔を出せてなかったな。今日はちょうど予定もないし、一緒に行こう」

朝食を終えると、鈴音は寝室で着替えを済ませ、章臣と出かける支度を整えた。

優衣は後ろから満面の笑みで声をかける。

「じゃあ、私はお家で二人の帰りを待ってるね。その間、お家のお掃除もしておくわ」

章臣はすぐに首を振った。

「片づけなんてしなくていい。テレビでも見て、お菓子でも食べて過ごしてなさい。お腹が空いたら佐藤に昼ご飯を買ってこさせるから」

優衣は素直に頷き、無邪気な笑顔を見せた。

「ちゃんとご飯は食べるわ。章臣、私のことは心配しないで。鈴音さんとゆっくり行ってらっしゃい」

それでも章臣は安心できず、細かな注意をいくつも言い聞かせた。

鈴音はそんな彼を待たず、一人で先に車へ乗り込む。

助手席へ腰を下ろした時、一冊の日記帳が目に留まった。

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