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第7話

Penulis: レモンティー
秋子のしっかりとした声を聞き、鈴音はようやく胸をなで下ろした。

だが、すぐに表情を引き締め、真剣な口調で言った。

「おばあさん、これは気の巡りが滞ることで心身に負担がかかっている持病です。いつ倒れてもおかしくありません。普段お出かけになる時は、できるだけご家族に付き添ってもらったほうが安心ですよ」

秋子はにこやかに笑った。

「ちょっと散歩に出ただけなのに、こんなことになっちゃってねえ。普段は家族も私のことをとても気にかけてくれていて、一人では出歩かせないようにしてるのよ。

うちは本当に家族仲が良くて、子どもたちもみんな親孝行なの。

そうそう、お嬢ちゃん、まだお名前を聞いてなかったわね。よかったらLINEを交換しない?今度、お礼にご飯でもごちそうさせてちょうだい」

鈴音は秋子の病状を思い返した。

きちんと体調を管理し、定期的に鍼灸治療を続ければ、発作の回数はかなり抑えられるはずだ。

そう考えた彼女はうなずき、スマホを取り出してLINEを交換した。

「私の名前は川澄鈴音です。また体調が悪くなったら、いつでもLINEしてください。私が鍼灸の施術に伺いますから」

秋子は鈴音の連絡先を手に入れると、心から嬉しそうに顔をほころばせた。

「ありがとうね、鈴音ちゃん。これから何かあったら、真っ先に連絡するわ。それより、あなたはもう結婚してるの?もし独身なら、うちの一番上の孫息子を紹介したいんだけど」

あまりにも熱心な秋子の様子に、鈴音は苦笑しながら答えた。

「お気持ちだけで十分です。それより私、もう会社へ行かないと。おばあさん、お一人でも大丈夫ですか?」

秋子は笑顔でうなずいた。

「大丈夫よ。家族に連絡して迎えに来てもらうから。あなたは安心して会社へ行きなさい」

鈴音は秋子の意識がはっきりしていることを確認すると、安心してその場を後にした。

秋子は去っていく彼女の後ろ姿を見つめながら、今すぐ鈴音を家へ連れて帰り、巽に引き合わせたい衝動に駆られた。

だが、こういうことは急いては事を仕損じる。

焦らず、少しずつ進めるべきだと秋子も分かっていた。

まず何より、巽をこの街へ呼び寄せなければならない。

秋子はスマホを取り出し、巽へメッセージを送った。

……

鈴音は会社へ到着すると、誠矢を訪ねた。

誠矢は彼女を連れ、部署のメンバーのもとへ向かった。

五年という歳月が流れ、研究開発部は二度の大規模な人事異動を経て、顔ぶれはすっかり様変わりしていた。

今いる社員のほとんどは鈴音のことを知らず、彼女と章臣の関係を知る者もいなかった。

誠矢に伴われて現れた鈴音に、誰もが興味深そうな視線を向ける。

「皆さん、ご紹介します。こちらは研究開発部長の鈴音さんです。この数年間こそ出社はされていませんでしたが、製品開発の方向性を一貫して管理し続けてこられた、当部署にとって欠かせない存在です」

その紹介を聞いても、社員たちは半信半疑だった。

研究開発部マネージャーの田代可奈(たしろ かな)は、鈴音の息を呑むような美貌を眺めながら、心の中で鼻で笑った。

――どうせ縁故採用のコネ社員でしょう。よくもまあ、あんな聞こえのいい紹介ができるものだ。

可奈は内心で決めつけていた。

あの女はきっと会社の株主の愛人か何かに違いない。

そうでなければ、あんな若さで要職に就き、タイムカードすら押さずに済むなどあり得ない。

鈴音は全員に挨拶を済ませると、誠矢とともに執務室へ戻った。

誠矢は研究開発部に関する資料一式を鈴音へ手渡し、丁寧に言った。

「奥様、まずはこちらをご確認ください。ご不明な点がございましたら、何でもお申し付けください。それでは、私は業務に戻ります」

鈴音はうなずき、誠矢が部屋を出て行くのを見届けると、ファイルを開いて真剣に目を通し始めた。

そこには、この五年間の研究開発部の成果だけでなく、売上データまで細かくまとめられていた。

資料を読み進めた鈴音は、思わず目を見開いた。

この五年間で会社の売上上位を占めた製品のほとんどが、自分の開発に携わったものであり、その中核となる処方もすべて自分が手がけたものだったのだ。

つまり、会社がこれほどの業績を築けたのは、自分の功績でもあった。

それなのに、自分は何年もの間、無報酬で会社に貢献し続けた末に、章臣から裏切られた。

そう思うと、思わず自嘲するような笑みがこぼれた。

その頃、章臣と優衣が社長室へ入って間もなく、誠矢が業務報告のために訪れた。

優衣は章臣の秘書であるため、当然のようにその場へ同席していた。

報告を終えた誠矢は、鈴音が今日から出社したことをさりげなく伝えた。

章臣は眉をひそめ、誠矢に言った。

「妻は五年も現場を離れていたんだ。仕事の勘も鈍っているだろう。彼女の指示に従う必要はない。実務はこれまでどおり、君の判断で進めてくれ」

だが誠矢は静かに反論した。

「社長、そのご心配は杞憂かと存じます。奥様は非常に優れた手腕をお持ちです。以前、研究開発部の主力製品の処方は、すべて奥様が調整なさったものでございます」

しかし章臣は、その言葉を聞いてもなお、誠矢が自分に気を遣って鈴音を持ち上げているだけだと思い込んでいた。

鈴音は大学卒業後に入社し、一年も経たないうちに二人は交際を始めた。

その後は退職して家庭に入り、五年間ずっと専業主婦だった。

そんな彼女に、いったいどれほどの才能があるというのか。

章臣は軽く手を振った。

「もう仕事に戻ってくれ」

誠矢が退室すると、優衣が口を開いた。

「岡本さんって、普段は仕事にすごく厳しくて、滅多に人を褒めない方ですよね。それなのに鈴音さんをあんなに評価されるなんて……鈴音さんって、本当に魅力的な方なんですね」

その言葉には、鈴音が女としての魅力で人を惹きつけているかのような含みがあった。

それを聞いた章臣は、胸の奥に得体の知れない不快感が広がるのを覚えた。

彼は優衣に言った。

「俺は鈴音のことをよく知っている。あいつはそんな人間じゃない。岡本が褒めたのも、俺に気を遣っただけだ」

自分は鈴音にとって初めての男だった。

結婚してからも、彼女の心はいつも自分だけを見ていた。

他の男に目を向けるはずがない。

それに、自分以上の男など、この世にいるはずがないのだから。

昼休みになり、鈴音はファイルを閉じて社員食堂へ向かおうとした。

廊下へ出ると、隣の営業部部長・芳賀誠(はが まこと)と鉢合わせた。

誠は半年前に伊藤グループへ転職してきたばかりで、鈴音と章臣が夫婦であることをまだ知らない。

彼は鈴音の美しい佇まいに目を留め、笑顔で声をかけた。

「奇遇ですね、鈴音さん。よろしければ、一緒に昼食でもいかがですか?」

鈴音は礼儀正しくうなずいた。

話してみると、誠は鈴音が穏やかで落ち着いた人柄だと感じ、社内製品の販売状況について話し始めた。

それは鈴音も把握しておきたかった内容だったため、二人は自然と話が弾んだ。

そんな二人が並んで歩く姿を、優衣が目撃した。

彼女は鼻で笑うと、スマホで写真を撮り、章臣へ送った。

【鈴音さんって、本当に人気なんですね。出社初日から、もうランチに誘う男性が現れるなんて】

写真を見た瞬間、章臣の胸は締めつけられるように苦しくなった。

鈴音は誰もが振り返るほどの美貌の持ち主だ。

だからこそ、かつて自分も一目で心を奪われた。

五年前、彼が半ば強引に鈴音を退職させ、専業主婦にしたのも、他の男たちが彼女に目をつけることを恐れたからだった。

鈴音は自分だけのものだ。

他の男に見られることすら許したくなかった。

彼はすぐに鈴音のスマホへ電話をかけた。

しかし、自分の番号はまだブロックされたままだ。

仕方なく会社の内線から電話をかけ直した。

鈴音は本来なら章臣からの内線など取りたくなかった。

だが会社では彼は上司であり、無視するわけにはいかない。

彼女は事務的な口調で応じた。

「何かご用ですか」

そのよそよそしい態度は、章臣の胸にくすぶっていた火へ油を注いだ。

彼はさらに冷え切った声で言った。

「今すぐ社長室へ来い」

そう言い残すと、一方的に電話を切った。

鈴音は章臣とこれ以上関わるつもりはなかった。

それでも仕事である以上、指示には従うしかなく、社長室へ向かった。

部屋へ入るとすぐ、優衣が章臣の隣に座っている姿が目に入った。

机の上には弁当が二つ並び、優衣は何のためらいもなく章臣の弁当から好きなおかずを箸でつまんで食べている。

鈴音の表情は一気に冷え切った。

昨夜、鈴音が家を飛び出したことに加え、今も自分へ冷たい視線を向けているのを見た章臣は、低い声で言った。

「気分転換のために仕事へ復帰すると言ったのはお前だろう。それなのに今度は社内の男と馴れ合って、一体何を考えているんだ。鈴音、お前が誰の妻なのか忘れるな」

男女の関係で曖昧な態度を取れば、傷つくのは結局女なのだ。

鈴音は自分のものだ。自分の女に他の男が近づくことなど、絶対に許せなかった。

鈴音は皮肉を込めて言い返した。

「社長、それはどういう意味でしょう?私が仕事で男性社員と業務の話をすることは、ごく普通のことではありませんか。それがどうして、あなたには不適切な関係に見えるんですか?

それなら私からもお聞きします。あなたが優衣さんと同じお弁当のおかずを分け合っているのは、一体どういう関係なんでしょう?」

章臣は、鈴音が反省するどころか、自分に言い返してくるとは思ってもみなかった。

これまで彼女は、いつも素直で従順だった。

それなのに今日は、一体どうしてしまったのか。

まさか、まだ昨日のことで怒っているというのか。

だが、夫婦喧嘩を翌日まで引きずるなど、あまりにも度量が狭すぎる。

優衣は箸を置き、弁解するように口を開いた。

「私が食いしん坊だったせいね。鈴音さん、どうか誤解しないでください。私、章臣のことは家族みたいに思っているから、会社でもつい距離感を気にしなくて……」

鈴音はまっすぐ優衣を見つめ、鋭く切り返した。

「その距離感って、本当に会社の中だけの話なの?」

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