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第127話

Author: レイシ大好き
そのことを思いながら、京弥の視線が隣にいる緒莉へと向けた。

その冷淡な瞳が一瞥しただけで、緒莉の背筋にひやりとした感覚が走る。

彼の視線と真正面からぶつかった瞬間、思わず怯んでしまった。

だが、次の瞬間にはその考えを打ち消し、自嘲気味に笑う。

彼女は二川家の堂々たる長女。

こんな素性も分からない男を恐れる理由なんて、どこにもない。

そう思い直し、背筋をピンと伸ばすと、口を開こうとした。

しかし、その前に、外の騒ぎがさらに大きくなった。

「えっ、椎名グループの社長が来たって!?」

「本当?私も見に行く!」

この言葉に、緒莉の意識も一気に引き寄せられる。

辰琉も優秀な男ではある。だが、人間なら誰しもより強き者に惹かれるもの。

この世は弱肉強食。

より良い選択肢があるのなら、それに乗り換えるのは当然のこと。

そんな考えが頭をよぎりながら、緒莉も人々に混ざり、期待に満ちた視線を外へと向けた。

一方、紗雪も少しばかり疑問を抱く。

彼女は小さく呟いた。

「あの社長、普段はめったに姿を見せないのに......まさか本当に来るなんて」

隣で京弥は紗雪の横顔を見つめながら、口を挟まずに薄く微笑む。

ただ、その目はどこか探るような光を帯びていた。

美月ですら、少し興奮を隠せない様子だった。

もしあの噂の社長が本当に訪れたのなら、二川家は鳴り城で一気に飛躍することになる。

今後の立ち位置も、確実に一段上へと昇るだろう。

今までの競合たちは、間違いなくこの状況を羨むに違いない。

美月は足早に外へと向かった。

その様子を見ながら、京弥は微かに眉を上げる。

「行かないのか?」

しかし、紗雪は首を横に振る。

「彼が来るとしても、母を見に来るだけでしょ。私には関係ないわ」

今の彼女は、周囲の人間から見ればただの駒にすぎない。

京弥は黙って紗雪の腰を抱き寄せた。

何も言わなかったが、その眼差しには、どこか含みのある笑みが滲んでいた。

一方、加津也も必死に人混みに紛れ込もうとしていた。

彼はこの場に来た目的を忘れてはいなかった。

二川家の次女と親しくなること。

だが、もしそれ以上の存在――

椎名グループの社長と繋がれるならば、父に認められるチャンスではないか?

その考えに思い至った瞬間、加津也の目は興奮に輝いていた。

周囲の人
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