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第176話

Author: レイシ大好き
「大人も子供も満足できる、一番理想的な生活。これは本質への回帰だ」

その言葉に、紗雪の目がぱっと輝いた。

「言えてる。私もそう思ってるよ」

日向はそれ以上何も言わなかった。

彼には分かっていた。

紗雪がどんなデザインを好むのか。

このデザインこそ、最も生活に寄り添ったもの。

だからこそ、日向には自信があった。

紗雪はきっと気に入ってくれるはずだ。

「このデザイン案、会長にも見せるよ」

紗雪の瞳には、日向への称賛の色が濃く映っていた。

この才能、二川グループがどうしても手放してはいけない人材だ。

母の言う通りだった。他所に行かせるなんて、絶対にダメだ。

その後も二人はデザインに関するあれこれを話し合った。

話せば話すほど、紗雪は日向に対する評価をさらに高めていった。

日向もまた、心から楽しんでいた。

こんなに波長が合う相手に出会ったのは、本当に久しぶりだった。

思考にちゃんとついてこられる人間なんて、ほとんどいない。

けれど紗雪だけは違った。

彼女と話していると、自分の思考が一気に広がっていくのを感じる。

紗雪は時間を確認して、言った。

「もうお昼ね。よかったら、一緒にランチでもどう?」

「邪魔にならないかな?忙しくない?」

日向は少し遠慮がちだった。

何より、妹を連れて来ている以上、あまり迷惑もかけたくない。

紗雪は「大丈夫」と即答した。

「午後は特に予定もないし、問題ないわ」

それを聞いて、日向もようやく頷いた。

紗雪は母親に簡単に報告を済ませると、日向と千桜を連れて昼食へ出かけた。

もうこれ以上時間を無駄にはしなかった。

日向は千桜を抱え、以前にも訪れたことのあるレストランへと向かった。

今回は、紗雪も日向も何も言わないうちに、千桜が自ら椅子に座り、静かに料理を待っていた。

紗雪は彼女の頭を優しく撫でて、笑顔で言った。

「千桜ちゃんはいい子だね。しっかり食べようね」

紗雪のその笑顔を見て、日向の胸はじんわりと温かくなっていった。

「紗雪、午後って予定ある?」

紗雪は千桜と遊んでいたが、その声に振り向いて返事をする。

「特にないけど、どうかした?」

日向はちょっと気まずそうに頭をかきながら、控えめに話し出す。

「千桜に洋服を買ってあげたくて......ちょっとショッピングモールに寄りたい
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