普通の人間なら、とっくに反撃に出ているはずだ。だが辰琉は、最初こそ少し怯えた様子を見せていたものの、今ではすっかり落ち着いていた。彼は今もなお、紗雪を誘い出すタイミングを考えていた。これはチャンスなのだ。加津也がうまくいかなかった以上、自分がこの隙を突かなければ。今こそ、紗雪がキャリアの上昇期にいるこの時期を逃さず、なんとしても手に入れるつもりだった。そして、そのときが来れば、人も金も、両方手に入れる。家でみじめな思いをする必要なんて、もうなくなる。緒莉との付き合いは、あくまで親への建前に過ぎない。辰琉はハンドルを握りながら、自分の狙いがはっきりしていることにますます確信を持っていた。金のためだけじゃない。彼女自身も、必ず自分のものにする。紗雪の美しく洗練された顔立ちを思い出すたびに、理性が揺らぐ。容姿だけで言えば、紗雪は緒莉よりもはるかに上だ。辰琉は少し不思議に思っていた。同じ母親から生まれたはずなのに、なぜ紗雪の方がこんなにも整っていて、惹きつける美しさを持っているのか。だが、そんなことはどうでもいい。肝心なのは、彼女を自分のものにできるかどうかだ。そう思い定めた辰琉は、すぐに紗雪にメッセージを送った。翌日、酔仙(すいせん)で食事でもどうかと誘ったのだ。紗雪がそのメッセージを見たのは、ちょうどジョンとプロジェクトの詳細について話していたときだった。最初は何気なく流そうとしていたが、送信者が辰琉だと分かった瞬間、一気に注意が向いた。今さら、何の用?紗雪は少し気になっていた。辰琉は、彼女があの日の男が彼だともう気付いていることを分かっているのか?ストーカーの件まで把握されていることも......紗雪はジョンに話を中断するよう伝え、辰琉のメッセージの中身をしっかり確認しようとした。もしかして、本気で説明するつもりなのか?あの日のことは、彼女自身すらどう処理していいのか分からないでいる。けれど、このまま曖昧にしておくと、胸の奥にずっと刺さったままの棘が気になって仕方なかった。辰琉のことを考えるだけで、どこか居心地が悪くなるのだ。彼からの食事の誘いに、紗雪は本能的に拒否感を覚えた。だが次の瞬間、違和感も覚えた。こいつ、一体何を考えているの?
まさか、彼がただ静かに自分を抱きしめてくれるだけで、何もしないなんて思ってもみなかった。そう思った瞬間、なぜか胸の奥に少し物足りなさを感じてしまった。紗雪は頭を振って、その妙な考えを振り払おうとした。再び目を覚ましたとき、今度はまだ彼が隣で眠っていた。その瞳は静かに閉じられ、寝顔は穏やかだった。普段の鋭さが消え、代わりにどこか柔らかな印象が加わっている。紗雪は我慢できずに、手を伸ばして彼の輪郭をなぞる。深く整った眉と目、高く通った鼻梁、そして色気のある薄い唇。この男のすべてが、自分の美的感覚にぴったりと当てはまっていた。認めざるを得ない。眠っていても、この男は絶えず男性的な魅力を放っている。紗雪は内心、少しだけ嫉妬していた。この男は、欠点というものが存在するのか?女の細く長い指が、そっと京弥の顔をなぞっていく。彼が眠っていると思っているからこそ、こんな勝手な真似をしていた。ところが、次の瞬間。突然大きな手が、彼女の手を掴んだ。「......見惚れてた?」その声は、寝起き特有の低くて色っぽい響きを含んでいた。現行犯で見つかってしまった紗雪は、動揺して答えに詰まった。「......う、うん......」京弥は冗談のつもりで聞いただけだった。まさか彼女が素直に認めるとは思わず、一瞬呆然としてしまう。そして次第に、口元がゆるやかに笑みの弧を描いた。「気に入ってくれてるならよかった。俺のすべては、さっちゃんのものだから」その言葉を聞いた瞬間、紗雪の顔は一気に真っ赤になった。自分はいったい何を言ってるの?どうして口が勝手に動いてるの?紗雪は勢いよく起き上がり、そのまま洗面所へ逃げ込んだ。これ以上変なことを口走らないように。京弥は、彼女の背中を見つめながら思った。逃げるような様子が、なんともおかしい。その目には、ほんのりとした悪戯っぽさが浮かんでいた。こんな紗雪は、滅多に見られるものじゃない。本当に、珍しい光景だった。京弥は後ろから声をかけた。「ごめんごめん、そんなに慌てるなよ。ゆっくりでいいから」彼女が焦って運転するのが心配だった。だが紗雪には、それに返事する余裕もなかった。今の彼女は、ただこの気まずい空気から逃げたくて仕方
京弥は軽く頷いた。西山グループなんて小さな会社、自分が知らないはずがない。「それがどうした?」紗雪は目を大きく見開いた。心の奥に、ますます疑念が広がっていく。この男、一体何者?京弥の問い返しに、紗雪は何も言い返せなかった。「......もういいわ。寝る」そう言って、彼の拘束から逃れようとした。だが京弥の瞳がすっと細まる。あれだけ話したというのに、また客室で寝ようとしているのか?「さっちゃん、ここにいてくれないか?」その声には、どこか無邪気さと懇願の色があった。そんな表情を見せるのは、紗雪の前だけだ。会社では冷徹で判断の早い男、だが紗雪の前では、こんな顔も見せる。そのうえ、あの完璧すぎる美貌。紗雪は思わず頬を赤らめた。こんな反則級の顔で、そんな甘い言葉を言えるなんて......京弥は、彼女が揺れているのに気づき、さらに言葉を重ねる。「これは嘘じゃないんだ、さっちゃん。俺は、君が必要なんだ。そばにいてくれ」「......うん」その瞬間、紗雪の口から、抗えない声が漏れた。気がついた時には、京弥の目に驚きと喜びが浮かんでいた。その顔を見た瞬間、紗雪はもう後悔しても遅かった。自分でもなぜ、あんなことを口にしてしまったのか分からなかった。本当なら、断ることだってできたはずなのに。彼の顔を見た途端、拒絶の言葉が出てこなかった。逃げようとする彼女の気配を察して、京弥は素早く彼女の前に立ち、言葉を遮った。「本当?後戻りはナシだよ」逃げ道も後悔も許されないように、ぴしゃりと塞がれた。紗雪はため息をつき、観念してベッドに戻った。その姿を見て、京弥の目には、明らかな笑みが浮かんでいた。いつからだろうか。彼も気づいていた。紗雪には、こういうやり方が効果的だということに。だから彼は、毎回同じ手でも、根気よく使い続けるのだ。戦においては策略を選ばず。新しい手でも古い手でも、使えるものは何度でも使えばいい。京弥はすぐに言った。「さっちゃん、ちょっと待ってて。俺もシャワー浴びてくる」紗雪は特に返事もせず、黙って頷いた。残ることを決めたあと、彼女の頭の中は真っ白になっていた。そして、京弥がベッドに戻ってきた時。ようやく少しだけ意
紗雪は平然とした顔で言った。「それは私の勝手でしょ」「たとえ結婚していたとしても、私は私でいないと意味がない」すると京弥は、話題を急に変えた。「さっちゃん、俺は......何か悪いことをしたのかな」「なんで俺にそんな冷たい態度を?ちゃんと話し合おう?」長い間、京弥はもう紗雪と喧嘩を続けたくなかった。それに、二人の婚姻届は現実のものだ。それがすべてを物語っている。それに、今日の加津也。またしても紗雪にちょっかいを出してきた。そんなことが許せるはずもなかった。「ちゃんと話し合おう」そう言われても、紗雪には何を話せばいいのか分からなかった。言いたいことなど、特にない。「話すことなんて、ないわ」今のこの静かな関係が、彼女にとっては心地よくて、慣れてもいた。だから、わざわざ壊すようなことをしたくなかった。少し考えた後、紗雪は口を開いた。「今のままでいいんじゃない。何も変える必要なんてない」「それって......伊澄のことが原因なのか?」京弥は、ついそう訊いてしまった。彼はすでに伊吹に連絡していた。だが返ってきた答えは、「妹ももう大人だから、自分にはどうにもできない」というもの。伊澄も、ここを出ていこうとしなかった。京弥は板挟みになっていた。どうするのが正しいのか、答えが見えなかった。伊吹とは長い付き合いだった。そんな関係を、今さら壊したくはなかった。けれど、伊澄がこの家にいる限り、自分と紗雪の関係が元に戻ることもない。と思った次の瞬間、紗雪は首を横に振った。「彼女のせいじゃないから。そんなに悩まないで」この期間、紗雪も伊澄に関することを多少知るようになっていた。だから、もうあまり気にしていなかった。それでも、紗雪は一人の時間が欲しかった。もともと二川グループに入るためにこの結婚を選んだ。その目的はすでに果たされた。だが会社の拡大に伴い、消耗するエネルギーも増えていた。「京弥、人のエネルギーには限りがあるの。私はただ、しっかり休んで、自分の仕事をきちんとやりたいだけ」「......じゃあ、西山のことは?」京弥の声が冷たく響いた。紗雪は思わず驚き、顔を上げて京弥の黒い鷹のような眼差しと目が合った。「どうしてそのこと
「加津也、お父さんの言うことを素直に聞いて、もう外には出ないで」西山母はそう言い聞かせながらも続けた。「でも安心しなさい。家にいるなら、お母さんが毎日ちゃんとご飯作ってあげる。使用人にも、ちゃんと美味しいもの出すように言っとくから」そう言い終わると、彼女はさっさとその場を離れ、階段を上がって自分の部屋へ逃げるように入っていった。「バタン」扉が閉まる音だけが響き、リビングには加津也一人がポツンと取り残された。だが彼には、未だに父親の言っていた過ちの意味が理解できなかった。自分が何の失敗をしたというんだ?初芽の件はもうちゃんと宥めて解決しているし、紗雪に告白できなかっただけで、それが罪になるのか?そう考えるほどに、彼の中では諦めるという選択肢は消えていった。絶対に、紗雪を手に入れてみせる。「おとなしく家にいろ、だと?」加津也は鼻で笑った。「絶対無理。紗雪を落とすまでは、俺が大人しくしてるわけないだろ」たとえ今はああいう態度でも、いずれ金を稼いで戻ってくれば、親の態度なんてまた変わる。そんなふうに、彼は楽観的に考えていた。部屋に戻ると、今後どうすべきかを考え始めた。......だが、すぐには何も浮かばなかった。今の紗雪は、以前とはまるで別人のように強情で、こちらが少しやそっと動いたくらいでは心を動かせそうにない。だからこそ、焦っても仕方がない。長期戦になる覚悟を決めた。それが分かった時点で、彼の焦りは少しだけ落ち着いた。父親にももうバレてしまった以上、別に隠す必要はない。一度出かけられたなら、二度目も必ず出られるはずだ。加津也はすでに腹をくくっていた。たとえ両親が反対しようと、関係ない。......辰琉の一件を経て、紗雪は今、人に対してかなり警戒心を持っていた。だが、今回の件についてはまだ証拠がない以上、誰かに軽々しく話すこともできない。そのことを考えるたびに、彼女は頭が痛くなる。しかも、今日の加津也はまたしても変なことをし始めた。本当に、何を考えてるのか分からない。シャワーをひねって、すべての煩わしさを洗い流すことだけを考える。もう何も考えたくなかった。このくだらないことから解放されたいだけだった。シャワーを終えた後、紗雪はいつも通
加津也は父親に対して多少の恐れはあったものの、理不尽な決めつけには納得がいかなかった。何がなんでも自分のせいにされるのは、さすがに納得できないと思い、食い下がる。しかし、彼のその態度が余計に西山父を苛立たせた。「今の会社のこの有様は、全部お前のせいだ。他の社員からもすでに聞いている。まだ認めないのか!」「会社に何があったのか?」加津也の声にも焦りが混じり始める。会社は今の彼にとって、まさに社会的地位を支える命綱。この会社があるからこそ、彼は外で「西山さん」としての顔を保てているのだ。もし何か問題があれば、その肩書きすら形だけのものになってしまう。ましてや紗雪をまだ落とせていない今、会社が崩れるような事態になったら、すべてが終わってしまう。「父さん、早く教えてくれよ。会社に何が起きたんだよ?」加津也の声には、もはや切実さすら滲んでいた。それを聞いた西山母も、思わず西山父に視線を向けた。夫が帰宅したときからずっと様子がおかしかったこともあり、彼女もまた、何が起きたのか知りたかった。そんな家族の視線を受け、西山父も少し困惑した様子を見せる。だが、古い友人たちが口を揃えて言うことに、今さら疑いは抱けなかった。「うちの会社の案件が、ことごとく打ち切られたんだ。今、主要なプロジェクトが全部止まってる」そう言った瞬間、西山父はソファに力なく腰を落とした。「短期間で人脈を立て直さない限り、うちの会社はもう二度と元には戻らない」かつての西山グループは、二川グループと並び称されるほどの実力を持っていた。だが今回の一件で、状況は一変した。まるで天と地の差。二川グループには紗雪が付いている。彼女は大きなプロジェクトを二つも手に入れ、さらに今では海外市場への展開まで視野に入れている。もう勝負にすらなっていない。この現実を思うと、西山父は再び息子を見て、胸の奥がズシンと重くなる。どうして、うちにはこんな情けない息子しかいなかったのか。努力以前の問題で、トラブルしか起こさないとは......ため息が何度も、何度も漏れた。「じゃあ俺たち、これからどうすれば......」今度は加津也の声に、完全な焦りと恐怖が混じっていた。西山グループが倒れてしまったら、彼自身のブランド
「あの子だって、会社のためを思ってやってるのよ。あなたこそ、何をそんなに怒ってるの?」「会社のため?だったら今の会社の有り様を見てみろ!何をやらかしたのか、すぐにわかるからな」西山父は袖を払ってリビングに向かい、ソファにどっかと腰を下ろした。あの親不孝者の加津也が帰ってくるのを待つのだ!その様子を見た西山母も、さすがに少し心配になった。これほどまでに夫が怒っているのを見るのは初めてだった。今回は本当に、彼女も加津也の味方をしてあげられないかもしれない。一体あの子は外で何をしでかしたというのか。それに、会社のことだって......正直なところ、彼女にもよくわからなかった。息子はただ一人の女性を追い求めているだけ。それがどうして会社に関係あるというのか。西山父はソファにどっしりと座り、威厳を放っていた。その視線の先では、西山母が落ち着かずに部屋を行ったり来たりしている。その姿を見れば見るほど、怒りが収まらなかった。もしこの女があいつを外に出さなければ、こんな事態にはなっていなかったはずだ。彼は妻を指さして言った。「甘やかすからこうなるんだ。あんな出来損ないに育てたのは、全部お前のせいだ」「わ、私......」西山母は何か言い返そうとしたが、夫の剣幕を前にして口をつぐんだ。これ以上は言っても無駄だと、心の中で悟ったのだった。一方その頃、外では加津也がようやく初芽の機嫌を取り戻していた。彼はきっぱりと説明した。紗雪への告白は、彼女の背後にある財力と人脈を目当てにしただけで、本当に愛しているのは初芽だと。その言葉を聞いた初芽は、表面上は黙って受け止めたが、内心では鼻で笑っていた。この男のことは、今や完全に見抜いている。自分の利益しか頭にない、そんな男だ。「愛だの何だの......」今さらそんな言葉を口にされても、虚しさしか感じなかった。だが、現実的に考えれば、今の自分にはまだ加津也の金が必要だ。こんなことで揉めて縁を切るなんて、無意味でしかない。「わかってるよ、加津也。私のことが一番好きだって、最初からわかっていたの」初芽は甘えるように微笑みながら、彼の広い胸元に身を寄せた。一見すれば、仲睦まじい恋人同士のような光景。しかし、その実態はとっく
ついこの前までは何事も順調だったのに。ここ数日は一体どうしたというのか?まるで病気になったかのように、一気に崩れていく。人間関係も同じで、これまで親しかった者たちが次々と態度を翻し、時には門前払いされることさえある。長年の友人ですらこんな調子なのだから、それ以外の人々の態度については言うまでもない。西山父はため息をついた。心の中では落胆していたが、相手にもきっと言えない事情があるのだと理解していた。いくら詰め寄ったところで、相手が話したくないのであればどうしようもない。物事というのは無理に求めても仕方がないものだ。この理屈に気づいたことで、西山父の気持ちも少しは落ち着いた。やはり、あのバカ息子自身が実際に経験し、学ばない限り、何も変わらないのだろう。「わかった。ありがとう。あとは自分で考えることにするよ」結局、古くからの友人も多くを語らなかった。あんな息子がいるようでは、もう西山父と関係を続ける気はないのだろう。息子をちゃんと手綱で締めていない限り、このままではいずれ西山グループも破滅する。これだけ多くの人を敵に回しておいて、後から人脈を取り戻そうなど到底無理な話だ。友人は思わず頭を横に振り、もう他人のことに構うのはやめようと思った。自分の生活すらままならないのに、なぜ他人の面倒まで見なければならないのか。一方その頃、古い友人と別れた西山父の顔色は非常に険しかった。こんなにも多くの家を訪ねたあとでは、さすがにもう察しがつく。どう考えても、あの「いい息子」がまた何かやらかしたのだ。そうでなければ、あんなに大事なプロジェクトを失うはずがない。周囲が自分に話してくれたことこそ、まさに何よりの忠告ではないか。「加津也、この親不孝者がっ!」あれほど家に大人しくしてろと言っておいたのに、またどこかで恥をさらしてきたに違いない。怒りに駆られた西山父は急いで帰宅し、まっすぐ加津也の部屋へ向かった。しかし部屋の中は空っぽだった。それを見た瞬間、怒りが一気に爆発した。西山母があとを追ってきて、夫の険しい表情を見て戸惑った。「どうしたの?そんなに慌てて......何かあった?」「あのバカ息子はどこに行った」西山母は目を泳がせ、心の中で「やばい」と呟いた。誰かがバ
こうすれば、たとえ断られても、それほど気まずくはならないはずだ。辰琉はいつもそうやって、あれこれ考えすぎるところがある。だが、今の彼にとってはこれが思いつく限りの最善策だった。さもなければ、今日の加津也がその良い例だ。そして、加津也が今日また告白に来たという話は、すぐに京弥の耳にも届いた。男は手にしていたサインペンをへし折った。「あいつがまた告白しに来たって?」匠はうなずいた。「はい。まさかあんな度胸があるとは思いませんでした。命知らずってやつですかね、またあそこに顔出したんですから」彼にも、加津也の考えていることは理解できなかった。あれだけのことがあったのに、まだ懲りてないのか?それとも、本気で恐れ知らずなのか?警察に連れていかれたはずなのに、また堂々と紗雪を追いかけに来るとは。「西山グループのジジイ達は、どう言ってる?」京弥は匠に視線を向け、内心少し不審に思った。まさか、自分の息子すらコントロールできないのか?それでも父親か?以前、あのジジイとはすでに話がついていたはずだ。「息子を大人しくさせろ。外に出して問題を起こすな」そう取り決めていたのに。まさか、こんな短期間で手のひらを返してくるとは。匠は首を振った。「私も理由はまだ分かりませんので、これから確認します」「でも確かに、おかしいですね。まだ数日しか経っていないのに、あの人が息子を外に出すなんて......彼のやり方とは思えません」取引のとき、あの人は息子とは違ってとても話が通じる人間だった。何かあれば率直に話してくれるし、以前も「息子は自分が責任を持って管理する」と明言していた。それが、今やこうだ。息子をまた外に出して、会社のビルの前までやってきて、紗雪に告白するとは。「西山グループとの全ての取引を打ち切れ」京弥はそう言い残し、そのまま立ち上がって車を走らせて出ていった。匠はため息をついた。その姿を見て、彼も胸の中で少し感慨深いものを覚えた。まさか、五十を過ぎた西山さんが、こんな出来の悪い息子を抱えているとは。父親と息子がまるで別の人種だ。あれほど芯の強い人間が、まともな息子一人育てられなかったとは。匠はすぐに部下に命じて、西山グループとの全取引を停止させた。最初、西山