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第380話

作者: レイシ大好き
日向は自信満々に軽くうなずいた。

出かける際、日向は妹への声かけも忘れなかった。

彼は手を伸ばして妹の頭を撫で、真面目な表情で言った。

「じゃあな、千桜。お兄ちゃんのこと、あんまり恋しがるなよ」

しかし千桜は自分の世界に没頭したまま、手の中のおもちゃで遊びながら、何も言わなかった。

その様子を見て、日向の瞳の光が一瞬陰りを見せたが、すぐにまた明るさを取り戻した。

「よし、母さん、じゃあ行ってくるよ。千桜のこと、よろしく頼むな」

「このバカ、何言ってんの。千桜は私の娘でしょ?当り前よ」

神垣母は日向のふざけた様子に、思わず笑いがこぼれた。

だがその笑顔の奥には、どこか深い陰りがあった。

さっき日向が一瞬見せた気の抜けたような表情。

それを彼女は見逃していなかったのだ。

それゆえに、彼女はますますこの息子を愛おしく思った。

千桜のあの出来事以来、日向は一体どれほどの間、心から笑えていなかったのだろう?

日向が出かけてから、かなりの時間が経って、ようやく千桜は顔を上げた。

その目は焦点の定まらないまま、どこか遠くをじっと見つめていた。

その姿を見て、神垣母は胸が締めつけられる思いだった。

反応は遅くても、それ以上に彼女は安堵していた。

「千桜、もしかしてお兄ちゃんと一緒に行きたかった?」

神垣母は微笑みながら言った。

「日向お兄ちゃんはね、綺麗なお姉さんをアプローチしに行ったんだよ。でも大丈夫。彼は千桜のことを忘れたりはしないよ」

その後、神垣母が何を言おうと、千桜はもう一切反応を返さなかった。

だが神垣母は落胆しなかった。

彼女は信じていた。

いつか必ず、千桜はきっと良くなる。

そしてその日が来たら、千桜を世界中に連れて行って、様々な景色を見せてやるのだと。

神垣母は心の中で、静かにそう誓った。

......

椎名グループ

「社長、二川会長が入院されたそうです。私たちもお見舞いに行かれますか?」

「入院?」

京弥は手元の書類を置き、眉をひそめた。

「いつのことだ?」

「今日の午前中のことです」

匠が恭しく返答した。

京弥は深く息を吸い、スマホに目をやったが、そこには何の通知もなかった。

つまり、紗雪はこのことを彼に一言も知らせていないということだ。

彼女は今、一人でこの事態に向き合っているのだろう
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