Se connecterそう考えたところで、京弥は首を振った。やはり自分の考えが狭すぎた、と。我に返った時には、紗雪はすでに車を降りる準備をしていた。京弥は慌てて先に降り、車の前を回って反対側へ向かう。紗雪もその動きを見て、特に何も言わず車内で待った。彼が車の後部座席のドアの前に立った瞬間、その姿は周囲の視線を一気にさらった。紺青のスーツに長身。髪はオールバックに整え、鋭い眉と深い眼差し、通った鼻筋――たった一目で、誰の記憶にも焼き付くような男。その姿を見た人々はざわつき始める。「こんな人、今まで見たことないわね」「もし見てたら、絶対忘れないわよ」「かっこよすぎ......」稀に見る美形と、自然と滲む圧倒的な存在感。視線はその男に釘付けになり、次に気になるのは――彼の同伴者。まさかの人物が出てきたらしい。彼は後部座席のドアを開ける。すると、すらりと伸びた白く華奢な脚が現れ、淡い水色のハイヒールがキラリと光った。その一瞬で、周囲の空気が変わる。呼吸を呑む音がそこかしこで聞こえた。「......なにあの脚、現実?」「これだけで一年は眺められる」ざわめく周囲。京弥は気づいていないわけではない。だが、ここは紗雪が輝く場所。引いていい場面ではない。自分が足を引っ張ることだけは、絶対にあってはいけない。彼は手を差し出す。紗雪は迷いなく、その手に自分の指を添えた。細く白い指先が、男らしい手の甲に触れた瞬間、周囲の視線が一気に熱を帯びる。――いったい、中に座っていたのは誰だ?期待と興奮が膨らむ中、二人はまるで他の誰もいないかのように落ち着き払っていた。京弥はただ、紗雪を守るように寄り添い、周囲の欲に満ちた視線から彼女を遮ろうとしている。そして、彼女が車から降り立った瞬間、周囲は一斉に息を呑んだ。見覚えのある華やかな顔立ち。だが、あまりに完璧な登場に脳が追いつかない。「え、あの人......」「知ってる......だけど、オーラありすぎて一瞬わからなかった......!」ただ登場しただけで、場の空気が一変した。誰もが目を奪われる、堂々とした美しさ。
紗雪は、自分の頬が真っ赤に染まり、身体までほんのり熱を帯びているのをはっきり感じていた。けれど目の前の男はというと、乱れた呼吸と、彼女の口紅がうつったせいで少し赤みを帯びた唇以外、むしろ先ほどより精悍に見える。思わず紗雪は小声でぼやいた。「メイクしたばっかりなんだから、少しは我慢できないの?」京弥は気まずそうに鼻先を触り、気に入られようと彼女にそっと近づいた。紗雪は呆れ顔で言う。「バッグ、よこして」彼もすぐに意図を理解した。要するに、化粧直しだ。紗雪は手鏡を取り、顔をチェックする。幸い、まだリカバリーできそうだ。スタイリストが使ったコスメは一流品で、キープ力も抜群。唇の色が少し薄くなったのと、髪が少し乱れたくらいで、大きな崩れはない。簡単に整えると、すぐにいつもの完璧な姿に戻った。そんな彼女に京弥はおずおずと近寄る。紗雪は思わず身を引いて言った。「もうすぐ会場に着くよ。もう変なことしないで」その焦った様子に、京弥は思わず笑いをこぼす。「ただ髪を直してやろうと思ったのに」それを聞いて紗雪は少し安心し、前のめりに顔を近づけた。「じゃあ、お願い」会場に着く前に細かいところを確認したかったのだ。京弥は彼女の額にそっとキスを落とし、優しく微笑む。「これでよし。さっちゃんも、そんなに緊張しないで」その一瞬のキスに、紗雪は呆然と固まってしまう。耳まで真っ赤に染まり、声が上ずった。「もう、いいから。そろそろ降りる準備しよう」京弥は「うん」と短く答え、唇を軽く拭った。前席の吉岡は、ようやく安堵の息をつく。彼はわざと遠回りして運転していたのだ。紗雪が男に気を取られるような人ではないと信じてはいたが、もし途中で車を止めてしまえば、後部座席の雰囲気を壊しかねない。吉岡は馬鹿ではない。そんなことをすれば真っ先に怒られるのは自分だ。給料を減らされる可能性だってある。だから、少しでも上機嫌でいてもらえるように、慎重に時間を稼いでいたのだ。やがて、後ろの二人が落ち着いたのを見計らって声をかける。「到着しました」それを聞き、紗雪は短く答えた。「ありがとう、吉岡」そして隣の京弥に目をやり、小声で言う。「さあ、降りましょう」――もうふざけない
京弥がそばにいるだけで、無限の力が湧いてくる気がした。まさにそのおかげで、紗雪は自分が以前よりずっと成長できたと感じていた。紗雪がそう言い終えた瞬間、京弥はわずかに身を寄せてきた。その意図は明らかだ。思わず紗雪は慌てて手を伸ばし、彼の胸元を押し止める。「め、メイクしたばかりだよ、それに......」視線で前の運転席を示す。秘書がいる。吉岡は空気を読み、即座に仕切りを上げた。社長の秘書ともなれば、どんな状況でも冷静に対処できなければならない。でなければ、すぐに排除される世界だ。一方で京弥はというと、紗雪の言葉を聞いた瞬間、彼女の手首を掴みそっと引き寄せる。唇を緩く吊り上げ、耳元へ。低く甘い声が落ちる。「安心して、ちゃんと注意するよ。あとで、メイクは俺が直してあげるから」耳に触れるような囁き。長いまつ毛がかすかに震え、瞳が揺れる。もともと妖しく美丈夫な男が、こんな声で囁けば――まるで心を惑わす人魚の囁きだ。結局、紗雪は小さく頷くしかなかった。こんな京弥を前に、彼女には自制心なんて存在しない。そのことに気づき、思わず顔を覆いたくなる。自分がいつの間にこんなふうになったのか。でも、こういう京弥なら――甘く沈んでしまう。思考がふわりと漂う間に、薄い唇がそっと触れてくる。軽いキスひとつで、心臓がきゅっと締まる。目を閉じて応える。好きな人の優しい仕草に、抗えるわけがない。紗雪の反応を感じると、京弥は細い目をわずかに開いた。瞳の奥がきらりと興奮に光る。彼はゆっくりと、じわじわ追い詰めるのが好きだ。獲物が罠に落ちる瞬間を眺め、すっかり絡め取ったところで味わう――そういう男だ。案の定、紗雪が彼の優しさにほだされていると、次の瞬間には勢いを強めてくる。紗雪は目を見開いた。陶酔しきった顔で迫る京弥が信じられない。何せ仕上げたてのメイクだ。このままだと、台無しにしてしまう。だが焦れば焦るほど、彼は楽しそうだ。男の胸板を押したが、後頭部を押さえられ、逃げられない。力では敵わないと悟り、抵抗をやめるしかなかった。やっと一旦唇を離すと、耳にかかる息の熱さに体が震える。「さっちゃん。キスってのは、集中するものだよ」反論しようとした瞬間、す
スタイリストたちは、そんな恋を心底うらやましく思った。ふとした瞬間、彼女たちも考えてしまう。いつか自分にも、あんな甘い恋が訪れるだろうか、と。最後には店長が二人を車まで見送った。戻ってくると、スタイリスト全員がキラキラした目で固まっていた。「私たちにもあんな甘い恋、いつか来るかな」「それそれ。二人お似合いすぎでしょ」「顔も雰囲気も、全部トップレベルじゃん......」誰かが自嘲気味に頬をつまみながらつぶやく。「私じゃきっと無理だよね」店長は苦笑して首を振った。「はいはい、感傷はそこまで。仕事しないと。甘い恋なんて言う前に、働かなきゃ。恋どころか給料も飛ぶよ」その言葉に全員ビクッと固まり、慌てて持ち場へ散っていく。恋はまだ遠いけど、仕事があるなら十分幸せ。まずは視野を長く持つこと。一つのことに囚われすぎちゃいけない。今の世の中、恋愛脳より仕事脳の方が生きやすくて稼げる。だから、今日も努力あるのみ。*車に乗り込むと、京弥はずっと紗雪を見つめていた。その視線に、今度は紗雪が照れてしまう。頬に手を当て、ためらいがちに尋ねる。「どうしたの?そんなに見つめて......」見られすぎて、さすがに落ち着かない。さっきのスタジオでもずっとそうだったのに、外に出た今のほうがさらに熱い視線だ。京弥はまるで当然のように答える。「だって綺麗だから。それに、自分の妻を見るのは普通だろ?」「飽きたりしないの?」と彼女が頬を膨らませると、彼は即座に首を振った。「そんなわけない。例えをするなら、紗雪は俺が大事に育てたバラだ。こうして美しく咲いてるのを見ると、自分は花を育てるのが上手なんだって思える。よく言うだろ。妻の美しさは夫の誇りだって」紗雪は小さく息を飲む。驚きと、照れと、そして胸の奥を満たす温かさ。昔の京弥なら、こんな風に言葉にしなかった。今の彼は、迷いなく愛を伝えてくる。海外から戻ってきて、不安になることもあるけれど......その不安を、彼は一つひとつ優しさで埋めてくれる。ベッドで眠り続けていた頃から、ずっと。変わらずそばにいて、支えてくれた。目がじんと熱くなる。「京弥......ありがとう」昏睡のときも。目覚めた今も。
京弥が次に何をしようとしているのか、紗雪にはまるで予想がつかなかった。だからこそ、動くに動けなかった。次の瞬間――男は片膝をつき、そっと彼女の足を手のひらに乗せ、自分の膝の上へと置いた。場の空気が一気に凍りつく。誰も息をするのも忘れ、ただその光景に見入った。まさか、本当に......?スタイリストたちの胸の中に、桃色の妄想が弾ける。もし本当にあれだったら......ロマンチックすぎる。全員が京弥の一挙手一投足に釘付けだ。紗雪もそれに気付いていて、余計に恥ずかしくなる。ここはスタジオ、彼女はこれからパーティへ向かう。こんなところを見られたら、絶対あとでコソコソ言われる。さすがにこれは、恥ずかしすぎる。「京弥、なにしてるのさ」小さく、困惑した声。「ねえ、手を離して。みんな見てるよ......」だが京弥は動じない。白くて繊細な足を見つめ、目の奥に優しさを湛える。大きな手が、彼女の足を包み込む。ほんの軽い力なのに、簡単に収まってしまう。「靴は俺が履かせるから」空いていた手で、水色のハイヒールを持ち上げた。彼の大きく骨張った手に収まるその青い靴は、宝石のように輝いて見えた。美男美女――ただその光景を見るだけで、胸がざわつくほどだった。紗雪は、そんな彼の真剣な横顔を見つめ、もう何も言えなくなる。彼がしてくれるというなら、拒む理由なんて無い。それに今は靴も足も、全て彼の手の中。彼が何をしても、止められない。紗雪が抵抗をやめたのを感じ取った瞬間、京弥の表情がふわりと緩む。丁寧に、宝物を扱うように、彼は一歩ずつ彼女の足に靴を履かせた。胸の奥がじんわりと熱くなる。視界に映るのは、彼の低い頭。人前で片膝をつき、こんなにも優しく自分に尽くす姿。――こんなことされて、心が動かないはずがない。二つ目の靴が履かされた頃、ようやく我に返る。そっと地面に足を戻すと、落ち着いた声が響いた。「できた。立ってみて」「うん」短く返し、口元にそっと笑みが溢れる。幸福に包まれるって、こういう感覚なんだ。白くて柔らかな足が、水色のヒールで光を帯びる。京弥はその足を両手で包み、しばらく見つめた。そして、名残惜しそうに手を離した。紗雪は恥ず
紗雪は皆の反応を見て、胸の奥がどくりと跳ねた。――どうして誰も何も言わない?まさか、このドレスが似合っていない......?「なんでみんな黙るのですか......?」不安を隠しきれない声音でそう言うと、表情がさらに生き生きとして、思わずため息が漏れるほど綺麗だ、と誰もが感じた。こんなに美しい顔立ちに、この声。完璧すぎる。紗雪がさらに問いかけようとした瞬間、視界にすっと長い影が入った。男が自然な動作で彼女の細い腰を抱き寄せる。その光景に、周囲から一斉に息を呑む音。――やっぱり、二人ってそういう関係だったのか。しかも、絵面が良すぎる。周りの空気を感じ取った紗雪は、小声で囁いた。「ここ外だよ、何するの?みんな見てるよ」どれだけ図太く見えても、ここまで堂々とは無理だ。しかし京弥は薄く笑みを浮かべ、彼女の耳元で低く囁く。「すごく綺麗だ」紗雪の頬がふわりと赤く染まる。スタイリストたちは、いったい何を言われたらそんな風になるのかとそわそわし始めた。彼女に入れたチークですら隠せないほどの赤み。どんな魔法だよ、と内心大騒ぎだ。だが京弥は、そんな彼らに気を配るつもりはさらさら無い。紗雪は恥ずかしがり屋だから、と彼は分かっている。スタイリストの一人が空気を戻そうと声をかけた。「二川さん、本当にお似合いです!あの、こちらに選んだハイヒールがあるので、試着してみませんか?」「お願いします」紗雪が頷くと、相手は慌てて手を振る。「二川さんのスタイルを担当できるなんて、光栄です!今日、うちのスタジオは一気に格が上がりましたよ!」その大袈裟な表情に、紗雪は思わずくすっと笑った。普段クールに見えるのに、こういう時ほんと可愛いんだな、このスタイリストたち。そしてその笑顔に、誇り高いスタイリストたちすら胸を押さえて悶絶する。――お願いだからそんな笑顔しないで......心臓もたない。一方その様子を見ていた京弥の瞳には、うっすらとした不機嫌が浮かぶ。腕を軽く差し出すと、紗雪も拒まず腕を絡める。男のプライドは分かっている。こういう時はちゃんと立てるのが礼儀だ。「まさに美男美女ってこういうことだよね......」周りはため息混じりに囁く。ハイヒールの前に立った瞬間、