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第721話

Author: レイシ大好き
その言葉は、あまりにも酷すぎた。

口にした瞬間、美月自身さえもハッとした。

これは、自分の娘に言うことなのか。

若い紗雪の表情も、驚きで固まっていた。

目の前で牙を剥いているこの人が、本当に自分の母なのだろうか。

もしそうなら、自分はいったい何をしたというのか。

そこまで母を失望させるような、許されないことをしたのだろうか。

紗雪はそっと視線を落とし、瞳のふちに涙が溜まった。

けれど、これまでの自分を思い返しても、間違ったことをした覚えなんてなかった。

むしろ幼い頃は、どうすれば母に好かれるかと必死に考えていたくらいだ。

ただ、この二年。

父が亡くなってからはっきり気づいた。

母はただ、自分を嫌っているのだと。

そうなると、長い間心の奥で疑問が膨らんでいく。

自分は本当に、この人の娘なの?

どうしてここまで差をつけられなければならないの?

部屋の空気は一気に張りつめ、誰も言葉を発しなかった。

緒莉の胸は、抑えきれない感情でいっぱいだった。

笑い出しそうになる自分を必死に押さえ込もうと、大腿を爪でつねり続ける。

笑ってしまったら、あまりに露骨に見えるから。

もちろん、母が自分を贔屓していることは昔から知っていた。

紗雪に対してはほとんど冷遇といっていいほど。

でも、こうして目の前で明確に突きつけられるのは初めてのことだった。

だからこそ、笑いがこみ上げてくる。

母の態度は、まるで宣言のようではないか。

紗雪なんて大して大事じゃない。

母にとって一番大切なのは、やっぱり自分・緒莉なのだと。

若い紗雪は呼吸を荒くしながら、必死に自分の腕を握りしめた。

涙をこぼしてはいけない。

わかっている。

姉は自分が泣き崩れるのを心待ちにしている。

今ここで泣いてしまえば、それこそ彼女に笑いものにされるだけだ。

それだけは絶対に嫌だ。

その様子を横で見ていた紗雪の胸は、締めつけられるように痛んだ。

ずっと聞きたかった。

母にとって、自分は本当に実の娘なのか、と。

あの通路のスクリーンで見た光景を思い出す。

生まれたばかりの自分を抱いた時、母の顔には確かに微笑みがあった。

夜中にそっと布団をかけ直してくれたこともある。

表には出さなくても、そういう細やかな愛情があったのは知っている。

だからこそ、母であると認
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