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第840話

Author: レイシ大好き
彼女は、自分に隠し事をされるのが何より嫌いだ。

緒莉は、肩を落として戻ってきた辰琉を見て、まるで何も知らないかのように装い、先に声をかけて気遣う。

「辰琉、どうしたの?」

にこやかに優しく微笑んで、「さっき電話しに行ったよね?繋がらなかったの?」

その口調はあまりに柔らかく、まるで日常の何気ない出来事を語るようだった。

だが辰琉の神経は、唐突に何かに触発されたように逆上し、彼女の首を掴み上げて強く締め上げた。

「全部お前のせいだ!じゃなきゃ俺がこんな目に遭うわけがない!

このくそ女!この俺がここまでやってやったのに、なんで裏切るんだ!

緒莉、お前は一体なんなんだ。見誤ってたぞ!

そんなに俺を死なせたいって言うなら、一緒に死んでやるよ!」

緒莉の目は白く裏返り、喉に酸素が入らなくなっていく。

必死に両手を伸ばし、辰琉を突き放そうとするが、男女の力の差は歴然としていた。

しかも相手は激昂状態にある。

あまりに突然の出来事に、今西もすぐには動けなかった。

我に返った時、ようやく慌てて二人の間に割って入り、引き離そうとする。

「何してるんだ!」

「ここは警察署だぞ!お前の目には法も何もないのか!」

今西は渾身の力を込めたが、それでも辰琉を引き剥がせなかった。

最終的に、監視カメラで異変に気づいた同僚たちが飛び込んできて、二人をようやく引き離した。

間一髪だった。

床に崩れ落ちた緒莉は、荒く息をしながら首に手を当てる。

皮膚にはくっきりと赤黒い指の跡。

鏡を見ずとも、どんな姿かは想像がついた。

乱れた髪、完全に掠れた声で彼女は訴える。

「わ、私は......この人と同じ部屋にいたくありません。

怖いんです......外に出してください、協力できることは何でもします!」

涙の跡に覆われた小さな顔、白く細い首に残る無惨な痕跡。

あまりの惨状に、その場の警官たちの心も揺らいだ。

今西を除いて。

彼は細めた目で彼女を見据え、下ろした手を僅かに握り締める。

この女と過ごした時間で、彼女がどんな人間かは嫌というほど分かっていた。

今回辰琉が逆上したのも、結局は緒莉が焚きつけたからだ。

狙いは一つしかない。

とうとう隊長まで見ていられなくなった。

「聞きたいことがあるなら今のうちに聞け。終わったら二川さんを病院へ」

そう
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