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第90話

Author: レイシ大好き
翌日。

紗雪が会社に到着した。

自分のデスクに向かうと、林檎の席のあたりから、何かを探るような視線が送られてくるのに気づいた。

紗雪は気にしていないふりをし、唇の端をわずかに持ち上げる。

パソコンを起動し、何事もなかったかのように席につくと、林檎の視線も少し落ち着いたようだった。

その頃、林檎はUSBメモリのデータを確認していた。そこにあるのは、紗雪が作成した企画案だった。

「見てなさいよ。この資料を少し手直しすれば、全部私のものよ」

林檎の頭の中には完璧な計画ができあがっていた。

「午後の会議でこの企画を発表すれば、二川紗雪がどうやって対抗するのか見ものだわ」

「大勢の前で発表したら、プロジェクトマネージャーだって彼女を庇いきれないでしょうね!」

円は林檎の視線を感じ取り、椅子をくるっと回して紗雪の方へ向き直った。小声で話しかける。

「紗雪、なんか浅井の様子、おかしくない?」

「どうして?」

紗雪は知らないふりをする。

「いや……なんていうか、ずっと紗雪のことを見てる気がするんだよね」

紗雪は軽く肩をすくめた。

「目は彼女のものだから、好きなだけ見ればいいよ」

「他人の自由を制限することなんて、できないでしょ?」

円は納得したように頷く。

「まあ、それもそうだね!紗雪ってすごく綺麗だから、羨ましがってるんじゃない?」

紗雪は苦笑しながら、ふと話題を変えた。

「仕事に集中しましょう。この前、マネージャーに急かされてた報告書、もうまとめたの?」

「あっ、やばっ!」

円は小さく悲鳴を上げる。

「言われるまで忘れてた!早く仕上げなきゃ!」

そう言って、慌てて自分の席に戻っていった。

円が去ると、紗雪の笑顔はすっと消えた。

彼女は朝から気づいていた。パソコンが誰かに触られていたことに。

そして、それをやったのが誰なのかも、考えるまでもなかった。

きっと林檎は、午後の会議でこの企画を発表するつもりなのだろう。

いいでしょう。やる気なら、こっちも付き合ってやるわ。

紗雪の目に冷たい光が宿る。

高いところへと持ち上げられてから落ちるのが一番痛い。

その瞬間を、しっかりと見せてもらうわ。

午前中、林檎はずっと興奮していた。

彼女は企画案のデータを少し変更し、数字をいくつか書き換えただけで、他の部分はほぼそのままコ
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