LOGIN「タイムアップ!」
私の聞いたことのないようなキツイ口調にミゲルが驚いた顔をしている。 一晩粘って、彼が別れを切り出すようにしたかったけれど私はこのあと本丸に挑まなければならない。マラス子爵との離婚だ。
子爵邸に2人の子供を置いてきてしまっているのも気掛かりだ。 私がいない間、2人の夫人に手を出されないか心配だ。「私があなたと結婚したのはお金目当てよ。昔から自分の理想を私に押し付けてるあなたの好意がうざかった」
偽らざる本音だ。私は彼のことだけは好きにならない確信があった。
彼は一度だって私を本当に見ようとはしていない。私の可愛らしい見た目から勝手に可愛らしい性格を想像し押し付けているだけだ。
今、絶望顔で私を見てくる彼を見ても全く心が動かない。「分かった、別れよう⋯⋯」
彼が虫の鳴くような声で言ってきた。 私は持ってきた離婚届を出し、彼にサインを書くように促した。「後の空欄はこっちで埋めて出すから」
私はそう言いながら、彼がサインした離婚届を取り上げた。「リーザ、変わったな」
部屋を出ていく私にかけた彼の言葉に私は永遠に彼に罪悪感を持つことがないことに安堵した。 彼は本当に私を見ていなかった。私の性格は全く変わっていない、この9年は彼の理想を演じてあげたのだから感謝されても良いくらいだ。
そして、この離婚届が提出されることもない。 そもそも結婚してはいないのだから。「一晩もまたどこに行ってたんだ」
マラス子爵邸に着くなり機嫌が悪そうにマラス元子爵が言ってきた。 後ろにいるダンテとレオが無事なことを確認してホッとする。「今日はあなたにお話があります。私と離婚してください」
私の申し出にマラス元子爵が怒りを感じているのがわかる。「不倫してますよね。あそこのメイドと。不貞行為は離婚できる正当な事由です。」
後ろのメイドが驚いた顔をしている、マラス元子爵が表情を変えずに返してきた。 「私は彼女を第4夫人として迎えるつもりだ」 思わず私はため息を吐いた。 女性の不貞は一発で咎められるのに、男性は妻にして仕舞えば不貞に当たらない。「4人の妻を養えるのですか? もう、エスパル王国が帝国領になった今あなたは貴族でもないのに」
そう、彼はもう貴族ではない。 それでも彼を心でマラス子爵と呼んでしまうのは私が彼の名前を忘れてしまったからだ。私のバカにしたような物言いに子爵は怒り手を振り上げてきた。
叩かれると思った瞬間、思わず避けてしまった。しまった、今、ちょうど良い目撃者としてレール元伯爵が現場にいる。
彼も爵位を失ったから、朝から愚痴りにきているのだろう。帝国の要職について帝国の爵位を得る努力をすれば良いのに、生まれに甘んじて生きるくだらない連中だ。
惨めな気分になっているだろうレール元伯爵はマラス元子爵の失態を見たら多分周りに話すだろう。 彼は元々マラス元子爵が好きではない。マラス子爵は爵位こそ、レール元伯爵より下だが商人である第2夫人の実家の援助があるので彼より良い生活をしている。
レール元伯爵に実は嫌われ、転落を望まれていることをマラス子爵は気づいてもいないだろう。
私を叩かれるところを彼に目撃して貰えば、それを理由に離婚できたのに。 マラス子爵も思わず手が出てしまったのがまずいことだと気がついたように、左手で右手を押さえてしまった。「私は帝国に行きます。試験に合格し、帝国の貴族になります」
爵位を失った2人の男が驚いたような顔で私を見ている。「受かるわけないだろう。あれは表向きの皇帝陛下の建前で、敵国であったエスパルの人間を帝国の要職にするなどあり得ない」
帝国の試験は9科目に及ぶ3日間の筆記試験と5回の面接で決まる。 私は受験資格があると知った瞬間から、天から垂らされた糸に必死にしがみつくよう必死に学んできた。 マラス元子爵の後ろにいる使用人までもが笑いを堪えるようなバカにした表情をしている。やはり、この子爵邸の人間はダメだ。
今、エスパルで何が起こっているのか全く理解していない。帝国の書物をみんな必死で買い求め、貧しいものたちは1冊手に入れた本をみんなで必死に学んでいる。
帝国の試験は今後4年に1回行うらしい。帝国民であることと18歳以上であることだけが受験資格。
試験が発表されてから1ヶ月、帝国は新たに2カ国を帝国領とした。彼らにも受験資格がある。
しかし、元からの帝国民を除いて一番有利なのは最初に帝国領になったエスパルの民だ。 帝国は戦争も起こさず不気味な程のスピードで他国を侵略している。今後4年でもっと領土が増えたら、試験を受けるライバルがどんどん増えるのだ。
他国の出身の民も増えるから、他国の民だからこそできることをアピールし帝国の貴族になれるチャンスは今が一番ある。「離婚はしない、試験を受けるのは勝手だがレオは跡取りだから置いていけ」
マラス元子爵の後ろにいるダンテがレオの腕を握りしめているのが見えた。 私は、ダンテとレオに手で合図を送った。私たちは敵ばかりのこの子爵領で生き残るために秘密の合図を送った。
今送ったのは1時間後に学校前に集合の合図だ。「おかしなことを言ってごめんなさい。あなたがなかなか構ってくれなくて気を引きたかっただけなの⋯⋯」
私は、マラス元子爵が私に望む甘えた頭の足らない女の顔で言った。「わかれば良い。私は今からレール伯爵と外出だ。留守は頼んだぞ」
もう爵位を失ったのにまだ、貴族ごっこのように爵位をつけて呼んでいて思わず笑いそうになったが耐えた。「私達もお茶をしましょ」
第1夫人がまだ貴族であるかのような優雅な振る舞いで第2夫人を誘う。 「ええ、いいですわね」 第2夫人が私をバカにしたような目で一瞥してから第1夫人と連れ添ってテラスの方に消えた。マークがあっという間に外れたので、私とダンテとレオは30分後には学校前に合流できた。
「今から、帝国に向かうわよ。最高の生活と教育を手に入れて3人でゴージャスに仲良く暮らそう」 私の発言にダンテとレオがガッツポーズをした。 帝国の試験に受かる以外にも私には課題ができた。「皇帝に見初められるか⋯⋯」
思わず呟いた私の呟きに子供達が興味しんしんにしてくる。 子供にはまだ早いから私の作戦を言うわけにはいかない。 マラス元子爵と離婚するためには、私が皇帝に見初められて彼が私を手放すしかない状態を作るのが良いと思ったのだ。私ならいける。
なぜなら、今でも未成年と間違われるくらい可愛いし昔からモテた。 エレナ・アーデンという美女系の婚約者がいるらしいが、むしろ好都合だ。真逆の可愛いタイプの私は皇帝陛下の目にはさぞ愛らしく映るはずだ。
「あなたには帝国の宰相としての適性があるわ。帝国の宰相は代々、利己的で悪事を平気で働ける者が就く職なの。最低でも伯爵位はないと宰相職はできないわ」彼女はまた新たな書類の束をいくつか用意しながら告げて来る。私のどこが利己的だというのか、子供思いの良いお母さんではないか。悪事など生まれてこのかた働いたことはない。「あなたの9年に及ぶ結婚詐欺が露見しなかったのは、あなた自身が全く罪悪感を持ってなかったからよ」彼女は戸惑っている私を見て続けてきた。なぜ私が罪悪感を持たなければならないのか全く理解できなかった。自分にとって必要だからしたことだけだ。私は自分以上に子供たちを大事に思っているが、自分のことだって大事に決まっている。私が私を愛し続けるためにすることは悪事でもなんでもない。帝国の前の宰相はカルマン公爵だ。エスパル王国を私物化してきたヴィラン公爵をマイルドにしたような悪人。彼の悪事は現皇帝陛下アラン・レオハードによって明らかにされたという。カルマン公爵はアラン皇帝の母君のご実家であり、彼自身最大の後ろ盾だったはずだ。にもかかわらず、皇帝陛下はカルマン公爵家を粛清した。私が彼と会う前から彼を公平な方だと信頼している理由の1つだ。「待ってください。私、何か悪いことさせられるのですか? 悪事が露見したら粛清されるのではないのですか?」アーデン侯爵令嬢は私に悪事を働かせるつもりなのだろうか。万が一悪事が公になったらトカゲの尻尾切りのように捨てられ、子供達にも被害が及ぶに違いない。「あなたは自分の目的のためにすることを悪事と認識しない人間。他の人から見たら悪事に見えてしまうかもしれないわね。露見するようなことがあっても、子供達はアーデン侯爵家の養子にするから安全よ」アーデン侯爵令嬢がうっすら優しく微笑みながら言ってきた。思わず見惚れてしまうが、私のことは助けるつもりはないと言われた気がする。あまりに彼女のきつい言葉に晒されたせいか、子供の安全を保証されただけで少し感動されてしまっ
「あなたの9年に渡る2件の結婚詐欺について教えてくれる?」エレナ・アーデン侯爵令嬢がいかにも艶っぽい美女声で語りかけてくる。これ程、美しく優雅な人間を私は見たことがない。4回に渡る面接は、私はあまりに短い時間で終わってしまって落ちたのではないかとハラハラした。しかし、最終面接、今私は用意してきた自己アピールもできないまま難しい質問をされている。最終面接は皇帝陛下かエレナ・アーデン侯爵令嬢のいずれかが面接官になるらしい。私は面接官が皇帝陛下であることを期待した。そこで、見初められて仕舞えば目的の1つは達成できる。そして私は結婚詐欺などした覚えはない。9年ということはミゲルとジルベールとの関係を指しているのだろう。身辺調査される可能性を考え、縁を切ってきたのに行動を起こすのが遅かったかもしれない。「私は結婚詐欺などしていません。結婚詐欺というのは結婚を仄めかし金銭を搾取する行為ですよね。戸籍上、女は1人の男性としか結婚できない為、私は彼らと籍を入れられなかっただけです。」詐欺などと言われると心外だ。私は金銭を搾取した覚えはない。ジルベールからは私の自尊心を得るための愛を搾取した。ミゲルからは金銭を受け取っていたが、それは生活費として彼が渡してきたから受け取ってただけだ。「ふっ⋯⋯」アーデン侯爵令嬢は鼻で笑っているのが分かった。優雅に扇子で表情を隠しているが、バカにされている気がする。こんな面接とは関係ない質問をするのはおかしい。もっと、帝国のために何ができるかなど自己アピールをさせて欲しい。4回の面接で散々語ってきて、最終では私がどういう人間が知りたいならそういう質問をして欲しい。彼女の質問が興味本位のもので、私を受からせる気など最初からない気がして腹が立った。「興味本位の質問は不愉快です。私の帝国へ貢献できる能力ではなく私についてご興味がおありなら趣味でも語りましょうか」アーデン侯爵令嬢は私を合格させる気などないのだ。それならば、言
「タイムアップ!」私の聞いたことのないようなキツイ口調にミゲルが驚いた顔をしている。一晩粘って、彼が別れを切り出すようにしたかったけれど私はこのあと本丸に挑まなければならない。マラス子爵との離婚だ。子爵邸に2人の子供を置いてきてしまっているのも気掛かりだ。私がいない間、2人の夫人に手を出されないか心配だ。「私があなたと結婚したのはお金目当てよ。昔から自分の理想を私に押し付けてるあなたの好意がうざかった」偽らざる本音だ。私は彼のことだけは好きにならない確信があった。彼は一度だって私を本当に見ようとはしていない。私の可愛らしい見た目から勝手に可愛らしい性格を想像し押し付けているだけだ。今、絶望顔で私を見てくる彼を見ても全く心が動かない。「分かった、別れよう⋯⋯」彼が虫の鳴くような声で言ってきた。私は持ってきた離婚届を出し、彼にサインを書くように促した。「後の空欄はこっちで埋めて出すから」私はそう言いながら、彼がサインした離婚届を取り上げた。「リーザ、変わったな」部屋を出ていく私にかけた彼の言葉に私は永遠に彼に罪悪感を持つことがないことに安堵した。彼は本当に私を見ていなかった。私の性格は全く変わっていない、この9年は彼の理想を演じてあげたのだから感謝されても良いくらいだ。そして、この離婚届が提出されることもない。そもそも結婚してはいないのだから。「一晩もまたどこに行ってたんだ」マラス子爵邸に着くなり機嫌が悪そうにマラス元子爵が言ってきた。後ろにいるダンテとレオが無事なことを確認してホッとする。「今日はあなたにお話があります。私と離婚してください」私の申し出にマラス元子爵が怒りを感じているのがわかる。「不倫してますよね。あそこのメイドと。不貞行為は離婚できる正当な事由です。」後ろのメイドが驚いた顔をしている、マラス元子爵が表情を変えずに返してきた。「私は彼女を第4夫人として迎えるつもりだ」思わず私はため息を吐いた。女性の不貞は一発で咎められるのに、男性は妻にして仕舞えば不貞に当たらない。「4人の妻を養えるのですか? もう、エスパル王国が帝国領になった今あなたは貴族でもないのに」そう、彼はもう貴族ではない。それでも彼を心でマラス子爵と呼んでしまうのは私が彼の名前を忘れてしまったからだ。私のバカにしたよう
翌日、ジルベールの家を出てマラス子爵邸に向かった。ジルベールは私が困らないようにお金を渡してくれて、たくさんチヤホヤしてくれた。もちろん婚姻届が出される日など来ない、私はすでに結婚しているのだ。結婚前リゾート地に来た時、私は子爵に他に妻が2人いると知りショックを受けていた。その時も私の心を回復してくれたのは彼だった。彼は本当に存在するのか、追い詰められた私が生み出した妖精なのかと思うこともあった。ミゲルとの別れが難しかったのに対し、ジルベールは私が別れを望んでいると悟るとあっさり別れてくれた。別れるよう圧力をかけても、私に執着するミゲルとは違った。お腹の子の予定日も過ぎていたし、子爵邸で主治医の元で産むのが安全だと思い子爵邸に戻った。3日間留守にしていた私を診察に主治医がきた時、陣痛が始まった。生まれるタイミングから母思いで、周りからも好かれるレオの誕生だった。ミゲルと私は村で幼馴染だった。村一番可愛い私はモテモテで12歳から村のいろいろな男と付き合った。来るもの拒まず、去る者追わずな私が唯一付き合うことを拒んだのがミゲルだった。幼馴染で昔から私に一途な彼は私には重かったのだ。私は付き合った相手の誰のことも好きにならなかった。ミゲルと付き合ったところで当然彼のことを好きになることはないだろうと予想ができた。だけど、付き合ってしまうと別れるのが大変になることは目に見えていた。ミゲルがなぜ私と結婚していると思い込んでいるかと言えばレオを産んですぐの時に再会したのだ。彼とだけは付き合いたくなかったのに、私は彼が必要になってしまった。貴族は妻ではなく乳母に子育てをさせるのが基本だ。ダンテの時にもそうしたので、私はレオの時も乳母に預けていた。マラス子爵が男の子が生まれたことに喜び、明らかにダンテとは違う早い成長を見せていたレオは跡取りと考えられていた。ダンテは首座りから、成長が何から何まで遅かった。その上、生まれた時期が早かったせいで常に子爵の子か疑う声があった。しかし、レオは何から何まで他の子よりも成長が早く、赤子にも関わらず目つきから聡明さが漂っていた。そのことが2人の夫人は今後自分たちが男の子を出産してもレオが跡取りになるという危機感を持ってしまった。最初にレオが命の危機に晒されたのは生後4ヶ月の時だった。乳母が
「この間、酒屋の奥さんと長く話し込んでいたでしょ。あなたのことを信じたいけれど、私は私だけを見てくれる人じゃないとダメなの」精一杯の苦痛の表情と嘘泣き。どう、こんな面倒な女と結婚生活なんて続けられないでしょ。さあ、あなたから離婚を言い出すのよ。「いや、あのオススメの酒を聞いていただけで⋯⋯」私と9年の結婚生活を続けていると信じているミゲルな眠気まなこをこすりながら言ってくる。今日、彼は大事な仕事があるのに、私は彼を困らせるため一睡もさせずに彼を責め続けている。「酒も、女もやめられないのね。私はもういらないのね」早く離婚を切り出して欲しい。ミゲルと私は実は結婚をしていない。なぜなら、私は彼と結婚する前にマラス子爵と結婚し彼の第3夫人となっている。子供のためにも子爵とは離婚しておきたい。こちらはしっかりと戸籍上の夫婦になっている。ミゲルと別れなければならないのは身辺整理をするためだ。そして、彼から手切れ金と彼自身から別れを切り出したという事実が欲しかった。独裁国家として他国から危険視され鎖国状態だった我がエスパル王国が先月めでたく帝国領となった。我々エスパルの人間はみんな水色の髪に、水色の瞳をしている。その髪色と瞳の色はエスパルの人間特有のもので、見ただけで出身がバレてしまう。奴隷扱いされるのではと震えがるエスパル国民の不安をよそに、皇帝陛下は私たちを帝国民と同様に扱うことを宣言した。皇位に就いたばかりのアラン・レオハード皇帝陛下はなかなかの男だ。この度、帝国の要職を総入れ替えすると発表した。その試験は私たちエスパル国民にも受験資格があるらしい。要職につければ、帝国の首都で豪邸を与えられ一流の生活ができるという。それだけの条件では私は住み慣れたエスパルの地を捨てる覚悟はできなかった。しかし、家族の教育費まで面倒見てくれると発表されたのだ。私には12歳になるダンテと10歳になるレオという2人の息子がいる。2人に最高の教育を受けさせたいという思いと、今の環境が2人の息子にとって必ずしもベストではないということ。2人の子供の未来のために私は帝国に試験を受けに行くことにしたのだ。しかし、私は帝国の調査能力というのを甘く見ていない。この度帝国がなぜ、戦争を起こすこともなくエスパルを手中におさめたかを考えると万全を期すべき