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第5羽:生徒会長とエンドロール(上)

last update 게시일: 2026-04-11 23:57:28

【2010年7月】静岡県・三島市

アズサは、キヨミの前に唐突に現れたわけではない。

むしろ一つ年上のその先輩の存在感は、キヨミが高校に入学したときから常にそこにあった、と言った方が正しいだろうか。

2009年、キヨミがこの市立高校に入学した年、アズサは生徒会長を務めていた。弁論大会では県大会を制し、全国大会でも優勝。さらにその年の秋、とある文芸雑誌の新人賞を高校生ながら獲得し、全国的にその名を轟かせた。

校内放送で名前が呼ばれるたび、廊下ですれ違うだけで後輩たちが息をひそめるほどの存在。学校内で彼女を知らない者はいない、と言えるほどの有名人だった。

そんなアズサが、キヨミに初めて声をかけてきたのは、市立図書館だった。

7月の蒸し暑い午後。キヨミはいつものように窓際の席に座り、ノートに走り書きをしていた。図書館は静かで、かすかなエアコンの音だけが響いている。

「勉強しているのかと思ったら、なあにそれ、詩でも書いてるのかしら」

聞き覚えのある、どこか甘く澄んだ声。キヨミが顔を上げると、そこにアズサが立っていた。長い黒髪を一つにまとめ、白いブラウスに紺のスカートという制服姿が、まるで絵画から切り取られたように整っている。唇の端に、わずかな笑みが浮かんでいた。

キヨミは慌ててノートを閉じようとしたが、アズサの細い指が素早くそれを押さえた。

「見せてごらんなさい」

拒否する間もなく、ノートはアズサの手に移っていた。彼女はゆっくりとページをめくり、ある一節で指を止めた。

「なかなか面白い文章を書くのね」

アズサの声は、褒めているようでありながら、どこか上から目線だった。

「特にこの文章が好き」

示されたのは、次の言葉だった。

“人は死んでも、あの世なんて場所にはいかない。魂など存在しない。ただ終わるだけだ。物が壊れ、捨てられて無くなるのと何も変わらない。そう思うからこそ、人は美しい。”

キヨミの頰が、かあっと熱くなった。自分の書いたものが誰かに読まれること自体が初めてに近く、ましてや「好き」とまで言われるなんて。

「ありがとう……ございます」

少し照れる様子を見せるキヨミ。しかしその直後、ショッキングな出来事は起こった。

目の前で、アズサが無造作に、キヨミがポエムを書いたページをビリビリと引き裂いたのだ。

「でも、こんなことしちゃあ駄目」

破られ、机の上に散らばる紙片に、キヨミは息を飲む。

「あなたはもっと、書いたり読んだりする以外のことにも力を入れるべきよ。詩や小説なんて、所詮は消費されるだけの商品。なら、同じ土俵に立とうなんて思っちゃ駄目。誰かに消費されて終わっていく人生なんて、ただ惨めなだけだわ」

アズサは微笑みながら、そう言い切った。その笑顔は優しく、しかし絶対的な命令を含んでいた。

「ほら、立ちなさい」

キヨミが戸惑っていると、アズサは彼女の手首を軽く掴み、図書館の2階へと連れていく。視聴覚コーナーへ入ると、壁一面に並んだ棚に、DVDやビデオテープ、CDなどがズラリと並んでいた。

「席空いてるか見てきて」

アズサはひとり、棚に向かう。何か目的のDVDがあるのだろう。

キヨミの鞄には、先ほど破られたノートが入っている。初めて言葉を交わしたばかりの人から何でこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだろうとショックもあったが、そんな彼女に従って来てしまった。なぜ? 従わないと、もっと酷い目に遭うような気がしたのだろうか? 恐喝にでも遭っているような……ただ、それとは違う感覚もあった。

少し憧れのようなものも抱いていた先輩だった。そんな彼女にノートを破られたのも、ただのイジワルには思えなかった。何か意味があるはずで、それを知りたいという好奇心の方が勝った。キヨミは言われた通り、空いている席を見つけて腰かける。

やがてアズサが1本のDVDを持ってきて、キヨミの隣に腰かけた。アズサが持ってきた映画のタイトルは、『スワロウテイル』。岩井俊二監督の作品だ。

「これ、観たことある?」

キヨミは首を横に振った。

「じゃあ、今日はこれを観ましょう。二人きりで」

スクリーンに映し出されたのは、抒情的な映像美と、突然のバイオレンスが交錯する世界だった。

中国語と日本語が混じり合う独特の台詞、荒廃した街並み、音楽、血、希望、そして絶望。キヨミは画面に引き込まれ、息をするのも忘れていた。

2時間半があっという間に過ぎ、エンドロールが流れ始めても、彼女はまだ動けなかった。胸の奥が熱く、目頭が痛い。何か大切なものが、身体の内側で壊れ、また新しく生まれたような感覚だった。

いつの間にか、周りの客はいなくなっていた。資料の整理にでも駆り出されたのか、係のスタッフの姿も見えない。

そのとき、隣に座っていたアズサが静かに身を寄せてきた。柔らかい唇が、キヨミの唇に触れる。チュッ、という小さな音。

キスだった。

道中ヘルベチカ

※2026/4/13 1:00(JST)更新

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