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シルヴァア・スワロウ
シルヴァア・スワロウ
Author: 道中ヘルベチカ

プロローグ:空から落ちてきた手紙

last update publish date: 2026-04-08 17:31:30

【2010年7月23日(金)】静岡県・三島市

“我慢強く生きる覚悟を わたしにください――”

そこまでのフレーズを書いた後、キヨミは顔を上げる。アズサと目が合う――その日の数週間前、三島市立の図書館で初めて言葉を交わしたばかりの先輩である、彼女に見られている。

「アズサ」

鏡を見たら恐らくクマだらけのやつれた表情で、キヨミは年齢が一つ上の彼女を呼び捨てする。そうするよう彼女が言ったからだ。

“アズサでいい。ううん、それ以外許さない。もしアズサさんとか、アズサセンパイなんて言うなら、殺すから――君の首を絞めたあとで、その可愛らしい舌と、可愛らしい両目をとって、ずっとホルマリン漬けの宝物にしちゃうんだから。どう、うれしい? それとも、キモイ?”――(キヨミはもちろん、「キモイ」と答えた)

アズサは微笑ほほえむ。微笑んだときだけ、彼女は聖母のようになる。いったいその聖母の口から、いつ「殺す」なんて言葉がつむがれたのか。ひょっとしたらすべて幻聴だったんじゃないか。そう思わせるような表情になる。

「また貴重な時間をつぶして、なにくだらないことやっていたの。まさかとは思うけど詩を書いていたとか?」

キヨミの行いは、ぜんぶバレている。こういうとき、ヘタに「ごめんなさい」なんて謝らない方がいい。謝られることは、「さん」や「センパイ」付けで呼ばれることの次にアズサが嫌うことだ。

「まさかと思われた、その通りのことをしていました」

「ふうん。やっぱり。じゃ、お仕置き」

「あっ」

アズサがキヨミのわきをくすぐる。キヨミは必死に声を抑えようとする。けれど、れる。あ、あひゃっ。変な声が出る。

「かわいい。君はこうしてるときが一番かわいい」

優しい声でアズサは言う。そしてキヨミの頬に、チュッ、と口づけする。周りで生徒が見ていたなら、ちょっとした騒ぎになっているだろう。けれど放課後の図書室には、彼女らしかいない。誰もいなくて良かったと言うより、誰もいないからこそアズサは、こんな行為をしているのだろうか。

「や、やめてっ」

「やめない」

「いひっ、あひゃっ」

そうやって、いつものようにじゃれ合う。まるで幼いころからずっと仲良しだった友同士のように。姉妹のように。そうではない、「恋人同士」。たしかそう、二人の間で約束が交わされたはずだ。

ひとしきりくすぐり終えた後、ようやくアズサが、キヨミを開放して言う。

「とりあえず見せてよ、書いたやつ」

キヨミは渋々、ノートに書いた落書きを見せる。

---

空から落ちてきた手紙

海から流れ着いた楽譜

山の中で芽吹く物語

かつて、そんな文学的なもので形作られていた世界は

雲を流すコード

波を立てる演算式

草や木を育むデータ

いまやそんな数学的なもので組み立てられている

グッバイノーソン、ハローテクノロジー

常に変化するトウキョウで生きるには

わたし自身も進化を求められる

グッバイノーソン、ハローテクノロジー

急速に移ろいゆく時代に翻弄されないよう

我慢強く生きる覚悟を わたしにください――

---

こんなもの詩とは呼べない。文章ですらない、ただの落書きだ。

「“グッバイノーソン、ハローテクノロジー”」

無駄にリフレインした箇所を読まれ、キヨミは、かあっと顔が熱くなる。恥ずかしい。腋をくすぐられるより、頬にキスされるよりもよっぽど。

ノートをバサッと机に放り、アズサはまた口を開く。

「君はね、本だけ読んでればいいの。詩とか、小説とか書いちゃダメ」

「なんで、ですか」

「なんで、じゃない。なんでも。モノカキなんて、卑しいことはしちゃだめ。それは奴隷のやることです。私たちみたいな貴族は、奴隷の書いたモノを読んでればいい。商品として消費し、飽きたら捨てればいい。だからね」

と、アズサはまた、キヨミの腋に手を入れる。あひゃっ。

「君はね、ゼッタイ詩とか、小説とか書いちゃだめ。なるべく多くの本を読むの。わかった?」

【2019年3月下旬】東京都・中野区

 

放課後の図書館で繰り広げられた、あの、二人だけのちょっとしたたわむれ。

アズサがいなくなってからは、それすらなつかしく、愛おしく思えてしまう。死に別れたわけではない。単にアズサはキヨミの元を去っていった。自然消滅のようなものだ。

だからこそ、その消失を永遠に感じてしまう。それぞれが違う世界に分け隔てられたのならまだしも、同じ世界にいながらもう会えないということほど、深い訣別けつべつはない。

そしてアズサは、キヨミから奪っていった。大切な、大切な、感情というものを。そして「あの子」に関する記憶を。

「あの子」が一度キヨミに託しながら、アズサが奪っていったそれ。感情、心、あるいは魂とでも呼ぶべきものだろうか。

胸にぽっかり穴が空いたよう、という慣用句もある。しかしキヨミにとってみれば、もう9年近くもその穴が塞がったことはない。

まるで無感情の人形のように、ただただキヨミは、人生を擦り減らし続けていた。

感情、心、あるいは魂とでも呼ぶべき何か。

それらが今、キヨミがなくしているもの。

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