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第6話

作者: 亜優
控え室に入るなり、海吏はスマートフォンを乱暴に珠羽の目の前へと突き出した。

画面には、あっという間に炎上したネットの反応が広がり、絵凛に対する見るに堪えない誹謗中傷が溢れかえっている。

「表向きは寛大なフリをしておいて、裏でこんな卑劣な手段を使って彼女を陥れたのか?」

海吏の放つ一言一言に、激しい怒りがこもっていた。

「彼女の評判とキャリアをぶち壊して、お前はそれで満足か!」

珠羽はふっと鼻で笑った。「そんな下らないこと、する気にもならないわ」

彼女は海吏を見て、ただただ滑稽に思えた。他人の適当な言葉を鵜呑みにして、背後で糸を引いているのは自分だと決めつけている。

五年間という月日を共に過ごしてきたのに、これっぽっちの信頼すら築けていなかった。

そのまま視線を絵凛へと移す。

「そっちこそ、慌てて私を身代わりにして罪を擦りつけようとしているところを見ると……よっぽどやましいことでもあるんじゃないの?」

海吏はその場に硬直した。顔に浮かんでいた怒りの表情が明らかに強張る。

珠羽の言葉を聞いた絵凛の目からは、瞬時に涙が溢れ出した。

「海吏、もういいの……私のために珠羽さんと喧嘩しないで。たとえ本当に彼女がやったことだとしても、私は恨まないわ」

彼女は真っ青な顔を上げ、健気に無理な笑顔を作ってみせる。

「わかるの。彼女はあなたの恋人なんだから、治療のプロセスを誤解してしまうのも無理はないわ。

私が少し理不尽な思いをするくらい、どうってことない。あなたの病気を治せるなら、私はどんなことだって受け入れるから」

その言葉に、海吏の瞳には今にも溢れ出んばかりの痛ましさと同情が浮かんだ。

彼は絵凛を強く抱き寄せると、一切の感情を失った珠羽の顔を再び見つめた。その瞳の奥にあった失望は、すでに露骨な非難の色へと変わっていた。

まるで赤の他人でも見るかのような冷ややかな目で、海吏は反論を許さない口調で彼女を追い詰めた。

「珠羽。お前はこれほどの大騒動を起こして、絵凛に全くいわれのない非難を浴びせたんだぞ。

彼女は今でもお前を庇ってくれているというのに。今すぐ噂を否定する声明を出して、彼女に謝罪しろ!」

彼が自分の釈明などまったく聞く耳を持たないのを見て、珠羽はこれ以上何を言っても無駄だと悟った。

だから彼女はもう二人を見ることをやめ、静かにスマートフォンを取り出して電話をかけようとした。

「言葉で通じないなら、警察を呼んで解決してもらうしかないわね」

「警察は呼ばないで!」絵凛が悲鳴のような声を上げ、その顔から一瞬にして血の気が引いた。

「怖い、海吏……さっきのあの恐ろしい光景、もう思い出したくもないの。お願い……!」

しかし珠羽には分かっていた。絵凛は単に、警察に介入されて真相を暴かれるのが怖いだけなのだ。

海吏はすぐさま絵凛をかばうように強く抱きしめた。「珠羽、お前はそうやって、どこまで執拗に彼女を追い詰めるつもりだ!」

見知らぬ他人を見るような氷のように冷たい目で、彼は珠羽を睨みつける。

「絵凛はこんな目に遭ってもお前を責めていないんだぞ。お前には少しの罪悪感もないのか?」

そう吐き捨てると、彼はもう珠羽を一瞥することもなく、絵凛を大事に抱き上げて控え室を出て行った。

バタンとドアが重苦しい音を立てて閉まる。

珠羽はその場に立ち尽くし、遠ざかっていく足音を聞いていた。

ゆっくりと窓辺に歩み寄り、海吏が再びためらいなく別の女を選び取るのを見つめた。

胸の奥に残っていたわずかな温もりすらも、ついに完全に冷え切ってしまった。

三日後の夕方。珠羽が新居のマンションで荷物を整理していると、スマートフォンの画面に突然ニュース速報がポップアップした。

【五十嵐グループCEO、桜井絵凛医師のために自ら声明を発表。不適切な治療という噂を真っ向から否定】

添付されていたのは、海吏が絵凛を庇いながらあの会場を後にする瞬間の写真だった。

スマートフォンを握る珠羽の指がわずかにこわばる。付き合い始めた頃のことを、彼女はふと思い出していた。

一度、海吏が大切なデートをすっぽかし、彼女が本気で怒ったことがあった。彼は一晩中マンションの下に立ち尽くし、翌日目の下に酷い隈を作ってこう言った。

「珠羽、俺は絶対に、お前を一人で置き去りになんてしない」

だが今、彼はとうの昔にその約束を忘れてしまっている。

唐突に鳴り響いた着信音が彼女の思考を断ち切った。

「水瀬さん、今すぐ大学の研究室に来てくれ」電話の向こうの指導教官の声はいつになく厳しさを帯びていた。

珠羽が急いで研究室に駆けつけると、部屋の空気は異様なほど重苦しかった。

指導教官は一冊の最新の学術誌を彼女の前に突き出した。「これはどういうことだ?

桜井さんが発表したばかりの論文なんだが……研究の方向性も、記載されているデータも、君が今進めているテーマと完全に一致している」

珠羽は学術誌を手に取り、素早くページをめくった。読み進めるほどに、全身の血の気が引いていく。

着眼点が酷似しているだけではない。いくつかのあるはずのない極秘の独自データまでが、堂々と記載されていたのだ。

「そんな、あり得ません……」全身の血が瞬時に凍りついたようだった。

「この研究データは、私の個人用のパソコンにしか保存していません。クラウドへのバックアップすら、取っていませんでした」

彼女のパソコンに物理的に触れることができ、なおかつ彼女に一切警戒されることなく、すべてのコアデータを盗み出せる人間。

――海吏をおいて、他に誰がいるというのか?

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