――大型連休に入る少し前のある日のこと。
私はいつもの仕事部屋で、今日も原稿を書いている。
唐突だが原稿を執筆している最中、こんなことを思ってしまった。
(んー……アレ? そういや、最後に焼き魚や煮魚を食べた日って……いつだっけ?)
なぜ、そんなことを言い出したのか?
麺類や肉類、簡単な炒め物やスーパーで売っていた惣菜はよく食べている。
しかし、最近は献立の中に自分で作った和食らしいものを取り入れていなかった。
(本当は健康を意識したいところだけど、忙しいと簡単なものをついつい……)
オマケに今原稿を書いている内容は、決まったテーマがある。
雪絵さんから雑誌に掲載する提案で「私の好きな和食」というコラムで依頼が来ていたのだ。
ちなみに私の好きな和食は、焼き魚や肉じゃがなど色々とメニューが挙がっていく。
だけど、いざ文章にしたい食材が意外と思い浮かばない。
自分の決めたメニューからどんな内容にして書こうか悩んでいる。
いわゆる、キッカケ作りが難しい。
(うーん、ここは気分を変えてアイデア探しに冷蔵庫の中身をみてみるかぁ……)
そう思いながら一旦、仕事部屋から出ることにした。
キッチンにある冷蔵庫の中を見に向かうよう、席から立ち上がる。
台所の部屋に入り、冷蔵庫の扉を開いてみる。
最初目に見えたのが、黄緑色の蓋で閉じている半透明のタッパー。
(あっ! この前、残った白菜ときゅうりを切って白だしで漬けていたままだった。そろそろ食べないと!)
そして、その隣に魚の入った袋を発見した。
先日スーパーで購入した、鯵の干物だった。
(干物かぁ……。干物といったら……あぁ! これは、もう、炭火で焼くしかない!)
この機会に思い切って庭キャンプでもしよう。
仕事の気分転換になるし、何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。
(締め切りまでは、まだ時間がある。ご飯を作って食べてから原稿を再開しよう)
よし、今日の夕飯は鯵の干物で決まりだ。
せっかく和食にするなら、もちろん白米と味噌汁も欲しい。
メニューは、これでベリーグッドと言えるだろう。
すんなり決められたことで、あとは行動に移すのみ。
(和食メニューで庭キャンプ……いいねぇ)
出来た食事を想像すると、心の中の表情がニヤニヤと笑みが出そうだ。
そんな感じで、私は早速準備に取り掛かることにしたのである。
◇ ◆ ◇
まずは、いつものようにキッチンで行う下ごしらえから作業を開始する。
一合分の白米を洗い、メスティンに水ごと入れる。
しばらくの間、お米の吸水させるためメスティンの蓋をして放置するだけ。
これでお米を炊く準備は万端だ。
(あとは焚き火台の上で炊くから、もう玄関まで持っていこう)
次は、味噌汁に入れる具材決めと味噌玉だ。
実は今回、初めての味噌玉を作る。
今まではインスタント味噌汁で頼りきっている。
その中で特にお気に入りが、米麹の入った合わせ味噌。
具材は三種類あって、ネギが一番大好きだ。
けれど、いつの間にか家で常備しているストック分がもうなくなってしまった。
(今は、ストックが全くないけど心配無用)
なぜかタイミングが良く、先週末に私の実家から食料品が送られてきた。
その中の一つにインスタントではなく、生味噌で送られてきた。
両親にお礼をするついでに電話をして聞いてみた。
どうやら今流行りのお取り寄せで、美味しい合わせ味噌があったからと買ってきたらしい。
(まぁ、人並程度だけど味噌汁が作れないわけでもないし、ここはありがたく使おう)
しかし、問題が一つある。
生の味噌をどうやって手軽に持ち運べるかだ。
容器ごと持っていくにしても、一人分だけの量が欲しい。
(えーっと、味噌、キャンプ飯っと……)
スマートフォンのネットアプリで検索して調べた。
キャンプ飯で味噌汁が出来るなら使いたいと思っている。
そこに出た結果が、例の味噌玉を作ることでたどり着いた。
(せっかく和食のメニューにするなら、味噌汁も定番ものだから欲しくなる)
味噌玉余を作る材料は、味噌と粉鰹。
鰹節ではなく粉鰹なのは、恐らく溶けるのが早いからだ。
その上、出汁として入れるために使うのだろう。
もし、家に粉鰹が無くても顆粒だしや鰹節を細かくすればいいかもしれない。
具材は乾燥ものであれば好きな組み合わせと、サイト内のレシピに記されている。
(あと、味噌汁の具材は何にしようかな?)
と言っても、具材選びはそう困ることはなかった。
決まったのは、乾燥ワカメだ。
持ち運びする際なら、乾物だろうと判断したからだ。
まずは、適度な大きさに切ったラップを台の上に敷く。
そこに味噌と粉鰹、ワカメを乗せて、一旦混ぜ込みながら味噌を団子状に包み込む。
そして、口の部分をねじって縛る。
たったこれだけで、味噌汁の元になる味噌玉の完成。
(凄っ! こんなにも早く簡単に出来た……。もっと早く知れば良かったなぁ)
これでごはんの準備が整ったから、あとはキャンプ道具の設置にかかるのである。
――和食で揃うキャンプごはんを楽しみにしながら……。
緩やかな坂道を登りきった後、ショッピング施設の入口の反対側にある裏手へ行く。そのまま真っ直ぐ行くと、カフェレストランの入口へ着いた。営業時間帯はまだカフェタイム……と言っても、あと一時間ぐらいで終わってしまう。メニューを確認してると、私たちを見かけた店員さんが扉を開け声をかけてくれた。「本日のカフェタイムで提供できるデザートメニューは、残りのドライフルーツのパウンドケーキのみになりますが……いかがでしょうか?」「あぁ、まぁ……とりあえず入ろうか」私はコクっと深く頷いた。恭弥さんは入りますとゴーサインを出し、カフェレストランコーナーへ入ることにした。「お席は空いてる所へどうぞ」(どこにしようかな……あ、ここにしよう)店員さんがそういうと良さそうな席を選ぶように、私は周りを見回す。景色も眺められそうな窓側の席へ指定した。「おっ、外の景色も見えるんだな」「うん、だからここにした」「いいじゃない?」そして店員さんが水を持ってきて早速、注文を取ろうとする。「ご注文はお決まりですか?」「デザートはパウンドケーキのみでしたっけ?」恭弥さんは、その店員さんに質問をかける。「そうですね、他の二つは生憎既に完売してしまいまして……」そう言って、店員さんは申し訳ございませんと頭を下げた。ちなみに完売した他の二つのデザートは、ガトーショコラとベイクドチーズケーキだった。
今日は恭弥さんとドライブも兼ねてのお出かけ。だけど……。「え~……今この辺だけどさぁ~……コレ、どこへ行こうとしてるんだ?」彼と、行きたい目的地の専用駐車場へ向かおうとしているはずだった。しかし、今はそこと別の駐車場付近に居る。コレはつまり、完全に迷ってしまった。車に搭載しているカーナビとスマホのマップアプリで検索したものを照らし合わせている最中だ。(曲がる場所が複雑すぎる……ナビでも難しいなんて)どうやら高速道路のジャンクションらしい所を通ると、すぐ目の前が目的地の駐車場。だが、そこへ辿り着くまで少々ややこしい……。というのも、曲がる場所を間違えてしまうと高速道路に向かう方向へ入ってしまうそうだ。「とりあえず、私も地図見ながら案内のサポートするからゆっくり前へ進んでみよう?」「ん……わかった」そんな訳で、少々不機嫌で難しそうな顔の恭弥さんは運転を再開。私も慎重にフォローをしないといけない。(とりあえず、道の曲がる場所を正しく誘導出来るのを頑張ろう)「恭弥さん、ここを左に……」「ん? ここ?」「そう、ここ」私は曲がるタイミングを伝えながらサポートをしていく。今日は前から行ってみたかった、隣の市にある大きな公園内のフィールドパーク。昨年九月頃にオープンしたものの、予定がなかなか合わなくて行けずじまいだった。(あぁ、やっと恭弥さんと予定の合う日が出来
——タイマーの待ち時間、彼は私たちの出会いを語ろうと提案してくれた。「俺らって、初めて会ったのは何年前だっけ?」「確か……」そう、あれは出版社の創立記念パーティーのこと。「乾杯!」私は当時、編集社員としてまだ一年か二年目くらいの頃だった。重要な事情がない限り、全社員はそのパーティーへ出席していた。(うぅ……。コミュ障の私にとって雪絵さんがいないと心細いなぁ)しかし、当の本人は別の事情あってどうしても出られないという理由で欠席。彼女以外の仲の良い人は一人も居なくて困っていた。乾杯の挨拶など進行通りに進めた後、歓談会へとフリータイムになった。(どうしよう……。私から話しかけるのも……怖い)その時のことだった。一人の男性から、私が一人でいるのを見かけて声を掛けてきた。「ねぇ。君、一人?」「は、はい……」黒のスーツ姿に紅色のネクタイで締めていて、まるでバーテンダーの佇まい。そして彼の手には、ネックホルダー付きの立派な一眼レフのカメラも持っていた。彼の顔から、優しそうな目の眼差しと柔らかい微笑みを見せる。それが、後の夫・恭弥さんだった。当時の彼は、パーティーの出席者兼写真撮影の担当として呼ばれていた。私はふと、その当時のことで一つ疑問に思っていた。「そういえば、あの時、なんで声を掛けてくれたの?」「ん? あぁ、一人だったからのもあるけど……」「けど?」恭弥さんの顔を少し覗き込むと、なぜか少し頬が赤い。「
——次の日の午後。いよいよパーティーの当日がやってきた。恭弥さんは外の収納庫で、キャンプの道具を取り出してメッシュタープなど設営に勤しんでいる。私はキッチンでの作業として、二品のメニューを庭で料理できるように材料の下準備をする。(恭弥さんの料理は楽しみ! だけど、私の作る料理は……大丈夫かな?)緊張も相まって手が少し震えるけど、ひとまず調理から始めなきゃだ。まずは、ローストチキンの下ごしらえから。(えーと、鶏肉に使う調味料はコレだけかな?)……というのもチキンをスパイスやオリーブオイルにつけて、ある程度寝かさないといけないからだ。私は手袋をはめ、鶏肉をフォークで何箇所か突いてからポリ袋の中に入れる。その中にオリーブオイルやハーブソルト、胡椒、ローズマリーを加えて揉みこんでしばらく置いておく。次は、野菜を切る作業に入る。(昨日買った野菜だけど、皮も食べられる新じゃがを選んだんだね)新じゃがをしっかり水で土落としをして、食べられる一口ぐらいのサイズに切っていった。人参はジャガイモよりも少し小さく乱切りにし、ブロッコリーは軸から切り落として小分けに切っていった。野菜も、ジップ付きの袋にまとめて入れた。(ローストチキンに使う食材の準備は完了。次は、パエリアの下ごしらえ……)量の少ないものを作るのは、意外と容易ではなかったりする。玉ねぎをみじん切りにしておいてから、パプリカを切る。(パプリカは四分の一以下ぐらいしか使わないから残りは冷凍しておこう)
——ある記念日の前日。私と恭弥さんは、今スーパーで食材を買いに行っている。なぜなら、夫婦にとって重要なイベントの準備をしている最中だ。それは……次の日に行う私達の結婚記念日。いつもならレストランで予約を取ったりしている。けれど、今年はちょっとした事情があった。 ◇ ◆ ◇ ——遡ることある日、私が晩御飯を食べている時間。この日のおかずは、人参やジャガイモの入った煮込みハンバーグ。リビングでテレビを見ながら、のんびりと頬張っていた。その最中にピコンっと、スマホから通知音が鳴った。(あっ、恭弥さんからだ)恭弥さん「空、今LIMEしても大丈夫?」私「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」何となくだけど、彼がちょっと焦っているような気がした。そして、次のメッセージを見て腑に落ちた。恭弥さん「いつも予約しているレストランなんだけど、今年は臨時休業で予約取れなくなったんだ」私「え? そうなの?」恭弥さん「なんか、オーナーシェフが言うにはお店の設備点検らしい」恭弥さんが予約をしようとしているレストラン。その店は仕事関係も含め、私達が懇意しているイタリア料理のカジュアルレストランだ。夫婦で営む一軒家の小さなお店を構え、コース料理を売りにしている。味は一級品なのに、値段が手の届く範囲のリーズナブル。なんでもオーナーシェフは、下積み時代にホテルや有名料理店で修行を積んでいたらしい。オーナーの奥様も、パティシエのスタッフとして店を手伝っている優しい方である
——カシャッ、タンッ、タンタン。(うん、この写真がいいからこれにして……送信っと!)私はスマートフォンのカメラで、出来上がったカレーライスの写真を数枚撮る。写りのいいいものを選択して、恭弥さんにLIMEで送った。もちろん、メッセージも添えて……。(あとは返事が来るまで待つ……その間冷めないうちに食べてしまおう)彼からの返信を待ちながら、カレーライスを食べることにする。「いただきます」手を合わせて食事の挨拶をした後、カレーの皿に添えた木製のスプーンを手に取る。カレーとご飯の狭間の部分をひと口分すくって口へ運ぶ。(おぉ! ガラムマサラをかけたことで、ピリッとしたスパイシーさが増してる)でもそんなに嫌な辛さはなく、大人なら誰でも食べられる辛味が良い。それも加え奥にある甘みや酸味、旨味といったコクのハーモニーが上手く調和されている。(くぅぅ~、やっぱりカレーは美味しいから最高!)一口食べるごとに、どんどん食欲が増していく。時折、カレーに添えた甘めの福神漬けで食感を変えるととまらない。これを食べて、今年も夏バテから乗り越えられたらいいなぁと思っている。——カレーライスを半分くらい食べた頃……。ピコンッ!スマホからメッセージの通知がきた。(あっ、恭弥さんからだ! どんな返事が来たかなぁ?)