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30.虫!虫!虫!

Auteur: 空空 空
last update Dernière mise à jour: 2025-08-11 21:19:34

 体は未だ動かない。

ただ意識ばっかりはっきりしているため、それがもどかしくて仕方なかった。

「水瀬君……これはちょっと……厳しいかもしれないな……。動けそうかい?」

「ま、だ……おれ……」

「……ダメか……。仕方ない……」

 虫の大群を前に、鹿間さんはまるで何かの儀式のように……衣服を脱いだ。

俺の目の前にたくましい広背筋が姿を現す。

もちろん悪ふざけではない。

これが鹿間さんの本気の姿だった。

 押し寄せる虫たちは、個々の区別がつかないほどにまるで川のようになってやってくる。

クモやあのサソリはもちろん、他にも様々な種類が混在していた。

しかし何よりも目立つのは……凶悪な顎をギチギチとならすアリ。

この”虫の川”の大部分をそのアリが占め、人の嫌悪感を最大限まで引き出すその気持ちの悪い川は黒色に染まっていた。

 その川は個としての命を軽視し、群体として襲い掛かってくる。

鹿間さんが正拳突きでその濁流に穴をあけるが、すぐに後続によりその穴は修復されてしまった。

「キリがないな……。生憎、ボクは対多数にはな……」

 しかしそれでもやるしかないと、真面目に拳打を放ち続ける。

虫の川は一進一退、だが確実に……じわじわとこちらに迫ってきていた。

 鹿間さんの脚の間から覗ける光景は地獄そのもの。

無数の虫たちの感情の無い目、それらは全て俺の方を真っ直ぐに見ている。

たぶん……あいつらの中にあるセオリー通り、毒で動けなくしたやつを狙っているのだろう。

「くっ……!?」

「し、かま……さ……」

 鹿間さんは、俺のようにサソリの毒針を食らったわけではないが、クモに毒液を吹きかけられて顔を拭う。

普通のクモだったら……少なくとも俺の知る種類の中では毒を吐くクモなんていない。

だから勝手にここのクモもそんなことはしてこないと思っていたが……いったい俺は何を考えているのか。

ここはダンジョンなのだ……既知のものに近い見た目をしていたとしても……それは未知でしかないのだ。

俺に垂れてきた毒液が口から出ていた時点で、この可能性に気づいていないといけなかった。

 毒液を食らった鹿間さんはその粘性の液体に視界を奪われて動きが鈍る。

いや……おそらくそれだけではない。

しっかりとした量を直接顔の浴びてしまったのなら、俺が嗅いで確認したものより数段上の刺激臭で嗅覚もつぶされてしまっているはずだ。

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