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90.箱庭の教室

Author: 空空 空
last update Last Updated: 2025-10-10 22:45:00

 意識が海から抜け出すと、視界が暗転する。

代わりに先ほどまでは感じなかった体にかかる重みを感じた。

地球の重力を肌に感じて、自分が現実に戻ってきたのだと悟る。

もう目覚めているのだから……あとは目を開けるだけだった。

 浅く呼吸しながら、ゆっくりと目を開く。

視界に映るのは……あの神秘的な砂浜じゃなく、しっかり俺の認識する現実と地続きなあの体育館だ。

 音を立てないように体を起こすと、対峙している皐月と先生が見える。

どことなく一触即発の雰囲気を漂わせながらも、何か言葉を交わしているようで戦闘中という感じでもなさそうだった。

 俺が起き上がったのに気づいたのか、皐月の瞳がほんの一瞬だけこちらに向く。

たぶん意識的に見たというわけじゃなくて、視界の中で動くものがあったから半ば自動的に反応するようにこちらを見たのだろう。

そして、その一瞬の瞳の揺らぎを先生も見逃さず、ゆっくりとこちらに振り向いた。

「ん……? あら……?」

 俺が立ち上がっているのを見ると、存外驚いたようでその目を丸くする。

というか……なんだか、俺が眠りに落ちる前とは先生の雰囲気が微妙に違う気がする。

なんというか……あのただ神秘的なだけの鏡のような瞳でなく、意思とか、感情とか……そう言ったものの色が浮かび上がった瞳だ。

言うなれば……何があったかは知らないが、化けの皮がはがれた、というやつかもしれない。

「……ふむ、こちらの方には……眠りから目覚めてくるほどの意志力のようなものは見て取れませんでしたが……わたしの目も鈍ったのでしょうか? どちらにしても……」

 まだかろうじて笑みを保っていた先生の顔面から……表情がスッと消える。

その瞳には軽蔑にも似た嫌悪感がありありと浮かんでいた。

「どちらにしても、少し面白くないですね……。それにあなた……あなたには、正直客人としての価値も感じません。ふぅ……今すぐここから出ていくことをお勧めしますよ。ここは……あなたの来るべき場所でなかった……」

「俺が出ていくのを黙って見守っててくれるのか? だったら遠慮なく帰らせてもらうけど……」

「ふふ、ええ……もちろん、帰っていただいて構いませんよ。ただ、ここについての記憶は置いて行ってもらいます。ちょっとしたつじつま合わせをすれば……あなたが再びここを訪れることもないでしょう」

「ああー……なるほど……」

 ぶっ
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