LOGINディリアンは長くセレーネを見つめていた。これから彼が口にする言葉は、怒りよりも遥かに硬い何かを貫き通さなければならないとでも言うように。彼はようやく口を開いた。「あいつは追い出す」セレーネが顔を上げた。この部屋に入ってから初めて、彼女の目がディリアンを真っ直ぐに捉えた。その眼差しには驚きと、疑念と、そして未だ癒えることのない傷痕が交錯している。ディリアンが一歩踏み出し、二人の距離が縮まる。外の世界に向けるいつもの強硬な態度は消え失せ、その声は低く落とされていた。彼は静かに告げる。「セレーネ……すまなかった。あいつを連れ帰ったことで、こんな結末になるとは本当に思っていなかったんだ。俺の判断ミスだった。俺が間違っていた」セレーネは彼を長く見つめ、やがて苦々しい小さな笑い声を漏らした。「それなら、あの女を連れ帰った本当の理由は何なの?」彼女は問い詰める。「あなたも、あの女の毒牙にかかったとでも言うの?」ディリアンはゆっくりと首を横に振った。セレーネに触れようと手を伸ばしかけたが、空中でその動きを止める。彼は正直に答えた。「お前を見ている時だけ、この現実が本物だと感じられるからだ。自分がまだ生きていると。これが、あの呪いによって作り出された幻影ではないのだと」セレーネは沈黙した。胸を激しく上下させ、頭の中で思考が渦巻いている。ディリアンは言葉を継いだ。「お前を手放すことなんてできない。これは俺の過ちだ。全てにおいて、謝罪する」セレーネは生唾を飲み込んだ。消え入りそうな声で尋ねる。「それが、あの時あなたが見たものなの?」ディリアンは頷いた。「ああ」セレーネは言葉を失った。長い沈黙の後、ディリアンが口を開く。「他に方法がなかったんだ。あいつに近づき、あの呪いを解くには……極限まで親密になることでしか成し遂げられない。これ以上は説明できないんだ、セレーネ。たとえ俺がそうしたいと望んでも」セレーネは俯いた。世界の全ての重圧を肩に背負ったかのように、長く息を吐き出す。その顔は深い困惑に満ちていた。彼女は静かに告げる。「それなら……私を行かせて」ディリアンは即座に首を横に振って拒絶した。「駄目だ」セレーネは誤解を恐れるように早口で言う。「遠くへ行くわけじゃないわ。サイ
モルウェンナが答えようとした、まさにその時だった。扉が乱暴に開け放たれた。セレーネが、嵐のように踏み込んできた。彼女はディリアンを一瞥だにしなかった。ディリアンの横を通り過ぎ、怒りで蒼白になった顔のまま、もはや抑えきれない速足で突き進む。誰も反応する隙すら与えずに――パーンッ!その平手打ちは、モルウェンナの頬に重く、乾いた音を立てて炸裂した。顔が横に弾き飛ばされ、髪が乱れ、打撃音が鋭く部屋に響き渡る。セレーネの手は激しく震えていた。後悔からではない。あまりにも長く抑圧され続けてきた怒りが、ついに決壊したのだ。モルウェンナが体勢を立て直すより早く、セレーネはテーブルの上のティーポットを鷲掴みにした。そして、一言も発することなくそれをぶちまけた。熱い紅茶が、モルウェンナの顔と胸元を濡らす。茶はまだ十分に熱く、彼女の肌を瞬時に赤く腫れ上がらせた。モルウェンナは短い悲鳴を上げ、数歩よろめいて後ずさる。焼けるような痛みに呼吸が詰まっていた。セレーネは叫んだ。掠れ、荒れ狂う、純粋な憎悪に満ちた声で。「この、売女!」ディリアンが弾かれたように動き出した。彼は素早くセレーネの背後に回り、その怒りが取り返しのつかない事態を引き起こす前に、彼女の体を力ずくで引き剥がした。「セレーネ!やめろ!」彼は怒鳴りつけ、妻の体を腕で強引に羽交い絞めにする。「離して!」セレーネは必死に身を捩り、ディリアンの胸を叩き、どうにか拘束から逃れようと暴れた。「こいつに思い知らせてやる!裸になって夫を誘惑し、私の子供たちを殺しかけたこの売春婦に!」ついに涙が零れ落ち、怒りと混ざり合って声は完全に嗄れていた。セレーネの体は激しく震えている。彼女はもはや優雅で落ち着き払った公爵夫人ではなかった。子供を失いかけた、一人の母親だった。モルウェンナが、くすくすと笑い出した。その笑い声は低く、ゆっくりとしており、人を酷く見下していた。まるで火傷の痛みなど何でもないかのように、モルウェンナは気楽な動作で身なりを整え始めた。濡れたドレスの胸元を直して隠し、セレーネを見据えて、歪んだ薄い笑みを浮かべる。彼女は冷酷に宣告した。「ようやく、本性を現しましたね。公爵夫人」セレーネは声が裏返るほどに叫んだ。「私の子供たちに手を出した
周囲はすっかり落ち着きを取り戻し、ヴィヴィエンヌの話を静かに聞けるようになっていた。ダグニーとディヴリオも、自分たちが経験したばかりの出来事を興奮気味に身振り手振りで補足している。「火が燃え広がり始めた時、この子たちを見つけたの」ヴィヴィエンヌが再び口を開いた。「あの火は……普通の火じゃないわ。あの山小屋が持ちこたえられないことは分かっていた。だから、裏にあった古い水桶にあの子たちを連れて行ったのよ。その中に、三人で身を隠したの」彼女は深く息を吸い込んだ。発する言葉の一つ一つが、ひどく重いものであるかのように。「私が内側から蓋を閉めたわ。水があったおかげで、熱も……煙も凌げた」ダグニーがヴィヴィエンヌの服の裾をぎゅっと握りしめ、無邪気な声で付け加えた。「おばさん、何があっても絶対に声を出したら駄目だって言ったの」ディヴリオも何度も頷く。「それから、火が入ってこないように蓋を一生懸命押さえてたから、おばさん、びしょ濡れになっちゃったんだ」ディリアンの胸の奥で、何かがゆっくりと崩れ落ちていく。彼は長く、あまりにも長くヴィヴィエンヌを見つめ続け、やがて先ほどよりもさらに低く掠れた声で告げた。「お前は、自分の命を危険に晒したんだぞ」ヴィヴィエンヌは薄く微笑んだ。今にも壊れてしまいそうな、微かな笑みだった。彼女は答える。「私はただ、誰もがそうするであろう事をしただけよ。それ以上の意味はないわ」セレーネは一瞬目を閉じた。止まったはずの涙が再び頬を伝い落ちるが、今度の涙はこれまでとは全く違うものだった。彼女は二人の子供をさらに強く抱き寄せ、震えながらも確固たる声で言った。「ありがとう」そのたった一言に、ヴィヴィエンヌは言葉を失った。黒焦げになった瓦礫と、鎮火したばかりの悪魔の炎の残骸の間で。これまで敵と味方を明確に隔てていた分厚い境界線に、亀裂が入り始めていた。完全に砕け散ったわけではないが、全てを変えてしまうには十分な亀裂だ。ディリアンは数歩離れた場所で、胸を激しく上下させながら立ち尽くしていた。顔色は未だに蒼白だったが、その瞳には確かに生気が宿っている。彼は一歩前に踏み出し、少し離れた場所に立つヴィヴィエンヌを見据えた。服も髪もずぶ濡れで、顔は煤で汚れている。ディリアンはようやく口を開いた
二人の子供は同時に悲鳴を上げ、水桶の中から飛び出した。小さな足は泥に滑りながらも、決して止まることはなかった。彼らは全速力でセレーネの体にぶつかり、その腕の中にきつくしがみついた。セレーネは地面にへたり込み、ほんの一秒でも手を離せば再び消えてしまうのではないかと恐れるように、ありったけの力で二人を抱きしめ返した。「ママはここよ……」何度も何度も子供たちの髪にキスをしながら、彼女は咽び泣いた。「ママはここよ……助かって……本当によかった……」泣き声、笑い声、そして安堵の溜息が一つに溶け合う。ディリアンは少し離れた場所で、釘付けになったように立ち尽くしていた。先ほどまで激しく握り潰されていたかのような彼の胸の痛みは、ようやく解けていく。自分でも気づかないうちに、その目頭は熱く湿っていた。彼は一瞬目を閉じ、深く息を吸い込んだ。それはまるで、溺れかけた者が水面から顔を出して初めて吸い込む、命の空気のようだった。まだ煙を上げる瓦礫の中心で、歓喜が爆発した。安堵の涙、震える笑い声、そして長い溜息が交錯する。誰もがセレーネと二人の子供を取り囲んだ。今しがた崩れ去りそうだった世界が、ディヴリオとダグニーが生きているというただその一つの事実だけで、完全に再構築されたかのように。その喧騒の中で、一人だけぽつんと立っている姿があった。金髪の女が、濡れた地面からゆっくりと立ち上がった。衣服は水を吸って重く体に張り付き、乱れた髪の毛先からはまだ水滴が滴り落ちている。誰も彼女に気づかない。誰の視線も、彼女には向けられていなかった。一つの声が響くまでは。低く、しかしはっきりと。「ヴィヴィエンヌ」ジェイが硬直して立ち尽くし、目を丸く見開いていた。その名前は、隠しきれない驚愕とともに、彼の唇から無防備に零れ落ちたのだ。一瞬にして、空気が変わった。一人、また一人と振り返る。泣き声が静まる。笑い声が消える。今や全ての視線が、瓦礫と割れた水桶の間にずぶ濡れで立っている金髪の女へと注がれていた。ヴィヴィエンヌ。その名前だけで、空気を張り詰めさせるには十分だった。彼女は、彼らがよく知るあのヴィヴィエンヌではなかった。毒を孕んだ優雅な笑みを浮かべる女でも、邪魔者を容赦なく叩き潰す冷酷な姿でもない。今そこに立っている彼女は……ひどく脆く、
怒号と炎の轟音の渦中で、ラミアは釘付けになったように立ち尽くし、荒い息を繰り返していた。先ほどのディリアンの言葉が脳裏に激しくぶつかり、彼女がずっと心の奥底に封じ込めてきた古い記憶の欠片をこじ開けたのだ。水でも、風でも、そして通常の魔法でもない。「おばさん」アイレの声は焦燥に満ちていたが、その眼差しは集中し、周囲の黒く焦げた地面を這い回っていた。「この火、普通の魔法の炎みたいな広がり方じゃないわ」ルナがしゃがみ込み、指先で地面に触れ、すぐに弾かれたように手を引っ込めた。「そうね……熱が上からじゃなくて、下から湧き上がってきているわ。絶対にこの近くに何かがあるはずよ」ラミアの心臓が激しく波打った。今にも崩れ落ちそうな山小屋へ、そしてまるで自らの意志を持っているかのように不自然に這い回る炎の道筋へと顔を向ける。その瞬間、彼女は全てを悟った。「これは魔法の炎じゃない」ラミアは突如として声を上げた。その声は、混沌を切り裂くほどに鋭かった。「悪魔の炎よ」少し離れた場所に立っていたセレーネが、弾かれたように顔を向けた。その顔は蒼白で、煙と涙で両目は真っ赤に充血している。「どういうこと……?」ラミアの声は震えながらも、確固たる響きを帯びていた。「悪魔の炎は、魔力を源としないの。それは召喚の起点――『巣』から生まれる。その巣が存在する限り、この火は永遠に消えることはない」ディリアンがそれを聞いた。彼は即座に振り返り、殺気を帯びた鋭い眼光でラミアを射抜く。「確かか?」ラミアは頷いた。「間違いないわ。私は以前、これを見たことがある」彼女は拳を強く握りしめる。忌まわしい記憶が脳裏を駆け巡った。「このまま水をかけ続けても、徒労に終わるだけよ」一秒の躊躇もなく、ディリアンは即座に行動を起こした。「発生源を探せ!」彼の号令が、炎の咆哮を叩き伏せて響き渡った。「この山小屋の周囲の地面を、隙もなく調べ上げろ!封印、魔法陣、少しでも不自然なものを探し出せ!」騎士や使用人たちが一斉に散開した。彼らは魔術師ではないため、それを見つけ出すのは至難の業だった。肌を刺すような熱気に焼かれながらも、剣や素手を使って泥臭く地面を掘り返す。時間が、ひどくゆっくりと流れているように感じられた。炎は吼え続
ディリアンの返事も待たず、セレーネは再び駆け出した。ディリアンは呆然と立ち尽くしたまま置き去りにされた。山小屋を飲み込むどんな炎よりも恐ろしい、氷のような悪寒が彼の胸を這い上がってきた。ディリアンは我に返り、なりふり構わずセレーネの後を追って走り出した。マントが風に狂ったように翻り、呼吸は激しく乱れていたが、彼の視線は遠ざかっていく妻の背中だけを死に物狂いで捉えていた。彼らが辿り着いた時――全てはすでに、炎に飲み込まれていた。その小さな山小屋は、もはや元の形を留めていなかった。貪欲な炎が這い回り、木の壁を、屋根を、触れるもの全てを食い尽くしていく。木材が崩れ落ちる音に、耳障りな爆ぜる音が混ざり合う。まるで建物そのものが、完全に崩壊する前に断末魔の悲鳴を上げているかのようだった。濃い黒煙が空高く立ち上り、晴れ渡るはずの朝の空を覆い隠していく。「水だ!水を持ってこい!」誰かが叫んだ。騎士や使用人たちが水桶を持って走り回り、絶え間なく水を浴びせかけている。防護を担う数人の魔術師が結界を張ろうと試みていたが、炎の勢いは一向に衰えなかった。浴びせられた水は一瞬にして蒸発し、まるでその炎が全てを跡形もなく飲み込んでしまっているかのようだった。ジェイが先頭に立ち、顔を煤で真っ黒にしながら全員を指揮しようとしていた。「近付きすぎるな!この火は――」彼が言葉を言い終えるより早く、一本の木の梁が轟音と共に崩れ落ち、飛び散った火の粉が山小屋の近くにある大木に燃え移った。数秒のうちに、炎は乾燥した枝を伝って急速に燃え広がり、使用人の宿舎の方へと迫っていく。「火が燃え移ったぞ!」別の騎士がパニックに陥って叫んだ。その場は完全に修羅場と化した。使用人たちが宿舎から飛び出してくる。悲鳴を上げる者もいれば、手当たり次第に荷物を運び出そうとする者もいた。大木に向かって水がかけられたが、炎の勢いはあまりにも凶暴だった。まるで意志を持って生きているかのように動き回り、決して消火されることを拒絶しているかのようだった。セレーネは、その混沌の真ん中に立ち尽くしていた。燃え盛る山小屋に視線を釘付けにしたまま、彼女の体は激しく震えていた。叫び声や炎の轟音にかき消されそうなほどの掠れた声で、彼女は呟く。「ダグニー……ディヴリオ……」
外では、馬の蹄の音が次第に遠ざかっていった。一方、部屋の中では、セレーネが背筋を伸ばして立っていた。まるで、自分の心の壁に決意を打ち付けたかのように。今日から、この結婚は、もはや牢獄ではなく、戦場だ。セレーネは冷たいベッドの上に身を投げ出した。唇が震え、声はかすかな囁きになる。「わたくし、何か悪いことをしたのでしょうか」彼女は五年間、公爵レヴェンティスの妻として生きてきた。五年間、完璧な公爵夫人であろうと努力し続けた。怠けたことなど一度もない。学び、管理、準備、すべてを尽くした。夫の食事から領地の仕事まで、すべてを整えた。ただ一つ、認めてもらいた
セレーネの口からその言葉が出た瞬間、ディリアンの表情は一変した。医師や侍女たちの前で、彼の威厳を踏みにじる、屈辱の言葉。部屋は一瞬で静まり返る。医師は包帯を巻く手を止め、侍女たちは息を呑み、時計の秒針さえも緊張に縛られたかのように感じられた。ディリアンは妻を睨みつけた。普段は冷え切ったその顔が、羞恥と怒りで赤く染まっている。「お前、今、何を言った?」一瞬、言葉に詰まり、次の瞬間には嘲りへと変わる。セレーネは背筋を伸ばし、彼を正面から見据えた。声は静かだが、揺るぎはない。「離婚しましょう」その言葉は、平手打ちのように場を打った。その場にいた全員が息
「奥様!」「奥様ぁー!」叫び声が下から響いた。人々の視線が一斉に、城で最も高い塔へと向けられる。そこには、血に染まった白いドレスを身にまとい、一人の女性の姿があった。セレーネ・モロー・レヴェンティス。レヴェンティス公爵夫人。いつもは穏やかで従順な彼女が、今この城で最も危険な場所に立っている。背後では近衛兵たちが息を殺し、一歩の誤りが彼女を本当に飛び降りてしまうことを恐れ、慎重に距離を保っていた。嗚咽が、はっきりと、胸を裂くように夜気を震わせる。セレーネは痛みに顔を歪め、腹部を強く押さえていた。五度目の流産。今回は、彼女は真実を知っていた。それは病
オデットの怒声が、部屋に重く残ったまま、ディリアンは動けずにいた。あの声には逆らえない。幼い頃から、ずっとそうだった。「どうして、こんな馬鹿息子を産んでしまったのかしら!」そう吐き捨てると、オデットは背を向けて去っていった。残されたのは、ディリアンと祖母だけ。祖母は小さく息をつく。「この件に関してはね、わたしも、あなたの母と同じ意見だ」その声は穏やかで、芯が強かった。「あなたは、やってはいけないことをした」「お祖母さん」祖母はディリアンをじっと見つめた。ディリアンは低い声で言った。「人の気持ちは、無理に縛れるものじゃありません」祖母は、ふっと