LOGINモルウェンナは押し黙り、自身の前からゆっくりと遠ざかっていくディリアンの背中を見つめていた。その男の足取りは力強く、微塵の躊躇いもない。まるで二人の間に生じた距離など、気にも留める価値がないとでも言うように。ほんの一瞬、彼女は身動き一つせず、ただ虚ろな眼差しでそこに立ち尽くす。やがて、その視線を周囲へと巡らせる。巨大な廃墟が再び彼女を迎え入れていた――崩れ落ちた壁、ひび割れた石、そして今や記憶の中にしか存在しない往時の栄華の残骸。胸の奥が、微かに締め付けられるのを感じる。ここは、かつて彼女の家族が暮らしていた城の跡地だった。魔女狩りが全てを容赦なく破壊し尽くす前は、笑い声と豪奢な生活がこの場所の隅々にまで満ち溢れていたのだ。崩れ去ったのは建造物だけではない。彼女の過去、家族、そして彼女が知っていた世界そのものが、ここで瓦礫と化したのである。モルウェンナは長く息を吐き出し、唐突に込み上げてきた感情を必死に押し殺した。ここには宿屋もなければ、温かい食事もなく、何の快適さもない。彼女が持っているのは、旅の初めから用意していた簡素な食料だけだ――どうにか飢えを凌ぐだけの、ただそれだけのもの。彼女はゆっくりと慎重な動作で、冷たい地面の上に敷き布を広げた。夜が深まるにつれ、森の空気は湿り気を帯び、肌を刺すように冷たくなっていく。廃墟の静寂の中で、モルウェンナはこの場所がどれほど孤独であるかを、そして、自分自身がどれほど孤独であるかを、再び噛み締めていた。ほどなくして、ディリアンが戻ってきた。その腕には何本かの薪が抱えられている。彼は多くを語ることなく手際よく薪を組み上げ、すぐさま火を起こした。小さな炎は徐々に燃え広がり、崩れ落ちた石壁にオレンジ色の光を反射させ、まるで過去の幻影に命を吹き込んでいるかのようだ。「これなら、火が消えることはない」炎が安定したのを見届けると、ディリアンは短く告げた。「眠れ」顔を上げたモルウェンナは、自身の向かいに腰を下ろしたディリアンを見つめた。炎の光がその男の顔を照らし出し、彫りの深い輪郭をさらに際立たせていたが、それでも彼はひどく遠い存在に感じられる。「ディリアン」彼女は静かに問う。「あなた、寒くないの?」ディリアンは彼女を一瞥し、すぐに視線を炎へと戻す。「火に当たっていれば、お
ジェイはゆっくりと頷き、決断を下す。「安全に休める場所を探そう。長くは必要ない。体力を回復させるだけで十分だ。その後、夜が完全に明ける前に旅を再開する」その決断に異議を唱える者は誰もいなかった。一行は再び動き出す。今度の目的は、安全な休息の地を見つけることだ。セレーネは前を見据えていた。胸のうちは未だ焦燥感で満たされているが、今ならほんの少しだけ落ち着きを保つことができる。この重荷を背負っているのは、決して自分一人ではないのだと分かっていたからだ。結局のところ、自分たちの肉体の限界も考慮しなければならないため、彼らは足を止めた。この後には、おそらく全てを変えてしまうであろう何かへと向かう旅の続きが待っているのだから。城では、容赦のない雨が降り注いでいた。夕暮れ時から暗く沈んでいた空は今や完全に崩れ落ち、古い石壁の裏に隠された全ての焦燥を水底に沈めてしまおうとするかのように、激しく雨水を打ちつけている。風が高い窓を揺らし、ゆっくりと揺らめくカーテンが、部屋中に灰色の影を落としていた。ダグニーとディヴリオは、肩が触れ合うほど近くに並んで大きな窓の前に座っていた。二人とも押し黙ったまま、幾重にも重なって降り注ぐ雨を見つめている。分厚い雨のカーテンが、彼らと外の世界を完全に隔絶していた。ダグニーの顔には、言葉にしきれないほどの不安が張り付いている。一方のディヴリオは平静を装おうと努めていたが、その瞳は時折、隠しきれない焦燥に揺れ動いた。「ねえ……ママたち、旅の途中で雨に濡れてないかな?」やがてダグニーが口を開く。その声は軽かったが、微かな震えを隠し通すことはできていない。ディヴリオは少しだけ沈黙し、窓ガラスを叩きつける激しい雨を見つめた。「濡れてないといいけど」微かな声で、彼は答える。ダグニーが勢いよく顔を向け、眉をひそめた。「濡れてないといいけど、って?」声を荒らげて繰り返す。「絶対濡れてないって、保証できるの?」ディヴリオはゆっくりと首を横に振る。「ううん。僕には、何も保証できないよ」と正直に告げた。そして、少し躊躇ってから言葉を付け加える。「でも、ママなら絶対に大丈夫だよ。ジェイおじちゃんが一緒に行ってるんだ。おじちゃんなら、危ないことなんて絶対にさせないよ」ダグニーは小さく鼻を鳴
アイレとルナは押し黙った。その感情に報いるのに十分な言葉など、何一つ見つからなかったのだ。彼女たちはただそこに留まり、静かだが確かな意味を持つ存在として、無言のままセレーネに寄り添い続けた。セレーネは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。目頭が熱くなっていたが、それでも涙は落ちなかった。彼女が強いからではない。泣く気力すらも残されていないほど、ひどく疲弊しきっていたからだ。残されたのは底知れぬ虚無感と、絶えず胸にぶら下がり続ける焦燥感だけだった。一体何時になったのか、セレーネはついに眠りに落ちた。しかしその眠りが本当に深くなることはない――それは極度に疲弊した肉体に与えられたほんの短い休息のようなものであり、彼女の意識はずっと覚醒したまま、決して手放すことのできない一つの名前を巡って彷徨い続けていた。目を閉じるたびに、ディリアンの残像が浮かび上がる。遠ざかっていく背中、断固としていながらもどこか躊躇いを帯びた足取り、そして、一度も彼女の方へ振り向くことのなかった、あの最後の眼差しが。宿屋の部屋は静まり返っていたが、空気はひどく重かった。部屋の反対側ではラミアがとうに眠りに落ちており、外の世界が破滅の危機に瀕していることなど全く意に介さないかのように、規則正しい寝息を立てている。アイレとルナは同じベッドに身を横たえ、背中合わせになりながら、やがて不安よりも睡魔に屈していった。皆が静かになってから随分と時間が経っても、セレーネだけがまだ起きていた。虚ろな目で天井を見つめ、自分の人生が一体いつからこんなにも苦痛に満ちたものになってしまったのかと、心の中で自問していた。疲労が完全に彼女を打ち負かして初めて、セレーネは本当の眠りについた。だが、訪れた夢すらも彼女に平穏を与えることはなかった――ディリアンの顔の欠片、馬の蹄の音、赤い光を反射する湖、それら全てが入り混じり、息の詰まるような暗い霧となって彼女を包み込んだ。コン、コン、コン。激しいノックの音で、セレーネはビクッと跳ね起きた。心臓が早鐘を打ち、呼吸が一瞬止まる。あの悪夢の中に引き戻されたかのようだった。「奥様」扉の向こうから、ジェイの静かだが毅然とした声が響いた。「朝になりました。出発の準備を」セレーネはゆっくりと体を起こし、以前よりもずっと重く感じられる毛布
静まり返った宿屋の一室で、ディリアンはテーブルの前に立ち尽くしている。その視線は、そこに広げられた数々の品々に固定されていた。古代の呪文が刺繍された暗色の布、正体不明の液体が詰まった小瓶、そして異質なオーラを放つ幾つかの護符。どれも、彼が知る一般的な結婚式の道具ではないことは明らかだ。ディリアンは眉をひそめた。「それは何のためのものだ?」やがて彼は、低く冷ややかな声で問う。マントを脱いでいたモルウェンナが振り返り、ほとんど満足げとも言える薄い笑みを浮かべる。「もちろん、結婚式のためよ」ディリアンは再びその品々へと視線を戻した。胸の奥に、這い回るような不快感が広がっていく。恐怖からではない。彼の中の何かが、これら全てを完全に受け入れることを頑なに拒絶しているからだ。「異様だな」モルウェンナはくすくすと笑い声を漏らし、彼へと歩み寄ってくる。「ちっとも異様じゃないわ。私が魔女の血を引いていることは知っているでしょう?これらは全て必要なものなの。私たちの結婚式は、ただの人間の結婚式と一緒にはできないわ」ディリアンは長く息を吐き出した。理解できないし、正直に言えば理解したくもなかった。だが、それを止める気もない。言い争うことに疲れ果ててしまった人間のように、彼はただ小さく頷く。モルウェンナは少しの間彼を観察し、他愛のない世間話でもするかのように問いかけた。「普通、結婚する時は神父がいるものじゃない?」ディリアンはゆっくりと顔を向けた。「他の人間は入れたくないと言っていたのは、お前じゃないのか?」モルウェンナは微笑んだ。今度の笑みは先ほどよりも柔らかかったが、それがかえってディリアンに、罠に嵌められたような感覚を抱かせる。「あなたを信じているからよ。あなたならきっと、私たち二人の絆を確かなものにしてくれるでしょうから」ディリアンはもう一度頷いた。確信など微塵もない、ただ空虚な受容だけが伴う頷きだった。「嬉しいわ」モルウェンナは言葉を続ける。甘い毒のように低く滑らかな声だった。「あなたが私に従ってくれて。私の望み通りに全て動いてくれて」「一線を越えない限りはな」ディリアンは平坦に答える。くすくすと笑い声を漏らし、モルウェンナはさらに距離を詰めた。二人の間に隙間はほとんどない。彼女の眼差
セレーネは凍りついた。今まで曖昧だった真実の欠片が、唐突に一つの形を結び始めたかのように胸が激しく締め付けられる。もしそれが事実だとするなら、あの結婚式は単なる誓約などではなく、儀式であり、呪縛であり、彼女の想像を遥かに超える深く危険な何かの始まりだということになる。重い静寂を最初に破ったのはシグだった。その声は、自分でもこの問いを口にすべきか迷っているように微かにためらっていた。「なぜ、彼女は自分の出生地を選んだのだ?」と彼は問う。「ただ結婚式を挙げるためだけにしては、あまりにも……限定的すぎる」エリックが肩をすくめる。「郷愁に浸りながら結婚したかったんじゃないか?」彼は場を和ませようと、半分冗談めかして言う。「初めて世界を見た場所。全てが始まった場所でさ」ピーターも小さく頷く。「あるいは、あそこにはまだ彼女の親族が残っているのかもしれない。故郷というものは、大抵血の繋がりを秘めているものだからな」ルナが唐突に、激しく首を横に振った。「そうじゃないわ」と彼女は断固たる声で言う。「あんたたち、完全に勘違いしている」アイレが彼らを鋭く睨みつけ、冷ややかに言い放つ。「本当に何も考えてないのね。私たちが今、どんな状況に直面しているのか、全く理解していないわ」エドワードが眉をひそめた。「だったら。お前たちは知っているというのか?」ルナは息を吸い込み、周囲の顔を一人ずつ見回した。暖炉の炎が、彼女の真剣な瞳の奥で揺らめいている。「可能性は二つあるわ」その瞬間、全員の視線が彼女に釘付けになった。ずっと押し黙っていたセレーネでさえ、背筋を真っ直ぐに伸ばした。「一つ目は。彼女が、あそこで自身の『誕生』を繰り返そうとしていること」彼女は言葉を切り、その意味が周囲に浸透するのを待った。「そして二つ目は……自身の『誕生』を葬り去ろうとしていることよ」再び静寂が降り下りた。今度は先ほどよりも遥かに重苦しい。セレーネは自分の心臓が不規則に打ち鳴らされるのを感じていた。ラミアがゆっくりと頷く。「ルナの言う通りね」やがてラミアは、低く、しかし絶対の確信に満ちた声で告げた。セレーネは蒼白な顔で彼女を見つめる。「それは、一体どういう意味なの?」彼女は問う。その声の震えを隠し通すことはできなか
やがてディリアンが口を開いた。低く、しかしはっきりとした声だった。「お前は、セレーネの存在を脅威に感じているのか?」モルウェンナは少しだけ押し黙り、ゆっくりと首を横に振る。「そういうわけじゃないわ。ただ……目障りなのよ」彼女を真っ直ぐに射抜くディリアンの眼差しが硬直する。まるで、今モルウェンナが口にした言葉の一つ一つが、自分の解釈と同じ意味を持っているのかを確かめようとするかのように。鼻で短く嗤い、「あの女のことを考えるだけで、苛立たしいの」とモルウェンナが吐き捨てる。なんの警告もなしに、ディリアンはモルウェンナに握られていた手を引き抜いた。決して乱暴ではなかったが、そこには明確な境界線を引くような断固たる拒絶があった。「もういい。今は、そのことは考えるな。朝食を済ませて出発するぞ」少しの間彼を見つめていたモルウェンナだったが、やがてその口元に再び、あまりにも眩しすぎるほどの満面の笑みを浮かべた。「ええ」彼女は軽やかに応じる。先ほどの会話など、何の後腐れも残さなかったとでも言うように。二人は身支度を整え、宿屋の階下へと降りていく。焼きたてのパンと朝のスープの香りが漂い、他の客のざわめきと食器の触れ合う音が入り混じっていた。モルウェンナの向かいに腰を下ろしたディリアンは平静な顔を保っていたが、その心は明らかにここにはあらずだった。モルウェンナの微笑みとリラックスした様子の裏側には、周到に隠しきれない焦燥感が絶えず脈打っている。一方のディリアンは、彼女の目の前に座りながらも、その心は全く別の方向へと歩みを進めていた。まるでこの旅の歩みを進めるごとに、彼自身が捨て去ったふりをしている何かに、ますます近づいていくかのように。一方その頃、全く別の場所で、セレーネは森の中に張られたテントの中で目を覚ましたばかりだった。天幕の隙間から差し込む朝の光が、柔らかい線を描いて彼女の顔に落ちる。空気は未だ冷たく、湿った木と昨夜の焚き火の残り香が混ざり合って漂っていた。ゆっくりと身を起こし、少しの間座ったまま呼吸を整える。頭が重いのは単なる寝不足のせいだけではなく、悪夢の残滓がまだ完全に消え去っていなかったからだ。テントの入り口を開けると、すでにほとんどの者が起き出していた。出発の準備をする者もいれば、車座になって簡素
オデットの怒声が、部屋に重く残ったまま、ディリアンは動けずにいた。あの声には逆らえない。幼い頃から、ずっとそうだった。「どうして、こんな馬鹿息子を産んでしまったのかしら!」そう吐き捨てると、オデットは背を向けて去っていった。残されたのは、ディリアンと祖母だけ。祖母は小さく息をつく。「この件に関してはね、わたしも、あなたの母と同じ意見だ」その声は穏やかで、芯が強かった。「あなたは、やってはいけないことをした」「お祖母さん」祖母はディリアンをじっと見つめた。ディリアンは低い声で言った。「人の気持ちは、無理に縛れるものじゃありません」祖母は、ふっと
イラルドが去ったあと、セレーネは書類を一つひとつ丁寧に確認した。城を出る日、迷わないために――すべてを理解しておく必要があった。気づけば、外は夕暮れ色に染まっている。控えめなノック音。「奥様。エレアノーラ様と、オデット様が到着されました」イラルドの声に、セレーネはすぐ立ち上がった。「わかりました」玄関へ向かい、丁寧に二人を迎える。応接室へ案内しながら、セレーネはいつも通り背筋を伸ばしていた。義母のオデットは、部屋に入るなり視線を巡らせる。調度品、床、カーテンの皺。ほんの些細な乱れも見逃さない人だ。だからこそ、セレーネは城を常に完璧に保ってきた。
その朝、セレーネは違和感を覚えていた。朝食の席に、ディリアンがいる。しかも、同じ卓に腰を下ろしている。それは、ほとんどあり得ない光景だった。彼が屋敷にいる日でさえ、朝は執務室か自室に籠もるのが常だった。セレーネも、もう近づこうとはしない。どんな言葉も、どんな気遣いも。彼にとっては「邪魔」でしかないと、知ってしまったから。心の傷が、彼女の足を止めていた。「お祖母さんと母上が、後で来る」食器を置き、ディリアンが言う。セレーネは一瞬だけ彼を見た。「わたくしが、まだ療養中だとお伝えしましたか?」「だからこそ、見舞いに来る」淡々とした答え。セレ
その朝、空気は凍えるほど冷たかった。いつも通り、セレーネはディリアンの姿を見なかった。もはや慣れきっている。夫が屋敷に戻らないことなど、今に始まった話ではない。かつては、城の執務が忙しいのだと自分に言い聞かせていた。だが真実を知ってしまった今、胸に残るのは嫌悪だけだった。心の傷はまだ癒えていない。それでもセレーネは、時間が自分を強くしてくれると、必死に信じようとしていた。しかし、その朝は違った。突然、公爵邸に父、モロー伯爵が現れたのだ。「ヴィヴィエンヌに、いったい何を言った?」低く、重たい声。逃げ場のない問いかけだった。「何を?あの娘が、何か