Se connecterセイが私をエスコートしようと手を出してきて、私はそっと手をのせる。
「本番はここからよ。カリスマデザイナー大河内セイ」
彼の耳元に軽く唇を寄せながら囁くと、彼が抗議するような視線を向けてきた。 仕事モードに戻ろうと思っていたのに、誘惑する私に腹を立ててるのだろう。リムジンに乗り込むと、カイが幸子と手遊びをしている。
私が隣に座ると、カイが私の耳元で囁いてきた。 「義姉さんを見つけたのは俺だし、義姉さんを磨き上げたのは義姉さん自身だけどね」私は彼の言葉に思わず肩をすくめる。
私の一番の理解者である大河内カイ。彼と恋愛をしていたら、もっと楽だっただろう。
でも、人は時として苦しくても手に入れたいモノがある。───大河内セイの心と桃山マリアンを跪かせる程のトップモデルとしての地位。
今、喉から手が出そうな程、求め続けた二つのモノを手にいれた。
「寧々子! カイ! 二人共、こそこそと何を話してるんだ?」
私とカイの距離が近いことに、ヤキモチを妬くセイ。 こんな彼を見られる日が来るなんて思っても見なかった。披露宴会場の入り口には既に報道陣が待ち構えていた。
私のウェディングドレス姿に悲鳴のような歓声をあげそうになりながら、場をわきまえて口をつぐむ人たち。この披露宴会場には、セイのブランドに関わっている多くの関係者や著名人が来ている。
セイは先程までのデレ顔を封印し、ファッション界のカリスマデザイナーとして緊張感のある顔に戻っていた。この披露宴は彼のブランドで初めて手掛けることになったウェディングドレスの発表の場でもあるからだ。
彼は周囲からは時代の寵児、天才と持て囃されているが、発表の直前は期待と不安の渦の中だ。 私はそんな彼に寄り添うように、そっと腕を絡めた。 (私が最高のランウェイを見せてあげる!)「新郎、新婦の入場です」
両脇のドアマンが扉を開けると、真っ先に目に飛び込んで来た女。
セイのブランドDEARESTの元アンバサダーで、セイの元ミューズだった桃山マリアン。
流石の存在感を放つその女は私のウェディングドレスと色違いのブラックのドレスを着ていた。私の姿を見て、目を丸くし驚きを隠せないマリアン。
私は彼女がセイのデザインの雛形を盗み、私と同じドレスで披露宴会場に現れる計画をしているのを知っていた。 私は敢えて純白ではなく、ブラックのウェディングドレスを着ると当日までの最高機密のように協力者を使って彼女に吹き込んだ。マリアンは私と全く同じドレスを着ることで、自分に注目を集めるつもりだったのだろう。
桃山マリアンはクレイジーな女。悪評をも買ってでも手に入れ、注目を集め常に世界の中心であろうとする。
彼女にとって人の結婚式に黒や白を着てはいけないなんて常識はない。
彼女は私の命も子供も奪おうとした人の心を持たない悪魔。 そして勝ち続けた彼女は決して私に負けたのを認めたくないようだ。桃山マリアンはこの結婚式の主役を、どんな手段を使っても私から奪うつもりだ。
でも、この会場に私が入った途端、彼女を見るものはいないだろう。
色とりどりのステンドグラスが特徴的な西洋風の披露宴会場。
太陽光が差し込み、反射で私の純白のドレスが虹色に見える人もいるだろう。
皆、息を呑んで私を見つめているのが分かる。 太陽の屈折率を利用すれば、虹色に染まったドレスは一瞬に純白に染まる。 まるで、自然のプロジェクションマッピングだ。マリアンは私がブラックウェディングドレスを着ると聞いても疑わなかったはずだ。
「何にも染まらない芯を持った強い女性」を応援するような服をセイは好んで生み出してきた。しかしながら、それは彼女の知る大河内セイでしかない。
彼を神のように崇める彼女は知らない人間、大河内セイ。
彼は色や素材の持つ意味だけでなく、服を魅せる場所まで何度も出向いては研究する。 インスピレーションだけではなく、細かな研究とデーターの蓄積が一瞬で人の目を奪う奇跡を生み出すのだ。 この会場を選んだ時点で、最近の彼の変化に気がついていればブラックウェディングドレスを選ぶはずがないと気付けたはず。 彼への理解が浅い時点で、彼女はもう彼のミューズにはなれない。「寧々子さん、素敵!」
「大河内セイ! 第二章だな! 斬新さの中に感じる変化とサステナブル。お見事だ!」止まない賞賛の声に私はセイに視線を送る。
セイがそっと私から距離をとると、私はポージングをとる。鳴り止まないシャッター音。
これはただの結婚式じゃない。 DEARESTの大河内セイが手掛けた初めてのウェディングドレスの発表の場だ。 そして、私がセイの才能を一番伝えられるDEARESTのアンバサダーになったことを知らしめる舞台。撮影会が終わり、幸子を真ん中に挟みセイと共に席につく。
「寧々子、君は最高だな」
普段、あまり表情の変わらないセイが嬉しそうに笑った。 無邪気な彼の表情に胸がときめく。「私の心を捉えるのが本当に上手ね」
「その言葉、そっくりそのまま君に返すよ」 そんなことを囁きあっている間に、披露宴の進行が始まった。ウェディングケーキを頬につけながら食べる幸子を和やかにセイと眺めていた時だった。
「な、何よ! みんなこっちを見なさいよ! 私がトップモデルのマリアンよ!」
突然、大声を出して席を立ち上がるマリアンに、周りが唖然としている。 報道陣がすかさずカメラを彼女に向けるのが分かった。私の結婚式をめちゃくちゃにすることで注目を集めようとでもしているのだろうか。
クレイジーマリアンの考えはいつも常軌を逸している。「あの女を退場させろ」
セイの言葉に警備員が動いたのが分かった。マリアンは人の間を潜り抜けるようなスピードで私たちに近づいてくる。
流石は股下89センチの女だ。 ストライドが長い。「ネコだけに脳みそも小さいと油断してれば、私を騙したわね」
「何のこと? 何を着ていても、貴方より私を皆が見るわ。それは私が今日の主役である花嫁だからじゃない。私と貴方に圧倒的な差があるからよ」スタイルも知識もマリアンを超越しても、なかなか彼女を超えられなかった。
私には彼女のような「自信」が足りなかった。 圧倒的な自信こそ、場を支配する力となる。「あのおばちゃん怖い!」
幸子が私にしがみついてきて、私は慌てて彼女を抱きしめる。「おばちゃん? 私を誰だと思ってるの? 幸子ー! 幸子ー! さちくおう!」
マリアンは直ぐそこまで来ていて、攻撃のターゲットが私から幸子にうつった。彼女の手にキラリと光るものが見えて、ゾッとする。
挑発するべきではなかった。彼女は本当に何をするか分からない女なのだ。「マリアン、ここから出ていけ!」
セイの凜とした拒絶の言葉にマリアンが膝から崩れ落ちる。 その隙に警備員が彼女を取り押さえた。「どうして、セイ! 貴方は家庭なんかにおさまっちゃいけないのよ! そんなの孤高な貴方らしくないわ!」
「俺は孤高なんかじゃない。寧々子と幸子が俺に見えなかった世界を教えてくれた。俺は二人を心から愛してる」 セイが愛を語るなんて初めてで、私は胸が熱くなって顔を上げて彼を見た。 熱っぽい瞳で私を見つめる彼に胸の鼓動が止まらない。「さあ、行くぞ。立て」
弱々しくうずくまるマリアンが警備員から声をかけられて、ゆっくりと立ち上がる。 身長176センチ、股下89センチ。存在感のある皆の憧れだったスーパーモデルマリアン。私から子だけでなく、命まで奪おうとした悪魔とも別れの時が来たようだ。
ホッとしたのも束の間、マリアンの金切り声が響く。「こんなの認められないわ! 元々、その子は私のものだったのよ! これ以上、私から何も奪わせないわ」
彼女が鬼のような形相で振り上げられたナイフが、一瞬で消えたのが分かった。マリアンの代わりに彼女に用意された衣装に着替える。ロングの向日葵をモチーフとしたワンピースに腕を通すと、夜、温室で昼間あった太陽の方を向いたまま咲いていた向日葵を思い出した。今シーズンの春夏のフラワーシリーズのテーマは『LOVE OF FLOWERS』。向日葵の花言葉は『あなただけを見つめる』。きっとセイさんは太陽のような恋人に焦がれるようなイメージでこの服をデザインしたのだろう。「メイクの柳田です。冴島さん、肌綺麗ですね。メイク時間短縮できそうです」「お褒め頂きありがとうございます」メイクはイエローやパープルを基調として、非常にカラフルだ。普段、粉しかはたかない私が別人になれる気がした。「もしかして、冴島さんってハーフですか?」きっと柳田さんは私の身長の高さと肌の白さから純粋に疑問を投げかけたつもりだろう。でも、両親が誰かも知らない私には痛い質問だ。この間、突如蘇った記憶によると、私を殴っていた女が母親なら日本人だった気がする。「どうでしょう。多分、違うと思いますよ」「ふふっ、多分、違うって冴島さんは面白い方ですね」メイクが終わり、パープルダイヤモンドのジュエリーを身につける。パープルダイヤモンドの石言葉は『愛情』。モデルが身につけるジュエリーまで自分で選定することで有名なセイさん。セイさんの自室の本棚には石や花の由来や、色についての歴史など様々な本があった。彼はインスピレーションだけではなく、様々なメッセージを衣装にのせている。「お待たせしました!」スタジオに戻ると歓声が湧いた。「うわー見違えたねー。存在感あるわー。冴島さん先に他の子の単独を撮影したから、グループ撮影行こうか」「はい!」自分でも見違えたとは思うが、問題はここからだ。身長で存在感を出せても、マリアンが凄いのはポージングのバリエーション。指先まで綺麗で見惚れるだけでなく、ここまで体を捻れるのかというくらいの柔軟性もある。彼女はポージング一つとっても別格
「セイさん! セイさん!」私は彼に駆け寄って、彼の髪をかきあげ額を触る。朝から顔が赤いとは思っていたが、あえて指摘はしなかった事を後悔した。セイさんの額は燃えるように熱く、明らかに四十度近い熱がある。「寧々子? 幸子は泣かなかったか?」ボーッとした声を出すセイさんに少し腹が立った。「自分の心配してください。今、動けないくらい熱が上がってますよね」私に怒られ少しシュンとしたセイさんは引き出しから解熱剤の箱を出す。「お水⋯⋯」ウォーターサーバーが見えたので、私は紙コップに水を入れて差し出した。セイさんは解熱剤を水で流し込み、立ちあがろうとしてふらつく。私は慌てて彼の体を支えた。布越しにも体温がだいぶ高いのが分かる。「寧々子、解熱剤も飲んだし大丈夫だ。今からフォトシューティングの確認に行かないと」「全然、大丈夫じゃないですよね。インフルエンザだったらどうするんですか?」「インフルエンザ? この時期にか? 幸子に移ったら大変だな」また、幸子の心配をしている彼を愛おしいと思うと同時に呆れてしまった。「モデルさんに感染したらもっと大変ですよね。大人でこんな熱が出るなんて滅多にないと思うんです。一度、医者に診てもらってください」「そうなのか? 俺は割としょっちゅう熱を出すんだが、まだ子供だったのかもしれないな」普段、キレ者の彼が何だかフニャフニャしているし、言動も意味不明になっている。この状態の彼を人に見せたくないし、彼に無理をして欲しくない。「セイさん、かかりつけ医はありますか?」セイさんは鞄から診察券を出して見せてくれた。どうやらDEARESTは社内に内科も備えているようだ。「電話したら来てくれる。点滴と注射を打ってもらったら復活すると思う。面倒掛けて悪いな、寧々子」「私はセイさんを支えるのが仕事です!」私の言葉にフニャフニャとまた笑う彼をよそに、私は内線電話を掛ける。十分もしない間に、ワンレンの仕事がで
「これは一体なんですか?」セイさんに開けるように促され、そっと蓋を開ける。そこにはブルー系の宝石が沢山入っていた。綺麗に陳列してあり、名前や石言葉や重さまで記載してある。「本物を見て学ぶと良い。他の色もあるぞ。重いから石の勉強をしたい時はこの部屋でした方が良いかもな」「はい!」私はセイさんがいない時も彼の部屋に入る許可を正式に得た。どんどん彼と距離が縮まるようで嬉しかった。幸子がもうすぐ一歳になる頃には、セイさんは部屋に私のデスクと幸子のベビーサークルを用意してくれるようになっていた。そこでオモチャで遊んだり、ころっと寝てしまったりする愛しい子を見ながら好きな人と過ごす至福の時間。彼の仕事を手伝い、彼の食事を作り、愛しい娘を育てる生活に私はこれ以上のない幸福を感じていた。いつものように彼の部屋で資料の整理をしていると、突然彼から紙を差し出された。「これは?」「見ての通り、雇用契約書だ。今までタダ働きさせてしまってたようで忍びなかったんだ」「私の方がご厚意で居候させていただいているので⋯⋯」契約書を前に私はショックを受けていた。彼を支えて一緒に子供を育てる事で、まるで彼の妻になったような妄想をしてしまっていたようだ。「寧々子も早く自立してこの家を出たいだろ」「えっ?」窓の外を見ながら静かに語るセイさんの本音が分からない。赤の他人の親子が居候しているのは、普通に考えて迷惑なはずだ。私はここでずっと一緒にセイさんと暮らせるような錯覚に陥っていたが、当然彼だって新しい所帯を持つ。一見、芸術家肌で関わりづらく見えるセイさんだが、接する程に常識的で面倒見の良い方だとは私以外の女性も気が付く。きっと大切に育てられた優しいお嬢さんと結婚して素敵な家庭を作るのだろう。心臓を針で刺されるような痛みを感じながら、私は雇用契約書を読む。動揺して頭に内容が入って来ないが、かなりの高待遇だ。「保育園?」雇用契約書の後ろに保育園
「こうやって精一杯変な顔をさせても、好きなんです。もう、手遅れですね。寧々子さん、自分を卑下しないでください。寧々子さんを誰より大切に思ってる俺に失礼ですよ」少しムッとしたような顔をして私をリラックスさせようとしているカイさんは本当に優しい。「そうですね、私を好きになってくれてありがとうございます。カイさんが私に恋してくれた初めての人です」悲しいけれど、今まで誰にも好きになって貰った事はない。「誰より大切」だなんて誰かの一番になるのも初めてだ。「気持ちを返してくれたら嬉しいんですが、俺の事を好きになってくれなくても寧々子さんには幸せになって欲しいです」カイさんが苦悩の表情を浮かべながら、私に伝えてくる言葉の真意を分からない程馬鹿じゃない。セイさんを好きになっても苦しい思いをするだけだし、因縁の相手であるマリアンと関わり傷つくだけだとやんわりと忠告してくれている。マリアンがセイさんのブランドのアンバサダーをやっている限り、私は彼女を警察に突き出せない。DEARESTはブランド発足からマリアンがメインモデルをやっている。彼女は世界的モデルの一人で、日本では誰もが認めるナンバーワンでオンリーワンの個性を持ったスーパーモデル。彼女を引き摺り下ろしても、彼女の代わりになれるモデルが思い浮かばないのだ。「にしても、三千万円か⋯⋯」「すみません」カイさんの呟きに、思わず謝罪してしまう。「違うんです。航空機事故があった時、死んだ客室乗務員に支払われる額が三千万円だったなと思い出しまして」「えっ?」「うちの両親、航空機事故で死んだんです。大西洋上で行方が分からなくなって遺体は見つかっていないんですが⋯⋯」初めて明かされたセイさんとカイさんの両親の話。事故で亡くなったとは聞いていたが、航空機事故とは知らなかった。「遺族が集まり会社から説明を受けたんですが、その時、客室乗務員の親だという方が会社は自分の娘の価値を三千万円程度としか思ってないのかと怒鳴っていたんです」「それは⋯⋯」
「寧々子さん⋯⋯ごめんなさい。寧々子さんには何の問題もありません。問題があるとしたら、俺なんです」カイさんは私の背を優しく撫でると、離れの中に入るように促す。本をテーブルの上に置くと、私から幸子を受け取り抱っこしてトントン叩いてくれた。(あれ? これはセイさんが幸子を泣き止ませようとした方法と同じ?)幸子はぐずりながらも夜で眠たかったのかそっと目を閉じた。カイさんは幸子が起きないようにそっとベビーベッドに寝かしつける。「やっぱり、兄貴は凄いですね。何一つ俺は彼に敵わない。実は寧々子さんと兄貴の会話を扉の外で聞いてたんです」「寝かしつけの方法を?」「はい、『ポイズネス』を流してるのも聞いてました」肩をすくめて、照れたように笑うカイさん。「寧々子さん、俺の嫌な部分を言ってくれませんか? 全部、俺が悪いところを直したら兄貴より俺を選んで欲しいんです」一瞬、カイさんの話が理解できなかった。私は人を選べる立場になんてない。私は彼が意を決したな表情で伝えた言葉に、双眸の眦に溜まった雫を飛ばしながら首を振った。「嫌なところなんてありません。カイさんはとても優しい素敵な方です」「でも、寧々子さんは俺ではなく兄貴が好きでしょ。俺は貴方が好きだから分かってしまうんです。いつも貴方の視線は兄貴を追ってた⋯⋯」意識はしていなかったが、カイさんのいう通りだ。最初はマリアンが『神』と崇めるセイさんに興味があり目で追っていた。今はセイさんの表情や仕草を何一つ逃したくなくて、気がつけば彼を見てしまっている。「ごめんなさい。以後、気をつけます」頭を下げた私を見てカイさんはゆっくりと首を振った。「人の気持ちはどうにもならないって俺自身が分かってます。俺だって寧々子さんに惹かれるのを止めようと何度もしました。適当に大学生をやっていて、兄貴みたいに稼ぎもなくて⋯⋯。幸子と寧々子さんを守ってく覚悟も力もないのに、好きって気持ちばかり膨れ上がって苦しかったんです」彼が絞り出すような声で本心を告げてくれているの
「カイさん、どうかしましたか?」彼を怒らせるような事をしたと思い怖くなり、恐る恐る尋ねる。「今、寧々子さん兄貴の部屋から出て来ましたよね。兄貴は仕事場に人を入れないのに⋯⋯」本音はもっと兄と関わりたいカイさんなりのヤキモチだろうか、私は思わず口が綻んだ。その表情を彼は誤解する。「寧々子さんは兄貴のことが好きなんですか?」私は自分の隠している気持ちがバレている事に動揺して、脇に挟んだ本を落としてしまった。「痛っ!」足の上に分厚い本が落ちて痛い。「寧々子さん、すみません気が利きませんでした。離れまで本を運ぶのを手伝いますから、一緒に行きましょう」「大丈夫です。私、一人で⋯⋯」「幸子ちゃんを落としたら大変ですよね。寧々子さんは幸子ちゃんに集中してください」さっきまでの怒りの表情から代わり、いつもの穏やかなカイさんに戻っていたホッとする。階段を気をつけて降りて、玄関を出て離れまで歩く。気まずくて私たちは一言も言葉を交わさなかった。外は真っ暗で月だけが私たちを見ていた。雲が立ち込めていて星は見えないのに、月の部分だけ雲が切れている。庭に咲く多種多様の花たちが昼とは違って夜は香りでその存在感を主張するが、香りだけでは目を奪えない。。温室の方に目を向けるとライトに照らされた色とりどりの花が見えた。フラワーシリーズの制作の為に植えられた季節外れの夏の花々をこの時期に見られるのは貴重だ。その中で鮮やかな黄色い向日葵が斜め上を向いているのが、昼間に照らしてくれた太陽を求めているように見えた。寄り添うように植えられた色とりどりの紫陽花は淡い色で可愛らしく、赤いハイビスカスは気品があり華やかで目を惹く。色というのは個性の一つであり存在感を主張する重要なファクターだと思い知らされる。人も花もスポットを浴びないと、なかなかその存在には気がついて貰えないのかもしれない。私は地下室に追い込まれ、死ぬかもしれなかった自分と暗闇に咲く花を重ねていた。月明







