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2.私の欲しかったもの

last update Dernière mise à jour: 2025-12-25 16:29:05

セイの合図と共に警備員たちが桃山優斗を取り押さえる。

彼らの拘束を振り解く力など残っていない男は「寧々子⋯⋯寧々子⋯」と母を求める幼子のように雲一つない空に手を伸ばしていた。

セイが私をエスコートしようと手を出してきて、私はそっと手をのせる。

「本番はここからよ。カリスマデザイナー大河内セイ」

彼の耳元に軽く唇を寄せながら囁くと、彼が抗議するような視線を向けてきた。

仕事モードに戻ろうと思っていたのに、誘惑する私に腹を立ててるのだろう。

リムジンに乗り込むと、カイが幸子と手遊びをしている。

私が隣に座ると、カイが私の耳元で囁いてきた。

「義姉さんを見つけたのは俺だし、義姉さんを磨き上げたのは義姉さん自身だけどね」

私は彼の言葉に思わず肩をすくめる。

私の一番の理解者である大河内カイ。

彼と恋愛をしていたら、もっと楽だっただろう。

でも、人は時として苦しくても手に入れたいモノがある。

───大河内セイの心と桃山マリアンを跪かせる程のトップモデルとしての地位。

今、喉から手が出そうな程、求め続けた二つのモノを手にいれた。

「寧々子! カイ! 二人共、こそこそと何を話してるんだ?」

私とカイの距離が近いことに、ヤキモチを妬くセイ。

こんな彼を見られる日が来るなんて思っても見なかった。

披露宴会場の入り口には既に報道陣が待ち構えていた。

私のウェディングドレス姿に悲鳴のような歓声をあげそうになりながら、場をわきまえて口をつぐむ人たち。

この披露宴会場には、セイのブランドに関わっている多くの関係者や著名人が来ている。

セイは先程までのデレ顔を封印し、ファッション界のカリスマデザイナーとして緊張感のある顔に戻っていた。

この披露宴は彼のブランドで初めて手掛けることになったウェディングドレスの発表の場でもあるからだ。

彼は周囲からは時代の寵児、天才と持て囃されているが、発表の直前は期待と不安の渦の中だ。

私はそんな彼に寄り添うように、そっと腕を絡めた。

(私が最高のランウェイを見せてあげる!)

「新郎、新婦の入場です」

両脇のドアマンが扉を開けると、真っ先に目に飛び込んで来た女。

セイのブランドDEARESTの元アンバサダーで、セイの元ミューズだった桃山マリアン。

流石の存在感を放つその女は私のウェディングドレスと色違いのブラックのドレスを着ていた。

私の姿を見て、目を丸くし驚きを隠せないマリアン。

私は彼女がセイのデザインの雛形を盗み、私と同じドレスで披露宴会場に現れる計画をしているのを知っていた。

私は敢えて純白ではなく、ブラックのウェディングドレスを着ると当日までの最高機密のように協力者を使って彼女に吹き込んだ。

マリアンは私と全く同じドレスを着ることで、自分に注目を集めるつもりだったのだろう。

桃山マリアンはクレイジーな女。

悪評をも買ってでも手に入れ、注目を集め常に世界の中心であろうとする。

彼女にとって人の結婚式に黒や白を着てはいけないなんて常識はない。

彼女は私の命も子供も奪おうとした人の心を持たない悪魔。

そして勝ち続けた彼女は決して私に負けたのを認めたくないようだ。

桃山マリアンはこの結婚式の主役を、どんな手段を使っても私から奪うつもりだ。

でも、この会場に私が入った途端、彼女を見るものはいないだろう。

色とりどりのステンドグラスが特徴的な西洋風の披露宴会場。

太陽光が差し込み、反射で私の純白のドレスが虹色に見える人もいるだろう。

皆、息を呑んで私を見つめているのが分かる。

太陽の屈折率を利用すれば、虹色に染まったドレスは一瞬に純白に染まる。

まるで、自然のプロジェクションマッピングだ。

マリアンは私がブラックウェディングドレスを着ると聞いても疑わなかったはずだ。

「何にも染まらない芯を持った強い女性」を応援するような服をセイは好んで生み出してきた。

しかしながら、それは彼女の知る大河内セイでしかない。

彼を神のように崇める彼女は知らない人間、大河内セイ。

彼は色や素材の持つ意味だけでなく、服を魅せる場所まで何度も出向いては研究する。

インスピレーションだけではなく、細かな研究とデーターの蓄積が一瞬で人の目を奪う奇跡を生み出すのだ。

この会場を選んだ時点で、最近の彼の変化に気がついていればブラックウェディングドレスを選ぶはずがないと気付けたはず。

彼への理解が浅い時点で、彼女はもう彼のミューズにはなれない。

「寧々子さん、素敵!」

「大河内セイ! 第二章だな! 斬新さの中に感じる変化とサステナブル。お見事だ!」

止まない賞賛の声に私はセイに視線を送る。

セイがそっと私から距離をとると、私はポージングをとる。

鳴り止まないシャッター音。

これはただの結婚式じゃない。

DEARESTの大河内セイが手掛けた初めてのウェディングドレスの発表の場だ。

そして、私がセイの才能を一番伝えられるDEARESTのアンバサダーになったことを知らしめる舞台。

撮影会が終わり、幸子を真ん中に挟みセイと共に席につく。

「寧々子、君は最高だな」

普段、あまり表情の変わらないセイが嬉しそうに笑った。

無邪気な彼の表情に胸がときめく。

「私の心を捉えるのが本当に上手ね」

「その言葉、そっくりそのまま君に返すよ」

そんなことを囁きあっている間に、披露宴の進行が始まった。

ウェディングケーキを頬につけながら食べる幸子を和やかにセイと眺めていた時だった。

「な、何よ! みんなこっちを見なさいよ! 私がトップモデルのマリアンよ!」

突然、大声を出して席を立ち上がるマリアンに、周りが唖然としている。

報道陣がすかさずカメラを彼女に向けるのが分かった。

私の結婚式をめちゃくちゃにすることで注目を集めようとでもしているのだろうか。

クレイジーマリアンの考えはいつも常軌を逸している。

「あの女を退場させろ」

セイの言葉に警備員が動いたのが分かった。

マリアンは人の間を潜り抜けるようなスピードで私たちに近づいてくる。

流石は股下89センチの女だ。

ストライドが長い。

「ネコだけに脳みそも小さいと油断してれば、私を騙したわね」

「何のこと? 何を着ていても、貴方より私を皆が見るわ。それは私が今日の主役である花嫁だからじゃない。私と貴方に圧倒的な差があるからよ」

スタイルも知識もマリアンを超越しても、なかなか彼女を超えられなかった。

私には彼女のような「自信」が足りなかった。

圧倒的な自信こそ、場を支配する力となる。

「あのおばちゃん怖い!」

幸子が私にしがみついてきて、私は慌てて彼女を抱きしめる。

「おばちゃん? 私を誰だと思ってるの? 幸子ー! 幸子ー! さちくおう!」

マリアンは直ぐそこまで来ていて、攻撃のターゲットが私から幸子にうつった。

彼女の手にキラリと光るものが見えて、ゾッとする。

挑発するべきではなかった。彼女は本当に何をするか分からない女なのだ。

「マリアン、ここから出ていけ!」

セイの凜とした拒絶の言葉にマリアンが膝から崩れ落ちる。

その隙に警備員が彼女を取り押さえた。

「どうして、セイ! 貴方は家庭なんかにおさまっちゃいけないのよ! そんなの孤高な貴方らしくないわ!」

「俺は孤高なんかじゃない。寧々子と幸子が俺に見えなかった世界を教えてくれた。俺は二人を心から愛してる」

セイが愛を語るなんて初めてで、私は胸が熱くなって顔を上げて彼を見た。

熱っぽい瞳で私を見つめる彼に胸の鼓動が止まらない。

「さあ、行くぞ。立て」

弱々しくうずくまるマリアンが警備員から声をかけられて、ゆっくりと立ち上がる。

身長176センチ、股下89センチ。存在感のある皆の憧れだったスーパーモデルマリアン。

私から子だけでなく、命まで奪おうとした悪魔とも別れの時が来たようだ。

ホッとしたのも束の間、マリアンの金切り声が響く。

「こんなの認められないわ! 元々、その子は私のものだったのよ! これ以上、私から何も奪わせないわ」

彼女が鬼のような形相で振り上げられたナイフが、一瞬で消えたのが分かった。

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