All Chapters of ミューズは愛され妻になる!: Chapter 1 - Chapter 10

20 Chapters

1.結婚式

私は今日、ファッション界のカリスマ大河内セイと結婚する。私とセイ、彼の弟のカイ、私の娘の幸子だけが列席する挙式。幸子はセイの子ではない。悪魔のような桃山夫婦に監禁され孕んだ子。あの地獄のような日々を思い出すだけで、胸が締め付けられる。湖畔に佇むガラス張りのチャペル。湖に太陽の光が反射してバージンロードの先にいるセイを照らしていた。あまりの美しい光景にここが天国なのではないかと錯覚しそうになる。幸子がバージンロードを私と腕を組んで一緒に歩いてくれる。たった四歳の小さな手は少し湿っていた。「ママ、おめでと」舌足らずに呟く彼女に思わず笑顔が溢れる。娘とバージンロードを歩く選択は私がしたものだ。幸子は間違いなく私の心を支え続けてくれた恩人で、両親を知らない私にとって唯一の家族だった。そして、今日もう一人私の家族が増える。パイプオルガンの重厚な音と共に一歩一歩セイに近づいて行く。大好きな娘と愛する人の元へたどり着いた瞬間を私は一生忘れないだろう。神父の低い落ち着いた声がしても、私は心臓の鼓動が早くなるのを抑えられなかった。大河内セイは私が初めて恋をした人で、この瞬間も私は彼に恋をし続けている。「大河内セイ。そなたは、冴島寧々子を妻とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、妻を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」  「はい、誓います」セイが穏やかな声で、私との永遠の愛を誓ってくれる。私を見つめる色素の薄いヘーゼル色の瞳が優しい光を放っている。「冴島寧々子、そなたは、大河内セイを夫とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、夫を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」「はい、誓います」幸せな気持ちで胸がいっぱいになりながら、私は嘘偽りのない彼に捧げる永遠の愛を誓った。淡いターコイズブルーのベルベットにキラリと光る結婚指輪が2つのせられていた。グローブを外し彼が私の左手の薬指に指輪を嵌めてくれる。私は緊張しながら、彼の左手の薬指に指輪を嵌めた。彼と夫婦になれた喜びで涙が溢れそうになるのを必死に堪える。結婚の誓約書に震える手でサインをした。愛する彼の名前に自
last updateLast Updated : 2025-12-25
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2.私の欲しかったもの

セイの合図と共に警備員たちが桃山優斗を取り押さえる。彼らの拘束を振り解く力など残っていない男は「寧々子⋯⋯寧々子⋯」と母を求める幼子のように雲一つない空に手を伸ばしていた。セイが私をエスコートしようと手を出してきて、私はそっと手をのせる。「本番はここからよ。カリスマデザイナー大河内セイ」彼の耳元に軽く唇を寄せながら囁くと、彼が抗議するような視線を向けてきた。仕事モードに戻ろうと思っていたのに、誘惑する私に腹を立ててるのだろう。リムジンに乗り込むと、カイが幸子と手遊びをしている。私が隣に座ると、カイが私の耳元で囁いてきた。「義姉さんを見つけたのは俺だし、義姉さんを磨き上げたのは義姉さん自身だけどね」私は彼の言葉に思わず肩をすくめる。私の一番の理解者である大河内カイ。彼と恋愛をしていたら、もっと楽だっただろう。でも、人は時として苦しくても手に入れたいモノがある。───大河内セイの心と桃山マリアンを跪かせる程のトップモデルとしての地位。今、喉から手が出そうな程、求め続けた二つのモノを手にいれた。「寧々子! カイ! 二人共、こそこそと何を話してるんだ?」私とカイの距離が近いことに、ヤキモチを妬くセイ。こんな彼を見られる日が来るなんて思っても見なかった。披露宴会場の入り口には既に報道陣が待ち構えていた。私のウェディングドレス姿に悲鳴のような歓声をあげそうになりながら、場をわきまえて口をつぐむ人たち。この披露宴会場には、セイのブランドに関わっている多くの関係者や著名人が来ている。セイは先程までのデレ顔を封印し、ファッション界のカリスマデザイナーとして緊張感のある顔に戻っていた。この披露宴は彼のブランドで初めて手掛けることになったウェディングドレスの発表の場でもあるからだ。彼は周囲からは時代の寵児、天才と持て囃されているが、発表の直前は期待と不安の渦の中だ。私はそんな彼に寄り添うように、そっと腕を絡めた。(私が最高のランウェイを見せてあげる!)「新郎、新婦の入場です」両脇のドアマンが扉を開けると、真っ先に目に飛び込んで来た女。セイのブランドDEARESTの元アンバサダーで、セイの元ミューズだった桃山マリアン。流石の存在感を放つその女は私のウェディングドレスと色違いのブラックのドレスを着ていた。私の姿を見て、目を丸くし驚
last updateLast Updated : 2025-12-25
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3.憧れのモデル

時は遡ること六年前。冴島寧々子は十八歳になり、十五年お世話になった児童養護施設を出た。♢♢♢養護施設を出て家事代行のバイトで忙しくしていたある日。家事代行業者『ラクール』の社長から突然呼び出しがあった。普段の連絡は電話ばかりなので、事務所に来るのは面接と契約の時以来。社長の関口翠は元々専業主婦で、離婚してから起業したという挑戦的な方だ。雑居ビルの三階。外階段を上がって、久々の事務所に入る。扉を開けるなり、私をキラキラした瞳で待ち構えていた彼女に驚いた。「な、何かありました?」急ぎというので、要件も聞かずに慌てて来たが関口翠の表情を見るに悪い話ではなさそうだ。「家事代行のバイトも三ヶ月! 慣れてきたみたいね」私の腰をトンと叩く彼女は身長150センチくらいの小柄な方で可愛らしいのにエネルギーに溢れている。「はい、ありがとうございます。関口社長!」「まぁまぁ座って」面接以来の応接ルームに通され、黒色の革のソファーに座る。何だかもてなされているようで居心地が悪い。「何かありました?」「ふふっ、聞いて。凄い話が来たのよ。一週間前にお仕事した桃山さんの家覚えてる?」「⋯⋯はい」高級住宅街の中でも一際目立っていた白亜の邸宅。聞くところによると、飲食業で成功しメディアにも出演している桃山優斗の家だ。有名人のご自宅に経験の浅い私がお邪魔するということで緊張した。鍵だけ渡され、広い家の掃除と食事だけ作ったのを覚えている。それまでの家事代行はタワマンに住むパワーカップルの部屋などが多かった。それなりに忙しくしているのか散らかってたりしたが、桃山家は生活感がない。既にプロが掃除したような空間をひたすらマニュアル通りに掃除し、これでお金を貰って良いのか不安になった。「実は桃山さんから住み込みの家政婦の仕事が来てるのよ。半年で三千万円よ!」喋りながら、颯爽と関口社長が私の前にトンとアイスコーヒーを出す。彼女が私に飲み物を出すなんて初めてのことだ。余程、この嘘みたいな話を受けて欲しいのだろう。しかし、私は自分の仕事がそんな評価を受けたとは思えない。マニュアル通り、鏡、窓、シルバーに至るまで丁寧に拭いたけれど、元々ピカピカだった。「三千万円は私が貰えるんですか?」「当然よ! しかも、先払い!」関口社長が自分に淹れたアイスコー
last updateLast Updated : 2025-12-29
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4.罠

ベッドに座ったマリアンが私の頭の先から、足の先までじっと観察してくる。私は彼女の視線に困りながら、近くにあった鏡台の椅子に座ろうとした。「誰が座って良いと言ったの? そのまま、一周回ってくれる?」「はい」私が部屋を回ろうとすると、盛大に彼女に溜息を吐かれる。「全身を見せるように回りなさいって言ったのよ。頭が悪いのね、ネコだけに⋯⋯」最後の方に呟く声まで聞こえてしまう自分の耳の敏感さが憎い。彼女に憧れていた気持ちが萎んでいく。三千万円も頂くのだから、この程度の暴言は耐えるべきかもしれない。「身長は?」「えっと、174センチです」私の発言に突然マリアンは立ち上がり、頬を打ってきた。私は何が起きたのか分からず打たれた頬を抑えて呆然としてしまう。「どうして、今、逆にサバを読んだの? 私を馬鹿にしてるの? 畜生以下が!」「いえ、実は178センチあります。でも、あまりデカい女と思われるのが嫌で、いつも174センチと言ってました。すみません、嘘を吐いてしまって⋯⋯」マリアンは私の背の方に回って私の両肩を持ち、背筋を伸ばさせる。「身長は武器よ。背筋を伸ばしなさい。イライラする」「不快にさせて申し訳ございませんでした」マリアンくらい成功をおさめた人間は皆こんな感じなのだろうか。身長が武器だなんて、マリアンのようなスーパーモデルやバスケやバレーボールの選手くらいだ。女の子は小柄の方が可愛い。少し気になってただけの人に「あの巨人だけは恋愛対象外」と言われてから私は猫背気味になっていた。「股下は?」「えっと⋯⋯」股下なんて測ったことがない。マリアンは股下89センチでスタイル抜群で有名だ。「91センチ。全身の50パーセント以上あるわ。自分の体のことくらい把握しなさい」「はい⋯⋯」大金を貰えるとはいえ、ここで住み込みの家政婦をする選択は間違っている気がしてきた。罵倒され、暴力を振られ、自分の自尊心がズタズタにな
last updateLast Updated : 2025-12-30
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5.地獄の日々

あれから、半年以上がたっても、未だマリアンは帰ってこない。私と桃山優斗は仲の良い夫婦のような生活をしていた。『寧々子、子ができたからにはマリアンとは離婚する。君とお腹の子と生きていきたい』彼はマリアンと離婚し、私と家族を作ると約束してくれた。私のお腹に芽生えた命がある以上、父親はいた方が良い。私のように親がいなくて寂しい思いはさせたくない。きっと、両親が揃っている家が一番幸せなはずだ。ショックな事があり過ぎて、私は正常な判断を失っていた。桃山優斗が私にした事は強姦で、彼は極めて自己中心的な男だ。そんな強姦魔が父親であって、子が幸せな訳がない。それでも自分がしてきた経済的苦労や寂しさを思うと。私は彼と上手くやるのが得策だと判断してしまった。今日もソファーで桃山優斗の髪を撫でながら、彼の昔話に耳を傾けている。サラサラの黒髪に、端正で爽やかな歌のおにいさんのような顔立ち。こんな男が女を身勝手に自由にしているなんて誰も思わないだろう。「僕の昔に住んでいたところ、本当に何にもないところでさ。見渡す田んぼが広がってるの。朝起きて顔がぬめっとしていると思ったら、蛇だったんだよ」「何もなくないじゃないですか、蛇がいるじゃないですか」「蛇じゃなくて、朝起きたら寧々子がいてくれる方が良い」うっとりした顔で頭を起こし、軽く口付けしてくる彼に寒気がする。まるで、蛇とキスした気分だ。「バックパック一つでヨーロッパを回って、雷に打たれた気分になったよ」「そこで、スペイン料理に出会ったんですね」「フラメンコ見ながら食べたパエリャが激うまでさ」この話は呆れるくらい何度も聞いている。まるで母親に話すように甘えた声を出す彼が気持ち悪い。彼を好きになれた方がこれからの生活が楽なのに、彼に襲われた記憶が常に邪魔をする。「でも、まさか、こんなに成功できるとは思わなかったな。やっぱり、成功には勢いと運と情熱だよ」「そうなんですか? 運があったのではなく優斗さんに実力があ
last updateLast Updated : 2025-12-31
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6.初めての家族

私は今日も、桃山夫婦の会話を盗み聞きしている。直ぐに獣のように激しく交わる情熱的な二人。彼らは間違いなく獣だ。残酷で他者を喰らい尽くす事に快楽と満足を覚える獣。『幸子? 何それ、幸せな子になって欲しいから名前は幸子にするって? センスのかけらもないネコには期待を通り越した不安を覚えるわ』『不安? じゃあ、マリアンはどんな名前を娘につけたいの?』『アナスタシア? いいえ、ディアナよ。セイのDEARESTのアンバサダーになるディアナ。決めたわ。娘の名前はディアナにする!』『日本人同士の子の名前にディアナ? そんなのキラキラネームを超えてるじゃないか! 最高だよ。マリアン。だから、君は唯一無二の女なんだ』薄い扉越しに二人の交わる音がする。リビングでこれだけ熱烈なのだから、寝室ではもっとだろう。『妊娠したくないっ言う割に、君は本当にセックスが好きだな』『当然でしょ。セックスは美容に良いもの。妊娠は体型を絶望的に崩すわ。セックスで分泌されるオキシトシンがどんな美容医療よりも聞くのよ。はあ、もっと頂戴! 優斗!』聞いたことのないようなマリアンの艶っぽい甘い声。彼女を神格化していた部分が自分にもあったのだと思い知らされる。今の彼女はどれだけ詭弁を垂れてもただ快感を貪り自分の欲望に忠実になっている獣そのものだ。『早く私たちの子が欲しいわ。子が生まれたらネコを排除するの』『本当に寧々子を殺す気?』『寧々子? そんな風に恋人を呼ぶように呼ばないでネコと呼びなさい。抱いて情でも移ったの? あの子、処女だったでしょ。貴方のご褒美になっちゃんたじゃないかと心配よ』『まさか! あんな誰にも見向きもされず死んでいく捨てネコに興味はないよ。僕にはマリアンだけだ』扉越しにも伝わるリップ音と湿った音に耳を塞ぎたくなるより、憎しみが湧く。私はどれだけ頑張っても桃山優斗を愛せなかったが、今後も無理だ。(本当に身勝手で気持ち悪い男⋯⋯)『盲目的な男も可愛いわね』『誰と比べてる? もしかして、神様は君
last updateLast Updated : 2026-01-01
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7.推しの神

「それは、どういうことですか? もしかして、望まない妊娠を無理やり誰かにさせられたとか⋯⋯」私にハンカチを差し出しながら、大河内カイが聞きづらそうに口を開く。「あ、あの私⋯⋯」初めましての彼に何を打ち明けようとしているのか。彼に事情を話せば助けてくれるとでも期待しているのか。そんな訳はないし、とても人に話せる内容ではない。これから、幸子を育てていくことを考えると、真実は闇に葬るべきだ。自分が母親がレイプされできた子だなんて知って、幸子が正気でいられる訳がない。突然、産院の扉が勢いよく開く。先程のベテラン看護師さんが薬袋を持って来てくれたようで、無言で差し出された。「痛みを感じた時に飲みなさい。それから、話が聞こえちゃったんだけど⋯⋯」気まずそうにする看護師さんのネームプレートには関口とあった。家事代行で私を地獄行きにした関口翠と同じ苗字だ。家事代行サービスの事務所社長の関口さんは桃山家の企みをどこまで知っていたのだろうか。「あの⋯⋯私、すみません」「子供をこのまま里子に出す事もできるわよ。カウンセリングの予約もできる。冴島寧々子さん、貴方の力になれるわ」先程まで冷ややかだった関口看護師は目を潤ませ私の手を握ってきた。あまり優しい言葉を掛けないで欲しい。この世界は悪魔だらけだと見限った方が強く生きられる。すやすや眠る幸子に目を向ける。「私、幸子と二人で生きていきます」「分かったわ。今、母子家庭のサポートについての資料を持ってくるわね」関口さんはサッと病室を出て行った。「寧々子さん、俺も手伝えることがあったら言って。寧々子さんのお家、住所見た限り大学の近くだし、ミルクやオムツを届けたりくらいはできると思うんです」「い、家?」「ご、ごめんなさい。マイナンバーカードで勝手に住所確認しちゃいました」カイさんが頭を下げる必要はない。当然、こちらの産婦人科に入院する為に必要があってしたことだ。気を失った私
last updateLast Updated : 2026-01-02
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8.惹かれてく

私はチラリと後部座席で眠る幸子に目を移し心を落ち着かせる。「縁起が悪いなんて思いません。行く場所のない私たちの為に住む場所を用意してくれるなんて感謝しかないです」口角を上げて笑顔を作り、感謝を伝える。大河内セイがどのようなどのような人物か分からないが、あの非常識なマリアンと二人三脚ができるような男だ。きっと桃山優斗のようなマリアンと似通った自分勝手な思想を持った人間だろう。「ここが離れです。兄は面倒で気難しい男なんで関わらない方が身の為ですよ」離れと呼ばれる邸宅の前で車を降りる。瑞々しい薔薇に囲まれた離れ。薔薇は丁寧に手入れしてあり、棘も落とされていた。「綺麗な薔薇」「⋯⋯うちは元々マンション住まいで、いつか戸建てに住んで薔薇を育てたりしたいと言ってた母の為に兄が植えたものです。薔薇の管理は庭師に任せています」「カイさん、お気遣いありがとうございます。無償でこのような素敵な場所に住まわして頂けるなんてありがたいです。せめて、本邸の家事はさせてください」「寧々子さん、悲しい事があった貴方はただ休んで良いんですよ」両親がいないという私と同じハンデを抱えた人間が何故このように人に優しくできる余裕があるのか分からない。私は十分豪邸な離れと、博物館のような本邸を見て腑に落ちる。(お金か⋯⋯お金があれば人は心に余裕も生まれるのか)両親がいなくても、彼の兄である大河内セイは高額納税者番付の常連になる程に稼いでる男だ。「寧々子さん?」私が仄暗い感情にのまれそうになっていると、澄んだ瞳をした大河内カイが心配そうな顔で私を見つめて来た。「温室までありましたよね。植物の世話とかさせてください。流石にいくらご厚意でも、無償でこんな素敵な場所に親子で住まわせて頂く訳にはいきません」「温室や庭の管理も植える植物や世話の仕方まで兄貴が庭師に細かく指示した上で任せています。寧々子さんは幸子ちゃんを育てる事と自分の事だけ考えてください」私は自分で自分の体を抱きしめた。三千万円の報酬を代わりに私は売られ孕
last updateLast Updated : 2026-01-03
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9.私を陥れた女

私がついてきたのを見て、セイさんが驚いた顔をしている。(こんな顔もするんだ⋯⋯)私は心臓に手を当てながら、大きく息を吸い込んだ。「私もお皿を運びます。それから、ベビーシート! 他にも色々準備して頂きありがとうございます。お金は幾らかかりましたか?」「出産祝いだ。それよりベビーカーはどれにするか決めたのか?」「すみません。どれが良いのか分からなくて」私はテーブルに沢山おいてあったカタログを思い出した。どれも同じようで、全部違うようにも見えて何が良いのか分からない。「首座り前から使いたいのか、ワンタッチで折り畳めるものが良いのか、走行性が重視するのか自分がベビーカーに求めているものは何か考えて絞っていけ」「えっと⋯⋯セイさんだったら、どれにしますか?」質問に困ったからと言って、質問に質問で返した自分が情けない。子供を持ったこともない彼に聞いても分からない的外れな質問だ。「俺ならコレというのはある」セイさんがお皿を運びながら言った言葉に私は思わず吹き出しそうになる。こんな色っぽい独身男がベビーカーのカタログをどんな風に物色していたのか想像するだけで面白い。「どれですか?」「一応、付箋をつけておいたから後で見ると良い。俺は赤ちゃんは首が座ってからベビーカーデビューした方が良いと考えた。そして、日本の街並みを考えて作られた日本製の片手でワンタッチで畳める物が最適だろう」「はい! 後で確認してみます」「色はサーモンピンクとコバルトブルーがあったぞ。その子は女の子だが女だからといってピンクに拘らず、自分が気に入った色を選ぶといい」「はい!」「返事が良いな。寧々子」私の返事がツボにハマったのか破顔した彼。その笑顔に一瞬見惚れそうになるも首を振り皿を運ぶ。お洒落なお皿に盛られた少し煮込み過ぎてジャガイモが崩れた肉じゃがを見て、思わず笑みが溢れた。セイさんは流行を作り出しているような方だからアクアパッツアとか作りそうなのに、彼が作るものはホッコリした家庭料理だ。
last updateLast Updated : 2026-01-04
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10.因縁の男

ショッピングモールの端っこの曲がり角で関口さんを捕まえ、壁に叩きつける。「な、何これ。こわーい。流行りの壁ドン?」私から目を逸らしながら茶化すようなことを言う関口翠にますます怒りが湧いた。「私、殺されるところだったんですよ。桃山夫妻から幾ら貰ったんですか?」「何のこと? 殺されるだなんて大袈裟ねえ。実際、今、元気に生きてるじゃない」悪びれもしない彼女を警察に突き出してやりたい気持ちになるも抑える。「あら、翠! ブラブラしてるって言ったのに、トイレの前で待っててくれたの?」その時に聞き慣れた声がして、声がした方を見ると産婦人科でお世話になった看護師の関口恵子さんが立っていた。(嘘、この二人って、もしかして親子?)二人の顔を見ればどことなく似ている。「あら? 誰かと思えば冴島さんじゃない。翠とはお知り合い?」「知り合いというか⋯⋯」「お母さん、この人、私の会社で働いてたのよ。もう、辞めちゃったんだけどね。結構、突然だったでたら、退職の挨拶がしたいって引き止められたの」私は関口翠の言葉に唖然とする。「そうだったのね。冴島さん、お子さんはお元気?」「あっ、はい」「一人で大変だろうけれど、頼れるところは頼って踏ん張るのよ。どうしても無理ってなったら、いつでも電話してね」私の二の腕を摩りながら優しく微笑む看護師の関口恵子。彼女の娘の悪事をバラしてやりたいのに、彼女が悲しむ顔を見たくないと思ってしまう。「翠もね。結婚して嫁いで専業主婦をしてたんだけど、出戻って来ちゃったのよ。この子、金遣いが荒くて旦那に愛想尽かされちゃってね」「ちょっと、お母さん! 愛想尽かされたんじゃなくて旦那が甲斐性なしだっただけだよ。本当、あんなケチくさい男の子供なんて産まなくてよかったわ」「もう、そんな風に強がんないの。子供欲しがってたでしょ。この子もね。沢山苦しい経験もしたし私も呆れる事もあったけれど、今は自分で起業して自分で稼いで自立してる。今日は私の誕生日プレゼントを買ってくれるって言うのよ。本当に手の掛かる娘で子育て失敗
last updateLast Updated : 2026-01-05
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