เข้าสู่ระบบ「稀代の悪女」として廃位され、10年の幽閉生活の末に孤独死した皇后アナスタシア。死の間際、唯一の心の支えだった正体不明の男の「二度と誰の皇后にもならないで」という言葉と共に、彼女は18歳の成人の儀へと逆行する。 破滅を避けるため、そして愛した「彼」を捜すため、彼女は完璧な公女の仮面を脱ぎ捨て、自ら悪評を振りまく「悪女」として振る舞い始めた。皇太子との婚約を阻止しようと奔走する中、有力候補として現れたのは、かつての敵対者や謎の魔導師、そして成長前の「英雄」たち。 果たして男の真意は何だったのか? 記憶と異なる運命が動き出す中、アナスタシアは愛を求めて歴史を塗り替えていく。
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男は、わたくしを『皇后』と呼び続けている。わたくしが廃位されたのは10年以上昔のことだ。今のわたくしは、薄暗く狭い部屋に閉じ込められているただの女でしかなかった。
生きながらえるのに最低限必要な家具だけが置かれた部屋は、帝都の北の果てに立つ石造りの塔にある。小さな窓からわずかに差し込む光が、荒削りな石のむき出しになった壁を照らしている。
この10年のあいだ、男は頻繁に塔を訪れた。にもかかわらず、わたくしは男の顔も声も名前も、知らなかった。知らないのではなく、わからないのだ。
一度男に「なにか魔法を使っているのでしょうか」と訊ねた。男は曖昧に微笑んだのを覚えている。実に不思議だった。表情の変化はわかる。目の前にいるときは、顔が見えているはずなのに、いなくなるとどうしても男の顔がどうだったか、思い出せない。
男はいつも正装をしていて身につけている装飾品も一目で高価だとわかる美しい物ばかりだった。男は自分が高貴で裕福であることを見せつけるため着飾っているのではなかった。わたくしを心から皇后として扱っているのだ。
わたくしは男が来るのをいつも待っていた。顔を教えてもくれない男が、この世の中で唯一信じられる相手だったからだ。
男は常に穏やかに話した。不思議なほど、アカデミーに通っていた頃のわたくしについてよく知っていた。なんの科目を選択していたか、誰と仲が良かったか、どんな本を読んでいたか、食堂で何を好んでいたかなど、本人が忘れていたのに、昨日のことのように話した。
男が、わたくしの没落前の話ばかりする理由はわかりきっていた。わたくしの現在や未来に、希望がなにひとつ存在しないからだ。
かつてわたくしの名は、アナスタシア・ヴィルヘルミナ・フォン・シュヴァルツェンベルクだった。帝国の月、帝国の母、シュヴァルツェンベルク帝国の皇后、それがわたくしだった。
今は廃位され、北の塔に幽閉されている。生家は取りつぶしとなり、姓を持たないただのアナスタシアとなった。
わたくしは、シュヴァルツェンベルク帝国、建国の際の功臣の家門、四大公爵家の一つ、クロイツェンベルク=ローゼンフェルトの長女として生まれた。
生まれた時から、第一皇子マクシミリアン・ルートヴィヒ・フォン・シュヴァルツェンベルクの婚約者候補に名を連ね、物心ついた時には、妃としての教育を受けていた。
皇太子と婚姻するに適した年齢差の令嬢の中で、わたくしが一番、高貴な家柄を持っていたからだ。誰もが、皇太子妃となり、皇后となるのはわたくしだと思っていた。
そして、実際、誰かの書いた筋書き通りに皇后になったのだ。
わたくしは夫への愛のためではなく民を守るため、皇后としての役割をこなした。廃位のきっかけとなる事件がおこるまでは。
事件を起こしたとされる当人であるわたくしは、しばらくの間、一体何が起こったのかを知らなかった。
なぜなら、ある朝目覚めると塔に閉じ込められていたのだから。
その時のことは、鮮明に覚えている。
わたくしは目覚めた瞬間に見覚えのない天井が目に入り当然混乱した。
「お嬢様、目覚められたのですね」
ベッドの側に控えていたのは、結婚前までわたくしの世話をしてくれていたメイド、アンだった。状況がまったく理解できずにいるわたくしに、アンは言った。
「最後にお会いしてからもう何年も経ちますが、お嬢様はお美しいままですね。月の光のように輝くお髪も、澄んだ湖のような瞳も変わっていらっしゃらない」
アンはそれから、本当に哀れむような目をわたくしに向けてきた。
「お嬢様はもう、この部屋から出られないそうです。私はあるお方に、お嬢様のお世話を命じられました」
「あるお方とは?」
わたくしは夫である皇帝マクシミリアンだと考えていた。
「私はここへ来るのに魔法契約を結ばされました。まず、外でお嬢様のことを話さないようにと、あるお方についてお嬢様に説明できないようにされました」
目覚めてすぐ、壁紙も貼られていない石がむき出しの壁や天井が目に入った。いつの間にか、装飾も一切無い質素なドレスに着替えさせられ、硬いベッドに寝かされていたのだ。
説明されなくとも、緊急かつ重大な何かが起こったことは察していた。それでもそのときはまだ、本当に部屋からずっと出られないとは思っていなかった。
アンは日が暮れる前にわたくしのいる部屋から出て行った。わたくしは一人にされるのが不安で引き留めたが、「絶対守らなければなりません」と、断られた。
その夜、わたくしは初めて男と会った。
男はわたくしの前に跪き、手の甲に口づけた。わたくしは何の疑問も抱かずに受け入れたのだ。まさか自分がすでに皇后ではなくなっているなどとは、思いもせずに。
塔を訪れるのは二人だけだった。
アンは純粋で、わたくしの質問にはいつもわかる範囲で答えてくれた。
「世間的にお嬢様は、行方知れずという扱いなんです」
魔法契約がなければアンは、北の塔にわたくしがいることをすぐ、広めただろう。アンの口が軽いおかげで、わたくしは少しずつ、自分の置かれている状況を把握していった。
わたくしは帝国民から『稀代の悪女皇后』と呼ばれていた。
なぜそう呼ばれるに至ったかを知ったあと、わたくしは数ヶ月、まともに眠ることができなかった。
わたくしが皇后として、最も力を入れていたのは、貧民を救う政策だった。
貧民街と呼ばれていた土地を皇室が買い上げ、特別区として衣食住と教育を施していたのだ。貧しい者たちは、生活の向上をめざし特別区に集まっていた。その数は数千人にも達した。
わたくしは貧民の生活が安定すれば、犯罪が減り、ひいては帝国全体に良い影響をもたらすと信じていた。だからこそ、貴族たちに寄付を募り、私財を投じてまで、特別区を維持した。
そして、わたくしの知らないところで、特別区が突如、焼き払われた。希望を抱いて特別区に移住してきた民は、全員、帰らぬ人となった。
わたくしは、貧民を一掃するために、あえて、甘い言葉を囁き特別区に集めたことになっていた。見事、悪女に仕立て上げられたのだ。
アンはわたくしが訊ねれば、なんでも話してくれたけれど、男の方は、『現在』についてはほとんど話してくれなかった。
わたくしは、自分が悪女にされた事実よりも、たくさんの民が亡くなってしまった悲劇の方が辛かった。
わたくしは塔の中で、一日中、祈りを捧げて過ごした。
そのうちに、わたくしは、生家が取り潰され、わたくしが廃位されたと知った。
男は、わたくしが家族の安否を尋ねたときには、「ご無事です」と、答えてくれた。しかしアンに訊くと「公爵家の方達は、平民に落とされ他国へ追放されたらしいです」と返ってきた。
そして、そのすべてを取り仕切ったのが、皇帝であるマクシミリアンだとを知った。
わたくしたちの間には、愛はなかった。しかし、帝国の民のため手を取り合っていると思い込んでいた。マクシミリアンから、疎まれているなど考えもしなかった。
その頃、わたくしは絶望のあまり、自ら命を絶とうとした。ところが、わたくしには強力な防御魔法がかけられており、少しの傷もつけられなかった。
わたくしは、この10年、死ぬことも生きることも諦めて過ごしてきた。今では、アンが純粋ではないと気づいている。アンから悪意をもってもたらされる情報に嫌気がさし、わたくしからは話しかけなくなった。
顔も名前も知らない男と過ごす時間だけが、わたくしの心をこの世界に留めさせた。
その日、男はいつも以上に着飾っていた。それだけでなくわたくしのために美しいドレスを持参した。
「このような豪奢なドレスは……」
「お立場は十分理解しております」
わたくしは大罪を犯したものとしてこの塔にいる。贅沢など許されないのだ。
「一時でも構いません。私のために身につけていただけないでしょうか。お姿を見せていただきました後は、持ち帰ります」
「できるのであればそうしたいのですが」
男の想いを汲みたかったが、夜には、わたくしの着替えを手伝ってくれるアンはいない。
「途中まではご自身で着られますね? 最後だけ、お手伝いいたします」
わたくしは男に手伝ってもらうのがどういうことなのか理解していた。それでも、皇后として生きていた頃に目にしたどんなものよりも美しいドレスに心惹かれていた。
かつての栄光をとりもどしたいわけでもなく、ただ、デビュタントのためのドレスを選ぶ少女のような心で、手に取った。
手に触れた柔らかで軽い生地は、夜空のように美しかった。有名な服飾師が手がけたことが一目でわかるほど洗練されていた。
わたくしは粗末なドレスを脱ぎ、男の持って来たドレスに袖を通した。男に声をかけ手伝ってもらう。ぎこちない手つきで、男の指先がわたくしの肌に触れるたび、気づかれないように息を止めた。
ドレスはわたくしの体に、ちょうどよく作られていた。
「10年の間に、随分、ドレスの形が変わったのですね」
「私にはよくわかりません。ただ、あなたへ贈るドレスを探すため有名店に足を運んだとき、必ずあなたにお似合いになると確信して、選びました」
この部屋には姿見がない。
「似合っていますか?」
男は「ええ、とても」と、言った。
それから、ダンスを申し込まれた。男の持って来た小さな箱から、音楽が流れ始めた。
10年ぶりのダンスだったが、体が覚えていてくれた。
男とは数え切れないほど会っていたのに、これほど近づいたことはなかった。思っていたよりも背が高い。わたくしを支えてくれる腕が力強かった。
「あなたが成人を迎えた日の舞踏会に、私も参加していたのですよ」
アナスタシアの18歳の誕生日、盛大な舞踏会が開かれた。
「私は勇気が出せず、あなたと当時まだ皇太子だったマクシミリアンが踊るのを遠くから見ました」
あの頃のわたくしは、マクシミリアンの婚約者になることしか考えていなかった。勇気を出して誘ってもらっても、断ったかもしれない。
男はダンスが上手かった。マクシミリアンよりもずっと。
曲が終わり、塔の部屋に静寂が戻った。
男は、わたくしの前に跪いた。
「長い間お待たせしました。ようやく時が満ちました」
わたくしは、男が何が言いたいのかわからずただ顔を見つめていた。
「この10年、私はあなたの名前が今の形で後世に伝えられることを防ぐため、動いてきました」
わたくしは言われて初めて、自分が『稀代の悪女皇后』として、歴史書に載っているであろうことに気づいた。
「私は、皇帝を討ちます」
わたくしは驚きのあまり、声を漏らした。
「私が帝位についた暁には、私の皇后になっていただけないでしょうか」
突然の求婚に、わたくしは、何も言葉にできなかった。わたくしは、いつからか男に想いを寄せていた。しかし、一生胸に秘めておくつもりでいた。
ふと、『皇帝を討つ』という行為には、かなりの危険が伴うと気づいた。
「そんな危険なこと……おやめください」
「あなたがそうおっしゃると、わかっていました。しかし、私の決意は変わりません。あなたの父君も兄君も同じです」
わたくしは、もう会えないと思っていた家族の姿を脳裏に浮かべた。
「わたくしは、あなたとお父様達が生きていてくれるなら、稀代の悪女として語り継がれても構いません」
「私が、受け入れられないのです」
わたくしは泣いてすがったけれど、男の決意を覆せなかった。
「あなたの顔を見せてもらえませんか?」
わたくしは、愛する男の顔を知りたくて頼んだ。じっと見つめるけれど、髪や瞳の色さえ覚えられない。見つめている側から、遠い昔に会ったことのある人ほどしか、思い出せなくなる。
「あなたをお迎えにあがるときには、必ず」
わたくしは、これが最後になってしまう気がして、胸が締め付けられた。
男は部屋を出る前に「もしも、私があなたを皇后として迎えられなかったときには、誰の皇后にもならないでください」と言い残していった。
その時にはまだ、男の残した言葉の意味がわからなかった。そして、男に意味を訊ねる機会はついに訪れなかった。
その日から、塔の部屋には誰も来なくなった。
食料も届かず、部屋から出られもせず。わたくしは、ただひたすら祈り続けた。
男と家族の無事を。
そして、空腹を堪えながら眠りにつき、目覚めたら……
舞踏会の真っ最中だった。
わたくしはツェーザルから、ダンスを申し込まれる覚悟をした。大公家の方が身分が高いため、断りづらい。 しかし、わたくしの予想とは違い、ツェーザルは丁寧なお祝いの言葉をくれただけだった。 ツェーザルはどこか中性的で美しい顔をしている。塔に来ていた男とは体格が違う上に、瞳も予想している色ではない。 しかし、穏やかな話し方があc似ている気がした。わたくしは、真偽を確かめたくなり、挨拶だけで立ち去ろうとするツェーザルを引き留め、自らダンスに誘った。誕生日の贈り物としてねだったのだ。 ツェーザルは戸惑いの表情を浮かべながら「私と踊って問題ないのか?」と訊いてきた。 公爵家の政治的立場を案じてくれているのだろう。「この場にいないあの方としか踊れないのであれば、わたくしは自分の誕生を祝う宴で、壁の花になってしまいますわ」「それは、そうだが……」「ダンスがお嫌なのであれば、テラスでご一緒にお話しでも」「いや、踊ろう」 ツェーザルが手を差し出してくれたので、わたくしはその手に手を載せた。 ツェーザルのダンスの腕前は、可もなく不可もないといったところだった。 一度目の人生で、ツェーザルとは一度も話したことがなかった。マクシミリアンとツェーザルの関係が複雑だったからだ。 マクシミリアンは第一皇子として生まれ、15歳のときには皇太子となった。しかし、貴族の中にはツェーザルを次期皇帝にと画策する派閥があった。 わたくしも皇后となるまで知らなかったが、皇室の財政は酷いものだった。ひとえに、マクシミリアンの父、アウグストの愚策のせいだった。わたくしが成人した頃、皇室の財政が潤っていると思い込んでいたのも、アウグストが頻繁に贅沢な舞踏会を開いていたからだ。 わたくしの生家、ローゼンフェルト公爵家は、帝国で指折りの富豪だった。そのローゼンフェルト公爵家も、レマルク大公家には及ばなかった。 最初の人生で、わたくしは何も知らずに、会場に現れないマクシミリアンを待ち続けた。一度、皇后として国政の一端を担った経験が、当時の無知故の純粋さを奪ってしまった。 わたくしのための舞踏会は、皇室に対して、公爵家の富を見せつける目的で開かれたのではないかと、穿った見方をしてしまう。それだけでなく、舞踏会を使い、皇太子とわたくしとの婚約を進めるよう催促したのではないか。そうでなければ
わたくしは、あまりの眩しさに目を細めた。 この大広間には見覚えがある。天井の中央には大きなシャンデリアがつるされている。魔法石をふんだんに使ってあり、舞踏会の時間に点灯させるには、10人もの魔法師が半日かけて魔力を充填する必要があった。 わたくしにその話を教えてくれたのは祖父だったはずだ。 大広間にはシャンデリア以外にも至る所に、魔法石の照明が設置されている。ろうそくの炎より明るいが、稀少な魔法師の手配には膨大な費用がかかる。裕福な公爵家であっても特別なときにだけ使う大広間だった。 わたくしが成人を迎えた18歳の誕生日には、両親の結婚式以来二十数年ぶりに大広間が使われた。兄の成人式では使われなかったというのに。 理由ははっきりしていた。わたくしが、皇太子の婚約者として相応しいことを他の貴族に見せつけるためだった。 身につけているドレスや、視界に入る招待客から、その日であるとわかる。決して良い経験ではなかったのに、なぜ、死を間近に控えて思い出しているのだろう。 男と最後に会った日に、舞踏会の話をしたせいかもしれない。 あの日のわたくしは、お父様とファーストダンスを踊ったあと、次に皇太子だったマクシミリアンと踊るつもりだった。なかなか現れないマクシミリアンを待っていたせいで、まったく舞踏会を楽しめなかったのだ。他の男と踊っている最中にマクシミリアンが来ると心証が悪いと考え控えていた。マクシミリアンが日付が変わる頃まで来ないとわかっていれば、他の誰かと踊っていた。そうすれば、あの日勇気を出せなかったという男と踊れていたかもしれなかった。「ナーシャ、大丈夫か?」 お兄様の声が聞こえ、わたくしは振り向いた。 お父様譲りの淡い色の金髪と、お母様譲りの若葉色の瞳。いつでも優しく見守ってくれていたお兄様の眼差しが懐かしすぎて、わたくしは思わず涙を流した。「ナーシャ、辛いのであれば一緒にテラスへ出よう」 お兄様がハンカチでわたくしの涙を拭ってくれた。 ちょうど曲が終わった。 わたくしはテラスに出るよりも、あの日お兄様と踊れなかった無念を、走馬灯の中で晴らしたかった。「お兄様、わたくしと踊ってくださらない」「皇太子殿下を待つと言っていたのに、良いのか?」「ええ、あの方のことは忘れて、楽しみたいのです」 踊り始めてすぐ、なぜお兄様とはほとんど踊
「皇后」 男は、わたくしを『皇后』と呼び続けている。わたくしが廃位されたのは10年以上昔のことだ。今のわたくしは、薄暗く狭い部屋に閉じ込められているただの女でしかなかった。 生きながらえるのに最低限必要な家具だけが置かれた部屋は、帝都の北の果てに立つ石造りの塔にある。小さな窓からわずかに差し込む光が、荒削りな石のむき出しになった壁を照らしている。 この10年のあいだ、男は頻繁に塔を訪れた。にもかかわらず、わたくしは男の顔も声も名前も、知らなかった。知らないのではなく、わからないのだ。 一度男に「なにか魔法を使っているのでしょうか」と訊ねた。男は曖昧に微笑んだのを覚えている。実に不思議だった。表情の変化はわかる。目の前にいるときは、顔が見えているはずなのに、いなくなるとどうしても男の顔がどうだったか、思い出せない。 男はいつも正装をしていて身につけている装飾品も一目で高価だとわかる美しい物ばかりだった。男は自分が高貴で裕福であることを見せつけるため着飾っているのではなかった。わたくしを心から皇后として扱っているのだ。 わたくしは男が来るのをいつも待っていた。顔を教えてもくれない男が、この世の中で唯一信じられる相手だったからだ。 男は常に穏やかに話した。不思議なほど、アカデミーに通っていた頃のわたくしについてよく知っていた。なんの科目を選択していたか、誰と仲が良かったか、どんな本を読んでいたか、食堂で何を好んでいたかなど、本人が忘れていたのに、昨日のことのように話した。 男が、わたくしの没落前の話ばかりする理由はわかりきっていた。わたくしの現在や未来に、希望がなにひとつ存在しないからだ。 かつてわたくしの名は、アナスタシア・ヴィルヘルミナ・フォン・シュヴァルツェンベルクだった。帝国の月、帝国の母、シュヴァルツェンベルク帝国の皇后、それがわたくしだった。 今は廃位され、北の塔に幽閉されている。生家は取りつぶしとなり、姓を持たないただのアナスタシアとなった。 わたくしは、シュヴァルツェンベルク帝国、建国の際の功臣の家門、四大公爵家の一つ、クロイツェンベルク=ローゼンフェルトの長女として生まれた。 生まれた時から、第一皇子マクシミリアン・ルートヴィヒ・フォン・シュヴァルツェンベルクの婚約者候補に名を連ね、物心ついた時には、妃としての教育を受けていた