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第115話

Auteur: 北野 艾
だが、自分に突き刺さるその視線に、鋭い何かが混じっているのをはっきりと感じた。

志帆は、詩織の表情の変化に気づかないふりをしているのか、なおも一人でしゃべり続ける。「前は京介と付き合いしているのかと思っていたの。あの頃、二人ともすごく親しそうだったから」

「随分と想像力が豊かでいらっしゃるのね、柏木さん」詩織の口調は、尖っていた。

志帆は慌てて弁解する。「他意はないのよ、ただ純粋に気になって。男女の間に、純粋な友情なんてないって思うタイプだから、つい色々と考えちゃって。……ねえ、江崎さん。もし気分を害したなら、謝るわ」

志帆のその言い方は、実に巧妙だった。

短い言葉の中に、「彼女はまるで蝶のように、この二ヶ月の間に二人の男の間をふらふらと渡り歩いている」という含みを、巧みに忍ばせている。

だが、詩織は少しも怒りを見せない。それどころか、落ち着き払った様子で、ゆっくりと反論した。「人というものは、自分自身の物差しでしか、物事を見ることができないそうよ」

途端に、志帆の顔色が変わる。柊也に絡めていた彼女の指が、無意識のうちにきつく握りしめられた。

一人だけ、その言葉の意味を理解できない太一が、きょとんとした顔で尋ねる。「どういう意味だ?俺にはさっぱり分かんねえんだけど」

「訊くな」

京介はそう言って、太一の頭を軽く小突いた。だが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいる。

詩織の皮肉の意味を、彼がはっきりと理解した証拠だった。

――心が汚れている人間には、見るものすべてが汚れて見える。

「腹が減ったと言っていただろう。いつまでおしゃべりをしている。胃が弱いんだから、ちゃんと食事を摂れ」

絶妙なタイミングで、柊也が口を開いた。紳士的かつ、細やかな気遣いを見せながら、話題をそらす。

それは、追い詰められた志帆への、さりげない助け舟だった。

これ以上ないほど、完璧な庇い方だ。

志帆は再び笑顔を取り戻す。「そうね、お腹すいちゃった。さ、入りましょう」

二人は先に店の中へと歩き出す。京介も詩織に一つ頷いてから、その後に続いた。

太一は詩織に聞こえるように鼻を鳴らすと、早足で一行を追っていく。

店の前は、あっという間にがらんとした。

その時、詩織は無意識のうちに眉をひそめ、そっと腹部に手を当てた。

また、胃が痛む。

しばらく養生して、胃の
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