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序章 第2話 日常は焔の中に消ゆ

Penulis: 輪廻
last update Tanggal publikasi: 2025-12-23 14:10:34

神社が、燃えていました。

夕闇の中で煌々と燃え盛るその様はまるで、暗がりを照らす灯火のようにも見えなくはありませんでした。

そこに広がっている光景が、この世の地獄であることを除けば、ですが。

敷地内の至る所で、神社で働いている巫女さんが血を流して倒れていました。胸や腹に銃弾により大きな穴が穿たれている人、喉を搔き切られている人、左肩口から心臓にかけてナイフによる強烈な一撃を受けた人……原因は異なれど、何れも血の海の中で即死していました。

「…………」

この惨劇を引き起こしたのは、黒一色で統一された隊員服を纏い、私を人質にして氷のような眼差しを母に向ける複数の男女。

皆、見知った顔でした。毎朝参拝に来ては、私に飴玉をくれた男の人。毎日、神社の前をジョギングし、私に気さくに挨拶してくれた人。母の下で巫女の研修をしていた人。

けれども、そのような彼らの振る舞いは全て、私たちを油断させるための演技だったのです。

特務機関【敷島】──それが、彼らの正体でした。とある筋からのバックアップを受け、特殊な訓練を受けた自衛隊員。狂信的な愛国者たち。潜入、背乗り、破壊工作、要人暗殺……目的のためなら手段を問わぬ狂人の集まり。

仕事終わりの直前……彼らは神社内部に潜ませていた仲間の手引きで侵入して社務所の事務室にいた父を殺害。更には異変を察知した他の巫女さんたちも……皆、声を上げる間もなく彼らによって殺されました。

運良く──いえ、運悪く難を逃れて生き残ったのは、買い出しのために外出しており、帰宅した丁度その時に殺戮ショーの現場に居合わせた私と母でした。

「──巫女長さん? 申し訳ないが、私からあまり時間を奪わないで頂きたいものですな。時は金なり……生憎と、我ら特務機関【敷島】に属する者たちは皆、お世辞にも気が長い方ではないので……ね?」

リーダー格と思しきまだ若い男が、片腕で私を拘束し、空いた手に持つ拳銃を私のこめかみに突き付けながら、他の面々によって地面に組み伏せられている母を見下ろしつつそう言いました。毎日決まった時刻に神社へと参拝に来ては、笑顔で私に飴玉をくれた人と同一人物だとは、とても思われません。

「────」

サイレンは聞こえるのに、近くでパトカーのものと思われる、回転する赤の警告灯は見えるのに……消防も警察も、誰一人として駆け付けてきてはくれません。寧ろこの場に、他の民間人を近づけさせまいとしている……そのような意図さえ感じられます。

それもまた、【敷島】の裏工作の所為でしょうか。確証はありませんでしたが、彼らならそれくらいのことは恐らく容易くやってのけるでしょう。【敷島】は、それくらい強大な権力を持っている国家の秘密組織なのですから。

「単刀直入に聞こう。"高天原計画"の資料は何処だ。あの頭の弱そうな宮司に聞いても、"そんなものはない"の一点張りでね……気の短い部下が、ナイフで喉を搔き切って殺してしまった。貴方が愚かな宮司とは異なり、聡明なる女性であることに期待しているよ」

「……私が、その問いに答えるとでも?」

強がってみせる母を挑発するように、男は笑います。

「くくっ……可愛い娘さんの命と天秤に掛けて、お考え頂けると幸いですな。貴方は、自分の死は恐れていない。けれども、愛娘に危害を加えられることに関しては何よりも恐れている。私には全てお見通しですよ、巫女長さん?」

男は実に狡猾でした。親子の愛を利用すれば、母がそれに屈して情報を吐く。それを強く確信していたのです。

一般人に扮し、参拝客として神社を訪れながら、私たち母娘のことをつぶさに観察していたからこそ、若しかするとそう確信するに至ったのかもしれません。何方にせよ、彼が私たちと同じ人間とは、到底思えませんでした。

母は震えていました。娘の私を人質に取られ、自分の返答次第では目の前で惨たらしく銃殺される。そして、恐らくは自分も用済みとして彼らに消される。正直に話そうが、話すまいが。

それでも母は……私を生かそうと必死に、言葉を絞り出しました。種を残そうとする生存本能ゆえか、それとも何人にも止められぬ愛ゆえか。今にも消え入りそうな声で、男に対しありのままを話しました。

「……"高天原計画"に関する資料は……此処にはもう、一つもありません……」

「……続きをどうぞ。一応、最後まで聞いてあげます」

「……主人の依頼で、"日ノ本の裏御三家"の方たちが皆、資料を持っていきました。"高天原計画"の極秘資料……先代の宮司さまから譲り受けた··は、この世に決して残してはならない呪物ですから」

刹那──男の目がほんの一瞬だけ、細められました。

「……そうですか。残念ですよ、巫女長さん。綺麗で聡明な方だっただけに……余計に、ね」

耳をつんざく轟音が、二度響き渡りました。それと同時、母は他の巫女さんたちと同様、真っ赤な血を流して倒れ伏し、そのままピクリとも動かなくなりました。

男が放った銃弾……一発目は母の心臓を、二発目は脳天を正確に撃ち抜いていました。正確無比な射撃の腕前……それこそが、彼が戦闘者として極めて優れた存在であることを如実に物語っていました。

「……はぁ。空振り、か。実にツイてない。まぁ……こんな日もあると、切り替えてゆく他ないな、諸君」

私から手を離すと、男は小さく溜め息を吐きます。男には目もくれず、私は一目散に血を流して横たわる母の元へと駆け寄りました。

鉄臭い匂いに、私は思わず顔を顰めました。薄らと開かれた瞳には既に一切の光がなく、即死しているのは誰の目にも明らかでした。

何度呼びかけても、何度身体を揺すっても、母は動いてくれません。まるで人から何か違う·へと、変貌してしまったかのようでした。

「──後始末は、君たちに任せる。私は··への報告のため、一足先に撤収させてもらうよ」

「はっ──それは、一向に構いませんが……そこの子供は如何するおつもりですか、秋津《あきつ》一尉」

「愚問だよ、山城《やましろ》士長。組織の規則では叛逆者及び、その関係者は皆等しく殺せとなっているが?」

「……畏まりました。正直、無垢な幼子を殺すのは、気が進みませんが……これも、栄光ある大日本帝国の復活がために必要とあらば、致し方ありません……」

栄光ある大日本帝国の復活……そんなことのために、今を生きる人を害して良いのでしょうか。私の愛する者全てを理不尽に、私から奪い取る権利があるのでしょうか。

「…………!」

目から溢れる涙を拭いながら、私は秋津一尉と呼ばれた青年を精一杯睨み付けました。忌々しい彼の顔を、脳裏に焼き付けるために。未来永劫、怨敵たる彼のことを忘れないために。

「ゆる、さない……! 絶対に……絶対に許さない……!」

「…………」

秋津は、そんな私の視線を真っ直ぐ受け止めます。自分にも譲れないものがある……そう言いたげに。その真っ直ぐな眼差しが、余計に恨めしく思えました。

やがて、秋津は私と睨み合う時間が惜しいと思ったか私の傍を通り過ぎ、悠然とした足取りで、鳥居の外に停車してある大型バイクの元へと歩を進め始めました。

その時──

シャーッと甲高い鳴き声を発しながら、何処からともなく現れた····が秋津の前に立ちはだかり、勇敢にも彼の息の根を止めようと襲い掛かりました。

「……ふん。·······、それも力のない下級神格か……日ノ本の真なる守護者たる我らが、随分と嫌われたものだな?」

ですが、驚くべきことに、秋津にも····の姿が見えているようでした。そして、····を如何にして殺すのか……それも、彼は心得ている様子でした。

「この美しき日本に──お前のように無力な·······の居場所などない。存在を赦されるは、常に強者と勝者のみ……死を以て、そのことを思い知れ」

秋津は····の奇襲に難なく対応すると、続けて放たれる攻撃の一手一手を軽くいなしつつ、一振りの短刀を無音で抜きました。燃え盛る焔の輝きを反射して不気味に煌めくその刃には、祝詞の一節と思しき文章が彫られていました。

一閃……そう、たった一閃でした。秋津が短刀を振るうと、····の首が両断され、····は断末魔の叫びすら上げることも許されぬまま消滅しました。

母に続いて····まで……一度ならず二度までも大切な者が目の前で【敷島】によって殺されるのを、無力な私はただ見ていることしか出来ませんでした。

「……非力なる下級の·······の分際で、この秋津 日向《ひゅうが》に立ち向かった度胸……愚かしくも美しい、その無謀なる勇気だけは認めてやろう」

秋津は不快感も露わにそう言い残すとバイクに跨り、爆音を轟かせながら去ってゆきました。

その場に残されたのは、秋津の部下たちと私……上官の秋津とは異なり、彼らはまだ人間としての良心が残っているのでしょう。私を殺すことを躊躇している様子でした。

彼らは顔を見合わせて、母の死体の傍らに力なく座り込む私をどうするか小声で話し合っていました。

殺すのは流石に可哀想だ……しかし、組織の規則では……いっそ死んだ親の元へと逝けるようにするのが、優しさというものなのではないか。

滑稽なことに、彼らはそんなことを議論していました。私にとって大切な人を大勢殺した癖に今更、可能な限り良識ある人でありたいと願うとは。実に滑稽でした。

そして皮肉にも──そんな彼らの迷いが、私を生き長らえさせることになりました。

物悲しい笛の音が、死者を悼む旋律が聞こえた直後、私を除くその場にいる全員が突然、金縛りに遭ったかの如く動けなくなりました。

砂利を踏みしめる、規則性のある足音……夜風に乗ってふわりと薫る、石鹸のような甘い香り。【敷島】の構成員たちの顔に、緊張の色が浮かびました。

小さな影が横笛で、聴く者を悲しい気持ちにさせる美しい旋律を奏でながら、悠々と私の横を通り過ぎたかと思うと、まるで【敷島】の構成員たちから私を守るように、彼らと私の間に割って入り、そして彼らと対峙しました。

雲の中よりぼうっと姿を現した月の明かりが、··の姿を照らし出します。殺された母や巫女さんたちと同じ、白の小袖に緋の袴という出で立ちでしたが、それでも見間違える筈はありません。

「き、よ……ちゃん……? どうして、ここに……?」

「……お兄さまの指示で、貴方を助けに来ました、亜也子ちゃん。ここは私に任せて下さい」

凛とした表情のまま、清さんは【敷島】の構成員たちをじろりと睨め付けます。六、七歳の少女とは思えない圧倒的な風格に、【敷島】の面々も気圧されていました。

清さんが横笛で、悲しい旋律を奏でると、青白く光り輝く蝶が四方八方からやってきて、彼女の周囲に集まります。

【敷島】の面々には、何が起こっているのか理解出来ていない、そればかりか眼前に集結する蝶の群れさえ見えていない様子でしたが、私には分かりました。光り輝く蝶の一匹一匹が、果敢にも秋津に立ち向かった····と同じだと。·······だと。

どうにか動こうにも、清さんの持つ不思議な力で身動きの取れぬ状態にされているためか、【敷島】の構成員たちは指一本動かすことが出来ません。

そして──審判の時は訪れました。

清さんの奏でる旋律に併せ、蝶の群れが【敷島】の構成員たちに一斉に襲い掛かります。一匹一匹が下級とはいえ神格……それが清さんの笛の音によって統率された動きで迫り来るのですから、止める術などありはしません。

悲鳴を上げることも、抵抗することも出来ぬまま、彼らはただ只管に蹂躙されました。

数秒後──

蝶の群れにその身を幾度も幾度も貫かれ、【敷島】の構成員たちは原型すら留めぬ惨めな肉塊と成り果てました。それと時を同じくして、清さんの悲しい演奏会も終わりを迎えました。

四方八方へと飛び去ってゆく蝶の群れに対し優雅に一礼すると、清さんは私の方へと向き直り、装束が母の身から流れ出た血で汚れることも厭わずその場に腰を下ろし、私と目線を合わせました。

「……直ぐにお兄さまが手配した、本家からのお迎えが来ます。もう大丈夫ですよ、亜也子ちゃん」

「う……あっ……き、よ……ちゃ……」

何か返事をしようと試みるのですが、掠れた声が唇の隙間から漏れ出るのみで、何も返すことが出来ません。恐らくですが精神的なショックが大き過ぎて、身体の防御機構が本能的に作動していたのだと思います。

ふと、柔らかな温もりを感じました。我に返ると、清さんが啜り泣きながら私の身をそっと抱き締め、私を安心させるように涙声で同じ言葉を繰り返し、繰り返し呟いていました。

──大丈夫……大丈夫だよ、と。

それまで堰き止められていた感情という名のダムが決壊し、愛する家族や何時も自分に優しくしてくれた巫女さんたち、そして仲の良かった····を喪ったことへの悲しみが、全てを飲み込む濁流となって一気に押し寄せてきます。

私は声を上げて泣きました。顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにし、清さんの胸に顔を埋めて慟哭しました。滂沱に次ぐ滂沱を繰り返し、声と涙が枯れるまで、清さんの腕の中で泣き続けました。

この日──私は愛する者全てを【敷島】の所為で喪い、天涯孤独の身となりました。

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