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序章 第3話 現人神に招かれて

Author: 輪廻
last update publish date: 2025-12-25 22:34:08

清さんと宗一さん、御陵本家の当主兄妹たちによって救出され、そのまま彼らに保護された私でしたが……やはり目の前で母や····を【敷島】の構成員・秋津に無惨にも殺された精神的ショックというものは大きく、半ば死人同然の状態で無為な時間を過ごしました。

食べ物も水も喉を通らず、ふとした拍子に怨敵・秋津が母や····を惨たらしく殺害する光景がフラッシュバックしては、錯乱を起こして暴れ回り、物を激しく散らかした後、その場で蹲り嘔吐する。そして、異変を察知して駆け付けてきた清さんや宗一さんに抱きしめられ、彼女たちの腕の中で、大きな声を上げて泣く。

そんな悪夢のような日々が、二ヶ月も続きました。宗一さんも清さんも、何か有効な打開策はないものかと、日夜思案している様子でした。

如何に宗一さんや清さんが"日ノ本の裏御三家"の中でも上位に位置する存在とはいえ、他者の心の痛みまで肩代わり出来るわけではありません。

そうして──

悩みに悩み抜いた末、宗一さんが一つの解を見出しました。決して最善とは言い難い、けれども死人同然の私を正気に戻し、生きる活力を与える最短の道。

そう、それは──私の心に刻まれた過日のトラウマを、より恐ろしい存在と遭遇させることで半ば強制的に上書きする、というショック療法。一種の荒療治でした。

ある日──

私は宗一さんと清さんに連れられて、私が入院している病院の近くにある、小洒落た喫茶店へと足を運びました。

宗一さんは初めて会った時と殆ど変わらぬ黒のスーツ姿でしたが、清さんは見慣れた和服姿ではなく、珍しく洋服を身に付けていました。無地の白いブラウスの上からこれまた無地の黒いカーディガンを羽織り、紺色の膝丈スカートからすらりと伸びた細い脚には、裏起毛の黒タイツと黒い革靴を履いていました。

装飾も何もない無地で目立たない服装の筈なのに、清さんが着ると途端に"深窓の令嬢"という言葉が良く似合う清楚な雰囲気を醸し出すのは、やはり清さんが幼いながらも他の追随を許さぬほどに、神秘的で綺麗な容姿の持ち主だったからなのでしょう。

私は清さんのお下がりの服を借りていましたが、きっと酷い有り様だったと思います。肌から血の気は失せ、目の下には隈があり、虚ろな目をしてぼんやりと、何処か遠くを見つめている。その様は喩えるなら、まるでホラー映画に出てくるゾンビのような……或いは、精神異常者でしょうか。兎に角、生者には見えなかったことでしょう。

清さんに手を引かれ、店内へと足を踏み入れると、若いウェイトレスの女性がにこやかな笑みを浮かべながら、私たちを出迎えました。

「──いらっしゃいませ。何名さまですか?」

ウェイトレスがそう尋ねると、宗一さんは一拍間を置いてこう答えました。

「──四名」

「……四名さま、ですか?」

「後から····来る予定で、ね。席は一番日当たりの良いテーブル席で頼む」

「畏まりました。どうぞ、此方へ」

ウェイトレスは少し怪訝そうに眉をひそめましたが、直ぐに元の笑顔に戻ると、私たちを一番日当たりの良いテーブル席へと案内しました。

注文を終えて一息つくと、宗一さんは自らの手首に付けた腕時計をちらりと見やります。落ち着いた雰囲気の店内にはボブ・ディランの曲が流れており、私の隣に座っている清さんは目を閉じて旋律に耳を傾けていました。

店内に異変が起きたのは、注文したメニューがテーブルの上に配膳されたのとほぼ同時でした。

来店を報せるベルの音……それが耳に届き、私は入り口へとぼんやりと、それこそ何となく視線を向けました。

そして──そこに佇む一人の男を見て、恐怖のあまり言葉を失いました。

「──ひっ……!」

後悔先に立たず、とは正にこのことを言うのでしょう。決して見てはならぬものを見てしまった……だと言うのに、それから目を離すことが出来ないのです。

開かれた店の入り口……そこに立っていたのは、宗一さんと同じくらいの背丈と思しき壮年のスーツ姿の男性でした。

いえ、外見的な年齢は実際のところ宗一さんと然程変わらないかもしれません。白髪混じりの黒髪であること以外、顔立ちは宗一さんと··変わりませんでした。

殆ど……ええ、見た目は殆ど白髪混じりになった宗一さんです。明らかに宗一さんよりも鋭い目付きと、清さんの右目と同じく煌々と輝く翡翠色の瞳を除けば、ですが。

しかも、右の瞳だけが翡翠色をしている清さんとは異なり、その男は両の瞳とも翡翠色をしていました。瞳の奥には氷を彷彿とさせる冷たい光を宿しており、口元には薄らと笑みを湛えています。

ですが、私が本能的に彼を恐れた理由は決して、外見などではありません。他にもっと、ちゃんとした理由がありました。

それは──彼がその身に纏う異様な雰囲気でした。

そう……彼の周囲の空間は、背後が異次元にでも通じているのかと錯覚するレベルで明らかに歪んでおり──痩せ細った無数の黒い影が彼に纏わりついて、悪口雑言が可愛く思えるほどの呪詛の数々を吐き連ねていたのです。

男が、私たちのいるテーブル席へと歩を進めます。コツコツと革靴を履いた足音が響く度、心臓が破裂せんばかりに激しく鼓動を刻むのを感じました。

やがて──男は私の目の前まで来て、対面の席に腰を下ろすと、私を見つめたまま開口一番こう尋ねてきました。

「──私が怖いか? 神谷《かみや》 亜也子」

私は小さく身を震わせながら、操り人形のようにこくこくと頷くことしか出来ませんでした。

怖い──それは私が男に対して抱いている、嘘偽りのない感情でした。初対面で私の名前を言い当てたのもそうですが、それより何より恐ろしかったのは……先述した、彼がその身に纏う雰囲気でした。

彼の周囲だけ、明らかに空間が歪んでいる……このような人間を、私は生まれて初めて見ました。いえ……最早、人間と呼べるのかさえ怪しいほどに、彼は異質でした。

男は駆け寄ってきたウェイトレスに宗一さんたちの連れであることを伝え、珈琲だけを注文します。その間も、目だけはしっかりと私を捉えており……それが余計に、私の心の奥底に眠る根源的恐怖を呼び覚ましました。

嗚呼……彼はこれまで、一体どれほどの人の生命を弄び、そして奪ってきたのだろう。百人か、千人か。或いはそれすら優に超えるか。少なくとも、【敷島】の秋津すら比にならない数の人命を、彼は今日に至るまで息をするように容易く奪ってきた。それだけは確かでした。

「……お前が今何を考えているのか、当ててやろうか。この私がこれまで一体、どれほどの人間をこの手で殺してきたか……だろう?」

「ひっ……!」

考えていることを、的確に当ててくる……それも、薄らと笑みを湛えたまま、で。思考が相手に筒抜けというのは、これほどまでに恐ろしいものなのかと、この時私は幼いながらにひしひしと痛感させられました。

「……当ててみろ。百人か、千人か。或いは万すら優に超えるか。さて、どうだろうな?」

「……伯父上。そこまでにしてあげて下さい。亜也子ちゃんが、伯父上を見てひどく怯えております」

清さんが窘めると、男は少しだけ表情を和らげながらもやんわりと反論しました。

「……この子供を正気に戻したいからこうしろと、私に言ったのは他ならぬお前の兄だが。お前は、それでも止めろと私に言うのか?」

「それでも、です。荒療治にも限度が御座います」

「ふむ。まぁ……他ならぬお前の頼みとあれば、聞かない訳にもいかないか」

御堂《みどう》 清治《きよはる》……それが、男の名前でした。悠久の時を生きてきた……一部の間で、まことしやかにそう囁かれている現人神《うつしおみ》。清さんたちと同じく、"日ノ本の裏御三家"と呼ばれる一族に属しており、その中の一つである御堂一族の本家当主。

現人神の異名に恥じぬ力の持ち主であり、正規軍を持たぬ日本国が他国から侵略されない理由。一部からは、核にも優る抑止力とまで言われているそうです。

そんな彼が私に会いに来たのは、宗一さんから荒療治に協力して欲しいという要請があったからでした。

数多の人命をその手で奪ってきた清治さんならば、その身に纏う·という名の根源的恐怖で以て、私の心に深く刻まれた過日のトラウマを容易に上書きすることが出来るだろう。

初めて会った時、清さんと一緒に····と触れ合う私を見て、私が普通の人間ではないと確信していた宗一さんはそのように考え、そして今回の荒療治を実行に移したのでした。

──良くも悪くも、それは効果覿面でした。

半ば生を諦めていた私でしたが……清治さんを一目見ただけで、日常の至る所に潜んでいる·という名の根源的な恐怖を思い出すことが出来ましたから。

死への恐怖を思い出すことで、生への執着は増します。宗一さんが期待していた通りの効果が、私に表れたと言えましょう。清さんは荒療治以外の方法はなかったのかと、やや不服そうでしたが。

「……で、お前が例の子供か。【敷島】の連中に殺されそうになっていたところを、清が助けたとかいう」

運ばれてきた珈琲を優雅に嗜みつつも、目だけは私をじっと捉えて離さぬまま、清治さんは穏やかな声音で問うてきます。幾分か態度は軟化しており、身に纏う雰囲気もかなり穏やかになりましたが、先刻の恐ろしい姿がどうしても脳裏を過ぎってしまい……私は中々、言葉を発することが出来ません。

そんな私のことなどお構いなしに、清治さんは言葉を続けます。

「……そうそう、お前の今後についてなんだが。お前を保護したそこの兄妹がどうしてもって言うんでね。このまま御陵本家に迎え入れる方針だ。まぁ……御陵本家の一員に加えるかどうかは、お前の選択次第だけれども、ね」

「……選、択……?」

「そう、全てはお前の選択次第。お前がこれから何をしたいのか、何を目標にして生きてゆくのか。そのために必要なことは何か。たとえばの話、お前が両親や····の仇を取りたいと願ったとする。そうなると主犯格の、特務機関【敷島】所属の一尉・秋津 日向を討つことが最大の目標になるだろう。そのためにお前がすべきことは何か。秋津に打ち勝てるだけの力を得ること。力を得るには何が必要か。それは己を磨くことだ」

清治さんは詩でも諳んじるかの如く具体例を挙げた後、自身や清さんたちが属する"日ノ本の裏御三家"について、私に簡潔に説明してくれました。

一つ──裏御三家は千年以上の歴史を持つ巫の一族であること。

一つ──裏御三家を構成するのは御堂、御陵、御門《みかど》の三家であること。

一つ──裏御三家に属する巫たちに与えられし主な任務は、日本各地に封印されている·······の調査と、調査対象が天災級の力を持つ上位神格且つ人類に対し明確に敵対的な意思を示した場合、これを実力行使で鎮めること。

一つ──裏御三家とその傘下にある組織は、大日本帝国の復活を画策する特務機関【敷島】と敵対していること。

一つ──裏御三家には、日本国憲法を始めとする日本国のルールの一切が通用せず、たとえば殺人を犯したとしても全て事故や自殺として処理され、事実を揉み消すことが容易であること。

「──と、これだけ聞けば良いこと尽くめのような気がしなくもないが、当然幾らかの不利益も生じる。まず、裏御三家所属者の生命は鳥の羽のように軽い。そもそも調査の対象になる·······は十中八九、天災級の力を持つ上位神格で、人類に対し敵対的。お前がこれまで触れ合ってきたような下級の奴らとは訳が違う」

それに加え、任務中に特務機関【敷島】との交戦で命を落とすことも充分に有り得る話である。その理由は任務の性質上、どうしても【敷島】関係者との遭遇は避けられないため。生命が鳥の羽のように軽い、と表現したのは、どうやらそれが理由のようでした。

「それでも構わないと言うのなら……私は止めない。快くお前を一族の一員として迎え入れるし、この場にいない御門家の奴らにも便宜を図ってやる」

お前を一族の一員として迎え入れる以上、お前には将来的に巫として、文字通り粉骨砕身の働きをしてもらう。我々は慈善団体などではない。我々がお前を一族に迎え入れたことを、決して失望させてくれるなよ──清治さんが淡々と紡ぐ言葉の端々には、そのような意図がこれでもかと含まれていました。

「──で、お前はどうしたい? 全てはお前の選択次第。殺された両親の後を追って死を選ぶか、それともこれまでの自分と名を捨て、裏御三家の人間として新たな人生を歩むか。前者なら薬物注射で安楽死させてやるし、後者ならお前に新しい名前をくれてやる。好きな方を選べ。但し後悔はしないよう慎重に、な」

五歳の子供に何て酷な選択を強いるのか、と憤る人も居るのでしょうが……ここまでの清治さんの説明を聞いて、私は既に心に決めていました。

「私は……裏御三家? に入りたい。お母さんやお父さん、巫女さんたちに····……皆を殺した秋津って人を許せないし、その人がいる【敷島】も許せない。それに何より……清ちゃんや宗一さんに助けてもらったのに、何もお礼が出来ないまま死ぬのは、嫌だから」

「……そうか。それが、お前の選択か」

私の拙い決意表明を聞くと、清治さんは半ば呆れた様子でふっと笑いながら、懐から一枚の紙を取り出して私にそっと手渡しました。

隣に座る清さんに促され、恐る恐る紙を開くと──そこには書道家顔負けの綺麗な筆跡で、こう書いてありました。

──御陵 奏《かなで》。

それが私に与えられた、新しい名前でした。

「みささぎ……かな、で……みささぎ、かなで……」

何度も何度も、噛み締めるように新しい名を呟く私に対し、清治さんはそっと手を差し伸べながら、苦笑混じりに歓迎の意を告げました。

「御陵 奏──御堂本家の当主として、お前を歓迎しよう。ようこそ……"日ノ本の裏御三家"へ」

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Comments (2)
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輪廻
いらっしゃいまし( ・ω・)っ旦~ 確かに両者ともB級ホラーで何か変なもの作りますよねぇ……( ˙꒳​˙ )タスカニ
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狼駄
狼駄です。 大日本帝国軍とナチス・ドイツなら神話めいた話が現実を帯びて書けそうですね。
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