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第2話

Author: あうやら
友恵は円香を抱き起こした。

「あなたは玖島家の功労者なのよ。こんな目に遭わせてはいけないわ。さあ、立って」

円香はしおんを抱きしめたまま、ゆっくりと立ち上がった。

「ありがとうございます、友恵さん」

「友恵さんなんて言わないで。お義母さんと呼びなさい」友恵は円香に向かって微笑んだ。

「しおんもこんなに小さいし、あなたもこんなに体が弱いの。文人と離れて暮らすなんて無理よ。私が決めた。今日からみんなで一緒に住みなさい」

「でも……」円香は唇を噛み、申し訳なさそうに私に視線を向けた。

「葉月さんは、私を受け入れてくれないみたいです」

「あんな女は、放っておきなさい!」

友恵は冷ややかな目で私を射抜いた。

「葉月。不満があるなら、さっさとこの家を出て行きなさい!」

「母さん、やめてくれ。葉月は俺の妻だ」文人が口を挟んだ。

彼は私の肩を支え、頬に残る平手打ちの痕を見てため息をついた。

「君が早く頷いてくれれば、こんなに痛い思いをせずに済んだのに」

私は文人をまっすぐに見つめた。

制服からウェディングドレスまで、私たちは人生で最も輝かしい十年間を共に歩んできた。

学生時代、私は図書館で夜遅くまで勉強する彼に付き添い、彼は私が各社の採用面接を回るのを支えてくれた。

文人は親の財産を食いつぶすだけの御曹司ではなく、自らの努力を重んじ、私のキャリアも応援してくれた。

卒業前に大手企業への内定が決まった時は、彼は私以上に喜び、すべての友人を呼び集め、市内で予約が難しいレストランを貸し切って祝ってくれた。

社会人になってから、私の父・大間裕次郎(おおま ゆうじろう)が癌と診断された。裕次郎が息を引き取る前、文人はその病床の傍らで膝をつき、私にプロポーズしてくれた。

彼は私の手を握り、裕次郎の前で誓った。

「葉月を一生愛し、守り、尊重し、理解し続けることを誓います。

お義父さん、どうかご安心ください」

結婚後もずっと幸せだった。唯一の心残りは、子供がいないことだけ。

私が自分を責めて落ち込むたびに、文人は私を抱きしめて慰めてくれた。

「大丈夫だ。子供がいなくても、俺たちは幸せになれる。

葉月、君が申し訳なく思う必要なんてないんだ」

彼の誓いを思い出し、かつての慈しみを振り返ると、涙が滝のように溢れ出した。

――私たちは、あんなにも愛し合っていたはずなのに。

それなのに、今はどうだ。

私はしおんに視線を向けた。文人が私を欺き、円香と密会を重ねていた日々を思い出した。

――彼はまだ私のことを愛しているのだろうか。

意識が遠のき、あまりの心の痛みに耐えきれず、私はそのまま気を失った。

……

目が覚めると、円香はすでにしおんを連れて家の中に入っていた。

「気がついたか?」文人はベッドの脇に座り、私に告げた。

「使用人が急用で休みを取ったんだ。葉月、数日間、円香としおんの面倒を見てくれないか」

私は目を見開いた。「……今、何て言ったの?」

聞き間違いかと思った。彼が私にそんな仕打ちをするなんて、想像もしていなかったからだ。

――私こそ、彼の妻なのよ。

文人は私の手を握り、反論を許さぬ口調で続けた。

「使用人が戻ってくるまでの間だけでいいんだ。ずっと続くわけじゃない」

周囲を見渡すと、自分が使用人用の狭い部屋に寝かされていることに気づいた。

文人は私の視線に気づき、説明した。「しばらくの間、ここで寝起きしてくれ。その方が、夜中にしおんが泣いた時にすぐ世話ができるだろう?」

私は何も言わなかった。

――もう、何を言えばいいのかわからない。

ただ立ち上がり、カバンを掴んで外へ出ようとした。

文人がそれを遮った。「葉月、どこへ行くんだ?」

「仕事よ」私は答えた。

「私にはまっとうな仕事があるの。誰かの世話をしてあげる暇なんてないわ」

すると、文人は言い放った。

「会社には、俺が君の退職届を出しておいた」

私は耳を疑い、信じられない思いで彼を見つめた。

――ようやく昇進したばかりなのに、文人は勝手に私のキャリアを終わらせたのだ。

どんな立場でそんなことを?

「あの仕事は、どのみち辞めることになるんだ。俺らには子供ができた。母親が常にそばにいて教育する必要があるのに、仕事に行ってる時間はないだろう。

使用人がいない今の時期はちょうどいい。子供の世話に早く慣れるためのリハーサルだと思ってくれ」

私の声は震えた。「しおんは私の子供じゃない。文人、あなたと別の女との間にできた子供よ。どうして私が世話をしなければならないの?」

「葉月、自分の子供だと思って接してくれ」文人は言った。

「俺を信じてくれ。しおんがもう少し大きくなったら、円香には出て行ってもらう。そうすれば、君がしおんの母親になるんだ」

涙がこぼれ、私は顔を背けて立ち去ろうとした。

文人は私の手を掴み、声を荒げた。「葉月、目を覚ませ!しおんを受け入れなければ、俺たちの結婚生活は続けられないんだ!

君が子供を産めないことに、母さんはもう限界だ。

俺がこうしてるのは、君と別れたくないからなんだ!」

彼の言葉は真に迫っているが、私には微塵も慰めにならない。

ただ、私の心はさらにズタズタに引き裂かれていった。

それでも私は文人など構わず、振り切ろうとした。

彼は手の力を強め、充血した目で私の肩を掴んで言った。

「葉月、頼むから。落ち着いて俺の話を聞いてくれ。

玖島グループという大きな企業に、跡取りがいないわけにはいかないんだ。俺はそのプレッシャーをずっと一人で背負ってきた。もう、限界なんだよ」

「なら、背負わなければいいじゃない」私は涙で霞む目で彼を見た。「……離婚しよう」

「離婚」という言葉を聞いた瞬間、文人の表情は苛立ちに染まった。

「葉月、まだ分からないのか?

俺は跡取りも欲しいが、君のことも欲しいんだ!

難しいことにぶつかったら、君は逃げることしか考えられないのか?」

「……だから、私に曽根田の使用人をしろと言うの?」私は涙を溜めて聞いた。

「私が使用人部屋に住むなら、彼女はどこに住むの?主寝室?」

「違うんだ」文人は少し冷静さを取り戻し、私に語りかけた。

「それは母さんが決めたことだ。彼女はあそこに寝るだけで、俺は彼女に指一本触れない」

彼は私を胸に抱き寄せ、掠れた声で言った。「葉月、愛してる。君はもう、俺のことを愛してないのか?

俺たちはこんなに長い間一緒にいたんだ。こんな些細なことで俺を捨てるつもりか?」

文人の涙が私の肩に落ちた。

その涙の熱さを感じて、私は文人のもがきを悟った。

「お願いだ。家に残って、しおんと円香の面倒を見てくれ。そうすれば母さんの君への印象も良くなる。

俺のため、そして俺たちの将来のために、残ってくれないか?」

私の体は凍りついた。

――この人は、私が十年間愛し抜いた男なのだ。

私たちの婚姻関係を繋ぎ止めるために、彼はこれほどまでに私に縋り、哀願している。

私の心に、文人によってこじ開けられた小さな隙間ができた。

私はそっと目を閉じ、一言だけ告げた。

「……分かったわ」

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