Mag-log in夜更けに雨が降ったらしい。
駅前の小さなビジネスホテルの窓の下。アスファルトには水溜まりができている。私は、雲の切れ間に覗く青空をぼんやりと見つめていた。
昨日、あの料亭を飛び出してから家へは帰らなかった。
あのまま雅臣の待つ家へ帰れるほど、私は強くなかった。
雅臣の隣で笑っていた金城麗華。
私との結婚に対して、「恩がある」とだけ静かに告げた雅臣。
私の声を真似して笑っていた人たち。
どれも目を閉じれば鮮明によみがえってくる。
私はゆっくりとスマートフォンを手に取った。
連絡先を開く。
指が止まった名前は――。
『
音楽学院時代からの親友。
海外の音楽大学へ留学し、卒業後は音声リハビリの研究にも携わっている彼女は、この五年間、一度も私を見捨てなかった。
震える指で発信ボタンを押す。
数回のコール音のあと、明るい声が耳に届いた。
『彩羽!?』
その一言だけで胸が熱くなる。
私は小さく息を吸い、掠れた声を絞り出した。
「……珠理奈」
それ以上は続かなかった。代わりに涙が溢れる。
電話の向こうの珠理奈は何も急かさず、静かに待っていてくれている。その優しさが、今はいつも以上に私の胸に沁みた。
『無理に声を出さなくていいわ。文字でも会話はできるもの』
その言葉に私は軽く頷き、スマートフォンを耳から離す。そして、震える指でメッセージを打ち始めた。
【もう、迷わない】
そうメッセージを送信すると、数秒もしないうちにビデオ通話へと切り替わった。向こうは夕方なのだろう。彼女の後ろにある窓からは西日が差し込んでいる。
『本当に?』
瞳を丸くする珠理奈に、私はゆっくり頷いた。そして、もう一度文章を送る。
【うん。歌を取り戻したい】
珠理奈は画面越しに私のメッセージへ視線を落とした。
画面いっぱいに映った珠理奈の目がみるみる潤んでいく。
『……待ってた』
小さく呟かれた珠理奈の言葉に、こちらまでまた涙が溢れてしまう。
『私、ずっと待ってたんだからね。彩羽』
珠理奈は指で涙を拭いながら、まるでデコピンでもするかのように指をカメラに近付けてくる。私は少しだけ笑いながら、頷き返した。
『研究センターの受け入れも、先生との面談も、全部いつでも行けるように準備してあるの。彩羽が「行く」って言ってくれる日を信じてた』
五年間、私が立ち止まっている間も、珠理奈だけは私の未来を諦めずにいてくれていた。
「……ありがとう……」
掠れた声でそう伝える。珠理奈は涙を拭き、呼吸を整えながら「いいのよ」と笑う。
『日本にいる知人に彩羽を研究センターまでサポートするようにお願いするわ』
連絡しておく、と言ってくれた珠理奈に私は頷く。
『彩羽も知っている人よ。きっと驚くと思う』
画面の向こう。珠理奈がニヤニヤしだして、私は首を傾げた。一体誰だろう? と共通の知人を思い出してみるけれど、パッと思いつかなかった。
【一体、誰なの?】
私はそう珠理奈にメッセージを送る。珠理奈は口元をニヤつかせたまま、
『その日までの秘密。楽しみにしていて』
と、イタズラっ子のような口調で言うだけだった。本当に教えてくれるつもりはないらしい。昔からユーモアに溢れ、他人を楽しませることが好きな珠理奈だ。きっと本当に私があっと驚くような人に頼むつもりなのだろう。
私は笑って【分かった。楽しみにしているわね】と打ち込み、送信した。
そして、ふと、これからのことが頭を過る。私は雅臣と離婚するつもりだ。「恩があるから結婚した」という彼を、これ以上縛っておくつもりはない。
それに……雅臣には『本当に愛している人』がいる。それなのに彼の隣にいられるほど、私は強くない。これ以上、傷つきたくない。
【珠理奈。もしよければ、弁護士を紹介してくれないかしら】
離婚をするなら、話し合わなければならない。けれど、ひとりでは不安だ。まさか自分が離婚するなんて思ってもいなかったから、手続きで必要なことなど知らないことも多い。
毒入りのお酒を飲んでしまったとき、「弁護士が必要であれば紹介する」と珠理奈は言ってくれていた。だから、もし紹介してもらえるなら、とてもありがたい。
私からのメッセージを見た珠理奈は少しだけ眉を寄せた。
『弁護士? あのお酒の件は何もしないって――』
【夫との離婚を考えているの】
そう素直に送ると、珠理奈は少しだけ驚いたように瞳を揺らした。そして、眉を下げ、その瞳を閉じる。
『そうなのね。分かったわ。良い弁護士を紹介する』
私は画面を見つめる。
『一人で抱えなくていい。離婚のことも、全部プロに任せよう』
私は静かに目を閉じた。そして、
「……ありがとう」
と、音の乗らない掠れた声を紡いだ。
◇
珠理奈からの紹介はとても早かった。
翌日の昼前、私は弁護士事務所をあとにした。
バッグの中には、一通の離婚届と離婚協議書。
桜小路家の財産はいらない。慰謝料もいらない。
私が取り戻したいものは、そんなものじゃない。
学生時代、何度も読み込んだ楽譜。
母との写真。
そして、私自身の人生。
私は静かに桜小路家へ向かった。
荷物をまとめるために。そして、雅臣と離れるために。
「彩羽」
玄関へ続く石畳を歩いていると、不意に後ろから名前を呼ばれた。
振り返るとそこには、スーツ姿の雅臣が立っていた。
どこか疲れたような顔をしている。
「昨日はどうして帰ってこなかった?」
穏やかな口調。けれど、その奥には珍しく責めるような響きが滲んでいた。
私はバッグを握り締める。そして両手をゆっくり動かした。
『どうして、止めてくれなかったの?』
雅臣は少し困ったように笑う。
「……昨日のことか。あいつらも少し言い過ぎたとは思う。でも、麗華は最後まで君を責めなかっただろ?」
小さく息を吐き、雅臣は続ける。
「それなのに、いきなり指輪を投げつけるなんて……彩羽らしくない」
私は静かに雅臣を見つめる。
「みんな悪気があったわけじゃない。酒も入っていたし……。君も少し落ち着こう。感情的になると、辛い思いをするのは彩羽なんだから」
その瞬間、胸の奥が、すっと冷えていった。
ああ。やっぱり。この人は何も分かっていない。
私が傷付いたことじゃない。
私が泣いたことでもない。
この人が見ているのは、私が『騒ぎを起こした』という事実だけ。
話をしても無駄だとその場を離れようとしたときだ。ふわりと腕を掴まれ、抱き寄せられる。
「ごめん。昨日はちゃんと君の話を聞くべきだった」
雅臣は昔と変わらない優しい目で笑い、私の顔を覗き込む。
「だから今日は、少しだけ俺に付き合ってくれ。まだ何も食べてないだろ?」
まるでご機嫌でも取るかのような声のトーン。「体調もまだ戻っていないだろうし、食事をしながら、ゆっくり話そう」
そして、拒絶する理由を与えない優しさ。
その優しさに、私は何度も救われた。
でも、今日は違う。
私はバッグの中へそっと手を入れた。
離婚届の角が指先に触れる。
もう迷わない。私は小さく頷いた。
離婚について、切り出すために。
◇
案内された席へ座ると、雅臣は慣れた様子で料理を注文していく。
「ここの魚料理、美味しいんだ。それと、この前菜も」
しばらくして、テーブルいっぱいに料理が並んだ。
どれも、雅臣が好きなものばかりだった。私が好きなものはひとつもない。
私はゆっくり拳を握る。
五年間も私の傍にいたのに。食事だって数えきれないくらい一緒に食べてきた。
それなのに、雅臣は最後まで知らなかった。
私が何を好きで、何が嫌いで、何を夢見ていたのか。
私はゆっくり顔を上げ、雅臣を見つめる。
――もうこれ以上、一緒にいるのは傷つくだけだ。
喉が震え、掠れた空気が漏れる。
「……ま……さ、おみ」
雅臣が驚いたように顔を上げた。
「……私と……離婚してください」
私は震える声で、精一杯言葉を紡いだ。ホテルのスタッフが私の前へ飲み物を置く。「桜小路さま。お飲み物をお持ちいたしました」 一瞬、テーブルの空気が止まった。 周囲の招待客が、不思議そうに私と雅臣を見比べる。「『桜小路』というお名前なんですね」 一人の男性が穏やかに笑った。「偶然とは珍しい。もしかして、お二人はご親戚ですか?」 その問いに、雅臣の視線が私へ向く。 鋭く。 真っ直ぐに。 ――言うな。 その目だけで、十分伝わった。 空気を読め。 余計なことは話すな。 圧をかけるように、雅臣の視線がそう言っている。 けれど――私はもう、雅臣の妻でいるつもりはない。 筆談用のノートを取り出そうとして、ひとりひとりに読んでいただくのも申し訳ないと思い、私は静かに微笑んだ。 そして、小さく息を吸い込み、ゆっくりと口を開く。「……いいえ」 掠れた声が、静かな会場に溶けていく。「私たちは……夫婦でしたが、もう、離婚しております」 誰もが息を呑む気配がした。 私は続ける。「今は……旧姓に、戻っているのですが……少し連絡が行き違いになってしまったようですね。今日は、白鳥さまにご招待されて来たので、まさか彼がいるとは思いませんでした」 くすりと、軽いトーンにするためにわざと笑い混ぜる。 その言葉は確かにこの場へ落ちた。 私の言葉に、雅臣の表情が一瞬で曇るのが見えて、私は少し目を細めた。「彩羽……」 信じられないものを見るような目で私を見ている。 私はその視線を受け止めることなく、小さく頭を下げた。「皆さま、ご説明が遅くなり、申し訳ありません」 すると周囲の招待客も事情を察したのか、それ以上その話
晩餐会が始まると、会場はさらに華やかな空気に包まれた。 グラスが触れ合う澄んだ音。穏やかな笑い声。 芸術や音楽について語り合う人々の姿が、あちらこちらに見える。 私は凛さんの隣に立ちながら、その様子を静かに見つめていた。 ほどなくして、一人の紳士が凛さんの前へ歩み寄る。「白鳥先生、お久しぶりです」 凛さんは柔らかく微笑み、両手をゆっくり動かした。凛さんは相手の口元から何を言っているかは読みとることができると教えてくれた。 だから今からの私の仕事は、凛さんの『言葉』を相手に届けること。【お久しぶりです。お元気そうで安心しました】 私はその手話を見つめ、小さく息を吸う。「『お久しぶりです。お元気そうで安心しました』と仰っています」 掠れた声ではあったけれど、相手にはちゃんと届いたようだ。男性は、「ああ」とその表情を明るくさせ、「ありがとうございます。お蔭様で」 と、嬉しそうに笑った。 それからしばらく、作品の話や海外での個展について会話が続く。 凛さんは穏やかに手話を動かし、私はその意味を丁寧に伝えていく。 すると男性は感心したように目を丸くした。「あなた、手話が分かるんですね」 私は慌てて首を横に振る。 そんな大したものではない。「私は、声が上手く……出せないので……」ただ、自分が話せなくなってから必死で覚えただけだと、できるだけ重くならないように、明るい表情を心掛けて伝える。男性は「なるほど」と感心したように頷いてくれた。そこに、私が今まで受けたような同情の色はなく少しだけ驚く。【彩羽さんは、とても素敵な通訳さんなんです】 凛さんが笑いながら手話を動かす。 男性が「今は何と?」と尋ねてくれたので、私は照れながら、その言葉をそのまま彼女の声の代わりに伝えた。 男性は大きく頷く。「いやぁ、本当ですね。こ
私は奏介くんに優しく背中に手を添えられながら、奏介くんと絃ちゃんとともに会場の中へと足を踏み入れた。 天井には幾重にも輝くシャンデリアが眩い光を放っている。 壁には国内外の画家による絵画が飾られ、柔らかなクラシックの生演奏が静かに流れていた。 まるでお伽噺の舞踏会にでも来た気分だ。あまりに美しい光景に、口からは感嘆の溜息が零れる。「絃、今日はお前が彩羽先輩についてやっててくれ。俺は少し挨拶で色々回らなくちゃいけなくて、ずっとはいられないから」「うん、もちろん。任せて!」 そう言うと、奏介くんは私に「それじゃあ、またあとで」と微笑み離れていく。 絃ちゃんに案内されながら、会場を見渡せば、テレビや雑誌で見たことのある芸術家や企業家の姿があった。 本当にすごい場だと、社交界にそこまで詳しくない私でも分かる。緊張で自然と背筋が伸びた。「彩羽さんの席は、こちらです」 絃ちゃんが私を案内した席は、会場の最前列。そして、中央に近い場所だった。私は思わず足を止めた。私なんかがこんな素敵な場所に座っていいのだろうか。周りに座っている方たちも皆、招待客の中でも特に重要そうな方たちばかりだ。 戸惑いおろおろとしてしまう私に、絃ちゃんが私の心の中を理解してくれたようで、くすりと笑った。「当然ですよ!」 そう言って私の腕を軽く引く。「彩羽さんは白鳥家の大切なお客様なんですから!」(大切……) 私は心の中でその言葉を繰り返す。 さっき、奏介くんも雅臣たちに同じことを言ってくれていた。 胸の奥が、くすぐられるような感覚。(社交辞令だったとしても、嬉しいわ……) 私はそっと噛み締めるように微笑み、絃ちゃんに促されながら静かに席についた。落ち着かない心地だけれど、それもまた悪くないかもしれないと思いながら。◇「来てくださってありがとう。」 優しい声に振り返る。
どうして雅臣と金城麗華が、この場所に――。 その瞬間、不意に金城麗華がこちらへ顔を向ける。 そして、私を見つけると、勝ち誇ったように雅臣の腕へさらに身体を寄せた。艶やかな赤いルージュが光るその唇が、ゆっくりと弧を描き、私の心臓は大きく脈打った。「……彩羽?」 そんな金城麗華の仕草に気付いたのだろう。雅臣が振り返り、私の姿に気付いた途端、その目が大きく見開かれた。 驚いたように私を見つめたあと、その視線は私のドレス姿へと移った。雅臣の目が、頭の先から足の先までを見るように動く。そして、普段とは違う装いに、一瞬だけ言葉を失ったように見えた。「彩羽。どうしてここにいるんだ?」 雅臣が声をぐっと潜めるように低くし、問い掛けてくる。その響きには驚きと困惑が混ざっていた。 奏介くんは、誰かに呼ばれて先に会場の中に入ってしまった。簡単に雅臣に説明して、私も早く中に。 そう思い、手話を使おうと手を軽く上げたときだ。 私の『言葉』を遮るように、麗華が柔らかな笑みを浮かべながら一歩私に詰めた。「彩羽さん、ごめんなさいね」 細められる瞳。私は、その言葉の意図がすぐには分からず、自分の眉が少しだけ寄せた。「今日、雅臣は、大切なお客様とお会いする予定なの」 麗華は困ったように微笑む。「お相手の方だって、同席する女性がまともにお話できたかったら……お困りになるでしょう?」 申し訳なさそうな表情と声のトーン。「だから、私が少しだけ付き合っているだけなの」それなのに、私に向けられるその瞳だけは愉しそうで……。「少しだけお借りしているだけだから、そんな風に怖い顔なさらないで?」 麗華は私の両手を包み込むように取った。「だって今日、雅臣は大切なお仕事で来ているのよ? こういう場所で揉めてしまったら、雅臣も困ってしまうわ」 そう紡ぐ麗華の声のボリュームが少しだけ上がった。まるで、周りにわざと全てを聞かせるように。麗華の高い声はよく通る。そのせいで、周囲の視線が私たちに向けられ始めている。「そそんな大切なお仕事の日に、わざわざ追いかけていらっしゃるなんて……。奥様である彩羽さんのお気持ちも分かりますけれど……」 その言葉を聞きながら、私は静かに息を吐いた。「私はただ、声が出ない彩羽さんの代わりに雅臣の力になりたくて来ただけなのに……」 まるで、私が
朝日がレースのカーテンを柔らかく透かしていた。 私はまだ荷物の片付けが終わっていない部屋を見渡す。 段ボール箱は壁際に積まれたままで、家具は最低限しかない。 それでも、この部屋は不思議と居心地がよかった。 誰かのためではなく、自分のための場所。 それだけで、胸の奥のおもりが減って、少しだけ軽くなる。 テーブルの上に置いていたスマートフォンが何かの通知で震えた。 画面を開くとそこには、私が家にいないことに気付いた雅臣からのメッセージが何十件も並んでいた。――どこにいる?――帰ってこい。――話をしよう。――今日中には戻れ。 最初はそんな内容ばかりだった。 けれど、時間が進むにつれて、その文章は少しずつ変わっていく。――まだ怒っているのか?――もう十分だろう。――荷物まで持ち出して……いい加減にしろ。――いつまで子どもみたいな真似をするつもりだ。 私は静かに画面を閉じた。 胸はもう痛まない。返信しようとも思わなかった。 もう、伝えるべきことは全部伝えた。 届かなかっただけだ。 テーブルの隅には、昨日、奏介くんのご実家でお母さまからいただいた研究センターの資料が置かれている。 それから、珠理奈が送ってくれた英語試験のためのスクーリングや入学手続きの資料。半年後の留学へ向けたスケジュール。 私は資料を一枚ずつ確認し、小さく息を吐いた。(少しずつでいいから、前に進もう) そのときだった。スマートフォンがもう一度震える。 また雅臣だろうか、とおそるおそる画面を見ると、『白鳥奏介』の文字が表示されていた。 私は慌てて通話を取った。『彩羽先輩、おはようございます』 画面はすぐにビデオ通話へと切り替わった。穏やかな笑顔が画面に映る。 私の頬も自然と緩んだ。
珠理奈から指定されたカフェは、ホテルから十分ほど歩いた場所にあった。 ガラス張りの落ち着いた店。 開店したばかりなのか、店内に人はまばらで、穏やかな音楽が流れている。 私は入り口から、ぐるりと店内を一度見回した。(まだ来ていない……?) パッと見た感じでは、誰かを待っていそうな人は店内にいないようだった。窓際の席に座っていたら分かりやすいだろうかと、足を進めようとしたときだった。「彩羽先輩」 背後から聞こえた懐かしい声に、私の心臓が小さく跳ねた。 ゆっくり振り返ると、そこには、数日前、街で偶然再会した後輩――白鳥奏介くんが立っていた。 学生時代より少し大人びた笑顔。けれど、学生時代から感じていた穏やかな雰囲気は、今日も健在だった。「お待たせしました。今日の約束の相手は、俺です」 しばらく日本にいる予定だとは聞いていたけれど……。 まさか珠理奈が言っていた相手が奏介くんだったなんて。 私は驚きでただただ目を丸くするしかない。「びっくりしました?」 悪戯っぽく笑う奏介くんに、私は何度も頷く。 本当に、驚いた。 すると、奏介くんのスマートフォンが鳴った。奏介くんは通話を取ると、私にも画面が見えるようにスマートフォンをこちらに向けてくれる。『ふふふ。成功だったかしら?』 画面の向こうでは珠理奈が愉快そうに笑っている。「大成功です」 奏介くんも満足気に笑いながら頷いた。『でしょ? 日本にいるなら奏介しかいないと思ったの』「でもこの人、俺から彩羽先輩には絶対言うなって言ってたんですよ」 奏介くんは呆れたように言う。けれどその顔は、なんだかとても楽しそうだ。 そんな二人のやり取りを見ているうちに、思わず私も笑ってしまった。 久しぶりに自然と零れた笑顔だった。『彩羽』 珠理奈が優