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第9話

Autor: ちょうどいい
離婚の調停中、私は仕事を再開した。

心美は、実家がお金持ちの令嬢だ。

とある芸能プロダクションのエースだった上田渉(うえだ わたる)を、なんとスカウトできたのだ。

このトップスターは、ある人気ドラマの脇役で大ブレイクした。

その後も、低予算ながら質の高いドラマに2本出演した。

次々とヒットを飛ばし、渉は演技もできてファン層も広い若手の代表格になった。

心美がいったいどれだけのお金を積んで渉を引き抜いたのか、想像もつかない。

そんな大物を私に任せるなんて、心美が復帰したばかりの私をそこまで買ってくれるとは思わなかった。

私が尋ねると、心美は、神妙な面持ちで私を見つめた。

「もし、一銭もかかってないって言ったら、信じる?」

私は、きょとんとした。

心美は続けた。「瑠奈の名前を出したら、上田さんは二つ返事でうちに来るって動いてくれたの。

でも、さすがにタダってわけにもいかないでしょ?私も鬼じゃないから。だから彼には会社の株を渡して、あなたのお給料も上げたのよ。

上田さんをしっかり育てて、会社を大きくしてくれたら、その時は瑠奈にも株をあげるからね」

社長室を出ると、
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  • 二人が別れたのは、六度目の冬のことだった   第9話

    離婚の調停中、私は仕事を再開した。心美は、実家がお金持ちの令嬢だ。とある芸能プロダクションのエースだった上田渉(うえだ わたる)を、なんとスカウトできたのだ。このトップスターは、ある人気ドラマの脇役で大ブレイクした。その後も、低予算ながら質の高いドラマに2本出演した。次々とヒットを飛ばし、渉は演技もできてファン層も広い若手の代表格になった。心美がいったいどれだけのお金を積んで渉を引き抜いたのか、想像もつかない。そんな大物を私に任せるなんて、心美が復帰したばかりの私をそこまで買ってくれるとは思わなかった。私が尋ねると、心美は、神妙な面持ちで私を見つめた。「もし、一銭もかかってないって言ったら、信じる?」私は、きょとんとした。心美は続けた。「瑠奈の名前を出したら、上田さんは二つ返事でうちに来るって動いてくれたの。でも、さすがにタダってわけにもいかないでしょ?私も鬼じゃないから。だから彼には会社の株を渡して、あなたのお給料も上げたのよ。上田さんをしっかり育てて、会社を大きくしてくれたら、その時は瑠奈にも株をあげるからね」社長室を出ると、渉からラインが届いていた。【この映画の脚本を、引き受けることにしました】渉を担当することになり、私は昔使っていた仕事用のスマホを再び使い始めた。いろんな監督に挨拶をしたおかげで、たくさんの脚本が私の元に届いた。その中から、一本の映画脚本を選んだ。有名な監督で脚本も素晴らしいんだけど、ギャラはそんなに高くなかった。渉は断るだろうと思っていたから、どうやって説得しようか考えているところなのに。前に担当していた人気俳優は、お金が原因で捕まったから。それなのに、渉があっさり承諾するなんて、思ってもみなかった。ふと、心美が前に言っていた言葉を思い出した。彼女はこう言った。「瑠奈と上田さんって一体どういう関係なの?血縁者でもないなら、絶対に瑠奈に片思いしてるってことでしょ」私は、渉という名前を必死に思い出そうとしたけど、どうしても記憶になかった。考えても分からないから、その件は一旦忘れて、目の前の仕事に集中することにした。仕事は順調で、私は忙しさのあまりに、朔のことはすっかり頭から抜けていた。そんなある日、明美から電話がかかってきた。

  • 二人が別れたのは、六度目の冬のことだった   第8話

    「お前に親権はとれない」朔は、間髪入れずに言った。「瑠奈、お前は今ただの専業主婦だ。仕事もないのに、どうやって子供を育てるんだ?裁判所が杏の親権をお前に認めるはずがない。現実を見ろよ、瑠奈。何年も主婦をやってるうちに、世の中の厳しさを忘れたんじゃないか。金なんて簡単に手に入ると思ってるだろ。外に出てみればいい。仕事が見つかるかどうか、給料はいくらかをな。そうすれば、俺に離婚なんて言うんじゃなかったって後悔するさ」朔は言えば言うほど自信に満ちてきて、目が輝いていた。その得意げな様子を見て、私はひとつの結論にたどり着いた。社会は女をだんだん賢くさせるけど、男はますますくだらない生き物になっていくと。私はため息をつき、朔の長々としたスピーチを静かに遮った。「朔、私、とっくに仕事は見つけてあるの」その一言で、朔はぴたりと止まって、信じられないという声で尋ねた。「仕事を見つけたって?いつの話だ?どうして俺が知らないんだ!」私は笑って答えた。「2か月前の話よ。昔の友達が国内で会社を立ち上げることになって、真っ先に私を誘ってくれたの。私が出産したばかりだって知ると、特別に2か月間の有給休暇をくれたわ。それに、杏を育てることについて、そんなに心配しなくていいわ。3年前、私は妊活のために業界を引退したけど、一世を風靡した大人気俳優を育てた敏腕マネージャーだったのよ。稼いだ額も相当なもの。あなたの会社の設立資金も私が出したし、あなたが入江さんにつぎ込んだお金にだって、私のお金が含まれているの。だから、たとえお母さんが手伝ってくれなくても、ベビーシッターを雇うくらいのお金はあるわ。だから、私のことを役立たずみたいに言わないで。どんなに落ちぶれたって、あなたにチャンスを与えたのは私よ。私がいなかったら、今みたいに誰もが『藤本社長』ってちやほやするような立場にはなれなかったんだから」朔は言い返せずに黙り込んだ。彼は助けを求めようと、明美の方を見た。明美は鼻で笑った。「私を見ても無駄だよ。これはあなたたち二人の問題なんだから」そこへ部下から電話がかかってきて、朔は急いで会社に戻ることになった。私は彼の去り際に、離婚届を出しに行く時間を空けておくように言った。朔は目に涙をためて、まるで私が夫と娘を捨てる非

  • 二人が別れたのは、六度目の冬のことだった   第7話

    明美はそばに来て、私の涙を拭ってくれた。「このくらいのこと、泣くものじゃないよ。朔が悪いのはもちろんだけど、彼をちゃんと育てられなかった私のせいでもある。離婚もいいと思うよ。あなたが朔のために仕事をやめるって言ったとき、私は言ったはずだ。若い子はどんどんやりたいことやって、新しいことに挑戦するもんだよ。昔はこの私だって、工場の副工場長までやったんだよ。だけど時代の流れには逆らえなくてね。会社も合併して、大卒の優秀な子たちがたくさん入ってきて、高校しか出てない私は身を引いたんだ。もしあと10歳若かったら、もっと勉強してがむしゃらに働いたさ。今の若い子たちなんか、まだまだ私には敵わないよ。だから、あなたが朔みたいなやつと離婚するって言っても、私は引き止めたりしない。私は、まだピンピンしてるからね。あなたは仕事に専念しな。杏のことは私がみるから。あなたがいい暮らしをしてたくさん稼ぐことが、杏のためにもなるんだ」明美の言葉で、すっと心が軽くなった。難しく考えすぎていたのは、私のほうだった。夫婦なんて、やっていけるならそのまま続けるし、無理なら別れる。ただそれだけのこと。「好き」という気持ちは、まるで迷路みたいに、人の判断を鈍らせる。でも、一度目が覚めれば、この世界には、「好き」という気持ちなんかより、ずっと大切なものがたくさんあると気づける。心を縛っていた幻の迷路は消え去り、目の前の景色がぱっと広がるのだ。次の日。朔は朝早くから明美の家へやってきた。玄関に入るなり土下座して、私はすっかり面食らってしまった。でも、頼りになるのは明美だった。ほうきを手に取ると、朔をバシバシと叩き始めたのだ。実の息子相手に、一切容赦がなかった。「このバカ息子!誰の真似してるんだい?よりによって、父親の真似かい!あなたが6つの時に、あの人は水商売の女と一緒になって消えた。それから私がどれだけ苦労してあなたを育てたと思ってるんだ。ちゃんと学校にも行かせて、まともな人間になるように教えたのに……それが、瑠奈への態度かい?私が何も知らないとでも思ってるのかい。親が生きてたころ、入江さんはお嬢様だった。彼女が少し話しかけてきただけで、あなたは尻尾を振って喜んで、パシリにされてたじゃないか。まるで犬みたいに扱われてさ。あなた

  • 二人が別れたのは、六度目の冬のことだった   第6話

    昔、恋人だった頃も、朔はこんな風に私のことを気遣ってくれたっけ。私と朔が出会ったのは、まだお互い何者でもなかった頃だった。彼の会社は立ち上げたばかりで、私もまだ駆け出しの見習いマネージャーだった。その頃、敏腕マネージャーから売り出し中のタレントを一人、押し付けられた。「あなたの頑張りはちゃんと見ていたから、担当を持たせてあげる」なんて言われて。私はてっきりチャンスだと思ったけれど、実際に関わってみて初めて分かった。そのタレントはファンに手を出した上に薬物までやっているという、とんでもないスキャンダルを近いうちに暴露されることになっていた。事務所は全ての責任を私に被せて、そのタレントの尻拭いをさせることで、損害を最小限に抑えるつもりだった。真実を知った時、私は打ちのめされなかった。むしろ、彼らをまとめて叩き潰してやろうって、ポジティブに動いた。若かった私には、怖いもの知らずの勢いがあったけれど、経験が足りなくて、人間の悪意を甘く見ていた。それでも、崖の上で誰かに背後から突き落とされた瞬間、タイマーでメールを送る設定にしておいてよかったって、心から思った。もし無事に帰れなかったら……そのメールは、ありとあらゆるメディアの受信箱に届く手はずになっていた。裏でこの件を操作できる存在がいくら多くても、芸能界がひっくり返るような大ネタに食いつかないマスコミはいないって、信じてたから。目を閉じて死を覚悟した、その時だった。朔が私の手を掴んでくれた。「諦めるな!しっかり俺を掴め!」朔は山登りが趣味の取引先に顔を売るために、その雑用をしに来たらしい。でも、相手は彼に連絡もせず先に下山してしまったそうだ。夜が更けて、スマホの充電は切れて、道も分からなくなって……朔も死を待つような状況だった。でも、幸いにも、私たちは二人とも助かった。危険な場所で出会って、二人で手を取り合って死を乗り越えた仲だった。なのに、一番穏やかで順調な今になって……朔はもっともらしい理由をつけて、昔の自分を思い出させるような若い女と会っている。過去の出来事が、頭の中を駆け巡る。私は、すがるような目をする朔に向き合った。そして、きっぱりと後ろに一歩下がった。だって、もう目の前にいるこの人は、昔の朔じゃないと分かってしまった

  • 二人が別れたのは、六度目の冬のことだった   第5話

    私としては、いつも通りに、冷静に話したつもりだった。でも、何が朔の気に障ったのかは分からなかった。私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼はひどくショックを受けたような顔つきになった。「スーツケースを返して」と朔に言いかけたその時、突然バスルームのドアが開いた。中から出てきた綾子は朔のパジャマを着ていて、ゆるい首元から白い肩をのぞかせた。彼女はゆっくりと朔に近づき、当たり前のように彼の手にタオルを押し付けた。「朔、髪を拭いてちょうだい。あなたのシャンプー、全然いい匂いがしないわ。使い慣れないから、私がいつも使ってるやつに替えておいて。前にうちに泊まった時も使ってたやつね。いい香りだって褒めてたくせに」綾子は、私が隣で立っているにもかかわらず、朔と二人だけの秘密を口にした。朔はタオルを握りしめて、ハッとしたように私を見て、何かを言いかけた。でも綾子は、そんな朔の様子を無視して、彼の手を自分の髪に持っていった。「早く拭いてよ。パジャマが濡れて、気持ち悪いんだけど」朔はそんな綾子の手を振り払って、慌てて私に弁解を始めた。「触るな!瑠奈、違うんだ、お前が考えてるようなことじゃない。誤解だ」朔にこんな風に扱われることがなかったのか、綾子は目を丸くして彼を問い詰めた。「朔、どういうつもりなの!」でも朔は綾子に目もくれず、私の方へ駆け寄ってきた。その拍子に落ちたタオルを、彼はためらうことなく踏みつけた。その様子を見た綾子は、すぐに涙を浮かべた。いつもは綾子を宝物のように扱う朔も、今の彼にどうでもいい存在にしか見えないようだ。朔は必死に、自分と綾子はやましい関係ではないと訴えかけてきた。「前に綾子が熱を出したとき、どうしても病院を嫌って行ってくれなかったんだ。周りに誰も看病する人がいなかったから、仕方なく一晩泊まっただけなんだ。本当に、何もなかったんだ。瑠奈、聞きたいことがあるなら何でも説明するから」その言葉を聞いて、綾子は我慢ならなかった。「朔、人の心がないのね!自分が何をしたか、忘れたなんて言わせないわよ!」綾子は弱々しく朔の胸を叩いた。その様子は、まるで二人がじゃれあっているようにも見えた。本当は最後まで見届けたかったけど、時計を見て、この茶番に付き合うのをやめることにし

  • 二人が別れたのは、六度目の冬のことだった   第4話

    朔は最近のところ、様子がおかしかった。仕事が終わっても遊びに行かず、杏に絵本を読んであげたり、私のためにご飯を作ってくれたりした。なんだか気味が悪くて、落ち着かない。そんなある日、心美が海外から帰ってきた。私は久しぶりに会う心美と仕事の話を片付けるつもりで、杏を明美に2日ほど預かってもらうことにした。キッチンから出てきた朔が、私が身支度をしているのを見て、眉をひそめた。「どこへ行くんだ?朝ごはん作ったから、先に食べろよ」私は振り向かず、鏡の前で髪を整っていた。「いらない。友達と約束があるから。夜には帰るわ。後で杏をお母さんのところに連れていくから。ちょうど杏に会いたがってたし」朔がこちらに歩いてくる。「どの友達だ?今日は時間があるから、送っていくよ」私は首を振って、その申し出を断った。「相手が迎えに来てくれるから。じゃあ、もう行くね」朔が突然手を伸ばしてきたので、私は反射的にそれをかわした。彼は宙に浮いた自分の手を見て、悲しそうに口の端をゆがめた。「ただ送っていきたいだけなのに、それもダメなのか?瑠奈、俺が一体何をしたって言うんだ?教えてくれよ!」「あなたは何も悪くないわ。本当に、もう行かないと」私は彼の話に興味がなかったし、身支度を急いでいた。そんな態度が朔をさらに怒らせた。彼はしばらく私を見つめた後、ドアを乱暴に閉めて出て行った。私は気にせず、杏を連れて明美の家へ向かった。夜、家のドアを開けると、私の上着を着た綾子が、ソファに座って脚を組み、いちごを食べていた。キッチンから出てきた朔が、私を見て冷たく言った。「綾子の家が水漏れで住めないらしいから、何日か泊めてやることにした」ちょうどその時、綾子がこちらを振り向いた。私は彼女にうなずいて見せた。「いいわよ。自分の家だと思ってくつろいで」綾子は笑顔を作ると、襟元を緩めて鎖骨をのぞかせた。「瑠奈さん、服が濡れちゃったから、朔が貸してくれたの。気にしないわよね?」私はその上着を見て、首を振った。「それは朔が買ったものだし、私はあまり着てないから。あなたによく似合ってるわ」私がなんともない顔をしているのを見て、綾子はさらに調子に乗ってきた。「人気がしないゲストルームって嫌いなの。瑠奈さん、主寝室

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