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第7話

Author: 青いトマト
学長は私と軒也を順番に見比べ、少し沈黙してから、口を開いた。

「陸野さん、あなたと相沢さんに法的な関係がないのであれば、退学手続きの申請は受け付けられません」

その言葉を聞いて、私はようやく胸を撫で下ろした。

軒也はまだ何か言いたげだったけれど、学長がそれを遮る。

「陸野さん、他にご用がなければ、お引き取りください。こっちはまだ仕事がありますので」

それからの日々も、軒也の影は私の周りから消えなかった。

しつこくつきまとわれて、正直うんざりだし、勉強にも集中できなくて成績にも影響が出始めた。

さらに厄介なことに、今度は慧奈まで現れたのだ。

「軒也、お願いだから、家に帰って離婚しようよ!

こんなの嫌だよ、お姉さんの旦那さんを奪いたくなんてない……

私……私は悪い子だよ……」

彼女は軒也の服の端をぎゅっと掴んで、しゃくりあげながら泣きじゃくる。

軒也はそんな彼女を優しく抱きしめ、背中をぽんぽんと撫でながら慰めた。

「慧奈、もう泣かないで。お前のせいじゃないんだ。

さあ、帰ろう。俺が悪かった、お前をつらい目に遭わせてしまって……」

慧奈は涙ながらに、今にも私の前にひざまずきそうな勢いだった。

「お姉さん、ごめんなさい。軒也のこと、怒らないで。私たちのこと、きっと誤解なんだから」

「跪かないでいいの。俺のせいで辛い思いをさせてごめんね。さあ、帰ろう」

そう言いながらも、軒也は私に鋭い視線を投げかける。その視線には、まるで「無駄に騒いで面倒を起こす女」への非難が込められていた。

周りには野次馬の学生たちがどんどん集まり、ひそひそと噂話が飛び交う。

こんな茶番、もう見ていられない。私はくるりと背を向けて、その場を去った。

好きに演じていれば?私はもう付き合いきれない。

やっぱり慧奈はやり手だった。その日のうちに軒也はもう現れなくなった。

私は勉強に没頭し、数学部にも入部した。そこで出会ったのが、古島辰樹(こじま たつき)だ。

背が高くて細身、黒縁メガネがよく似合う。笑うと太陽みたいに明るい。

数学の腕は抜群で、よく私の勉強も見てくれる。

そうしているうちに、私たちはすっかり親しくなった。

やっと平穏な日々が戻ってきた、そう思い始めた頃だった。

軒也からの手紙が、あきれるほどしつこく届き始めた。

【楓花、まだ俺に怒ってる
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