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第7話

Author: 青いトマト
学長は私と軒也を順番に見比べ、少し沈黙してから、口を開いた。

「陸野さん、あなたと相沢さんに法的な関係がないのであれば、退学手続きの申請は受け付けられません」

その言葉を聞いて、私はようやく胸を撫で下ろした。

軒也はまだ何か言いたげだったけれど、学長がそれを遮る。

「陸野さん、他にご用がなければ、お引き取りください。こっちはまだ仕事がありますので」

それからの日々も、軒也の影は私の周りから消えなかった。

しつこくつきまとわれて、正直うんざりだし、勉強にも集中できなくて成績にも影響が出始めた。

さらに厄介なことに、今度は慧奈まで現れたのだ。

「軒也、お願いだから、家に帰って離婚しようよ!

こんなの嫌だよ、お姉さんの旦那さんを奪いたくなんてない……

私……私は悪い子だよ……」

彼女は軒也の服の端をぎゅっと掴んで、しゃくりあげながら泣きじゃくる。

軒也はそんな彼女を優しく抱きしめ、背中をぽんぽんと撫でながら慰めた。

「慧奈、もう泣かないで。お前のせいじゃないんだ。

さあ、帰ろう。俺が悪かった、お前をつらい目に遭わせてしまって……」

慧奈は涙ながらに、今にも私の前
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