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ウェディングドレスのまま婚約者に弄ばれ、私は別の人のもとへ

ウェディングドレスのまま婚約者に弄ばれ、私は別の人のもとへ

作家:  パントウ・ロ完了
言語: Japanese
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概要

一途

偽善

イエスマン

女性の成長物語

イジメ

スカッと

スカッと

切ない恋

ドロドロ展開

三十歳の誕生日の日、七年間付き合ってきた彼氏が「市役所で会おう」と約束を取りつけてきた。 彼はわざわざ、私に印鑑を持ってウエディングドレスを着て来るようにと念を押す。 ところが、約束どおり市役所に姿を現した私を見て、彼は、妙に興奮した笑みを浮かべた。 「ほら、金出せよ。俺が言ったろ?俺の一言で、たとえどんなに恥をかくことになっても、浅川遥香(あさかわ はるか)は言うこと聞くんだって」 私は彼から目を逸らさず、じっと見つめる。 高梨悠人(たかなし ゆうと)は私に向かって軽く眉を上げて、口を開く。 「冗談だってば、遥香、まさか怒ってないだろ?」 私が黙っているのを見て、彼はさらに苛立った様子で言う。 「もういいだろう。結婚すると言ったんだから、ちゃんとするさ。ただ、今じゃないだけだ」 彼の取り巻きの友人たちも、次々とふざけ半分に私をからかい始め、「お前は彼の言いなりなんだから、怒るはずがないだろ」と笑い合った。 腹立つことはない。というのも、今日ここに来た理由は、そもそも彼のためではないからだ。 皆が去って静けさが戻ったそのとき、私はようやく踵を返し、市役所の扉を押して中へ入った。 「ごめん、遅くなった。婚姻届の手続きをしよう」

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第1話

第1話

三十歳の誕生日の日、七年間付き合ってきた彼氏が「市役所で会おう」と約束を取りつけてきた。

彼はわざわざ、私に印鑑を持ってウエディングドレスを着て来るようにと念を押す。

ところが、約束どおり市役所に姿を現した私を見て、彼は、妙に興奮した笑みを浮かべた。

「ほら、金出せよ。俺が言ったろ?俺の一言で、たとえどんなに恥をかくことになっても、浅川遥香(あさかわ はるか)は言うこと聞くんだって」

私は彼から目を逸らさず、じっと見つめる。

高梨悠人(たかなし ゆうと)は私に向かって軽く眉を上げて、口を開く。

「冗談だってば、遥香、まさか怒ってないだろ?」

私が黙っているのを見て、彼はさらに苛立った様子で言う。

「もういいだろう。結婚すると言ったんだから、ちゃんとするさ。ただ、今じゃないだけだ」

彼の取り巻きの友人たちも、次々とふざけ半分に私をからかい始め、「お前は彼の言いなりなんだから、怒るはずがないだろ」と笑い合った。

腹立つことはない。というのも、今日ここに来た理由は、そもそも彼のためではないからだ。

皆が去って静けさが戻ったそのとき、私はようやく踵を返し、市役所の扉を押して中へ入った。

「ごめん、遅くなった。婚姻届の手続きをしよう」

結婚がこんなにも面倒なものだとは私は思ってもみなかった。

ウェディングドレス姿のまま一日中外を駆け回り、全身が今にもバラバラになりそうなほど疲れ切っている。

家に戻ると、部屋の明かりが灯っているのが目に入る。

扉を押し開けた瞬間、不機嫌そうな悠人の声が飛んでくる。

「遥香、なんでこんな時間まで帰ってこないんだよ。俺がどれだけ待ったと思ってる?

電話しても出ないしさ。今日はちょっと冗談を言っただけだろ、それで拗ねてんのか?」

眉をひそめ、私はふとマンションの鍵のことを思い出した。悠人はずっと、その鍵を一つ持っている。

しかも、それは当時、私が無理やり押しつけるようにして渡したものだった。

マンションを買った年――

それは、私と悠人が付き合い始めてまだ一年目のことだった。

その頃の私は、すぐにでもお互いを想い合い、まっすぐ結婚に進むものだと信じていた。

だから半ば強引に、悠人へマンションの鍵を渡した。

「これからはここが私たちの家」と言って、彼がこの家の主人として当然持つべきだと思った。

うっすら覚えているのは、そのとき悠人が軽く侮蔑するように笑い、何も言わずに、それでも鍵だけは受け取ったことだ。

あれから七年。振り返れば、あのときの私は本当にひとりで舞い上がっていただけだったのだと痛感する。

「おまえ最近ずいぶん気が強くなったな。俺を無視するなんて、いい度胸じゃないか?」

悠人の怒鳴り声が、私を遠い記憶から引き戻した。

はっと我に返り、淡々と口を開く。

「今日は外で写真を撮っていて、スマホの充電が切れたの。時間もなくて充電する暇がなかったのよ」

冷たい鼻息を鳴らし、悠人は嘲るような口調で言う。

「どうせ作り話をするなら、もっと現実味のあることを言えよ。ウェディングドレス着て外で撮影?いっそウエディングフォトだって言えばいいじゃないか」

私はふと悠人に目を向けた。まさかとは思ったが、図星だった。

今日、私はまさにウエディングフォトを撮りに行っていたのだ。

「知ってるなら、なんでわざわざ聞くの?」

悠人は突然大笑いし、目尻に涙までにじませながら笑い続ける。

「ほうほう、ウエディングフォトか。遥香、おまえってそんなに嫁ぎたくてたまらないんだな。でも、俺以外に誰がおまえと撮るっていうんだ?」

そう言って立ち上がり、私のすぐそばまで来た。

「もういいだろ、そのみっともないプライドを隠すのは。俺が何度も結婚してあげるって言ってやったか?いつまでその話にしがみつくつもりだ?」

私は唇を強く噛みしめる。

悠人の言葉一つ一つが、胸に鋭い刃を突き立てるようだ。

私たちが付き合い始めた最初の年から、彼は口当たりのいい約束ばかりを並べ、叶うことのない夢を見せ続けてきた。

それでも、七年が過ぎた今も、彼が実際に動くことは一度もなかった。

私は目の前の男を冷ややかに見据える。

「そんなに自信があるの?私があなた以外の男と結婚できないって?」

悠人は面倒くさそうに手をひらひらさせ、先の椅子に腰を下ろすと、軽蔑の色を浮かべた目で私を見た。

「やってみればいいさ。俺以外に誰がおまえをもらうのか、俺も興味ある」

私は何も言わず、その場に突っ立ったまま動けない。

認めたくはない。けれど、七年の歳月はやはり徒労に終わったのだ。

このとき――

悠人のスマホが鳴った。

受話口から、冷たい機械的な声が流れてくる。

「浅川様、本日はお誕生日おめでとうございます。こちらルミエール・ブライダルでございます。スタッフ一同、心よりお祝い申し上げます。本日が素敵な一日となりますよう……」

無機質な声が続く中、悠人は途中でぷつりと電話を切った。

その瞬間、思い出した。このドレスはオーダーメイドで、受取先には悠人の番号を記していたのだ。

やがて悠人の態度は軟らぎ、へらへらと笑いながら私に謝ってくる。

「悪かったよ、遥香。俺がバカだった。こんな大事なことを忘れるなんてな。

今日は誕生日の記念写真を撮りに行ったんだろ?安心しろ、今回はいくらでも俺が払ってやる」

彼は、こんなふうに気前のいいところを見せれば、私が感激して舞い上がると思っているのだ。

けれど今の私は、ただ吐き気がする。
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第1話
三十歳の誕生日の日、七年間付き合ってきた彼氏が「市役所で会おう」と約束を取りつけてきた。彼はわざわざ、私に印鑑を持ってウエディングドレスを着て来るようにと念を押す。ところが、約束どおり市役所に姿を現した私を見て、彼は、妙に興奮した笑みを浮かべた。「ほら、金出せよ。俺が言ったろ?俺の一言で、たとえどんなに恥をかくことになっても、浅川遥香(あさかわ はるか)は言うこと聞くんだって」私は彼から目を逸らさず、じっと見つめる。高梨悠人(たかなし ゆうと)は私に向かって軽く眉を上げて、口を開く。「冗談だってば、遥香、まさか怒ってないだろ?」私が黙っているのを見て、彼はさらに苛立った様子で言う。「もういいだろう。結婚すると言ったんだから、ちゃんとするさ。ただ、今じゃないだけだ」彼の取り巻きの友人たちも、次々とふざけ半分に私をからかい始め、「お前は彼の言いなりなんだから、怒るはずがないだろ」と笑い合った。腹立つことはない。というのも、今日ここに来た理由は、そもそも彼のためではないからだ。皆が去って静けさが戻ったそのとき、私はようやく踵を返し、市役所の扉を押して中へ入った。「ごめん、遅くなった。婚姻届の手続きをしよう」結婚がこんなにも面倒なものだとは私は思ってもみなかった。ウェディングドレス姿のまま一日中外を駆け回り、全身が今にもバラバラになりそうなほど疲れ切っている。家に戻ると、部屋の明かりが灯っているのが目に入る。扉を押し開けた瞬間、不機嫌そうな悠人の声が飛んでくる。「遥香、なんでこんな時間まで帰ってこないんだよ。俺がどれだけ待ったと思ってる?電話しても出ないしさ。今日はちょっと冗談を言っただけだろ、それで拗ねてんのか?」眉をひそめ、私はふとマンションの鍵のことを思い出した。悠人はずっと、その鍵を一つ持っている。しかも、それは当時、私が無理やり押しつけるようにして渡したものだった。マンションを買った年――それは、私と悠人が付き合い始めてまだ一年目のことだった。その頃の私は、すぐにでもお互いを想い合い、まっすぐ結婚に進むものだと信じていた。だから半ば強引に、悠人へマンションの鍵を渡した。「これからはここが私たちの家」と言って、彼がこの家の主人として当然持つべきだと思った。うっすら
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第2話
「結構よ、今日の写真撮影の費用は出してくれる人がいるから」私は丁寧に断った。ウエディングフォトなんてものは、どう考えても別の男に払わせるものじゃない。悠人も、自分に非があると分かっているのか、怒る様子はない。そのまま私の手を引き、外へと連れ出そうとする。「まあいいや。今日お前の誕生日だろ?だったら俺がでっかいイベントとサプライズを用意してやるよ」断りたい。一日中動き回って、もうまぶたがくっつきそうなくらい眠いのだ。それでも悠人は、私の手首をがっちりとつかんで離さない。マンションを出ると、彼は私を高級そうなフレンチレストランへと連れて行く。こういう場所は、私はほとんど来ない。場違いな気がするのと、ここの料理の量は私の胃袋にはあまりに物足りないからだ。店に入った途端、個室には見覚えのある顔がずらりと並んでいる。悠人の悪友たちだ。昼間、私のことをネタに賭けをしていた連中。賭けに負けた何人かは、私の顔を見るなり不満をぶつけてきた。「遥香、おまえって本当にバカだな。いいように騙されたの、百回はないにしても十回や二十回じゃきかないだろ?どうして何度も引っかかるんだ、救いようがないな」私は無表情を崩さない。この連中が私を気に入らないのはずっと知っている。一番の理由は、私の存在が悠人と彼の幼なじみとの間に割って入っているからだ。その中で唯一の女性が、私の味方をするような口ぶりを見せた。「何言ってるのよ、みんな。遥香が純粋で、人を信じやすいってことじゃない?」桐谷美玲(きりたに みれい)――その女は笑顔で近づき、私の手を取ると、慰めるように真っ赤なギフトボックスを差し出した。「遥香、今日はお誕生日だって聞いたから、これプレゼント」私は反射的にそれを受け取った。まさかこの箱が危険だなんて、そのときは思いもしなかった。けれど美玲は、私の手にボックスを渡すと同時に、ふたを開けた。中から吹き出した小麦粉が、一瞬で私の顔全体を覆った。たちまち、部屋中が笑い声に包まれた。「これが純粋?バカって言えばいいんだよ」「うかるなぁ。この頭で、私たちと張り合おうなんて無理だろ」私はそっと目を閉じ、顔に積もった小麦粉をぬぐう。胸の奥ではすでに炎が噴き上がり、言葉を吐き出そうとした瞬間――悠人の声が割り
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第3話
誰もが信じられないといった目を向ける中、私はバッグを取って、そのまま個室を出た。出る前に、まずはレストランの化粧室に寄って、顔や服についた小麦粉を落とす。身なりを整え、個室の前を通り過ぎると、中から楽しげな笑い声が漏れ聞こえてくる。「悠人、本当に遥香に振られるかもしれないよ?それでも平気な顔して飲んでるなんて」悠人の、気にも留めない声が返ってくる。「あいつなんて、俺が指先で合図すりゃ、すぐ言いなりになって戻ってくるんだ。信じないならさ、今夜飲み終わって帰ったら、機嫌を取ってやるところを見せてやるよ。賭けるか?」「いいぜ、賭けようじゃないか。毎回おまえが勝つなんて、俺は信じちゃいない」「いや、やめとくよ。毎回おまえに負けっぱなしだ」無表情の裏で、心の中では静かに血が滴り落ちている。七年もの間、彼と付き合ってきたのに、私の価値は、彼の友人たちの間で交わされる賭けのネタ以上のものではない。ぼんやりしたままレストランを飛び出し、思わず硬い体にぶつかった。橘啓介(たちばな けいすけ)がわずかに眉を上げ、静かな声に微かな怒りを滲ませて口を開く。「どうしたんだ?そんなにぼろぼろになって」まさか、こんなところで彼に会えるとは思わなかった。慌ててバッグからハンカチを取り出し、顔についた水滴をぬぐい、ぎこちなく彼の前に立つ。「大丈夫……うっかり小麦粉がついただけ」そう言ってふと見ると、彼の高価なスーツが私のせいで白く汚れ、水まで染みていた。思わず、また口をついて謝ってしまう。「ごめんなさい、全部私のせい。服を汚してしまったから、もしよければ脱いでくれれば、私がきれいに洗って返す」啓介は何も言わなかった。ただ、深く澄んだ瞳で、私が嘘をついていることを見抜いたようだ。「遥香、今日から僕たちは夫婦だ。謝る必要なんてない。服一着なんてどうでもいい。君が僕を殴ったって、それはきっと僕が悪いからだ」低くて落ち着いた声が、まっすぐ耳に届く。頬が一気に熱くなるのを感じる。幸い、それ以上小麦粉のことを追及することもなく、啓介は私を店の外まで送り、上着を脱いで、私の頭の上にふわりと掛けてくれた。「雨も降って寒い。君、薄着なんだから、風邪ひくな」そう言われると、途端に寒さが身にしみてくる。思わず身震い
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第4話
悠人の突然の怒鳴り声に、私は思わず身をすくませた。彼は目を大きく見開き、あっという間に赤く染まった。昔だったら、私はすぐに弁解し、なだめ、機嫌を取って、彼が許してくれるまで必死に尽くしただろう。けれど今の私にとって、悠人はもう何ひとつ、大切じゃない。「悠人、あなたの中で私はそんなふうに見えていたの?でももうどうでもいいわ。私たちは別れたの。たとえ私に外で男がいたって、あなたに何の関係があるの?結婚する気がないのはあなたのほうよね?だったら、私がいつまでもあなたに縛られているわけないじゃない」言いたいことは十分伝えたつもりだ。ところが悠人は、いきなり高らかに笑い出す。彼は勝手に得意げな表情で、私が身に着けている服を上から下まで値踏みするように眺める。「へぇ、遥香、お前のことを甘く見てた。俺に結婚を迫るために、まさかこんな手を使って挑発してくるとはな」私は眉をひそめ、彼が何を言っているのかさっぱり分からなくなった。「まあ、多少はセンスがあるじゃないか。わざわざこのブランドの服を使って芝居を打つとはな。でも残念だな。お前のその給料で、このオーダーメイドのスーツが買えるわけないだろ?どうせどこかから借りてきたんじゃないのか?遥香、お前ってなんでそんなに安っぽい真似ばかりするんだ?俺はちゃんと結婚するって言ってるだろ。ただ少し先になるだけだ。それなのに毎日ヒステリー女のように騒ぎ立てて、みんなの気分を悪くしてどうする?」悠人は、まるで全てを見抜いているかのような顔で、延々と言葉をまくしたてている。もうこれ以上耳を貸す気にもなれず、私は勢いよくドアを閉めた。外では、悠人が悔しさと怒りをないまぜにした声で怒鳴り散らしている。「いいだろう、遥香。二度と俺に許しを乞うんじゃねえぞ」翌朝、私はさっそく鍵屋を呼び、マンションの玄関の鍵を新しいものに取り替えた。昨夜、湊は逆上して出ていったので、鍵を返してもらうのをすっかり忘れていたのだ。それに、これからはもう人妻だ。あの人とは、ちゃんと距離を置くようにしないと。鍵を替え終えると、私は啓介が送ってきた位置情報を頼りに向かう。そこは、この街でも屈指の高級ホテルだ。啓介は、ここを私たちの結婚式の会場として押さえるつもりらしい。私は思わず目を丸くし
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第5話
幸い、ホテルの支配人が駆けつけたおかげで、それ以上のことは起こらずに済んだ。騒ぎは結局うやむやのまま終わり、美玲は私を蔑むように一瞥する。「遥香、今回は運が良かっただけよ。でも、毎回こんなふうに逃げ切れると思わないことね。素直に悠人を宥めればいいのに。彼がずっと怒ったままだと、あなたも困るよね?」周りの連中も次々と口を挟んでくる。「そうそう。怒らせたお前が悪いんだ。悠人を機嫌よくさせるのはお前の務めだろ」悠人は顎を上げ、得意げに私に言い放つ。「みんながこうして口添えしてくれてるんだ。今日は特別にもう一度、俺を喜ばせるチャンスをやるよ。これを逃したら、今後は簡単に許してやらないからな」あの妙に気取ったいやらしい空気に、吐き気がこみ上げそうになる。どうやら今日は、きっちりケリをつけなければ、奴らはしつこく絡んでくるらしい。私は顔を上げ、そっと首を横に振って、今にも私のために出ようとした啓介を制した。悠人と七年付き合ってきた。この関係には自分のやり方で終止符を打ちたい。みんなの目の前で、私は悠人の電話番号を着信拒否にし、SNSの連絡先もブロックする。この数年、彼のせいで追加した取り巻き連中の連絡先も、すべてきれいに消す。そして、私は悠人を嘲るように見やり、口を開く。「これで十分はっきりしたよね?それとも、もう一度言わないとわからない?別れるって、一度や二度じゃなく何度も言ったはず。でも、これからあなたに二度と付きまとわれないために、ここで皆の前でもう一度だけ言うわ──私たちはもう終わりだ。もうあなたを喜ばせるようなことは一切しないし、これからは私に関わらないで」彼の傲慢に歪んでいた顔が、次第にこわばり、不安と動揺の色が滲んでくる。まさか私がここまであっさりと、全てをぶちまけて決別を突きつけるとは、夢にも思わなかったのだろう。「悠人、今のあんたを見てるだけで吐き気がする」そう言い捨て、私はまっすぐホテルの外へ歩き出す。悠人はその場に釘付けにされたように立ち尽くし、まるでコンクリートで固められたかのように微動だにしない。背後では、あの取り巻きたちが信じられないといった声を上げている。「嘘だろ?あの女が今日は逆らったぞ。別れるってよ」「絶対また彼女の手口だ。そう言っておいて、悠人
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第6話
車に乗り込むと、啓介の冷えた顔が目に飛び込んでくる。長い指先が、ハンドルをときどき小さく叩く。私は引きつった笑いを漏らし、彼が何に怒っているのかすぐに察した。そっと手を伸ばし、うかがうように彼の肩をつつく。「啓介、もしかして怒ってる?」返事はない。視線は冷たいまま。私は思わずもう一度彼の肩を軽く突き、顔には取り繕うような笑みを浮かべる。すると、彼の険しい表情がわずかに和らいだ。車を路肩に寄せて停めると、啓介はようやく体をこちらへ傾けてくれ、問いかけてくる。「さっき、なんで僕に手を貸させなかった?」私は思わず身を引き、窓にもたれて小さくうずくまる。「それは……昔の私の不始末だから、自分で片づけたかったの。あなたを巻き込みたくなかった」啓介は怒り混じりに笑い、私の頬をきゅっとつまむ。「自分で片づける?ってことは、まだ僕のことを夫だと思い切れてないわけだよな」唇をきゅっと結び、私は声を出す勇気がない。子どもの頃からの顔見知りとはいえ、長い空白のあとに突然結婚した二人だ。埋めるべき距離はある。「遥香、覚えとけ。僕たちはもう籍を入れて、ウェディングフォトも撮ったし、式もすぐだ。僕たちは夫婦だ。これからは君のことは全部、僕のことでもある。次に同じ目に遭ったら、僕が前に出ていって、あの無礼者どもをきっちり躾けてやる」奥歯を噛む気配が、言葉の端に滲んでいる。すべては私のためだ――それはわかっている。端正な顔が、すっと近づいてくる。私はふっと頭が真っ白になり、彼の口もとに軽く口づけた。「もう怒らないで。これからは、ちゃんとあなたの言うこと聞くから」啓介はすぐに姿勢を戻し、何事もなかったかのように車を走らせた。けれど、真っ赤になった耳たぶが、心中のざわめきを物語っている。車内はしんと静まり、甘い気配だけが漂っている。マンションに戻ると、まずはきれいに洗いあげたスーツを啓介へ返した。彼を見送ってから部屋へ戻ろうとする。そのとき、ふと振り返った瞬間、マンションの下で、酒に酔った悠人と鉢合わせした。関わりたくなくて、私は回り道をしようと。ところが悠人は私を見つけるなり、勢いよく駆け寄ってきた。「今の男は誰だ、遥香。さっき運転してたのは誰だ?この前、お前に掛けてた上着も、
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第7話
次の日の朝一番に。ドアを開けた途端、何かが足元にごろりと転がり込む。見ると、寒さで体を丸めた悠人が、うつらうつらしていた顔のまま、はっと目を開ける。「遥香、なんで今まで開けなかったんだよ。もう凍え死ぬかと思った」まさか一晩中、ドアの外で待っていたとは思わなかった。本来なら、恥をかいて怒鳴り散らしながら去っていく――それが悠人のやりそうなことだ。私は眉をひそめ、うんざりと告げる。「ねえ、今すぐ離れてくれる?もう私たちは別れたの。何の関係もないよ」悠人は薄く笑い、妙な自信を漂わせた顔を見せてくる。ただ、一晩中寒さにさらされていたので、その顔はさすがにこわばっている。「別れたって、やり直せばいいんだ。お前の心を揺さぶって、再び俺のもとへ戻らせてみせる」思わず私は吹き出し、皮肉を返す。「じゃあ、今度はあなたが私の言いなりで、みっともない男になる番ってわけね」悠人の顔に、ふいに狼狽と気まずさが走る。「ねえ、あなたの悪友ども、あなたが私の言いなりの情けない男ぶりを見たくて仕方ないんじゃない?みんな呼んで、たっぷり見物させてあげようか?それから、あなたの幼なじみの美玲ね。あの子、毎日のように私をからかってくれたけど、あなたも同じ目に遭ってみる?」悠人の瞳がきゅっと縮み、さっきまでの自信満々な表情が揺らぐ。私は彼が何よりも体面を気にすることを知っている。すぐにスマホを取り出し、カメラを向けた。「ほら、復縁したいならいいわよ。動画撮ってみんなに送ってあげる。ついでに賭けも立ててもらおうか。大層ご立派な悠人が、私を取り戻すまで何日、言いなりの情けない男でいられるかってね」その言葉を言い切る前に、悠人は歯を食いしばり、顔を覆ったまま逃げ出した。私の嘲る笑い声は思いのほか大きく響く。悠人はよろめき、廊下で倒れかける。結局、こういうのは本人だって耐えられないのだ。でも私は、この七年間、彼のせいでずっと耐えてきた。あの朝の騒ぎのあと、数日間は彼の姿を見かけることもなくなり、私はようやく結婚式の準備に取りかかることができた。これまで何度も、結婚式のことを思い描いてきた。けれど、啓介がここまで盛大にしてくれるとは思ってもみなかった。街を埋め尽くす広告に、豪華な車列――私の想像などはる
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第8話
ステージの上で、啓介がマイクを手に口を開く。「いくつか言っておく。僕はいろいろ知っている。うちの妻は善い人間だから追及はしないが、だからといって僕まで見過ごすつもりはない」客席の一角では、すでに小刻みに震え出した連中がいる。思わず私は小さく笑ってしまう。「まあいい、今日は僕たちのめでたい日だ。これ以上は口にしないでおこう」式はその後、滞りなく進んだ。やがて、啓介の両親の前に進み出て、三つ指をつき、深く礼をする。啓介の母はにこやかに私の手を握り、涙を拭いながら言う。「啓介は本当に運がよかったのね。こんなに年月が経って、またあなたに会えたなんて」私ははっとして顔を上げる。目の前の啓介の顔が、記憶の中の小さな男の子と少しずつ重なる。私はいたずらっぽく笑って、啓介に言う。「じゃあ、私があんなに小さい頃から、もうあなたに狙われてたわけ?」啓介の頬がわずかに赤くなった。「残念ながら、あのとき急に引っ越すことになって、君との連絡が途絶えた。そうでなければ、君にあんな苦労はさせなかった」式が終わり、私と啓介が車で家へ向かっていると、突然、一つの影が飛び出して道を塞いだ。悠人は目を真っ赤にし、今になっても私の結婚という事実を受け入れられない様子だ。「遥香、なんであいつと結婚なんかしたんだ?本当に好きなのは俺だろ。なんで別の男と結婚したの?」私は優しい口ぶりで告げる。「それはもう過去の話よ。今、私が愛しているのは私の夫よ」けれど悠人は、まるで正気を失ったようだ。「あり得ない、絶対にあり得ない!遥香、頼む、これは全部嘘だって言ってくれ。わざと俺を怒らせるための芝居なんだろ?俺が悪かった。お前と結婚する。今すぐ籍を入れよう、な?」自分の世界に閉じこもっている人に、これ以上言葉をかける気にはなれない。啓介も堪えきれずに車を降り、悠人を容赦なく殴りつけた。私が止めなければ、このまま悠人は殴り殺されていたかもしれない。やっとのことで啓介を車に戻らせ、私はようやく振り返って悠人に言う。「あんたは何度も、私たちの約束をただの冗談みたいに弄んできた。私たちの関係なんて、とっくに終わってるのよ。悠人、この七年、私がどう向き合ってきたか、そしてあんたがどう返してきたか、よく考えてみなさい。
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