唯花の出身の村にしろ、隣にあるいくつかの村にしろ、若者はみんな都会に働きに出てしまっている。村に残って生活しているのは、みんなおじいさんやおばあさんなどの年寄りばかりだ。農作業などできる体力はなく、田畑は荒れ放題だ。誰かがその土地を借りて、貸す側が賃貸料をもらえるというのであれば、反対する人などそうそういないだろう。それを聞いた唯花と明凛はとても喜んでいた。姫華はビジネスの進捗状況を伝えてから、最後に唯花のほうへ目線を向けて、少し躊躇ってから口を開いた。「嬉しくなることの後には、イライラさせちゃうことがあるんだけどね、唯花、土地を借りる件で人に頼んで行ってもらった時に、ついでにあなたのあの最低な親戚のここ最近の情報を手に入れたわ」「あの人たちがやる事で、イライラさせないようなことなんてないでしょう。姫華、教えて。最近あいつらが何をしたとしても、私は耐えられるわ。建築資材を持っていかれて売られることよりも怒りが上回ることはないわね」「あの数台の車で運んだ建築資材は、まだあそこに大人しく積まれているわ。あの人たちは売りに行ってはいないわよ」唯花は言った。「陸を脅すのは、まあ、役に立つのね」陸は内海じいさんとばあさんが最も気に入っている孫ではないが、年齢的に最年少なので、一番下の者というのは、何かと優位に立てることもあるのだ。唯花は陸に、内海家の誰かが、彼女が運ばせた建築資材を退かしてはいけないと脅したあの言葉は、陸にとってはもう神様からのお告げのようになっているだろう。「あの時、あなたと彼らが裁判に訴えて、唯花のご両親の家を取り戻すって話していたでしょ。あのお年寄りたち、法律には疎いけど、若者はそうじゃないみたいね。若い子が彼らに裁判沙汰になったら、あちらには何もメリットがないってことを教えたのよ」姫華はさらに続けた。「そして、あなたのおじいさんとおばあさんはそれに不満を持って、村の中で嘘をまき散らし始めたみたい。姉妹は彼らの本当の孫娘じゃないんだって。血の繋がりがないのに、どうしてあの家を奪い取る資格があるんだなんて言い出したのよ」明凛「……」唯花はそれを聞いて、呆然とした後、冷たく笑って言った。「そんな言葉すらも口に出せるのね。私があの人たちの実の孫じゃないって?私はお父さんに瓜二つなのに。お父さんが彼らの息子じゃないなら
それを聞いて、咲はとても驚いた。まさか、結城グループの人だったのか。結城グループで働く社員なのか、それとも結城家の誰かなのか?咲はすぐにはその答えが導き出せなかった。彼女は、今後唯花がまた彼女の店に花を買いに来たら、この電話番号は一体誰が使用しているのか、彼女に尋ねてみようと思った。唯花は辰巳がすでに咲に接近を開始していることは知らなかった。彼女は理仁に本屋まで送ってもらった後、明凛と暫くの間雑談していた。彼女が雇ったハンドメイド教室の仲間たちが店にやって来ていて、ハンドメイドの商品への要求通りに作れるか確かめたいのだ。彼女たちの技術が、問題ないことを確認し、店の中にある小さな倉庫から材料を持って来て、彼女たちに振り分け、それを持ち帰ってさっそく商品作りにとりかかってもらうことにした。彼女たちを見送って、唯花は店の中へ戻ろうとしたが、ちょうどその時、姫華が車を運転して店に到着した。唯花はそれで足を止め、本屋の前で姫華が車を止めて降りてくるのを見ていた。「唯花」姫華は笑顔で唯花のほうへやって来た。「ここで私を待っていたの」唯花は笑った。「さっき、雇ったハンドメイド作りの数人を見送ったばかりなの。そしたらあなたがちょうどやって来たのよ」姫華は後ろを向いてちらりと見て、尋ねた。「あの、あなたに代わって、ハンドメイドをしてくれるっていうバイトたちのこと?」「ええ、だから今はだいぶ楽になるわ。あなたと一緒に一攫千金に飛び出すわよ。そうだ、夜はパーティーに参加するんでしょ」パーティーの話題を出すと、唯花は前回の桜井家でのことを思い出した。彼女と姫華がもうあの状況に耐えられなくなったことと、唯花が咲は将来、親戚になるかもしれないことを考えて、咲を助けたあの件だ。それで柴尾鈴を怒らせる形になった。あの親から溺愛されて性格がねじ曲がってしまった女が、まさか内海陸と同じように不良たちを雇って唯花の車を邪魔したうえに、車を叩き壊してしまったのだ。唯花自身には怪我などなかったが、鈴は警察に連行されてしまい、それで唯花と柴尾家のわだかまりはどんどんと大きくなっていっているのだった。「そこの二人、なんだか見覚えがあるわね」姫華は椅子を運んで、店の前に左右に座っているボディーガードをサッと見ると、曖昧な笑顔を見せて唯花に尋ねた。
理仁は「ああ」とひとこと返事し、辰巳がサボテンを持っているのを見て尋ねた。「買ったのか?」「うん、出勤する前にね、あのブルームインスプリングに行って来たんだよ」「ブルームインスプリング?」理仁はその名前にどこか聞き覚えを感じた。愛妻から聞いたことがあるような気がしたのだ。辰巳も隠さずに正直に話した。「あの柴尾咲さんって子の花屋だよ。全然良い店名じゃないと思うけど」理仁は淡々と言った。「暖かい春が来て花が咲く、か。この季節に相応しいじゃないか?」辰巳は言葉を詰まらせた。「わざわざ行ったのに、もっと花を買って来なかったのか?」辰巳は唇を尖らせて言った。「別に花を買いに行ったわけじゃないさ。このサボテンだって仕方なく買う羽目になっちゃったんだよ」サボテンで人の手を傷つけさせておいて、最後に買わないなんてわけにいかないだろう?「パソコンの横に奥なら、丸っこい棘のないサボテンがもっとよかったんじゃないのか?そのサボテンは棘が長いから、刺さらないように注意することだな」理仁はまた淡々とそう言い、ビルに入り辰巳をほったらかしにして、先に上へとあがっていった。辰巳は彼が一体何をしてきたのか、理仁は予想がついているようだと思った。それで、さっきそのような言葉を吐き捨てていったのだ。数分後。デスクに座っている辰巳は、あのサボテンを暫らく見つめていた。そして、ポケットの中から咲の名刺を取り出し、固定電話を使って咲に電話をかけた。咲が電話に出ると、彼は尋ねた。「柴尾さん、私のこと、覚えていますでしょうか?」咲の記憶力はいい。彼女は微笑んで彼に返事をした。「さっき、サボテンを購入されたお客様ですよね?」「そうです。よく覚えていらっしゃいますね」咲は心の中で文句を垂れていた。さっき彼のせいで手に棘が刺さり痛い目に遭ったというのに、覚えていないとでも思っているのか?表情は依然として微笑みを保ちつつ、少し笑って辰巳に尋ねた。「お客様、また花をご購入されますか?」「パキラを買おうと思ってて、さっき忘れていたんです。会社に着いてからやっと思い出したもので、柴尾さん、申し訳ありませんが、配達していただけますか?」「大きめの鉢にしますか、それとも小さめのものを?」「その中間くらいでいいです。大きすぎも、小さすぎもしないもので。柴尾
辰巳は携帯を取り出して、レジには電子決済できる表示が貼られていなかったので、咲に尋ねた。「電子マネーは使えないんですか?」咲は正直に答えた。「私は目が見えないので、電子決済払いをまだ扱っていないんです。私、ペイペイなど携帯に入っていないですので」彼女は携帯を取り出して辰巳に見せた。それは昔の折り畳み式携帯で、ただ電話とメッセージが送れるだけのタイプだった。咲は目が見ないので、このタイプの携帯を使うしなかった。手で触って数字を打つことで電話がかけられる。スマートフォンは彼女には使えないのだ。「お店の前にも一応、注意書きとして書いて貼ってあるんです。みなさんにこのお店は現金払いしかできないって。現金をお持ちでない場合は、うちの二人の店員が店にいる時、彼女たちの携帯に直接送金する形で振り込んでもらって、それを私が後で店員から現金で受け取っています」それを聞いて辰巳は「そうですか」とひとこと返事した。それで財布を取り出して、その中から一万円札を出して先に渡した。彼もそれが一万円札だということは咲に伝えなかった。そして、彼は咲のことをじいっと見つめていた。彼女がやはりさっきと同じように手でそのお金を触り、何度も何度も確認してから、レジのほうへと行き、レジを開けるのを見た。辰巳の身長は高く、レジの近くに立っていたこともあり、視界にレジの中は細かい仕切りになっていて、それぞれ違う金額の現金が入っているのが確認できた。咲がおつりを探すのはとても手慣れたものだった。辰巳に八千四百円のお釣りを渡して言った。「お客様、またのお越しをお待ちしております」辰巳はお釣りを受け取って、間違いないことを確認し、それを財布に戻して尋ねた。「名刺はありますか?あれば、ください。次回、花を買う必要があるときには電話をします。誰かに配送してもらってください。俺は普段仕事が忙しいので、ここまで来る時間が省けますから」「あります。お客様、少々お待ちください」咲はレジの上にある、小さなケースから名刺を一枚取り出し、それを辰巳に手渡した。辰巳は彼女からそれを受け取り、ちらりと名刺を見てから、ポケットに入れてさっきのサボテンを手に取った。「それでは」「どうもありがとうございました」咲は辰巳に続いて外へ出た。辰巳は後ろを振り向いて、彼女をちらりと見る
咲は微笑んだまま辰巳に返事した。「鉢植えや、花の肥料、栄養剤なども、店には揃っていますので。お客様は何をお探しでしょうか?」辰巳は唇をぎゅっと閉じた。目の前にいるこの女性は、話すときにはつねに柔らかい微笑みを浮かべている。人に与える印象といったら、飄々と浮かぶ雲のように穏やかなのだが、また話すのも上手だ。「ちょっと自分でいろいろ見てみます」辰巳はそう言いながら、咲の横を通り過ぎ、店の中に入って彼女の花屋をぐるりと見て回った。ある程度見て回ってから、彼が振り返ると、咲が彼の後ろの近いところについてきていた。彼女は目が見えないふりをしているのに、人のすぐ後ろについて来るのは、それは自らふりをしていることをばらしていることになるのでは?「お客様?」咲は辰巳の静かな足音が聞こえず、ある方向を向いて彼に呼びかけた。彼女のその様子を見て、辰巳はまた彼女が目が見えているのか、それとも見えないふりをしているのか、確定できなくなってしまった。そこで、辰巳は咲の行動を試してみることにした。彼は店内をぐるりを見まわしてから、最後にあるサボテンの鉢に目線を定めた。彼はそろりそろりとそのサボテンを取りに行き、それをレジの上に置いて、咲に尋ねた。「これをいただきたいんですけど、いくらですか?」咲は彼の声を聞いて、その声がした方向を探し、辰巳のほうを向いてそちらへ近づいて行った。「お客様がお選びになったのはどれでしょうか?どの位置に置かれていましたか?教えていただけますか、私、目が見えませんので」辰巳は彼女の大きなその瞳を見つめた。この時、彼女はあの黒のサングラスはつけていなかったので、綺麗なその瞳を確認することができたのだ。彼女は焦点の定まっていない光が虚ろな瞳をしているので、もし目が不自由でなければ、きっとその瞳はとても綺麗だっただろう。「見えてないんですか?さっき、ずっと俺の後ろをついて来ていましたよね?」咲はポケットから眼鏡ケースを取り出して、それを開け、中から黒サングラスを取ると、またそれをかけて彼の質問に答えた。「聴力が良いんです。かすかな物音でも、聞き取ることができるもので。さっきはお客様の足音を聞いて、後ろからついて行っていたんです」辰巳は「そうか」とひとこと言った。彼は目の不自由な人はとても気を配り、聴力も
莉奈は空気を読んで、もうこの話題を深堀りするのはここまででやめておいた。英子がいかにクズで最低人間だったとしても、あれは俊介の実の姉なのだ。俊介も本気で姉と家族としての関係を断ち切れるわけはない。どのみち、彼女はしっかりと自分の態度を示しておいたのだ。その目的は俊介が莉奈を連れて陽のところへ行き、彼との仲を深めて、唯月の警戒心を解いておくことなのだ。時間が少しかかるだろうが、莉奈と俊介が陽を連れて外に遊びに行くのも唯月は反対しなくなることだろう。そうすれば莉奈はあの名も知らないお嬢様に言いつけられた任務を遂行できるのだ。それに莉奈はひどい人間だと責めることはできない。彼女の家族の命が懸かっているからだ。彼女はただ陽を人の多い所へ連れて行って、あちら側に手を下すチャンスを与えるだけでいいのだ。陽が大人しくしていれば、きっと彼も何か大ごとになることはないはずだ。責めるのであれば、唯花のほうを責めろ。唯花があの人を怒らせたせいで、陽にその災いの矛先が向いてしまったのだから。それにあのお嬢様は莉奈に、ただ陽を利用して唯花をおびき出すだけで、本当に手を出そうとしている相手は唯花なのだと言っていた。……ブルームインスプリングの開店時間はずっと他の店よりも早かった。朝の通勤ラッシュの時間帯には、咲はすでに花屋を開けている。彼女はバスに乗って出勤している。付近にはバス停があり、バス停に到着して降りると、数歩で自分の店の前に来られるのだ。彼女はもう数年間同じ道を歩いているのだから、とっくの昔にもう慣れ切っていた。柴尾家には専属の運転手がいる。しかし、咲はそれを利用できないのだ。彼女は柴尾家の中では透明人間のような存在だった。誰も彼女のことを目に映すことはなかった。昨夜、柴尾家では、非常に面白い出来事が起こっていた。咲は顔を出してはいなかったが、彼女のあの偉そうな妹が警察に連行されていくのが聞こえていたのだ。彼女のあの鈴を目に入れても痛くないほど溺愛している母親は泣き叫んでいた。そして、加奈子は夫に電話をかけて、夫は夜中に急いで戻ってきたのだった。二人は鈴を警察署から救い出す方法を相談し合っていた。咲は鈴が一体何をしでかしてしまったのか、さっぱりわからなかった。しかし、鈴が警察に連れて行かれたということは、鈴が何か法に