Se connecter「お母さん」姫華は車の窓を開けて、道を阻むようにして前に停車した両親に向かって言った。「理紗さんがもうすぐ生まれそうって、お腹が痛いって言ってるのよ。今から理紗さんを病院に連れて行くの」詩乃は尋ねた。「誰を病院に連れて行くって?」「だから、理紗さんよ、あなたの嫁がもうすぐ子供が生まれそうだって」今度は航が娘に尋ねた。「それで、理紗さんはどこだ?」姫華が後ろを振り向くと、後部座席に義姉の姿はなく、ただ、出産のために準備された袋が静かにそこに座っていた。この瞬間、姫華は呆けてしまった。そしてようやく気づき、パシンと頭を叩いて善に言った。「善君、至急Uターンよ。理紗さんを忘れてきたわ」善「……」詩乃はたまらず笑いだした。まさか、このような事態に息子ではなく、娘のほうが陥ってしまった。姫華の顔は真っ赤になり、気まずそうに言った。「理紗さんから袋を取って病院に行くって言われて、私ったら袋を掴んで慌てて飛び出したの。彼女は先にもう下におりたかと思って……」善はおかしくて笑いながら車を方向転換させて、笑ったまましゃべった。「姫華さん、僕を笑い死にさせるつもり?はははは、僕もですよ。姫華さんがもうすぐ生まれるって言うから慌てて君の後に続いて飛び出したんです。まさか主役を置いてくるなんて」車をUターンさせた後、善は一時停車し、詩乃夫妻の乗る車が先に行ってから、その後に続いた。二人もまだそんなに遠くまで車を走らせていなくてよかった。もし、病院に到着して理紗がいないことに気付いたら、心臓が止まるほど驚いていただろう。それから十分後。「理紗さん、理紗さん」姫華は家に入って義姉の名を呼んだ。理紗はこの時、ダイニングルームでゆったりと朝食を食べていた。そして姫華が自分を呼ぶ声を聞くと、笑顔で答えた。 「私ならここにいるわよ」するとすぐに、姫華は疾風のごとく中に入ってきた。理紗は姫華を見ると笑いだした。「理紗さんもどうして私に声かけてくれなかったの?」姫華は顔を赤くして、文句を言った。理紗は笑いながら言った。「だって、あなたの動きが素早いんだもの。呼ぶ暇もなかったわ。あなたったら、一瞬で部屋を飛び出して下におりていったのよ。それなのにどうやって呼びとめられるのよ?玲凰に
話している間にも、また理紗は眉間にしわを寄せて、お腹を抱きかかえるようにして姫華に言った。「姫華ちゃん、もしかしたら、本当に予定日よりも早く生まれるのかもしれないわ。なんだか痛みが増してきたみたい」「今すぐ病院に行きましょ。すぐに連れて行くから」姫華は緊張してきた。姫華が理紗の体を支えようとすると、理紗が口を開いた。「クローゼットの中に、出産の時に使おうって用意しておいた袋が入っているの。それを持って病院へ。あと、保険証と母子手帳が引き出しに入ってるから、それも一緒に」「ええ、理紗さん、まずは座ってて。取って来る。心配しないでね、すぐに取ってくるから慌てないで」そう言うと、姫華は羽根が生えたかのように急いでクローゼットの中の袋を取りにいった。それから引き出しを開けて保険証と母子手帳をとり、部屋を飛び出して一階に駆けおりた。理紗はまだ姫華のことを待っていたというのに、姫華は袋と母子手帳をとると、理紗を置いて、声をかけることもなく、サッと疾風のごとく下に駆けおりていってしまった。姫華のその様子に理紗は呆れてしまった。さっき、慌てるな、心配するなと言っていたのは一体どちらなのか。姫華のほうが緊張しすぎて妊婦を置いて走っていってしまった。理紗は自分で立ち上がり、お腹に手を当てたまま、ゆっくり部屋から出てきた。そして階段まで来ると、一階にはすでに姫華の姿がなかった。理紗は思わず笑ってしまった。姫華が必要なものを手に、一人だけ病院に行ってしまい、義姉がついてきていないことに気付いたら、一体どのような反応をするだろうか。理紗は立ち止まり、携帯を取り出して夫に電話をかけようと思ったが、夫も姫華同様、緊張して慌てふためく様子を想像した。彼女は夫ではなく、義母にかけることにした。詩乃は人生のありとあらゆる経験をし、出産も経験したことがあるので、落ち着いているはずだ。詩乃はすぐに嫁の電話に出た。「お義母さん、今どこにいます?もうすぐ帰ってきますか?」「夫と一緒に帰っている途中よ。どうかしたの?」「お腹がちょっと痛くなって、もうすぐ生まれるのか、よくわからないんです」それを聞くと、詩乃はすぐに言った。「落ち着いて、もうすぐ家に着くわ。何か食べた?まずは少し食べておいたほうがいいわ。第一子の出産は時間がかかる
「八時よ、まだ朝食を食べにおりてきてなかったから、ちょっと見に来たの。理紗さん、大丈夫?」理紗はいつものように、大きくなったお腹を支えながら笑って言った。「大丈夫よ。最近夜は寝つきが悪いから、ベッドでごろごろしていたの。玲凰が起きた時に私も一緒に目を覚ましたんだけど、起き上がりたくなかっただけ。姫華ちゃんはまだ会社に行かなくていいの?」「もうちょっとしたらね。最近はそんなに重要な仕事はないから、ちょっと会社に行って状況を確認して、その後は本屋でも見て来ようかなって。明凛が店番してて、唯花は今はお休み中で一カ月は会社に来ないから」結婚式を終えて、唯花たちは新婚旅行に行くのは諦めたが、仕事も休んだままだ。あの夫婦はほとんど毎日琴ヶ丘で、ゆったりと落ち着いた生活を過ごしている。まさにユートピアでの暮らしといったところだろう。たまに姫華は唯花に会いに琴ヶ丘に行っている。あの二人がゆったりと幸せそうな日々を送っているのを見て、羨ましくなった。「唯花ちゃんは結婚式が終わったばかりだもの、しっかりと甘々で幸せな日々を満喫しないとね。ところで、彼女のつわりはひどいの?」理紗は部屋のソファに座った。お腹が大きすぎて、ずっと立ったままだと疲れてしまう。「もう吐かなくなったみたい。だいぶ楽になったみたいよ」姫華は義姉のとなりに座り、大きくなったお腹を見てちょっと触り、言った。「この子が一番やんちゃね」最後までつわりを起こさせるほどに……「え!理紗さん、動いた!さっき私を蹴ったわ!」姫華は理紗のお腹に伝わる胎動を感じ、とても不思議に思った。理紗は笑って言った。「今は朝だからか、胎動はあまりないの。夜になるとね、すごく活発に動くのよ。玲凰は毎晩この子をからかって遊んでるわ」理紗のつわりがあまりにもひどいので、当初玲凰は子供を中絶させようとまで考えていた。それが胎動を感じられるようになって、小さな命がお腹の中ですくすくと育っていることがわかると、彼は子供に対して父としての愛を持つようになった。理紗は子供が生まれてから、玲凰がこの子を愛さないのではないかと心配していたが、今は安心している。姫華はまた理紗のお腹をさすって言った。「おはよ、私はおばちゃんよ、あなたも目が覚めた?私とママのお話が聞こえたんでしょ。おばちゃん
玲は奏汰の手を振りほどいて言った。「私は何もいりませんから。プレゼントなんて必要ないです」この男が贈ってくるものは、全て女の子が好きなものばかりだ。玲も女であるが、そのようなプレゼントは好きじゃない。「じゃ、プレゼントはしません。うーん、それだったら、あなたが何かプレゼントしてください。あまり玲さんから何かもらったことがないし」奏汰は玲の後を追いかけながら、笑って言った。「玲さんがくれるものなら、なんだって好きです」この時の玲は、もう彼に構うのが面倒だった。東屋にいる理仁と唯花は、あの二人が前後になって歩いていく様子を見て、唯花が笑って言った。「あの二人って、とっても賑やかね。奏汰さんは口数が多くて、玲さんはほとんどしゃべらない。二人が一緒にいると、まさに短所を補える仲だね」結城おばあさんが孫たちに探してくる結婚相手候補は、全て孫たちの性格を考慮して選ばれている。だから、みんなおばあさんが選んだ女性と、ある一定の期間付き合えば、相手のことを好きになる。理仁は唯花を抱きしめた。唯花は彼に寄りかかり、理仁を見つめていた。そして夫婦は遠くの方を眺めていた。穏やかで幸せな時間はあっという間に過ぎていった。数日して、みんないつもの日常が戻ってきた。それぞれ仕事に、学校、幼稚園、だ。目まぐるしい日々はあっという間に過ぎ、半月が経った。神崎家。朝食をご馳走になろうと朝早くにやってきた善は、姫華と一緒にダイニングルームから出てきた。詩乃と航夫妻は、朝早く起きて、さっさと朝食を済ませ、散歩に出かけている。家の中はとても静かだった。お腹いっぱい食べた姫華は、すぐに出かけたくないらしく、リビングのソファまで来ると座って善に言った。「もう少し休んでから仕事に行きましょ。午前は会議がある?あるなら先に出てね、私は急いで出勤する必要ないから」「僕は十時から会議ですよ。秘書には、今後会議の時間は九時前には設定しないようにって言ってあるんです。僕が遅刻しちゃうかもしれないから」善は姫華のすぐ隣に腰かけて、優しい声で尋ねた。「果物でも食べますか?」「ううん、さっき食べたばかりでお腹いっぱいだから、食べられないわ」朝食にも新鮮な果物が出てきた。姫華はいつもの癖で携帯を取り出すと、SN
奏汰は手に持っている花を玲に押しつけ、ニヤニヤ笑っていた。「ばあちゃんからもよく口うるさく、おしゃべりな孫だって言われています。玲さんは逆に口数が少なくて静かだから、俺たちはお似合いなんですよ。俺がいれば、玲さんも寂しくないでしょう。俺たちはお互いに短所を補ってる。もし、二人が寡黙な性格だったら、将来家庭内でひとことも会話がないですよ。それじゃ静かすぎるでしょう。それに俺だってそんなにぺちゃくちゃしゃべってないでしょう?ただ、理仁兄さんと唯花さんの仲が良いのが羨ましいなって言っただけです。唯花さんと咲さんのワンピース姿、綺麗だと思いませんか?玲さんも着てみません?俺、またあなたに何着も新しい服買っちゃったんですよ、絶対似合うと思ったから」玲は以前、一度だけワンピースを着て彼に見せたことがある。その時に、ただ彼に着ている姿を見せただけだと言っていた。この男は、それで満足すべきだろう。しかし、人というものは、欲の尽きない生き物だ。奏汰は玲が女性の服を着た姿が、この世のものとは思えないくらいとても綺麗だと思った。毎日、彼女の女性の姿が見たくてたまらない。それで、家を出ると、奏汰はずっと彼女にくっついて回り、隣でぶつぶつと玲の女性の格好は綺麗だとか、男性の格好をしている時よりも、いろんなデザインを楽しむことができるとか、玲はスタイルが良いから、女性の姿になれば、女神のようだと言い続けているのだ。彼は、玲が女性の格好をした時のクールで美しい雰囲気の虜になっている。唯花と咲もとても綺麗な女性だが、奏汰が一番好きな「美」は玲の持つ美しさだった。「結城さん、私は女性の服は着ないし、好きじゃないと伝えたでしょう。この間あなたに着て見せたあの一回限りです。これ以上欲張りなことを言わないでください!」玲は音量に注意して小声でそう言ったが、苛立っているのか歯ぎしりしていた。数日おとなしいと思っていたら、また女性の格好をしろとしつこくつきまとってきたのだ。女性の格好をしないと、自分のことが好きではないのか?と玲は疑っていた。好きでないなら好都合だ。これで静かな日々に戻れるのだから。毎日横でぐちぐち、ぐちぐちと、まるで母親のようだ。この男の口は本当におしゃべりで、よく滑舌が回る。彼と一緒にいると、玲の口数も不自然なまでに多
理仁は可笑しくなって言った。「安心して、君の夫は絶対に犯罪者になんかならないから。結城家のビジネスだって不法行為は一切していないよ。俺の敵なら、ビジネスを通じてゆっくりと相手の会社を痛めつけていくだけだから。もし相手がなかなか手強い場合は、数年かかったって落とせやしないよ。ほら、君の従兄は俺の最強のライバルだったけど、何年も闘ってやっぱり神崎グループを抑え込むことなんかできなかった。でも、あちらも結城グループをどうにもできやしないんだ。わずか数分で相手を破産に追い込めるほどの能力は俺にはないんだよ」理仁は自分が小説の中に出てくるようなスパダリ主人公ではないと素直に認めている。即座に他の会社を倒産させることはできない。ライバルにはある程度時間をかける必要があるのだ。「あなたがもう手を出しているなら、私はそのことを考えなくてもいいよね。今の私にもいろんなことに気を配れるような余裕もないしね。どちらにせよ、私があなたを信じていることには変わらないから」唯花は理仁の肩にもたれかかり、数分も経たずにまた姿勢を正した。そしてさっきの夕菜のニュースを引き続き確認して言った。「前、あなたが辻社長に訴えた後、彼はきっと帰国して戻ってきてるよね?辻夕菜ももう諦めているはずよ。父親に過ちを素直に認めてるなら、実の親子で一人娘なんでしょ?今までずっとこの件をこじらせ続けるとは思えないけど。もしかして、あの人、裏で何かしてるんじゃないでしょうね?あなた、知ってるのに私に隠しているとか?」理仁は言った。「別に大したことじゃないさ。あの女が俺の身代わりとして見つけた男が、辻家の財産に目がくらんで、逆玉の輿になっていたから、それが手放せなくなってるんだ。あの女はその男のことで、父親と喧嘩になってるのさ。父親と娘の仲はこうやってこじれてるんだよ。それに、辻響が裏で動き、親子の溝はどんどん深まっていくばかりだ。あの女と母親は辻社長が甥に財産も会社も渡そうとしていると恨み言を漏らし始めてるみたいだな。母親と娘が騒ぎを大きくすればするほど、辻社長は娘に対して失望してしまっている。辻響がこれだけでおとなしくなるはずないだろう?見るまでもなく、最後に頂点にのぼりつめるのは辻響だ。あの女は自ら自分の将来をふいにしたってことだ」理仁はこれに関してまったく同情して