LOGIN「弦さんが負けたら、この二万円でみんなに夜食をご馳走するわ。弦さんが勝ったら、あなたたちのお金は全部没収するからね」小夏は弦に恥をかかせたくなかった。この場にいる全員が尋ねるまでもなく、大和のほうに賭けた。弦は遠い所から来たのだから、誰も彼の武術の腕がどれほどかを知らない。しかし、彼は見た感じとても物腰が穏やかで教養がある。それにさっき大和が弦のことを「九条社長」と呼んでいたので、みんな弦がある会社の社長であることがわかった。そのような人が少し武道を習ったところで、形だけのものだろう。まさか花京院道場の跡取りに敵うはずがあるまい?その場にいた数人の先生たちは今持っている現金を全て取り出して、大和が勝つほうに賭けた。そして道場生たちは小さな子供ではないが、それでも中学生や高校生たちで、あまりお金を持ってはいなかった。それでも数百円出して賭けに参加した。「僕は、小夏先生と同じで九条さんに賭けます」ある道場生が二千円を握って、少し考えてから小夏のほうへそのお金を差し出して言った。 「先生、僕、一緒に九条さんが勝つほうに賭けます。もし、九条さんが見事勝てた時は、へへへ、ひと儲けですね」みんなが大和のほうに賭けた金額を合わせると、彼ら未成年にしてみれば、結構な金額になる。もし、弦が勝てば、彼は小夏と賭けに勝ったお金を山分けして、たくさんのお金が手に入る。小夏は笑って、彼から二千円受け取った。「このお金が、負けたら消えるうえに、夜食も食べられないかもよ?だけど、九条さんが勝てば、あなたとあのお金を分けて、一緒に夜食がたくさん食べられるわね」その少年は無邪気な笑いを見せた。「僕は、意外なこともこの世に起こると思ってるんです。もしかすると、九条さんは隠れた強者なのかもしれませんよ」彼の話を聞いて、小夏は彼の肩を軽く叩き、褒めた。「自分の考えもあるし、度胸もあるわ。九条さんが出てきたら、大きな声で声援を送りましょう。私たちは二人だけど、この場の雰囲気に負けてたまるものですか」少年は笑って言った。 「もちろんです!」そして、彼は自然に小夏の隣に立った。大和が勝つと予想した人たちは反対側に立ち、全員が小夏たちは絶対に負けると笑っていた。大和と弦が着替えて出てきた時、みんなが二手に分かれて立っていたので、弦
「私だって恋とか愛とか全くわからない馬鹿じゃないわよ」小夏は兄に不満をもらした。大和は弦をちらりと見てから、また恋というものを知らない妹に目をやって、はっきりとは言わなかった。いや、実はさっき彼ははっきりと示していた。弦が小夏に嫌われないように事前に説明していると言ってやった。それなのに妹は気付いていない。まったく、少しもドキッとするような反応を見せないのだから、これでは兄として心配するしかない。「お兄ちゃん、後で弦さんと試合する時、本気を出したりしちゃダメだからね」小夏はそう兄に注意し、同時に話題を変えさせた。大和は言った。「そりゃ、手合わせなんだから本気なんて出さないって、安心しろ。兄ちゃんは手加減するから」弦は先に大和に礼を言っておいた。四人はすぐに花京院家の道場にやって来た。夜もまだ先生が道場生たちに訓練している。四人が入ってきたのを見ると、全員が動きを止めた。「みんな、とりあえず休憩してくれ。俺にちょっと場所を開けてくれよ。ここにいる九条社長と手合わせをするんだ。みんなには本当の戦いってのを見せてやるぞ」大和が笑いながらその場にいる全員に言うと、みんなすぐにサッと場所を開けた。さっき生徒に教えていた先生が弦をじっと見てから、大和に言った。「大和先生、こちらの方はどちらの道場の方でしょうか?」花京院道場の館長の長男に挑みに来たという。大和は道場で一番の腕を誇る。彼ら他の先生たちの中に、大和とやり合える腕を持つ者はいない。「いや、弦さんは別にどっかの道場の人じゃないぞ。彼は小夏先生の友人で星城から来たんだ。彼は少し武術ができるから、ちょっと手合わせしようって話になったんだよ。お互いに学べるところがあるだろうしな」大和はこの時自信満々だった。自分は必ず弦に勝てると思い込んでいた。それは大和だけでなく、この場にいる全員が、弦が大和と試合をすると聞いて、弦はまったく彼に手が出せないだろうと自信を持っていた。大和が手加減して、何発か食らうのなら話は別だが。その先生は笑った。「それでは、大和先生と九条さんの手合わせをみんなで見させていただきます」大和は弦に言った。「弦さん、さあ、着替えに行きましょう。こういう服を着てると動きにくいし、破れやすいですからね」弦はただ笑っ
「それに、一般の人でも、結城おばあさんを怒らせようとは考えないんです。彼女の人脈は桁違いにすごいですからね。結城社長の奥さんたちと何度も交流して、親しくなっていけば、私の住む世界の人間のことを少しずつ理解していくと思います。みんなそれぞれに大変なことがあるんです」大きな有名一族同士の間には必ずといっていいほど付き合いがある。そしてその中には盟友とも呼べる関係の一族もある。「小夏さん、もしいつか私のせいであなたまで巻き込まれるようなことがあったら、その後私との付き合いを続けてくれますか?何かあった場合はすっぱりと私との関係を切ってしまうでしょうか?」その時、大和が振り返って言った。「うちの小夏をどんな奴だと思ってるんです?そいつはもう弦さんのことは友人と思ってるんですよ。小夏はね、人に対してとても誠実な奴なんです。小夏は本気で弦さんのことを大事な友達だと思ってますよ。そんな友達が何か困った時には、必ず助けます。関係を切ってしまうなんてありえないっすよ。ただ、犯罪行為はまた別です。法に触れるようなことをして小夏を巻き込むことは許せないですよ。そんなことがあれば、俺ら一家は弦さんと関係を切るだけじゃなく、思いっきり殴らせてもらいますからね」大和は次に妹に言った。「弦さんだって冗談言ってるだけだよ。お前本気にしてんのか?彼が本当にそこまで危険な立場にあったら、良心があるなら俺たちと関わろうとしないはずだぞ。巻き込んでしまうんじゃないかって心配するだろ。こんな堂々とうちに食事に来て泊まったりするはずないって。つまり、弦さんは本当にそんな危険な目には遭わないってこと。まあ、それも弦さんが良心がある人の話な。だけど、彼が良心がない人間には見えん」弦のおかげで大好きな酒にありつけた大和は弦のことを褒めていた。彼は立ち止まり、弦が近づいてから、肩に手を回して笑って言った。「弦さん、もしかして、うちの妹に気があるんじゃないですか?なんだかそういう話をしているのは、まるでうちの妹に嫌われないように、事前に説明しているように見えますよ」大和は武術に長け、少し粗暴で大雑把なところがあるが、だからといって馬鹿なわけではない。「お兄ちゃん」小夏は大和を呼んだ。「何をでたらめなこと言ってるのよ。弦さんは友達なの。兄妹みたいに仲が良いね
十分後。弦は小夏と肩を並べて歩き、その後ろに大和と勇飛が続いた。四人はしゃべりながら道場まで歩いていった。蔵峯の夜は昼間よりも賑やかになる。星城ほど繁華な場所ではないが、都市の市中心部だから、至る所に居酒屋やバーなど夜の街の明りが灯っている。「弦さん、道場に着いたら、まずは私と手合わせしてください。私たち三人兄妹、みんなお父さんから教わってきて、技や動きも似てるんで、もし私に勝てれば、お兄ちゃんと手合わせする時には勝てる可能性が高いですよ。お兄ちゃんは私より数年早く学び始めて、力もあるし、動きも素早いんです。お兄ちゃんが教えている生徒たちも腕の立つ人ばかりです。私はまだ子供に教えてるだけですから。まだ私は若いから仕方ないんですけどね。まだお兄ちゃんのように有名じゃないですし」蔵峯の武術界において、小夏の二人の兄はどちらもかなり有名だ。弦は言った。「それなら、お兄さんにとって不公平になるんじゃないですか。先に小夏さんと手合わせしたら、ある程度技を知ってしまいますから。大丈夫です。直接大和さんと対決しましょう。勝ち負けは私は気にしません。私が武術をやっていたのは、体を鍛えるためと、護身のためです。武術界での名声を追い求めるためではありませんからね」小夏は笑って言った。「弦さんはビジネスマンなんだから、それはそうです。弦さんは星城のビジネス界ではかなり有名な方でしょう?結城社長の結婚式では、周りがあなたにとても丁寧に礼儀正しく接しているのを見ました。人によってはまるで弦さんを怒らせないように、かなり気を使ってへこへこしてるようにも見えましたよ」小夏はこのようなビジネスの世界には足を踏み入れたことはないから、九条グループがビジネス界でどれほどの存在なのかはよくわからない。しかし、彼女は周りの弦に対する態度から、彼の地位を予想することができた。「そのおかげか、一緒にいた私にまですごく礼儀をもって接してくださいました。なんだか、すごく頼りになる後ろ盾ができたような感じがしましたよ」小夏はそう言うと、また笑った。「弦さんはただのビジネスマンだって言ってたけど、それだけじゃない気がします。もしかして、まだ明かしていない別の側面を持ってるんじゃないですか?」「いいえ、私の名前は九条弦で、九条グループの後継者です。あとは九条家の跡
大和は安川が妹に紹介してきた男はブサイクで豚みたいに太っていると言って嫌っていたのだから、絶対に今回のお見合いが成功するはずがない。力哉は大和と弦が手合わせをするのをとめることはなかった。しかし、忍は子供たちに叱りつけた。そして、息子には弦は客人なのだから絶対に怪我させてはならない、礼儀をもって接するようにと注意していた。花京院家では忍以外、全員が武術をやっていて、武術が好きでたまらない。同じく腕の立つ人物が現れれば、少し手合わせをしてみたいと思うのは当然のことだ。弦はこの時、後で道場に行って手合わせする時、本気を出すべきか、それとも手加減するべきか悩んでいた。小夏が強い人間に憧れを抱いていることを思い、弦は本気でいくことに決めた。軽々と大和に勝ってしまえば、きっと小夏から羨望の目を向けられるだろう。そうなった時、将来家族となる大和には恨まないでほしいと思った。食後、弦は食器を片付けるのを手伝おうとしたが、忍が急いでそれを阻止した。「弦さん、手伝わなくていいんですよ。あなたはうちの旦那とお茶でも飲んでいてください。私と小夏で片付けますからね」弦は笑った。「おば様、大丈夫です。私は家では食後は自分で片付けているんです。両親は食事を終えると食卓を離れてどこかへ行きますが、私は洗い物をするのに慣れているので」花京院家に来たのだ、絶対に好印象を残さねば。そう言いながら、弦は食器や箸を片付け始めた。「おば様は食事の用意をして夕方からずっとで疲れたでしょう。テレビでも見ていてください。私と小夏さんで片付けますから」忍は弦に断わることができなかった。しかし、彼一人に家事をさせるわけにはいかないので、二人の息子を呼んだ。「あんた達二人も手伝いなさい。人手が多いほうがあっという間に片付け終わって、道場に行けるでしょ」小夏の二人の兄はひとこと「そうだな」と返事した。息子二人を手伝いに召喚した忍はそれからキッチンを離れた。そして夫の隣に行って座った。この時、力哉はお茶を淹れているところだった。「弦さんは本当に好青年ね。食事の後、食器を片付けて洗い物までやってくれるなんて。あなたみたいに、食事が終わると箸を置いて、どこかに行っちゃう男とは全然違うわ。まるでこういう家事は女の仕事だと言わんばかりよね」「弦さんの家
小夏も弦に対して、まるで兄弟のように仲の良い友達だと思っている。だから、弦が前回花京院家を訪れた時に、家族全員から小夏の婿候補から外されてしまった。忍は声を詰まらせ、携帯を娘から取り戻し言った。「明日になってから決めましょう。もし、安川さんからキャンセルの電話がかかってこなかったら、行ったらいいわ。どうせ、うちの道場からはそう遠くないんだから」「明日出勤する時に、ワンピースとヒールの靴を持っていって。キャンセルじゃなかったら、それに着替えて行ってきなさい。そのほうが女の子らしく見えるから。いつもみたいに女のボディーガードみたいな格好をしないのよ。あんな姿を見たら、相手からあなたと目が合った瞬間パンチが飛んでくるって勘違いされちゃう」「お母さん、今もう空気も冷たくなってきたし、スカートなんて着て、風邪でも引いたらどうするのよ」小夏はちらりと弦の酒のグラスを見て、少し飲みたくなった。「誰が夏用のスカートだって言ったのよ。冬に着る厚手のでいいんだから」「お母さんったら、私のクローゼットのどこにスカートがあるのよ。大人になってから全然スカートなんてはいてないもん」鍛錬に不便だから、小夏はスカートが嫌いだった。「それにヒールの靴だって履けないよ。あんな靴じゃ歩けないわ。それに誰かと揉めた時に、ヒールの靴じゃ闘えないでしょ」弦は笑ってその話に続いた。「闘えますよ。ヒールの靴で蹴りを入れれば、相手に激痛を与えられます。相手が逃げたら、ヒールを相手に向かって思いっ切り投げつければ、また攻撃できるんですから」彼がそう言うと、花京院家の全員が彼に視線を向けた。弦はその瞬間気まずくなった。「ああ、えっと、テレビでそういうシーンを見たことがあって。おば様、別に小夏さんに喧嘩の方法を教えようと思ったわけでは……」「弦さん、妹から実はあなたもかなり強いと聞きましたよ。弦さんってば、この間はそれを隠して、父さんの弟子になりたいと言ったとか。食事が終わったら、ちょっと道場で手合わせしませんか?どれくらいの強さなのか知りたくって」と、大和が言った。弦は遠慮気味に言った。 「いえ、私は少しかじった程度ですから、強くなんてありません。自分の中ではこんなの素人の、ただの真似事くらいにしか思っていないので、この間は言わなかっただけで