Masuk鈴は辰巳のことを恐れているはずなのに、どうしてこそこそと彼を誘惑しに行ったのか。辰巳は見た目は穏やかで優しい紳士だ。ただ、それは表面上そう見えるだけであって、結城家の男たちの中に本当の意味で、そのような人はいない。彼らは時に残酷な手段で相手を苦しめる。辰巳は咲のことを深く愛しているから、彼女にだけ特別に接しているだけだ。そして咲が大事にする人のことを同じように大切にする。だから、流星も辰巳から良くしてもらえているのだ。しかし、鈴に対して、辰巳は一切容赦することはない。辰巳が鈴に本気を出していないのは、恐らく咲がそれを阻止しているからだ。咲は自分の家のことは自分で解決できると思っている。もし咲が止めていなければ、鈴などとっくの昔にその行方はわからなくなり、咲のところにこうやって騒ぎに来るなど絶対にありえなかっただろう。咲が今とても幸せに暮らしているのを見て、鈴は憧れと嫉妬で狂いそうなはずだ。流星は顔をあげた。苦し気に咲に謝罪をしようと思った時には、一体いつ家に戻ったのか、目の前から姿を消していた。彼は暫く自分の思考の世界に浸っていて、咲が離れたことにまったく気付かなかった。その場に立ったまま、流星は足がまるで鉛になったかのように重くて一歩も踏み出せなかった。彼は自分の甘さのせいで、今回の事が起きてしまったことに、責任を感じ、咲に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。辰巳をあそこまで怒らせてしまって、姉はきっと自分にがっかりしただろうと流星は思っていた。そして、鈴のほうはここまで来て何も得られず、辰巳の怒りにすっかり怯えてしまったうえに背中に怪我までしてしまった。見るまでもなく、鈴がどれほどの傷を負ったのか彼にはよくわかった。この時、咲は弟に失望するような暇もなく、夫の気持ちをなだめにいった。咲が家に戻ると、辰巳はすでにキッチンにはいなかった。出来上がった朝食は食卓に並べられていたが、床に散らばる食器の破片はそのままだった。咲は清掃担当の使用人に電話をかけて、そこを片付けるよう指示を出した。電話を切ると、彼女は二階にあがっていった。部屋のドアは閉められていたが、中から内鍵はかけられていなかったので、彼女は入ることができた。すると浴室から水の流れる音が聞こえてくる。辰巳は今シャワーを浴びているら
辰巳は何も言わず、ただ即座に上着を脱いで、そのままキッチンにあるゴミ箱に放り込もうとした。「辰巳」咲はさっき彼がゴミ箱に捨てようとしたあの上着を取りあげ、心配そうに尋ねた。「何か言ってよ。一体さっき何があったの?鈴が何かした?ねえ、言ってくれれば、あの子を厳しくしつけるわ。あなたに手を出そうとした?」辰巳は怒りに顔を真っ赤にして言った。「あの女、こそこそとキッチンに入ってきて、後ろから抱きついて、もぞもぞと体を触ってきやがった。俺は最初君だと思った。後ろを振り返ってみるとあいつがいて、頭にきたんだよ。押しのけて蹴りを入れてやった。それからここにあるものを投げつけたんだ」「……」咲はまさか鈴が本気で自分の夫に手を出してくるとはまったく思っていなかった。それに、後ろから抱きつき、体を触りまくっただと?辰巳もまさか鈴がここまで大胆な行動に出るとは思ってもいなかっただろう。それで咲だと思い込み、鈴であることがわかった瞬間に、怒りが爆発した。「咲、その服はさっきあのクソ女に触られたから、捨ててくれ!それはゴミだ。君を除いて他の女が俺に触るだと?俺の服に触ることも許せない。汚いやつに触れられた服などいらん!」そう言いながら、辰巳は咲の手からあの服を取りあげ、再びゴミ箱の中に投げ捨てようとした。「私が外に捨ててくるわ。ここに捨てたら、出たり入ったりするたびに思い出して気分が悪くなるでしょ。何度も気持ち悪い思いをするわよ」咲はそう言うと、彼から服を取りあげて、外に出ていった。玄関を出ると、咲は本当にその服を家の外に置いてある大きなゴミ箱に捨てて蓋をした。その時、流星が屋敷の門のほうから歩いてくるのが見えた。咲は立ち止まり、弟が目の前に来てから尋ねた。「鈴は帰った?」「鈴姉さんは必死に逃げていったよ。それより姉さん、一体何があったの?辰巳さんが突然あんなふうに怒り出すなんて、一体何が原因?辰巳さんが鈴姉さんの後ろから食器とか投げつけてるのを見たけど、あれにあたって背中がすごく腫れてたみたいだよ」流星はまさか鈴が辰巳を誘惑しようと思ってやったことだとは思いもしないようだ。「あのバカな子、もう少し逃げるのが遅かったら、辰巳がきっと殺していたわよ。良い事は学ぼうとしないで、母親と同じ人としてどうかと思うような恥
今、柴尾グループは咲が管理しているので、流星が何にいくら使ったかは、咲はおおかた把握しているはずだ。もし突然、大きな金額が動けば、姉はきっと自分に尋ねてくるだろうと流星は思った。もし、自分が鈴にかなりの金額を振り込んだとわかっても、何も文句は言われないかもしれないが、おそらく咲をかなり失望させてしまうだろう。それに、彼が鈴に多くのお金をあげてしまえば、鈴はきっと節約などせず、自己成長もしないだろう。自分で仕事を探そうとせず、ただ彼に寄生するようになるかもしれない。流星はわざわざ大学に休暇を申請して、刑務所にいる両親に面会に行くつもりだ。そして両親には彼らの全ての財産を彼に譲渡してもらい、その中から鈴に生活費を渡すことで、柴尾家の財産を食い尽くされないようにする計画じゃないか?そう考えた後、流星はその二万円の現金だけを鈴に渡すことに決めた。彼は素早く着替え、現金をズボンのポケットに押し込んで部屋を出た。数歩歩くと、咲がそう遠くないところで立って、静かに自分を見つめているのに気がついた。まるでどろぼうにでもなかったかのような気分で、流星は姉を見た瞬間、驚いてしまった。彼は無意識にズボンのポケットを押さえてから、すぐに手を放した。その自分の動作が逆にわざとらしくてばれてしまいそうだと思ったのだ。「姉さん、おはよう」流星は無理に自分を落ち着かせて、咲のほうへ歩いていくと、笑顔で朝の挨拶をした。咲は穏やかに彼に返事をした。「おはよう、ジョギングに行って帰ってきたの?」「そうだよ、さっきジョギングから帰ってきたところ。姉さん、もう起きるの?辰巳さんが、姉さんは疲れているからもう少し寝かせてあげたいって言ってたけど」咲は言った。「そうね、もうちょっと寝たいんだけど、眠れないからいっそ起きることにしたの。もう顔洗った?下に朝ごはんを食べに行きましょう。美味しそうな匂いがするけど、彼は今日何を作ってくれたのかしら」そう言うと、咲は一階におりようとした。流星は少し戸惑ってから、その後に続いた。しかし、二人が階段をおりているところで、鈴の悲痛な叫び声が聞こえてきた。するとすぐに辰巳が怒鳴る声も聞こえた。「うせろ!」咲と流星は思わず足を止めて、互いに見つめ合っていると、すぐに鈴がふらつきながらキッチンから飛び出
「多めにちょうだいね」鈴が言った。「今ぜんっぜんお金がないから、ご飯もまともに食べられないの」流星は言った。「姉さん、仕事を探したらどう?これならやってみてもいいって思える仕事なら、なんだっていいから、ちゃんと仕事をする気があるなら、たとえバイトでもまともに生活できるよ」鈴は不機嫌そうな顔をして言った。「私にどんな仕事をしろっていうの?私は堂々たる柴尾家のご令嬢なのよ、どうして仕事なんか探さないといけないわけ?以前だって、お父さんもお母さんも仕事に行かせようとしなかったわ。私は生粋のお嬢様なんだから、その人生を楽しめばいいって言ってたもの。咲が私の銀行口座を凍結さえしてなければ、お金に困ることなんてなかったのよ?それなのに、弟から教育されるってわけ?」流星も不機嫌そうな顔をして言った。「姉さん、俺はそんなつもりじゃないよ。ただ、今の俺たちは昔とは違うってことを言いたいだけ。自分で努力してお金稼いで生きていかなきゃ。もし姉さん自身に能力があるなら、別に口座を凍結されたって、困ることはないはずだよ。何も能力がないから、カードが使えなくなって、いろいろと困ってるんじゃないか」「わかった、わかったから、さっさとお金を持ってきてよ。あんたがあのめくらに味方してるのはわかってる。あいつとあんたはただお母さんが同じなだけなのにさ、私とあんたこそ同じ両親から生まれた本当の姉弟なのに。一体あのクソ女から何をふきこまれたのか知らないけど、こんなにあいつを信頼しちゃってさ。あいつは私たちの財産を独り占めして私たちの生活を苦しめているのに、なんであんたはあっち側に立ってるのよ。本当にバカなんだから。あ、あいつはあんたの口座は凍結してないから、あんたには甘いってことね?言っとくけど、あんたはまんまとあいつにおだてられてるだけだから。最後にあいつに私たちの財産を完全に奪われたら、あんたなんてすぐに捨てられるよ。その時は泣きついたってしょうがないからね」鈴は、同じ両親から生まれたのに、どうして弟が異父姉弟の咲を味方するのか理解できなかった。「咲姉さんは絶対にそんな人じゃないよ」流星は頭に来て言った。「姉さんがこれ以上咲姉さんのことを疑うってんなら、金はあげない。飢え死にしたくなかったら、自分で仕事を見つけて生きていくことだね」
「私が喜んでここに来たいとても思っているの?違うわ、ここは私たちの家でしょうが。流星、この家はね、私たちのものよ。あのめくら、私が刑務所に入っているうちに、お父さんたちまで刑務所に入れたのよ。私たちの家の財産を奪っていったわ。私が出てきてからは、あいつ、結城家の力を借りて、私を追い出して、家に入れようとしないのよ。以前働いてた使用人たちはほぼ全員変わってしまったわ。前からいる人だって、昔咲をいじめたことがない奴らばっか」鈴は弟に訴えた。「私が朝早くにここへ来て叫んでるって思ってるでしょうけど、あのめくらが私の電話にも出ないし、メールに返事もしないからよ。昨日の夜はホントに頭に来ちゃって、やっと明るくなったから、あいつに文句を言いに来て当然でしょ。あいつ、まだ起きてないわけ?」鈴は弟が門を開けた後、中に歩いていった。それでもがつがつと家に急いで向かうことはなく、数歩進んで立ち止まり、小声で流星に尋ねた。流星は答えた。「咲姉さんならまだ起きてないよ。義兄さんは起きて中で朝食を作ってる。鈴姉さん、もうそんなふうに『めくら』だなんて呼ぶのはやめなよ。彼女は俺たちの姉さんなんだぞ」「あいつを姉だと思ってるみたいだけど、あの女は私たちの家の財産を独り占めしてるじゃないの」鈴は今辰巳が家の中で朝食を作っている最中だと聞き、家に入ろうとしなかった。彼女は偉そうな態度でいるが、結城辰巳の名前を聞いた瞬間にビクビクと怯えだした。鈴は以前、咲から辰巳を奪おうと計画し、彼を誘惑しようとしたことがあるのを忘れていた。「流星、私たち東屋のほうに行って話しましょ。私は家には入らないわ。あのめくら、運が良いわよね。一体どうやってあの結城辰巳を誘惑して好きにさせたことやら。彼ってあの女にはとっても良くしてやるのに、私たちには薄情だわ。私はちょっとあの人たちが怖いの。流星、私とあなたは同じ両親から生まれた正真正銘の姉弟よ。こんな時には、私たち姉弟が心を一つにして協力して、お父さんとお母さんが残してくれた財産を守らなくっちゃ。絶対にあの咲って女に奪われてはいけないわ」鈴は弟の手を引っ張って、そう遠くないところにある東屋に行き座った。「流星、私急いで来たからまだ朝ごはんを食べてないの。ちょっと家からお菓子と果物を持ってきて私にちょうだい。それから、あ
柴尾家の裏庭に繋がれている四匹の犬は夜リードが外されて自由に行動できる。今はまだ朝早く、犬たちを世話する使用人はまだ裏庭に繋いでいなかった。鈴が大声で叫ぶのを聞き、四匹が裏庭から駆けてきた。そして直接屋敷の門まで走ってきた。鈴は門を取り壊したくてたまらなかった。あの四匹の犬が自分に向かって走ってきた時、驚いて後ろに下がり続け、恐怖に溢れた顔で声を出せなくなった。どうやら、鈴はこの間この犬たちにかなり驚かされたらしい。彼女はがぶりと噛まれてしまったのだからそれもそうだろう。今、この四匹の犬にはトラウマを持ってしまっている。執事が病院代を渡したが、噛まれた箇所は今でもズキズキと少し痛む。それに、あの時犬に追いかけられて噛まれた記憶が残り、夜よくそれを悪夢で見るのだ。そして心の中で、鈴は咲のことを非常に憎んだ。以前、鈴は犬を放って、咲を噛ませたことはなかった。それに、以前咲をいじめはしていたものの、本当に自分が得をしたのは何度あっただろうか?咲はいつも声をあげず、簡単にいじめられそうな弱い様子をしているが、実際は狡猾な狐と同じ。毎回咲にしてやられた時には母親に訴えていた。母親は鈴の味方をしていて、彼女のために鬱憤を晴らしてやろうとするが、叱られた。あんな目の見えない女もいじめられないのかと怒られたのだ。「流星?あんたいつ帰ってきたの?」弟の姿を見て、鈴はまた門に数歩近づいたが、門の前まで来る勇気はなかった。あの犬たちが門に近寄ってきて噛まれるんじゃないかと思ったのだ。「流星、早く、誰かにそこにいる畜生たちを連れていかせてよ。そいつらを見ると足が震えるの。知らないでしょうけど、私はね、あの陰険なめくらのせいで犬に噛まれたのよ。流星、お姉ちゃんに代わって憂さ晴らししてよ!」流星は犬たちに命令して言うことを聞かせようと思ったが、彼は普段この家で生活していないので、犬は一匹として彼の言うことなど聞かなかった。逆に彼を取り囲んでこないだけで良いほうだ。やはり使用人が犬が吠えるのを聞いて、急いで出てきた。そして目の前の状況を見ると、小走りで門までやってきた。「坊ちゃま、大丈夫でしたか?」使用人は申し訳なさそうに言った。「さっきしっかりと見ていなくて、四匹ともみんなこちらに走ってきてしまいました。今すぐ裏庭に繋いで







