「ママ、ひなたがおもちゃを僕に遊ばせてくれないんだ。ママ、僕もおもちゃ欲しい。ひなたが持ってるやつが欲しいの」恭弥も自分の母親の元に走って戻り、英子の服を引っ張って、あのおもちゃを持ってくるようにせがんでいた。英子は昔から自分の子供は宝のように思い、他人の子は道端の草程度にしか思っていなかった。それで、彼女は手を伸ばして言った。「陽ちゃん、あなたのおもちゃをお兄ちゃんに貸してちょうだい」「これは僕のだ!」陽はぎゅっとその箱を抱きしめて離さなかった。英子は数歩前に出て陽のところからその箱を奪おうとしたが、唯月にバシッとその手を叩かれてしまった。手首をきつく叩かれたので、痛くて急いでその手を引っ込めた。「唯月、なにすんのよ?」唯月は冷たい顔をして言った。「それはこっちのセリフでしょ?陽のおもちゃをその子に貸したくないって言ってるんだから。それなのに、伯母であるあんたはそれを勝手に奪うつもりなわけ?」英子「……」この時、佐々木父は顔色を暗くさせて娘を叱責した。英子が息子の手を引いて店の隅に行ってから、彼は申し訳なさそうに唯月に言った。「唯月さん、陽君がおもちゃを貸したくないっていうなら、それでいいよ。それは陽君のおもちゃなんだからね」「あんたたち一家揃って、一体何の用?」唯月は彼ら一家をサッと見渡して尋ねた。俊介はこの時口を出した。「昨日の夜、うちの父さんと母さんがお前んとこ行って話しただろう。今日は陽と一緒に虎を見に動物園に行くって」そう言い終わると、彼は息子に尋ねた。「陽、パパと一緒に動物園に行かないか?」陽はキラキラと瞳を輝かせて尋ねた。「パパ、ママも一緒?」俊介は唯月のほうをちらりと確認して笑って言った。「ママも一緒だよ。唯月、今日は早めに店を閉めろよ。俺らがここでちょっと食べてから、動物園に出発するぞ。ここから車で一時間はかかるからな。早めに着けば、子供たちだって長い時間遊べるだろう」星城アニマルパークは非常に広大で、その中には本当に多くの動物たちがいる。俊介は唯月と付き合いたての頃、週末を利用して動物園に行ったことがある。あの頃はまだ未成年だった唯花も一緒に行ったのだ。唯月は本来息子には元夫家族たちと一緒に動物園に行かせるつもりだったが、恭弥を見てまた不安になった。彼女が一緒に行かない
隼翔の母親である美乃里は琴音の前で唯月の話題を出したことがある。琴音は特に唯花のほうに注目していた。唯花があの結城家の若奥様になったのだから、交流を深めてみたいと思っていたからだ。それでもちろん唯月のことも気にはなっていた。唯月はなんと言おうが結城家の若奥様の姉だからだ。「これは俺のテナントで、貸しているんだ」隼翔はひとこと付け加えておいた。彼が店の人に代わって店が綺麗などと庇っていると琴音に思われないようにするためだ。琴音は微笑んだ。「なるほど自分の店舗だから、ここで朝ごはんを食べたわけね」「俺はもう腹いっぱいになっている。もう何も食べられない。樋口さん、それを持って帰ってくれ。わざわざどうもありがとう」隼翔は琴音を連れて会社に出勤したくなかった。琴音は笑って言った。「後で持って帰るわ。これから隼翔さんの会社をちょっと見学したいの。今回星城に来て、やる事がある以外に、あなたの会社のような大企業との提携の話もしたかったから」樋口家のビジネスもかなり大きい。美乃里は樋口家と親戚関係になりたいと期待している。琴音は星城での市場開拓をしたいと考えていて、東グループのような大企業と提携を結ぶことができれば、樋口グループにも利益となる。それに、この提携関係により、隼翔との距離を縮めて仲を深めたいと思っている。彼女から見て、東隼翔は確かに荒っぽく大雑把な性格ではあったが、繊細な一面も持っていると思っていた。隼翔を落とすことに成功すれば、彼女は将来絶対に幸せになれるだろう。ビジネス界を長年渡り歩いてきて、琴音は挑戦することが最も好きだった。隼翔を落とすことこそ、最近の彼女の興味を駆り立てることになっていたのだ。これは最も挑戦のし甲斐があることと言える。琴音の東グループを見学するという名目の下、隼翔もそれを無理にでも断ることができなかった。彼の母親の親友の娘であるからだ。彼は仕方なく車に乗ると、アクセルを踏み込み、車を発進させてあっという間に走り去っていった。琴音はすぐに彼の車の後ろに追いついた。このシーンを唯月は店の中から見てはいなかった。隼翔が店を出てからすぐに佐々木家の面々が大勢でグループになって店に押し寄せてきたからだ。大勢というのも、佐々木家は全員出動してきた。英子夫妻に、子供の恭弥まで佐々木母は市内
「今日は起きるのが遅くなってね」隼翔は適当に嘘をついて、唯月には教えなかった。親友の家で朝食を食べてはきたものの、お腹が満たされなかっただけだ。あのラブラブな様子の夫婦を見ていると、なんだかもう食べなくていいと感じたのだ。それが彼らが目の前から消えてしまうと急にお腹が減ってきてしまった。それでまた唯月のところに食べ直しに来なくてはいけなくなってしまったのだ。唯月は食事をしながら、息子にレゴブロックの遊び方を教えている彼を見て、二人のほうへ近づき、息子の隣に座って言った。「陽、ママが一緒に遊ぼうか」彼女はレゴの説明書を暫く見つめ、息子がぐちゃぐちゃにしてしまったブロックを見てからなんだか頭が痛くなってきた。仕方ない、彼女はレゴブロックで遊んだことがないからわからないのだ。唯花のほうはうまい。彼女はよくハンドメイドをしているから手先が器用で、頭の中でもすぐにどうやって繋げるのか閃くのだ。ちょうどお客が店に入ってきたので、唯月はその説明書を置いて陽に言った。「陽、ゆっくり遊んでね。ママがお仕事終わったらまた一緒に遊ぶから」「ママはできないもん。あずまおじたんならできるよ」このブロック遊びをする時に関しては、陽は東おじさんと遊ぶ方が好きだった。おじさんはとってもすごいと思っているのだ。「陽君、後でおじさんと一緒に行くかい?おじさんのところでゆっくりレゴをして遊んだらいいよ。わからない時は、おじさんが教えてあげるから」陽は少し考えてから尋ねた。「ママも一緒に行く?」「ママは忙しいからね、おじさんの会社には一緒に行けないよ」すると陽は断った。「ママが行かないなら、僕も行かない」隼翔は愛おしそうに陽の頭を撫でてやり、唯月に言った。「陽君の警戒心は本当に強いな」唯月は笑っていた。暫くして隼翔はお腹が十分満たされると、彼はここで引き続き陽と一緒にレゴのロボット作成をしたかったが、仕事が詰まっているのでそうするわけにはいかなかった。毎日ここ唯月の店で少しの間滞在できるように、彼は秘書に仕事のスケジュールを後ろに密に詰めさせている。朝食を食べる朝の時間を絞り出すためにだ。「内海さん、お金はLINEで送金しとくよ」隼翔は立ち上がって、唯月にそう言うと、また陽にも声をかけた。「陽君、おじさんは仕事に行ってくるよ。
八時、隼翔は車でまんぷく亭を通り過ぎる時、車を止めた。少し迷ってから、隼翔はやはり車を降りて数歩進んでから、何か思い出したらしくまた引き返して車のロックを開けた。そして車の後部座席いっぱいに積み上げられた箱の中から、一つ選んで取り出した。その箱の中にはレゴブロックが入っている。彼は陽が大のお気に入りで、たくさんのおもちゃを買って車に載せているのだ。こうすれば、毎度店に入って陽に会った時に、何か一つプレゼントしてあげられるからだ。それで彼が好きなのは本気で陽であって、別に唯月を狙ってきているわけではないと証明できる。以前の彼は毎度風車を買ってくるだけで、陽はそれに飽き飽きしていたのだった。だから他のおもちゃをいろいろ試すしかない。隼翔はレゴブロックが入った箱を持ってまんぷく亭に入っていった。「東社長、おはようございます」唯月は隼翔が店に入ってきたのを見ると、笑顔で挨拶してから尋ねた。「いつものにしますか?」「ああ、頼む」隼翔は親友の家で朝食を済ませてはいたが、どうもお腹に溜まっていなかった。午前の仕事が多いので、お腹が満たされていなければ仕事をする力が湧いてこないだろう?やはり唯月の店で朝食の仕切り直しをしなければ。「陽君、おはよう」隼翔は陽がレジの奥の方に座って、ペンで何かお絵描きしているのを見つけると、そちらへやって来て、レゴのお土産を陽に渡し、ご機嫌を取るようにこう言った。「陽君、おじさんが今日これを持って来たよ」東おじさんから毎度プレゼントをもらうことに、陽はすでに慣れていた。彼はレゴの箱を受け取ると、隼翔にお礼を言った。「開けてみてごらん。おじさんが君と一緒に遊んであげよう」陽はその箱を開けて、中からレゴブロックを出してみた。それは出来上がるとロボットになるレゴで、今の陽の年齢の子が遊ぶにはかなり難易度が高かった。しかし、陽はそれで遊ぶのは好きだった。彼に一箱レゴを渡せば、一日中でも遊んでいられるのだ。彼は自分なりにいろいろ考えてブロックを組み合わせる。隼翔が難易度の高いレゴを陽に渡したのには、実は下心があってのこと。彼は、陽のこの年齢では自分一人で完成させることはできないから、彼が陽と一緒に遊ぶという口実を作れると考えたのだ。陽にどうブロックを組み合わせればいいか教えながら
「妻がいる男はもちろん違うに決まってるだろ。一人寂しく自分で作った食事を自分で食べるのと、作った料理を夫婦二人で仲良く食べるのと全然違うね。自分が作ったご飯を愛する妻が美味しそうに食べている姿を見ているのは幸せなんだよ。そりゃあ、この種の幸せはまだ独身のお前には味わえないだろうがな。お前一人寂しく食べるなら、高級ステーキですら美味しく感じるものか。俺ら夫婦二人で食べるなら、どんなに硬い肉だろうが美味しく感じるもんだぞ。比べられるとでも?」隼翔「……こんなに特殊な男が料理すべき理由を初めて聞いたんだ。まるで料理がてんでできない俺らのような男は、将来幸せになんてなれないような言いぐさだ。確かに俺の料理の腕は壊滅的だが、将来は料理上手な奥さんを探せばいいだろう。そうすれば同じように幸せな暮らしができるはずだ」理仁は彼を責めるように言った。「お前は奥さんを探してるのか、それとも料理を作ってくれる家政婦を探してるんだ?」隼翔は少し言葉に詰まった後、話題を変えた。「俺にもちょっと食べさせてくれよ」「お前は自分で作って少しは料理の勉強して経験を積めよ。将来奥さんに美味しいご飯を作ってあげれば、彼女がきっと喜んでくれて、そのご飯は格別に美味しく感じられるぞ」隼翔は口を尖らせた。「理仁、俺は今ここの客人だぞ」「俺が誘ったわけじゃなし、自分で来たくせに。ここに住まわせてくれと頼んできた奴は客などではない。自分で作らないなら、シェフに作らせればいいさ。俺の料理が完成すれば、シェフがお前に朝食を準備できるからな」理仁がキッチンを占領している間、シェフは庭で庭師と互いの自慢話をしていた。「わかったわかった、自分で作るよ。俺が全く料理できないとでも思ってんのか?俺も若い頃は外でいろいろ渡り歩いてきた男だぞ。その時何も学ばなかったと思うか?」不良やゴロツキたちのいる裏の世界では下の者が上の者に飯を作ることも日常的にあったのだ。理仁は愛妻のために栄養満点の豪華な朝食を準備し終わると、庭に行って綺麗に咲く薔薇を切りとり、枝葉を整えてから自分で包装して薔薇の花束を作り上げた。その花束を唯花の席に置いてから、上の階に彼女を起こしに行った。隼翔は理仁が唯花のために行う全ての行動を見て、こっそりと写真に撮り彼らの親友である悟に送った。そしてひとこと「悟、お
理仁は愛する妻を慰めた。「あまり考えすぎないで。きっと義姉さんはこれからどんどん幸せになるよ」唯花は少し考えてから言った。「それもそうね。お姉ちゃんと東社長もまだ進展はないんだし、自然の成り行きに任せましょ。あなたが言うには、東社長ってとても自立していて人生の舵取りは自分でする人なのよね。彼がお姉ちゃんのことを好きになったらきっと幸せにしてくれるって信じてるわ」「そうだね、自然に任せよう。君は今ちょっと考えすぎかもしれないよ」理仁は彼女の着替えを取ってきた。「先にお風呂に入っておいで」唯花はその着替えを受け取ると、彼の端正な顔にキスをして、お風呂に向かった。三十分後。夫婦二人はベッドに横たわって世間話をしていた。「唯花、いつ俺と一緒に顧客との会食に参加してくれる?」理仁は愛妻に尋ねた。「いつ、お客様との付き合いの場があるの?」唯花は伯母と一緒に何度かパーティーに参加してから、かなり自信がついていた。主に理仁が彼女が困難に立ち向かう勇気や自信を与えてくれているのだ。彼とそのような場に出席するのも、それほど問題はないだろうと彼女は考えた。少なくとも、彼女はそのような場に行くことに気が引けるようなことはなくなっている。高いヒールを履いても淑女のように優雅に歩くことができるようになった。伯母が彼女を連れて、教えるべきことは一つも漏らさずに全て彼女にたたき込んでくれたのだ。姫華はこのような社交の場を面倒臭く思っているので、学ぶ気持ちがなかった。だから代わりに詩乃は自分が数十年培ってきた経験を全て唯花に伝授した。詩乃は二人の姪っ子が強い女性へ成長することをとても望んでいる。自分の娘に関しては、そもそも家柄の良い生まれである。父や兄たちからの支えもあり、そこまで強い女性になれなかったとしても、誰も彼女に手を出す勇気のある者などいないのだ。しかし、二人の姪っ子は違う。彼女たちは、自分の力で強くならないと、周りから尊敬されることはない。「俺は毎日仕事の件で話し合いの場があるよ。昼間はそれぞれ自分のやることがあるだろうし、俺も君の時間を奪ったりしない。夜、君が一緒に行くのにちょうどいい場があれば、一緒に来てくれないかな」彼ら男たちがビジネスの話をしている時、場合によっては女性が顔を出すのには相応しくない時もあるのだ