それか、姫華は叔母が大人になった後の姿をイメージできなかったのだろう。唯花は柏木家から帰って来た後、神崎家のそのおばさんが大人になった後のイメージを描いてみようと思った。姉に似ているだろうか?「そういうことなら、君のお母様が神崎さんの叔母さんだっていうこと?」理仁は「有り得ない!」と心の中で叫んだ。まったくもって有り得ない!そんなこの世で最も有り得ないようなことが、まさか自分の妻の身に起きるとは!最も助けてくれと叫びたくなることは、神崎姫華が以前、彼に公開告白をして、追いかけ回していたということだ。しかも唯花は姫華に彼を落とすためのアドバイスをしていたのだぞ。もしも彼が指輪をはめて神崎姫華にわざと見せていなければ、彼女は今でも毎日彼に付き纏い、彼を相当イラつかせていたことだろう。本来であれば、神崎姫華にはしっかりと教訓を与えてやるところだったのだが、まさかその彼女と唯花が仲の良い友人になるとは思ってもいなかったのだ。それで彼は何もできなくなってしまった。唯花に対して心から優しくしてくれる人には、彼は特別に好待遇をしてあげるつもりだ。内海家のあのクズどもは最近ピタリと鳴りを潜めていて、唯花に迷惑をかけにくることはなかった。彼が手を出したことだし、姫華も一役買っている。内海家は唯花の後ろ盾となっているのが彼であるということは知らず、姫華のほうだと勘違いしていた。それで姫華を恐れて今は静かになっているのだった。「私もどうなのかはわからないわ。お母さんは十五年前に亡くなっているし、もしも……」唯花は神崎夫人が数十年もの長い間ずっと妹の行方を捜していて、ようやく見つけたと思ったら、その妹はすでにこの世を去っていると知ったら、かなりのショックを受けてしまうだろうと思った。唯花は自分の母親に対しても、とても心が痛んだ。「たぶん、他人の空似だろう」唯花は落ち込んだ様子で言った。「神崎夫人は妹さんをずっと捜し続けて諦めたことがないわ。お母さんが生きていた頃、一度も自分の家族について話してくれたことはなかった。だけど、もし生きていたら、きっと、自分の家族を見つけたいと思ったでしょうね。お母さんは以前、私たちに話してくれたことがあるの。自分は一体実の両親に捨てられてしまったのか、それとも誘拐されて売られて来たのかを知りた
しかしそれよりも、今すべきことは陽のためにあいつらを懲らしめることだ。自分の正体については、まだ暫くの間は隠し続けることができるだろう。彼はもうすぐ桐生蒼真と雨宮遥の結婚式に出席するためA市に赴かなければならないのだから。どのみち、少しでも時間稼ぎができるなら極力そうするまでだ。彼も神崎夫人と会う前に、唯花に正直に話せばいい。その時は……唯花があまりに大袈裟な反応をしないのを祈るだけだ。彼は結婚当初、彼女に対して一切の感情も持っていなかったし、よく相手のことを知らなかったわけで、自分の正体を隠して彼女の人となりを見極めようと考えるのは、いたって普通のことだと思っていた。彼のこの身分なのだから、彼に近づいてくる女が金目当てなのか、それとも彼自身が好きなのか判断のしようがない。今、唯花の人柄や、物事を処理する際の向き合い方、自信を持ち強く自立した女性であることは正に彼の好みだった。そして彼女と共に過ごしていく中で、いつのまにか彼女に惹かれていった。電話をかけてきた姫華のほうは、唯花との電話が終わると、すぐに使用人に指示を出した。「坂下さん、ちょっと栄養の補助ができるような健康食品を用意してくれないかしら。子供が食べるものよ、人に贈るの」坂下は「そのお子様はおいくつでしょうか?」と尋ねた。「2歳ちょっとよ」「2歳過ぎのお子様でございましたら、特になにもなければ、栄養補助食品などは必要ないと思いますが」坂下はこのように自分の家のお嬢様に教えた。お嬢様はまだ結婚していない。子供のことをよく理解していないのは当たり前のことだ。彼女にこのように教えるのも彼女の仕事の一つなのだ。このお嬢様が相手に相応しくない贈り物をして恥をかき、家に帰って彼女に当たり散らすのを避ける必要もある。「まったく口にしちゃだめなものなの?」陽は健康だから、確かに何か栄養補助食品などは必要ないだろう。「鉄分、亜鉛、カルシウムなどの健康食品は問題ございませんが。しかし、こちらには置いていません」神崎玲凰は結婚しているが、自分の妻を溺愛中で、夫婦二人だけの世界にまだ浸っていたいので、子供は作っていなかった。神崎家の次男と長女である姫華は言うまでもなく、まだ独身貴族だ。それ故、家には幼児用の健康食品などは置いていなかったのだ。「だったらい
神崎夫人はそれを聞いて驚いた。「結城さんに彼女ができたの?」「結婚しているの。しかも奥さんにとても優しくて、溺愛してるみたい。お兄ちゃんでもその奥さんが一体誰なのか調べてもわからないんだから、情報が漏れないようにしっかり守っているんでしょうね」神崎夫人「……彼が結婚しているのなら、もう諦めなさいね。彼はそもそもあなたのものではないんだし、ずっとあなたの片思いだったし」神崎夫人は結城理仁のことを高く買っていたが、彼が自分の娘のことをまったく好きではないことがわかっていた。ただ娘自身が彼にアタックしてみたかったのだ。壁にぶち当たったのなら、他の道を探すまで。「お母さん、ちょっと話があるのよ」姫華は母親とこれ以上結城理仁の話をしたくなかった。彼の話題になると、ぎゅっと心が締め付けられる。長年好きだった男性が、ある日突然、結婚していると知ったのだ。彼女は危うく人の恋路の邪魔をする第三者になってしまうところだった。そしてその瞬間から彼のことを諦めなければならず、辛くないと言えば嘘になる。今の彼女は自分の気持ちを保つために、できるだけ結城理仁の話題は避けようとしていた。「なぁに?お母さん、もうすぐ家に着くわよ。それからじゃだめなの?」「あのね、聞いたら喜ぶと思って、叔母さんの新しい手がかりが掴めたのよ」それを聞くと、やはり神崎夫人は真剣な表情になり、驚きと喜びに溢れた。「姫華、手がかりが掴めたって?叔母さんは今どこにいるの?」「あの友達の唯花が、えっと、あの、この間『不孝者の孫娘』って炎上した子がいたじゃない?お母さんと叔母さんが小さい頃の写真を彼女に送って心に留めておいてもらおうと思って見せたんだけど、さっき彼女に電話した時、その写真をよく見たらなんだか彼女の甥っ子の陽ちゃんと叔母さんが似てるような気がするって言っていたの」それを聞いた神崎夫人の顔色は喜びの色から一転し、少し青ざめた。この間の炎上の件では、騒ぎは結構大きくなり、彼女は内海家が削除してしまった写真を見てはいなかったが、娘の口から大体のことを聞いていて知っていた。内海姉妹といえば、二人の両親はすでに他界しているはずだ。もし、唯花の甥が彼女の妹に似ているのであれば、それは唯花の母親が彼女の妹であるということで、その妹はすでに十五年前に亡くなっている
もし、唯花姉妹が神崎夫人の姪なのだとしたら……神崎夫人は二人の姪っ子が今までに味わって来た苦難を思うと、さらに心が締め付けられて苦しかった。「もうすぐ家に着くわ。待っててちょうだい、あなたと一緒に陽君に会いに行くから」これが最も可能性の高い手がかりだ。彼女は絶対に自ら妹に似ているという子供に会いに行くと決めた。……その頃、柏木家では。「お父さん、お母さん、引っ越さないでちょうだい。私、唯花に賠償金は払わせないって約束するから、これでいいでしょ?」英子は両親が家から出て行こうとするのを必死に止めていた。昨日、両親は帰るとすぐに荷物の整理を始めた。しかし、娘から泣きながら二度とあんな真似はしないと訴えられて、二人は一夜はなんとかここに留まっていたのだ。一晩もすれば、両親の怒りは収まると考えていたのだった。それがまさか今、やはり引っ越して出て行くと言われるとは思っていなかった。特に父親のほうの気がどうしても収まらないようだ。英子の夫である柏木輝夫も一緒に二人をなだめた。「義父さん、義母さん、英子の言うとおりです。引っ越してお二人の家に戻ったって、誰も世話をする人がいないのに、僕たちは安心できないですよ。僕たちと一緒に住んでいたほうが、家族一緒にわいわい楽しく過ごせるじゃないですか。義父さん、智哉も間違いを反省していますから。後で英子とあの子を連れて陽君に謝罪してきます。僕も昨日はしっかりと智哉にしつけてやりましたから」佐々木父はソファに腰かけてタバコをふかし、何も言わなかった。彼の横には荷物を整理したスーツケースが置かれていた。佐々木母は夫を見つめながら、何か言いたげだったが、言葉に出せないようだった。佐々木俊介に関しては、一言も発言することができないようだった。彼は昨日姉の家に着いて、甥が姉の旦那にひどくしつけられているのを見て、彼も怒りがほとんど消えてしまった。「お父さん」「黙っとれ」佐々木父は冷ややかに一喝し、顔を上げて娘をぎろりと睨みつけた。そして、彼の息子のほうはというと、一言も発せず隣に黙って立っているのを見て、彼はさらに怒りが込み上げてきた。それから、孫の智哉は娘婿にひどくしつけられたようだった。しかし、智哉の顔は氷で冷やした後、すぐに腫れが引いた。確かにまだ青あざは少し
「あんたら何しに来たんだい?」英子は彼らにきつい口調で尋ねた。彼女は唯花たちを中へ入れる気はなかったが、一人では力不足で彼らを止めることができなかった。彼女の夫はそんな彼女と真逆の態度で、腰を低くし唯花たちを中へと通した。智哉は唯花たちを見ると、怒りで目を大きく見開き睨みつけていた。それを父親に見つかり、捻られてしまった。「後できちんと謝罪しろよ」輝夫は小声で息子に注意した。「この人たちは、手に負えるような相手じゃない」柏木家の中をめちゃくちゃに破壊しても、彼らは何のお咎めなしなのだから。昨日警察は、まったく柏木家のほうに味方しようとはしなかったのだ。輝夫は結城家に何か並々ならぬものを感じ、逆らってはならない一家だと不安になり、自分たちの負けを認め息子には誠心誠意彼らに謝罪するよう注意した。実は輝夫は考えすぎだった。警察は監視カメラを見て、智哉がさすがにやり過ぎだと判断し、家の中が壊されたことには目を伏せることにしただけなのだ。他人の子供を病院送りにまでしておいて、相手に腹を立ててはいけないと言えるか?まだ子供を持っていない人なら、両親のその怒りと心を痛めることを理解することは難しいだろうが、子供がいる人なら、誰でもその映像を見れば怒りを爆発させることだろう。智哉は口を尖らせて、黙っていた。彼は自分が悪いとは全く思っていない。恭弥が陽に殴られたんだと主張していたからだ。智哉は恭弥の兄なのだから、弟が殴られたらもちろん弟の代わりに仕返しをするだろう。陽が先に手を出さなかったら、こんなことにならなかったくせに。それに別に陽が死ぬまで殴ることはしていないというのに、どうして大人たちの世界では、自分が大罪を犯した極悪人のようになっているのだ。智哉の考え方は彼の母親と完全に一致している。「唯花さん」佐々木父は穏やかな声で唯花に尋ねた。「陽君の様子は?」「お父さん、智哉を見てよ、この子はもうすっかり良くなったでしょ。陽ちゃんだって絶対治ってるわよ」英子は唯花が話す前に自分が話し出した。唯花は冷ややかな目で英子を睨みつけた。英子は不機嫌そうに言った。「なによその目は?唯花、昨日よくもうちの中をめちゃくちゃにしてくれたわね。被害額は……」父親に睨みつけられ、また夫から止められて、英子は結
佐々木母は陽が可哀想だと叫び、目をこする仕草を見せて、智哉を怒鳴った。「智哉、陽ちゃんはあんたの従弟なのよ。どうしてこんなひどいことができるのよ。陽ちゃんをこんなになるまで殴るだなんて」「お母さん、智哉だって自分が間違ってたってわかってるわ。この子だってまだ子供なんだから、力加減するなんてわかるわけないでしょ?」英子は息子に代わって弁解し、また唯花に向って言った。「唯花、智哉が陽ちゃんを殴ったことは、確かにこの子の間違いよ。昨日、この子の父親がしっかりしつけておいたわ。そして、自分が間違ってたって認めたの。後でこの子を連れて果物を買って、陽ちゃんのお見舞いに行くわ。しっかり陽ちゃんに謝るからさ。どうせ親戚同士だし、今回の件であんたらがうちの中を壊したことだって、お咎めなしにしてあげるから。だからそっちも、うちの子がやったことはもう言わないでちょうだい。子供同士で殴り合いの喧嘩をするなんてよくあることでしょう。私ら大人が出てきたらいけないんだよ。それに、恭弥が言うには陽ちゃんが先に手を出してきたらしいじゃないの。智哉はお兄ちゃんなんだから、そりゃ弟を守って当然でしょう。今あんたが姉を庇ってるのと同じことだよ」唯花は冷ややかに笑った。「英子、あんたってまったく物事が見えないようね。一体どっちが先に手を出したかって?監視カメラに本当のことがはっきりと映ってますけど」英子は言葉を詰まらせた。彼女はまた心の中で夫は使い物にならないと罵っていた。先に監視カメラの映像を消すのを忘れ、それが警察の手に渡ってしまったのだから。その監視カメラ映像が証拠となり、彼女が口で上手いこと言って、責任の矛先の向きを変えようと思っても、説得力の欠片もなくなってしまう。「今日あんたたちがここに来た目的は?言いな」陽のほうに責任を押し付けることができなくなり、英子は話題を変え、唯花たちにここまでやって来た目的を尋ねた。彼女は結城家側のほうへ目線を向けた。彼らは特別に何かをする必要などなかった。このようにそこに座っているだけで、ものすごい威圧感で、心臓まで震え上がってしまう。彼女の実家側の人間は見るまでもない。みんな肝っ玉が小さく怯えて何も言えない。一家揃って全く役に立たない!英子は心のうちで自分の家族を罵っていた。おばあさんと目が合うと、英子
英子は父親に睨みつけられ、何も言えなくなり、弟のほうに目線を向けて何かを訴えていた。俊介は姉からの救難信号を受け取り、ゴホンと咳をして唯花に言った。「唯花、姉ちゃんに智哉を連れて陽に謝罪させに行くだけで十分だろ。その、俺は陽の父親だ、あの子の保護者であるわけだし、俺に決定権があるはずだろう」唯花は俊介のその口ぶりにカチンと来て、皮肉を返した。「あんた、陽ちゃんの父親だって自覚あったんだ?他所の家庭の父親は自分の息子がいじめられたと知ったら、竹刀でも持って相手の家に殴り込みに行くでしょうけどね。あんたも人の父親だっていうのに、なるべく事を荒立てないようにしたいなんて、甥って自分の息子よりも大事なんだ?」そういい終わると唯花は輝夫に言った。「陽ちゃんは緊急で手術室に運ばれて、全身の検査もしたわ。全部で数万円はかかった。病院から領収書はもらって来てる。あんたたちに私が余分に金をだまし取ろうとしてるなんて言われないようにね。今日私が来たのは、まずはあんた達が子供を連れて姉と陽ちゃんに謝罪に行ってもらうため、そして今後は二度と陽ちゃんに近づかないと約束してもらうためよ。次に、慰謝料についてよ。陽ちゃんは心に大きなダメージを負ってるわ。今後彼の心の傷を癒すためにどれほどお金がかかるかわからないけど。これははっきりといくら賠償してと、今ここで言うことはできないわ。とりあえず先に治療費を払ってちょうだい。今後も治療費が必要になるなら、それは全部あんた達に出してもらうわ。栄養をつけて早く回復させるための栄養補填のための食費や、精神的ダメージを癒すのにかかる費用も、そんなに高い金額を請求したりしないわ。昨日の治療費と合わせて、今はとりあえず、陽ちゃんに対して百万円慰謝料として渡してちょうだい」英子はそれを聞くと飛び上がった。「あんた、いっそのこと銀行強盗でもやってくれば?陽ちゃんは一体いくつよ?栄養をつけるための食費に、精神的なダメージを受けたことへの賠償もだって?だったらうちの智哉も殴られたんだから、それの賠償もしなさいよ」唯花は彼女に聞き返した。「あんたの息子は誰に殴られたんだっけ?」英子「……」「その息子を殴った相手に慰謝料を請求しなさいよ。どのみち私たちは誰一人としてあんたの息子を殴ってないし」英子「……」暫くして、彼女は恨めしそ
唯花がすぐに息子の嫁にお金を送金したのを見て、佐々木父は小さくホッと息をついた。お金は息子の嫁に渡ったのだから、自身の孫に使われるのだ。赤の他人の手に渡ったわけではない。もし息子に渡していたら、それはまた自分の娘の財布の中に戻ってきてしまう。柏木家から出ると、結城家の一番年下である結城蓮は兄の車に乗ると言って聞かなかった。車に乗った後、彼は唯花に言った。「お義姉さん、昨日喧嘩しに来た時、どうして俺の事も呼んでくれなかったんですか。兄さんたちが俺だけ除け者にしたんですよ」唯花は後ろを振り返り、一番年の若い義弟を見て言った。「あなたはまだ未成年だもの。私たち大人は未成年を守らないといけないでしょ」「……確かに俺は未成年ですけど、智哉だって未成年じゃないですか。俺とあいつが喧嘩すれば、未成年同士の喧嘩になるでしょ」「私たちが手を出す必要はないわ。あちらの父親に子供の教育をしっかりさせればいいの。さっき佐々木英子っていうあの子の母親が言った話は聞こえてたでしょ。私たちに賠償を要求しようとしていたわ。あの子は自分の父親に殴られたんだから、英子は私たちに請求することができなかったのよ」「おばあちゃんが、俺を連れて来たのは数を稼ぐためだって」蓮は不満そうに口を尖らせた。「来てみたら、まさか本当にただの数合わせ役だなんて」理仁は低い声で言った。「お前は何がしたかったんだ?」蓮はすぐに口を閉じた。実際、彼らが今日柏木家に一緒に来たのは、義姉のサポートをするためだ。話し合いは全部義姉自ら行い、兄は何も口出ししなかった。義姉は陽の叔母だから、彼女はここに来た彼らの中で一番陽のために仕返しをする資格を持っているのだ。唯花は夫が蓮をビビらせたのを見て、彼に代わって言った。「理仁さん、蓮君を脅かさないであげて、彼だって良かれと思って来てくれたんだから」「そうだよ。兄さんはいっつも俺を脅してくるんだ。お義姉さん、兄さんはうちの父さんよりも厳しいんですよ。毎回家に帰って来て俺に会ったら、大箱いっぱいに練習ドリルを持ってくるんです。ずっとその問題をさせられて、休むことも許してくれないんですからね」蓮は初めて唯花に会った時、唯花に媚びを売っておこうと決めていた。彼の兄は今後、絶対に彼女の尻に敷かれることになると確信したからだ。それ
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ