「本当に気が利く優しい人ね」唯花は服を手に取り、すぐにはベッドをおりなかった。片手で服を抱きかかえ、もう片方の手で携帯を取り、いつものように先にインスタを開いて確認した。昨夜アップしたストーリーズには数人「いいね」を押してくれていた。しかし、そのストーリーズを公開している人は近しい友人などに限っていた。業者が提携している店にだけ売るように、彼女は誰にでも見せるのではなく、自分のプライベートな空間をしっかりと守っていたのだ。ストーリーズなら、どのみち24時間で削除されてしまうし。昨晩アップしたストーリーズに初めに「いいね」を押した人は理仁だった。唯花はそれを見て驚いた。彼ら夫婦がお互いにインスタをフォローした時に、彼女はストーリーズを彼に対して公開するにしていただろうか?たぶん当時、彼がフォローしてくれた時に、特に彼に対してストーリーズを非公開設定にはしていなかったのだろう。結婚手続きをしてからというもの、彼女のハンドメイド作品やベランダに咲く花以外に特に何もストーリーズに投稿していなかったことを思い出した。唯花はそれでホッと胸をなでおろした。幸いにもインスタで理仁の悪口を言っていなくてよかった。その時、理仁がドアを開けて入ってきた。「目が覚めた?」彼はスポーツウェアを着ていた。聞くまでもなく、彼は外で朝のジョギングをしてきたのだ。「寒くなったのに、あなたもこんな朝早くに起きてジョギングだなんて」「習慣になってしまったからね」理仁は部屋のドアを閉めた後、彼女のほうへ歩いてきて、ベッドの端に腰をおろし、心配そうに彼女に尋ねた。「お腹はまだ痛い?」「もう大丈夫よ」唯花は服を抱えて携帯を手に持ちベッドからおりた。「今すぐ着替えたりしないよね、私が先に洗面所に行ってくるから」「先に使って。俺は朝ごはんを作りに行くから」唯花はそれを聞いて足を止め、彼のほうへと向いて尋ねた。「あなた、問題ない?」聞いた理仁は顔を暗くさせた。唯花は彼のその表情の変化に気づき、急いでいった。「そういう意味じゃなくて、美味しい朝ごはんが作れるかって聞きたかったの」理仁は立ち上がり、彼女の前までやって来ると、手を彼女の整えていない乱れた髪に当て、それを梳かしてあげながら低い声で言った。「俺に問題があるかないかは、君が実際
唯花が、生まれ変わって太陽のように暖かくなった理仁のおかげで心まで温かくなっている時、姫華のほうは朝起きてすぐに冷水を浴びせられたかのように心まで冷え切っていた。理仁の裏工作によって、姫華は全く唯花の投稿した写真を見ることはなかったが、彼女の義姉が見せたのだった。義姉は姫華が起きたばかりの時にドアをノックして中に入ってきた。そして、義姉は何も言わずにある写真を開いて彼女に見せた。姫華は起きたばかりだったので、義姉がこうする意味をよく理解できていなかった。それで彼女は義姉に尋ねた。「お義姉さん、誰がこんなラブラブっぷりを見せつけてきたの?わざわざ私に見せにくるなんて、彼氏がいないことを皮肉ってる?」神崎家の当主玲凰の妻である神崎理紗(かんざき りさ)は静かに彼女を見つめ、ひとことも発しなかった。実際、理紗は姫華が真実の愛を追い求めることに賛成していた。結城理仁はどこをとってもとても優秀な人間だから、義妹にとても相応しいと考えていたのだ。しかし、どうしようもないことに、結城理仁は全くこの義妹のことを好きではなかったのだ。義妹も諦めようと努力をしてみたことはある。しかし、数年間かけてもやっぱり諦めきれず、大胆にも公開告白し、理仁を追いかけ始めたのだった。それがまさか結城理仁が突然結婚するなどと誰が思いついただろうか。だから彼女は結城理仁はわざと義妹に結婚していると見せかけるために指輪を見せて諦めさせようとしているのだと思っていた。しかしこの日の朝、彼女は夫から送られてきた理仁のインスタのスクショを受け取ったのだった。理仁のその写真投稿には一文字もコメントをつけていなかったが、誰が見ても彼がインスタでもう結婚したと宣言したことがわかるものだった。玲凰はこの写真を理紗の携帯に送り、姫華に見せたのだった。つまり姫華に結城理仁のことを完全に諦めろと言いたいのだ。しかし理紗は夫に、こんな朝早くに姫華にこんなものを見せたら心に悪い影響が出るんじゃないかと言った。玲凰は姫華は遅かれ早かれ知ることになるからと返事した。結城理仁がこの写真をインスタにアップすれば、星城の上流社会ではこのことがあっという間に広まり、隠せることではなくなるからだ。彼らは姫華の家族として、他人が彼女に教える前に姫華に見せたのだ。姫華が家族が自
理紗は義妹のことを可哀想に思い、しっかりと抱きしめ慰めた。「姫華ちゃん、結城さんは本当に結婚したみたいだし、もう彼のことを考えるのはおしまいにしましょう。この世には結城さん以外にもたくさん良い男性がいるわ。あなたが彼のことを完全に諦め切れたら、彼よりも良い男性がいるってことに気がつくはずよ。姫華ちゃん、私はあなたがとっても良い子だって思ってるの。結城さんがあなたのことを好きにならなかったからって、自分のことを否定しないで。私の話をしっかり聞いて。結城さんのことは忘れましょう。私とお兄さんがあなたに相応しい相手を探すのを手伝うから。あなただけを愛してくれる素敵な男性をね。将来、結城さんなんかよりもずっと幸せになれるって保証するわ。結城さんみたいに冷たい人と結婚した女性が幸せになれるとは限らないし。考えてもみて、誰があんなふうに毎日毎日氷山のように冷たい人と一緒にいたいと思う?」姫華はきつく下唇を噛みしめ、必死に涙を堪えていた。理紗は彼女がそんなふうに唇を噛んで出血しないか心配し、我慢できず夫の悪口を吐いた。「玲凰の大馬鹿者、こんな朝早くに私を悪者に仕立て上げるだなんて。姫華ちゃん、やめてちょうだい、そんなふうに噛んだら自分を傷つけちゃうわ。つらいなら思い切り泣いていいの。泣いて気持ちを吐き出すのよ。お義姉さんは余所者じゃないでしょ、家族なんだから、泣きたいなら泣いて。そうしたほうが気持ちが楽になるんだから。そうだ、私と一緒にショッピングに出かけましょうよ。たくさん買い漁るの。あなたが好きなものは何だって買っちゃうんだから。それか、あなたのお友達を誘って出かけてもいいじゃない?」姫華は手で目をこすり、唇を噛むのをやめた。笑おうとして笑ったが、その笑みは泣き顔よりも悲痛な表情を見せていた。彼女は「お義姉さん、私は大丈夫だから。前から知っていたことだし。あの日、理仁が結婚指輪をつけているのを見て、わかってたことだもの」と言った。「お義姉さんが言うことは正しいわ。この世界にはたっくさんイイ男がいるものね。それは理仁一人だけじゃないんだもの。私も別に彼じゃないとダメってわけじゃないし。彼がもう他の女性の夫になったんだっていうなら、彼への気持はもう諦めるわ。これでよかったの、彼がようやく私を完全に諦めさせてくれたわ」理仁が結婚指輪をしている
「これこそ私があなたを気に入っているところなの。人によっては相手が結婚しているかどうか無視して好きになったら真実の愛だとかなんとか言って、人の結婚をめちゃくちゃにしようとする人間もいるでしょう。ああいう人って、私本当に嫌いなのよね」彼女が言ったことは心から出て来た言葉だった。義妹である姫華の人となりがかなり良いからこそ、彼女は夫側の家族たちと同じように、まるで血の繋がりがあるかのように義妹に接しているのだ。それがもしクズのような人間であれば、彼女はこのような人間の相手などしたくない。「お義姉さん、私はもう大丈夫だから、もう一度寝てちょうだい。お兄ちゃんにも、私のことは心配しないでって伝えて。私だって別に結婚できないような女じゃないんだからね」「わかったわ、じゃあ私は部屋に戻るわね。あなたももう一度寝直したら?」「私は寝なくていいや。後で唯花を誘って遊んでくる。そうだわ、昨日うちのパティシエが作ったあのお菓子とても美味しかったわね。残ってるかどうかわからないけど、唯花と明凛の分を包んで持っていってあげようっと。あの子たちは二人とも甘いものが大好物だから」それは彼女の義姉と同じだった。神崎家には本来パティシエは雇っておらず、ずっとシェフがお菓子作りも担当していた。しかし、理紗が結婚して神崎家にやってきてから、彼女の兄が特別に理紗のために腕の良いパティシエを雇ってきたのだ。理紗のために様々なお菓子を作る専属パティシエだ。理紗は笑って言った。「私も食べてみたけど、とっても美味しかったわ。パティシエにはまた新しく今日デザートをお願いしていたの。下におりてみて、きっとできているはずよ。多めに唯花さんたちに持って行ってあげて。もし彼女が好きなら、毎日届けさせてもいいわよ」内海唯花がもしかすると夫の従兄妹かもしれないので、直接はまだ会ったことはないが、唯花に対して好感を抱いているのだ。「彼女はきっと好きよ」唯花と明凛の話題になり、姫華は話す時に笑顔を浮かべていた。あの二人はどちらも食いしん坊だから、確かに親友になるのは自然のことだろう。性格もだいたい似ている。話題が逸れた後、姫華は理仁が結婚していることはさほど気にしなくなったので、理紗は安心して自分の部屋に戻っていった。玲凰は部屋で妻が戻って来るのを待っていた。「姫華
玲凰はため息をついた。そうだ、人生には後悔はつきものなのだ。……唯花は姉が借りているマンションへと向かった。そして、清水と陽を連れて、理仁と一緒に店に出勤した。彼女は理仁の車に座ってはいなかったが、彼が車で彼女の車の後に続いて送ると言ってきかないので、それをおとなしく受け入れるしかなかった。陽は母親と一緒にいたことで、だいぶ落ち着きを取り戻していた。それに清水に遊んでもらうこともまた慣れたので、唯月はようやく働き始めることができたのだ。試用期間はまだ終わっていないので、ずっと休みを申請するわけにもいかなかった。店に到着してすぐ、理仁は唯花に催促した。「エタニティリングを早く」唯花「……つけるわ、今すぐつけるから。今後はずっとこの手につけ続けるって約束するから」そして、彼女はレジの前に行き、鍵で引き出しを開けた。あの相当に価値のあるエタニティリングはその引き出しの奥の方におとなしく眠っていた。それを見た理仁の顔色が闇夜の如く暗くなっていた。彼女はなんと適当なのだろうか。唯花はその指輪を取り出すと、再び薬指にはめ直した。昨夜、とりあえず応急措置でつけていたあのゴールドの指輪は、この日家を出る前にすでに外してあった。「ほら、確認した?」唯花はわざとらしく自分の手を彼に見せびらかした。理仁はこれでようやく満足してくれた。「ほらほら、早く会社に向かって。送れちゃうわよ」理仁「……」いつもいつも、早く早くと彼を追い出そうとするよな!彼女はちっとも彼のことを恋しいと思ってくれないのか。「陽ちゃん」明凛が店の奥から出てきて、陽が来たのを見ると、笑顔で向かってきて清水のもとから陽を抱き上げた。そして、理仁に挨拶代わりに少し会釈をした。本来は妻からキスの一つでももらってから出勤するつもりだったが、明凛が出てきたので、この淡い期待は悲しくも消し去るしかなかった。理仁は淡々と「どうも」と明凛に返事し、挨拶を済ませてから、すでに自分の近くからは去っていたあの人にもう一回意味深な目線をやり、背中を向けて店を去っていった。数歩進んで、また足を止め、振り返って唯花のほうを見た。明凛が唯花がつけているあのダイヤの指輪を見てきたので、唯花は手をまっすぐと伸ばして親友にそれをじっくりと見せていた。理仁
姫華はただ自分の見間違いだと思った。理仁はいつもあのロールスロイスに乗っているのだ。それにいつも黒い何台かのボディーガードの車もしっかりと後についている。また、理仁がこんなところに現れるわけもない。彼の家族で、星城高校に通っている人もいない。それで、姫華はさっきのことを記憶に留めなかった。唯花の本屋の前に着くと、彼女は車を止めた。すると、唯花が陽を抱っこして店から出てきた。「唯花、私が来たってわかったの?」姫華は車を降りながら笑って言った。「しかもわざわざ陽ちゃんと一緒に出迎えに来てくれるなんてね」「そうじゃないのよ。これから陽ちゃんを連れてスーパーに行こうと思って」姫華はやって来て、陽を抱っこしようと手を伸ばしたが、陽のほうはぷいっとそっぽを向いてしまって唯花の首にしっかりと抱きつき「おばたんがいい」と言った。それで唯花はどういうことか説明した。「陽ちゃんは今だいぶ良くなったんだけど、いつもよく一緒にいる人とじゃないとまだ嫌がるのよ」「あの佐々木一家のクズ共のせいね!」姫華は可愛い陽を抱っこすることができず、思わずまた佐々木家を罵った。そして、尋ねた。「お姉さんはあのクズと離婚できた?」「したわ。昨日離婚したの。財産分与した分もちゃんと口座に入金されたわ。住んでいた家の内装費だってしっかりといただいたしね」唯花は陽を抱っこしたまま店に戻った。姫華が来たので、彼女はひとまずスーパーに行くのはやめることにしたのだ。「こんなに朝早く来るなんて、鑑定結果が出たの?」姫華一人だけで、神崎夫人の姿は見えなかった。恐らく、結果が出て彼女と神崎夫人には血縁関係がなかったのだろう。「結果はまだ出てないの。お母さんが明日の昼に出かけて取りに行くって。私今日あんまり気分が良くなくて、あなたの所に来たってわけ。あなたとおしゃべりしたら気分も良くなるからね。お母さんも一緒に来たがっていたんだけど、来ないでって言ったの。だって、私がこの鬱憤をスッキリ晴らしたいんだもん」姫華は理仁に長年恋焦がれていたので、短い時間で彼への気持を整理しろと言われても、それはなかなか難しい問題なのだ。彼女は辛く、心に傷を負っていたが、家族の前では泣きたくないのだった。それは家族に心配をかけたくないからだ。唯花は彼女の気持ちを理解してくれる
姫華はお茶を一杯飲んだ後、つらそうに口を開いて言った。「唯花、結城社長、本当に結婚していたのよ」唯花はそれを聞いて目をパチパチさせた。「この間、彼は結婚指輪をはめていたって言ってなかったっけ?」それなのにどうしてまた結城社長が結婚しているなどと今日も言ってきたのだろうか。姫華は少し黙ってから言った。「彼が結婚指輪をしているのは見たけど、心の中では少しそうじゃないって期待もしていたの。彼がわざと指輪をつけているのを見せて私を諦めさせようとしているんじゃないかって」明凛は彼女に尋ねた。「もう確定したの?結城社長が本当に既婚者だって」姫華は頷いてそれに答えた。「結城社長がインスタで自分は結婚しているっていうのを公表したのよ。これは今星城の上流社会でかなりの衝撃を与えているわ。多くの人が結城社長の奥さんは誰なのか知りたがっているの。今も芸能記者たちが結城グループと結城社長の邸宅を見張って、一番最初にビッグニュースを手に入れようと争っているわよ。だけど、ここに来る前にどんな報道もされていないから、きっと何も情報が得られてないんでしょうね」唯花は驚いて一瞬言葉が出せなかった。「メディアはそんなに彼の結婚に注目してるわけ?」明凛と姫華は同時に唯花のほうを見た。唯花は気まずくなってハハハと笑った。「私、ずっと結城社長なんて全然知らなかったし、私からはかなり遠い存在だって思ってるし、一生関わりを持つような相手ではないでしょう。だから私がこんなことに注目するはずないじゃない。そんな時間があったら、招き猫でも作ってお金を稼いでいたほうがマシよ。明凛が彼の噂をするのが好きで、よく私に話していたから、彼のことを知ってるだけよ」姫華「……星城一のトップ富豪である結城御曹司で、かつ結城グループのトップに立つ人よ。高貴な身分だし、おまけにかなりのイケメンでしょ、ずっと独身を貫いていて、恋愛話すらも聞いたことがなかったのに、突然『結婚しました』だなんて宣言したんだから、そのひとことで世間はかなり大騒ぎなのよ。だから記者たちはどこの令嬢が結城社長の妻になるっていう、そんな幸運の持ち主なのか知りたくて知りたくてたまらないの。芸能記者たちだけじゃなく、私たちだって知りたいのよ。だけど、お兄ちゃんでも調べることができなかったわ。一体結城家の若奥様になったのはど
明凛は姫華に激しく揺さぶられ、目が回りそうになった。彼女は姫華の手を押しながら慌てて言った。「姫華、私は九条さんとはただ一度お見合いをしただけよ。それ以外何もないの。私が聞いてもきっと教えてくれないわよ」「明凛、あの九条悟とお見合いしたの?」姫華は驚きのあまり、声を上げた。「九条悟と言ったら、星城で最もハイスペックな独身男性の一人よ」明凛が悟とお見合いできる資格があるかどうかについては、姫華は疑わなかった。なぜなら、明凛は星城にある富豪家の娘で、そのおばが金城家の奥様だからだ。上流社会のパーティーに、そのおばはよく明凛を連れて行っていた。しかし、明凛が大塚夫人の誕生日パーティーで床に寝転がるという大胆な行動に出てからというもの、おばはもう彼女を連れてパーティーへ行かなくなった。「唯花の旦那さんが紹介してくれたのよ」唯花は笑って、大人しく白状した。「うちの旦那は九条さんを完全に味方につけたようね。九条さんが仕事が忙しすぎて、まだ独身なことを知って、明凛ならちょうどふさわしいと思ったのよ。それで、勇気を出してその赤い糸を引こうとしてみたの」「唯花、旦那さんもなかなかすごい人だわ。九条さんを味方につけられるなんてね。どうりで結城グループでも、うまくやっていけるわけね。九条さんは結城社長の最も信頼する人物なの。結城グループで結城家の他の坊ちゃんたちよりも高い地位についているのよ。同じ会社の同僚だけでなく、私たちのような人間でも彼に贔屓されたいと思っているわ。残念だけど、彼は結城社長の親友で、結城社長が私のことが好きじゃないから、九条さんも私を見るたびに、すぐ避けてしまうの。だからこちら側についてもらうことなんかできやしないわ」明凛と唯花は言葉を失った。九条悟ってそんなにすごい人なのか。姫華のようなお嬢様でも彼を味方につけたいと思うとは。九条悟でもこんな感じだったら、結城社長を味方につけてしまえば……この世にできないことなどなくなるじゃないか!唯花は思わず、誰かが結城社長に贔屓されたら、星城で無敵になるだろうと思った。「明凛、九条さんって人、どうだった?」姫華は今すぐにでも悟を通じて結城家の若奥様の正体を知りたかった。たとえ負けたとしても、どんな人物に負けたのかをはっきりと知りたいのだ。明凛は手を広げて見せた。「
唯花は清水が掃除しようとするのを見て、特に気にせず先に出かけた。清水は彼女を玄関まで見送り、エレベーターに乗ったのを確認してから、家に戻り急いで携帯を取り出して理仁に電話をかけた。最初、理仁は電話に出なかった。清水は連続三回もかけたが、それでも出てくれなかった。仕方なく、清水は彼にメッセージを送った。「若旦那様、若奥様が薬を飲みました」すると、一分も経たず、理仁は自ら電話をかけてきた。「唯花さんが何の薬を飲んだんです?」理仁の声はいつものように感情が読めないくらい冷たくて低かったが、彼をよく知っている清水はわかったのだ。彼は今緊張している。「若奥様は寝不足で、頭と目が痛いと言って、鎮痛剤を飲みましたよ」理仁は一瞬無言になった。びっくりしたじゃないか!清水がはっきり説明してくれなかったせいで。彼は唯花が薬を飲んで極端な行動をしたのかと勘違いしたのだった。いや、これは彼の考えすぎだ。唯花は明るい性格だから、他の誰かがそんな極端な行動をしようとも彼女はしない。ましてや理仁が原因でそんな行動をすると思うなんて、自意識過剰にもほどがある。彼女の心の中で、彼は明凛とも比べられないのだ。「若旦那様、若奥様は朝食を食べた時いろいろ話してくださいました」清水はため息をついた。「若旦那様、どうか考えてください。若旦那様は一体若奥様のどこが好きなんですか。もし若旦那様の思う通りに彼女を変えようとしたら、変わった若奥様はまだ若旦那様が好きな彼女でしょうか」「彼女は何も話してくれなかったんですよ。隼翔も知っていることを、俺が知らないなんて」「若旦那様こそ、あらゆることを若奥様に話しているんですか。どうか忘れないでください。若旦那様はまだ正体を隠しているではありませんか。若旦那様のほうが多くのことを隠しているでしょう」理仁は暗い顔をした。「清水さん、どっちの味方なんだ?」「もちろん若旦那様の味方ですが、だからこそ、こんな身分に相応しくないことを口が酸っぱくなるぐらい言ってるんです。でないと、ただの使用人である私が、こんなことを言いませんよ」「清水さんのことはちゃんと尊重していますよ」理仁は確かにプライドが高く横暴だが、使用人に対する礼儀はきちんとしていた。「おばあ様は実家に帰ったばかりなのに、ま
「これは彼がまだ私のことを完全に家族として見ていない証拠ですよ。彼自身がそれをできてないのに、どうして私にだけ要求できるんですか?他人に厳しいのに、自分に甘いにもほどがあるでしょう。それは強引ではありませんか?なんでも彼を中心として考えないと、すぐ怒るし、しかも、私が彼を家族として見ていないって言いだすんですから。私も苛立って、彼が自己中心過ぎて、心が狭いじゃないって言ったら、あっちは電話を切っちゃいました。それでメッセージを送っても全然返事してくれませんでしたよ。毎回こうなんです。怒るとメッセージも電話も無視して、まるでわがままで面倒くさい彼女みたいです」清水「……」若旦那様は確かにそんな性格で、若奥様の分析はいかにも正しかった。理仁は小さい頃から後継者として育てられ、弟たちは常に彼を中心にしていた。結城グループを引き継いだ後は、おばあさんと両親はもう一切手を出さず、彼を本当に結城グループのトップにさせた。会社では、彼の言うことが絶対で、誰も反論できないのだ。弟たちも社員も、相変わらず彼を中心に動いている。元々独占欲が強い性分だったので、そんな環境で育てられたら、ますます自己中心的な性格になってしまった。彼は全てを支配するのに慣れてしまっているのだ。周りの人が自分に従うのが当然だと思っている。唯花は人生を彼に支配されたくないし、何でも従ったり依存したりするのも嫌だった。だから、理仁は自分が唯花に無視されたと思っていた。それで、唯花が彼を重視しておらず、家族として見ていないと感じてしまったのだ。しかし唯花の言った通り、彼自身はすべてのことを何も隠さずに彼女に教えているだろうか。「清水さん、日数を数えてくれますか?今回はこの冷戦が何日続くか見てみましょう。もうメッセージを送るのも面倒くさいと思いました。送ったってどうせ見ませんよね。また私のLINEを削除したかもしれませんよ。もし本当に削除してたら、今度こそ絶対また友だちに追加しませんからね!」清水は彼女を慰めた。「……結城さんは確かに少し横暴なところがありますが、本当に唯花さんが彼を重視していないと、他人扱いされてると思い込んで、それで怒っているんでしょう」「ちゃんと説明したのに、それでも納得できないなら、私にどうしろって?もういいわ、怒りたいなら勝
「内海さん、焦らなくて大丈夫ですから、ゆっくり朝ごはんを食べてください。さっきお姉さんから電話があって、教えてくれました。陽ちゃんをお店に連れて行ったら、そこに牧野さんがいらっしゃったそうです。だから私たちは直接お店に行けばいいから、お姉さんのお家に行かなくていいですよって」それを聞いて唯花はホッと胸をなでおろした。そして食卓に座った。清水は今朝いろいろな具材のおにぎりを用意してくれていた。それから、味噌汁とおやつに黄粉餅まで。黄粉、餅……唯花は携帯を取り出してその小皿に盛られた黄粉餅の写真を撮り、あの怒りん坊に送ってやった。もちろん、結城某氏は彼女に返事をしてこなかった。唯花はぶつくさと不満をこぼした。「内海さん、おにぎり、美味しくなかったですか?」清水は唯花が何かを呟いているのを聞いて、おにぎりが美味しくなかったのかと勘違いし、尋ねた。「内海さんはどんな具材がお好きなんですか。教えてくれれば、明日作りますよ」「清水さん、私好き嫌いないので、どんな具材でも好きですよ。ささ、清水さんも座って、二人で食べながらおしゃべりでもしましょうよ」理仁が家にいないので、清水はかなり気楽にできる。若奥様の前では若旦那様はかなり和らいだ雰囲気を持っているが、理仁のあの蓄積された威厳では清水が一緒に食卓を囲む時にはやはり常に気が抜けないのだ。「清水さん。あなたは結城家の九番目の末っ子君を何年もお世話してきたんですよね。理仁さんと知り合ってからもう何年も過ぎているでしょう?彼ってなんだか俺様な感じしません?自己中心でわがままだと思ったことありません?彼の前で少しも隠し事をしちゃいけないって要求されたことは?」清水はちょうど味噌汁に口をつけたところで、彼女からこの話を聞き、顔をあげて唯花のほうを向き、心配そうに尋ねた。「内海さん、どうしてこのようなことをお聞きになるんですか?」唯花は餅をつまみながら、言った。「昨日の夜、理仁さんとたぶん喧嘩になって、今、ちょっと、また冷戦に突入しちゃったかなって」清水「……」夜が明けたと思ったら、若旦那様と若奥様はまた喧嘩なさったのか。しかも、また冷戦に突入しただって?「内海さん、結城さんとどうして喧嘩になったんですか?」ここ暫くの間、若旦那様と若奥様の関係は見るからにと
数分後、ベッドに座って少し何かを考え、ベッドからおりて自分の生活用品を片付け始めた。そして、それを持って自分の部屋へと戻った。彼の部屋で、彼のベッドで寝るのをやめよう。唯花は怒って、また自分の部屋に戻り寝ることにしたのだ。そして一方の理仁もこの時悶々としていた。唯花からメッセージが届き、彼はそれを見たが返事はせず、そのまま削除してしまった。彼はこの時、ただ唯花から彼は心が狭いと責められ、家族として見てくれていないことだけが頭の中を巡っていた。携帯をテーブルの上に置き、理仁は起き上がってオフィスの中を行ったり来たり落ち着かない様子で、とてもイラついていた。そして、彼はコーヒーを入れに行った。コーヒーを飲んだ後、無理やり自分を落ち着かせて、仕事に没頭し始めた。徹夜する気だ。唯花ははじめは怒りで寝返りを打ち、なかなか寝付けなかったが、一時間少し粘ってやっと怒りが収まってきた。彼も別に初めてこんなふうになったわけではないし、毎回毎回彼のせいでこのように怒っていては、寿命が短くなってしまって、損してしまう。それで彼女は怒りを鎮めて、夢の世界へと旅立つことにした。怒りたい奴は勝手に怒っていればいいさ!すぐ怒る奴はいつも彼を中心にして世界が回っている。自分だって全てのことを彼女に教えることはできないくせに、彼女には小さい事から大きい事まで全てを話すよう要求するのだ。彼は今ここにいないのに、言ったとして、帰って来てくれるというのか?姉の今回の件は、実際彼女自身も特に何もしていないのだ。彼女の伯母が佐々木家の母親と娘に自己紹介をしただけで、あの二人を驚かせてしまったのだ。そしてその後どうするかを決めたのは姉だ。陽のことを考え、姉は最終的に和解することにしたのだ。これは姉が決めたことだ。彼女は姉が決めたことは何でも尊重する。それなのに彼ときたら、また隼翔が知っていて、彼は知らなかったと言って噛みついてきた。東隼翔は姉の会社の社長だぞ。そんな彼が会社の目の前で起きたことを知っているのは、それは当然のことだろう?別に彼女がわざわざ東隼翔に教えたわけではないというのに。なんだか彼は勝手にヤキモチを焼くみたいだ。この夜、唯花は遅い時間にやっと眠りにつくことができた。出張中の理仁はコーヒーを二杯飲んで、翌日の
姉と佐々木俊介が出会ってから、恋愛し、結婚、そして離婚して関係を終わらせ、危うくものすごい修羅場になるところまで行ったのを見てきて、唯花は誰かに頼るより、自分に頼るほうが良いと思うようになっていた。だから、配偶者であっても、完全に頼り切ってしまうわけにはいかない。なぜなら、その配偶者もまた別の人間の配偶者に変わってしまうかもしれないのだからだ。「つまり俺は心が狭い野郎だと?」理仁の声はとても低く重々しかった。まるで真冬の空気のように凍った冷たさが感じられた。彼は今彼女のことを大切に思っているからこそ、彼女のありとあらゆる事情を知っておきたいのだ。それなのに、彼女は自分から彼に教えることもなく、彼の心が狭いとまで言ってきた。ただ小さなことですぐに怒るとまで言われてしまったのだ。これは小さな事なのか?隼翔のように細かいところまで気が回らないような奴でさえも知っている事なのだぞ。しかも、そんな彼が教えてくれるまで理仁はこの件について知らなかったのだ。隼翔が理仁に教えておらず、彼も聞かなかったら、彼女はきっと永遠に教えてくれなかったことだろう。彼は彼女のことを本気で心配しているというのに、彼女のほうはそれを喜ぶこともなく、逆に彼に言っても意味はないと思っている。なぜなら、彼は今彼女の傍にいないからだ。「私はただ、あなたって怒りっぽいと思うの。いっつもあなた中心に物事を考えるし。少しでも他人があなたの意にそぐわないことをしたら、すぐに怒るでしょ」彼には多くの良いところがあるが、同じように欠点もたくさんあるのだった。人というものは完璧な存在ではない。だから唯花だって彼に対して満点、パーフェクトを望んではいない。彼女自身だってたくさん欠点があるのは、それは彼らが普通の人間だからだ。彼女が彼の欠点を指摘したら、改められる部分は改めればいい。それができない場合は彼らはお互いに衝突し合って、最終的に彼女が我慢するのを覚えるか、欠点を見ないようにして彼に対して大袈裟に反応しないようにするしかない。すると、理仁は電話を切ってしまった。唯花「……電話を切るなんて、これってもっと腹を立てたってこと?」彼女は携帯をベッドに放り投げ、少し腹が立ってきた。そしてぶつぶつと独り言を呟いた。「はっきり言ったでしょ、なんでまだ怒るのよ。怒りたいな
「理仁、彼女がお前に教えなかったのは、きっと心配をかけたくなかったからだ」隼翔は自分のせいで彼を誤解させてしまったと思い、急いでこう説明した。しかし、理仁は電話を切ってしまった。隼翔「……しまった。もしあの夫婦が喧嘩になったら、どうやって仲裁しようか」結城理仁という人間は誰かを好きになったら、その相手には自分のことを一番大事に思ってもらいたいという究極のわがままなのだ。彼のように相手を拘束するような考え方は、時に相手に対して彼がとても気にかけてくれていると感じさせもするし、時に相手に窮屈で息苦しさを感じさせるものだ。致命的なことに、理仁は自分が間違っているとは絶対に思わない。彼が唯花にしているように、彼が彼女を愛したら何をするのも唯花を助けたいと思っている。しかし、唯花は非常に自立した女性だから、いちいち何でもかんでも彼に伝えて助けてもらおうとは考えていない。しかし、彼は唯花がそうするのは理仁のことを信用しておらず、家族として認めてくれていないと勘違いしてしまっているのだった。隼翔はまた理仁に電話をかけたが、通話中の通知しか返ってこなかった。「まさかこんな夜遅くに内海さんに電話をかけて詰問を始めたんじゃないだろうな」隼翔は頭を悩ませてしまった。彼もただ二言三言を言っただけなのに、どうしてこんなおおごとになったのだ?悟は普段あんなにおしゃべりだというのに、一度もこんな面倒なことになっていないじゃないか。理仁はこの時、本当に唯花に電話をかけていた。夫婦はさっき電話を終わらせたばかりだから、理仁は彼女がまだ寝ていないと思い、我慢できずに電話をかけてしまったのだ。確かにこの時、唯花はまだ寝ていなかった。携帯が鳴ったので、布団の中から手を伸ばし携帯を取ってからまたすぐ布団の中に潜り込んだ。寒い。少しの間暖房をつけていたが、すごく乾燥するから彼女は嫌で切ってしまったのだ。理仁の部屋には湯たんぽはない。理仁という天然の暖房は出張していていないから、彼女は布団にくるまって暖を取るしかなかった。携帯を見るとまた理仁からの電話だった。彼女は電話に出た。「どうしたの?もう寝るところよ」「今日何があったんだ?」理仁のこの時の声は低く沈んでいた。唯花は彼と暫く時間を一緒に過ごしてきて、彼の声の様子が変わったのに気
彼女とは反対に、彼のほうはどんどん彼女の魅力にやられて、深みにはまっていっている。「プルプルプル……」そして、理仁の携帯がまた鳴った。彼は唯花がかけてきたのだと思ったが、携帯を見てみるとそれは東隼翔からだった。「隼翔か」理仁は黒い椅子の背もたれに寄りかかり、淡々と尋ねた。「こんな夜遅くに俺に電話かけてきて、何か用か?」「ちょっと大事なことをお前に話したくてな。お前のあのスピード結婚した相手に伯母がいることを知っているか?それは神崎夫人みたいだぞ。彼女がずっと捜し続けていた妹さんというのは、お前の奥さんの母親だったんだ」隼翔は悟のように噂話に敏感ではない。人の不幸を隣で見物して楽しむようなタイプではないのだ。しかし、彼はこのことを親友にひとこと伝えなければと思った。「神崎グループとお前たち結城グループはずっと不仲だろう。神崎玲凰とお前が一緒にいることなんてまず有り得ないだろうからな。お前たちの関係はギスギスしててさ……そう言えば」隼翔はようやく何かに気づいたように言った。「お前があの日、神崎玲凰を誘って一緒に食事したのは、お前の結婚相手が神崎夫人の姪だと知っていたからなのか?だから、早めにあいつとの関係を良くしておこうと?」理仁は親友に見透かされて、恥ずかしさから苛立ちが込み上げてきた。彼らは電話越しで距離があったから、隼翔は理仁が当惑のあまりイラついていることに気づかなかった。「あの日は気分が良かったし、神崎玲凰が珍しく顧客を連れてスカイロイヤルに食事に来たもんだから、俺は寛大にもあいつらに奢ってやっただけだ。ただうちのスカイロイヤルは噂に違わず最高のホテルだと教えてやろうと思っただけだ。俺は別に神や仏じゃないんだから、どうやって先に神崎夫人が捜していた妹が俺の義母だなんてわかるんだ?俺もさっき妻に聞いて知ったばかりだぞ」まあ、これも事実ではある。しかし、彼は予感はしていた。神崎夫人の妹が彼の早くに亡くなってしまった義母だと。だからあの日、神崎玲凰に出くわしたから、彼は太っ腹に彼ら一行にご馳走したわけだ。「知ってるなら、どうするつもりだ?」隼翔は彼を気にして尋ねた。「神崎グループとはわだかまりを解消するのか?」「唯花さんと神崎夫人が伯母と姪の関係でも、俺ら結城グループの戦略変更はしないさ。強
唯花は彼の電話に出た。「俺は湯たんぽなんかじゃないぞ!」唯花が電話に出たと思ったら、彼はいきなり不機嫌そうな声で呼び方を訂正してきた。唯花は笑った。「だって今寒いんだもの。だからあなたを思い出したの。あなたって湯たんぽなんかよりずっと温かいから」理仁はさらに不機嫌な声をして言った。「寒く感じなかったら、俺のことを思い出しもしないと?」唯花は正直に認めた。「寒くなかったら、たぶん、こてんと寝ちゃうでしょうね。あ、あとあなたに『おやすみ』のスタンプも送ってあげるわよ」理仁は顔を暗黒に染めた。「もうお仕事は終わったの?まだなら頑張ってね。私は寝るから」唯花は電話を切ろうとした。「唯花さん」理仁は低い声で言った。「神崎夫人との鑑定結果はもう出たの?」「出たわ。神崎夫人は私の伯母さんだった。だから私と彼女は血縁者なの」理仁はそれを聞いて心の中をどんよりと曇らせていたが、それを表面には表すことはなかった。話している口調もいつも通りだ。「親戚が見つかって本当に良かったね」「ありがと」姉と十五年も支え合って生きてきて、突然実の伯母を見つけたのだ。唯花はまるで夢の中にいるような気持ちだった。なんだか実感が湧かない。「そうだ、理仁さん。おばあちゃんがまた自分の家に引っ越して行っちゃったの。今夜辰巳君が迎えに来たみたい。私は家にいなかったから、清水さんが教えてくれたのよ」この時理仁が思ったのは、ばあちゃん、脱兎のごとく撤退していったな!だ。「ばあちゃんが住みたいと思ったら、そこにすぐ住んじゃうんだ。俺はもうばあちゃんがあちこち引っ越すのには慣れっこだよ」おばあさん名義の家もたくさんある。よく今日はここに数日泊まって、次はあそこに数日泊まってというのを繰り返していた。だからおばあさんから彼らに連絡して来ない限り、彼らがおばあさんを探そうと思っても、なかなか捕まらないのだった。「今日他に何かあった?金城琉生は君の店に来なかっただろうね?」「あなたったら、こんなに遠くにいるのに、餅を焼いてる匂いでもそっちに届いたわけ?金城君はとても忙しいだろうから、私に断られた後はたぶんもう二度と私のところに来ないはずよ。だから安心して自分の仕事に専念してちょうだい。私は絶対に浮気なんかしないんだから」そして少し黙ってから
清水は自分が仕える結城家の坊ちゃんをかばった。「内海さん、私があなた方のところで働いてそう時間は経っていませんが、私の人を見る目には自信があります。結城さんと唯月さんの元旦那さんとは全く別次元の人間ですよ。結城さんは責任感の強いお方ですから、彼があなたと結婚したからには、一生あなたに対して責任を負うことでしょう。結城さんは女性をおだてるのが得意な方ではないですし、若い女性が自分に近づくのを嫌っていらっしゃいます。見てください、牧野さんに対しても会った時にちょっと会釈をする程度で、あまりお話しにならないでしょう。このような男性はとてもスペックの高い人ですけど、誰かを愛したらその人だけに一途です。内海さん、お姉さんの結婚が失敗したからといって、自分の結婚まで不安になる必要はないと思いますよ。愛というものは、やはり美しいものだと思います。結婚だって、幸せになれるものなんですよ。みんながみんな結婚してお姉さんのような結婚生活を送るわけではありませんでしょう。私は以前、結城さんの一番下の弟さんのベビーシッターをしていました。彼の家でもう何年も働かせてもらって、結城家の家風はとても良いということをよく知ってるんです。結城さんのご両親世代は愛や結婚というものに対してとても真剣に受け止めていらっしゃいます。とても責任感の強い方々ですよ。結婚したら、一生奥さんに誠実でいます。結城さんもそのようなご家庭で育ってらっしゃったから、責任感のあって、誠実な結婚というものをたくさん見て来られたでしょうし、彼自身も一途な愛を持っていることでしょう。今後、内海さんが結城さんと何かわだかまりができるようなことがあったり、結城さんが内海さんに何か隠し事をしていて、それが発覚したりした時には、しっかりと彼と話し合ってみてください。立場を逆にして、相手の立場に立ってみれば、それぞれの人にはその決断をした理由というものがあるんですから」唯花は理仁のあのプライドが高い様子を思い出し、確かに佐々木俊介よりも信頼できるだろうと思った。それに、結婚当初、彼女に何か困ったことがあった時に、彼女と理仁は一切の感情を持っていなかったが、彼はいつも彼女のために奔走して解決してくれた。今までのことを思い返してみれば、理仁が俊介よりも責任感が強いということがすぐ見て取れた。そして、唯花は言った。