「内海唯花!あんたのお姉さんは?彼女に電話をかわりなさい!」佐々木母の声は怒りで震えていた。それを聞いたら誰でも彼女が腹を立てているのがわかる。「姉に用事でもあるの?もうあなた達とは何の関係もないけど。それで?要件は?」唯花は怠そうに尋ねた。佐々木母が自分の家から戻り、俊介の家の内装がめちゃくちゃにされていたのを見て、あまりの怒りで姉を責めるつもりだろう。あまりにも反応が遅かった。佐々木母が今まで気づかなかったのも無理はない。あの日、唯月と俊介が離婚手続きを終えた後、佐々木俊介の両親二人は直接タクシーで自分の家に帰った。そして、翌日に引っ越してくるつもりにしていたのだ。しかし、英子の子供たちが学校で成績表を受け取るため、一日遅れることになった。そして今日、小学校はようやく冬休みに入った。佐々木家の両親は娘一家を連れて、車二台に荷物を詰めて星城へ向かい、ここで年越しするつもりだった。こんなに朝早く出発するのも、佐々木母が思うところがあったからだ。それは早く来て、莉奈に朝食を作らせるためだ。つまり佐々木家の威厳を見せつけようとしたのだ。ところが、荷物を持って部屋に入り、目の前の光景に驚いたせいで、荷物まで床に落としてしまった。最初は家を間違えたかと思ったが、何回も確認すると、間違いなくそこは息子の家だった。そして、英子は直ちに弟に電話をした。俊介はここ二日間、ずっと取引先が突然契約を解除しようとした問題に対処していたので、あまりにも忙しくて、家族に家の内装が壊されたことを伝えるのを完全に忘れてしまっていた。姉からの電話を受けた時、俊介は何を言われているのかすぐに理解できなかった。家族全員が星城に来ているのを知り、俊介はようやく内装のことを思い出し、説明したのだ。それを聞いた佐々木母はすぐに唯月に電話しようとしたが、番号がブロックされたため、全く通じなかったので、仕方なく唯花に電話したというわけだ。「お姉さんはそっちにいない?」佐々木母は責めるように言った。「一体どういうつもりなの?うちの息子の家をめちゃくちゃに壊したでしょう?これは犯罪よ、警察に通報するわ!」唯花は冷たく言った。「お宅の息子さんが家を買った時は今のような状態だったでしょ?それを姉が八百万くらいかけて内装したのよ。あな
唯花は嘲笑するように言った。「佐々木英子さん、今すぐトイレへ行って、洗面器に水を汲んで……あ、すみませんね、蛇口がなかったわね。水道のパイプも姉がお金を出して取り付けたものだから、私たちがそれを外したのよ。じゃあ、仕方ないね、今すぐ雨が降るよう祈っていてね。それで、そこら辺に水溜まりが出来たら、それを鏡にして、自分の顔をちゃんと観察しなさいよ。どれだけ厚かましい顔しているかわかると思うから。姉はお宅の弟ともう離婚して、赤の他人になったのよ。よくもまあ、姉にあんたらの住む場所を探せだなんて言えるわね。姉のせいで住む場所がなくなったって?それは自業自得よ!もしちゃんと話し合って、姉の損失分もきっちり払って別れてたら、今頃ちゃんと住む場所が残ってたはずよ。ああ、今日は本当に寒いわ。あんなボロボロで風が自由に出入りできる部屋でちゃんと寝られるかしら?まあ、あなた達の皮膚は顔と同じように厚いことだし、人も多いから。一緒に詰め寄って寝れば、この寒さも凌げるでしょうね。じゃ、他の用事がなければ、電話切るよ。布団の中が本当に暖かくて気持ちいいから、もう一度寝直すわね。じゃあね」言い終わると、唯花は電話を切った。そして、すぐ佐々木母の電話番号もブロックした。これでしつこく電話をかけてくる心配もなくなった。唯花に電話を切られた英子は怒りが頂点に達し大声で罵った。「あの唯花め、本当にムカつくわ!こんなに口が悪いなんて、あんな女と結婚した男が本気で耐えられるかしら。お母さん、どうすればいいのよ」彼女は母親を見た。「もう家族全員ここまで来たし、実家の人達にも大都市で年越しするって伝えたよ。まさかこのまま帰るの?」「ママ、だっこ!」恭弥が父親の腕の中で目を覚まし、母親に手を伸ばし抱っこをねだってきた。英子はイライラしながら息子を抱き上げた。そして、佐々木父に言った。「お父さん、前も言ったでしょ。こんなに早く唯月の要求を受け入れるんじゃない、お金も送らないでってさ。ほら、今どうなってるのか見てよ。お金をもらったら、もう私たちのことなんて眼中にないわよ。これから陽ちゃんに会いたくても難しくなるでしょう。お父さんたちは彼女に騙されてしまったのよ」英子は最近何をやってもうまくいかず、気性も荒くなってきていた。会社でやるべき仕事がほとん
佐々木父は暗い顔で妻を睨んで、問い詰めた。「どのじいさんにそれを頼んだんだ?」「唯花の実のじいさん以外、他に誰がいるんだい?彼女のばあさんが入院しているでしょ?病院へ行ってお願いしたのよ。そしたら、あのじいさんが図々しくて、口を開けるとすぐ二百万を要求してきたのよ。もちろんそれは受け入れられなかったから、散々値切って、結局百二十万渡すことになったわ。絶対唯花を説得するって何度も保証したくせに、全くできなかったのよ。唯花は全然唯月を説得しなかったわ。お金を取って何もしてくれなかったってことでしょ?」佐々木母が言い終わると、佐々木父は彼女の腕をビシッと叩いた。「お前、アホじゃないか!唯月の実家の連中が信用できると思ったのか。それに、唯花は実家の人たちと仲が悪いって知ってるだろうが!誰に頼んでも、あいつらに頼む馬鹿がいるか!普段は賢いのに、とんでもない真似をしやがって!百二十万!百二十万を渡したって?」佐々木父は妻の愚かさに目の前が暗くなり、卒倒しそうだった。佐々木母は悔しそうに言った。「唯花はあまり話が通じないからさ、内海家の人間に出てきてもらったら、どうなっても内海家の家族同士の喧嘩になるし、私が唯花のせいで辛い思いをしなくてもいいって思ったのよ。あのじいさんはちょうど病院に奥さんの医療費を八十万円請求されて困っていて、私が百二十万払ってあげたら、残った四十万を唯花を説得する費用にするって言ったのよ」内海ばあさんの治療費は最初は彼女自身が貯金で支払ったが、後で子供たちに少しずつ出させたのだった。最近そのお金を使い切ったところに、また八十万円を請求され、ちょうど佐々木母が訪ねて来たのを、内海じいさんはチャンスと捉えたのだ。「本当にどうしようもない馬鹿だな。あの連中にお金をやったら、海に水を注ぐのと同じだろう、全く無意味なことなんだぞ!」英子も言った。「お母さん。内海家の人間に頼んでって言ったけど、お金を払えとは言ってないじゃないの」そう言いながら、心の中で母親にはまだそんなにへそくりがあったのかと思った。俊介が普段両親にたくさんお金を渡しているようだ。両親が彼女の家に使ったお金は、俊介が渡したお金の半分しかないだろう。「内海じいさんからお金を取り返さなくちゃ。約束を果たしてくれないんだから、きっちり返してもらわない
佐々木英子は弟に電話をかけた。「姉ちゃん、今向かってる途中だ」俊介は両親と姉たちが皆来るのを知ってすぐに起き、莉奈も起こして二人は簡単に身なりを整え、急いで久光崎のマンションへと向かった。「俊介、私たち、まだ朝ご飯も食べていないのよ」「姉ちゃん、今向かってるからさ。後で朝ごはんを食べに行こうよ」英子は言った。「あんた成瀬さんと一緒に住んでるんじゃないの?彼女に私たちの朝食を用意させればいいじゃない。外で食べたりしたら、人数も多いし、二、三千円はかかっちゃうでしょうもん」「姉ちゃん、俺たちも今はホテルに泊まってるんだ。まだ部屋を探しに行く時間がなくてさ。あっちの家には今何もないから、料理はできないんだって」唯月が自分のやり方で内装費を回収したので、今俊介のあの家は水も電気も使える状態ではなかった。キッチンなんてほとんど何も残っておらず、莉奈が彼らのためにご飯を作ろうにも、どうしようもないのだ。英子は少し黙ってから言った。「唯月のやつ、うちらをブロックしてるのに、あんたはどうやって彼女に連絡するの?陽ちゃんに会いたくたって、会えないんじゃないの?」「陽は普通唯花の本屋にいるから、あそこに行けば会えるさ。別に唯月に連絡する必要もないって」唯月に自分がブロックされても俊介は全く意に介していないようだった。唯月が家の内装をめちゃくちゃにしたので、俊介はかなり怒りを溜めていたが、それでも全く後悔などしていなかった。彼は離婚してから莉奈が嫉妬するといけないので、唯月には連絡したくなかった。「連絡がつかなくったっていいけどね。陽ちゃんの養育費を払えない口実にできることだし。そしたら毎月六万も節約できるのよ」英子はただそう思い込むことでしか、自分を納得させられなかった。俊介は何も返事しなかった。彼は家族に、すでに一年分の養育費を支払い済みだということを教えていないのだ。「姉ちゃん、今運転中だから、後で会った時にまた話そうよ」「わかったわ」英子は電話を切った後、両親に言った。「俊介、今来てる途中だって。家は水も電気も使えない状態だから、料理できないらしいわ。だから外で朝ごはんを食べようって言ってたよ。しばらく朝食なんて外食してなかったし、どこかレストランに行って食べましょうよ」佐々木母はお金を使うことをつらそう
おばあさんはぶつくさと呟いた。「辰巳か、三番目の奏汰(かなた)にしようかしら?」理仁はそれには何も言わなかった。余計な口を挟んで、他の弟たちから彼のせいにされるのを避けるためにだ。「やっぱり、あなたの次に大きい辰巳にしましょう。辰巳には誰がお似合いかしらね?」この時、理仁はやはり何も言わなかった。そもそも彼自身には知り合いの若い女性など、無に等しい。このことを理仁に任せたら、辰巳が一生結婚できないのと同義だろう。おばあさんも理仁に誰かを紹介してもらおうとは、これっぽっちも期待などしていない。「入りなさいよ」理仁は首を傾げておばあさんのほうを見て、その顔にクエスチョンマークを浮かべていた。おばあさんはやきもきした様子で「あなたもうすぐ出張に行くんでしょうもん、中に入って唯花さんとちょっとお話でもしないの?」と尋ねた。何をするにも彼女が彼に教えてやらないといけないとは。まったく、当時この孫を育てる時には何でも教えてあげたというのに。ただ誰かを愛する方法だけは教えていなかった。その結果、この家の男どもはみんな女心が理解できず、どうやって女性のご機嫌取りをすればいいのかもわからない人間に育ってしまった。おばあさんは、誰かを愛するのは人としての本能みたいなものだから、教える必要などないと考えていたのだった。おばあさんは楽天的に考えすぎていたのだ。理仁は少し黙ってから、どもりながら言った。「彼女が荷造りをしながら楽しそうに鼻歌を歌っているのが見えないのか?」おばあさん「……」唯花は荷物をまとめ終わった後、理仁が日常生活に必要な物が全部揃っているかをもう一度確認してからスーツケースを閉めた。そして、携帯を取り出してそのまとめあげた荷物の写真を撮った。そして、携帯をまたポケットになおして、スーツケースを引っ張って持って行こうとした時、数歩歩いてから部屋の入り口に理仁とおばあさんが立っているのに気がついた。「おばあちゃん」唯花は笑っておばあさんにそう声をかけてから、スーツケースを引っ張って彼らのもとへとやって来た。「理仁さんが出張するから、荷物をまとめてあげていたの」孫の嫁が孫に対してとても優しく気配りをしてくれて、おばあさんは心のうちはとても喜んでいたが「次はこの子に自分で用意させていいわよ。お腹が空いたで
朝食を終えると、理仁はまた唯花の携帯に百万円送金した。唯花は彼がお金を送ってきたのを見て言った。「別に必要ないよ」彼が彼女に渡していた家庭内の出費用のカードが空になったことは一度もなかった。「俺が出張で家にいないし、いつ帰るかもまだはっきりわかっていないんだ。もうすぐ年越しだし、その準備にもお金がいるだろうから、これくらい送っておけばその準備に問題ないだろう?適当に使ってくれ」お金を送る理由としては彼が言った言葉は十分だった。「年末の28日に、俺の実家に帰って年越ししよう。うちは親戚が多いからたくさん正月の贈り物を用意しないといけないんだ。ばあちゃんに何を買っておいたらいいか聞いてみてくれ、時間がある時に買っておいたほうがいいよ。さっき送った百万で足りないなら、俺に言って。また送金するから」彼がこう言うので、唯花は彼からもらった百万をおとなしく受け取るしかなかった。結婚してからかなり時間が経っていて、彼がはじめて彼女を実家に連れて行く話をしてきた。以前、お互いの家族が顔合わせをする時に、彼は両親とおじ、おば達も来るように伝えていた。おばあさんはそれを聞いて瞳をキラキラと輝かせたが、何も言わずにただニコニコと微笑んでいた。唯花がベランダの花に水をやりに行っている時、おばあさんはシロを抱きかかえて孫の傍に腰をおろし、小声で彼に尋ねた。「年越しに唯花さんを連れて帰るって、どの家にするの?」理仁の実家である結城家の邸宅か、それとも適当にどこかに部屋を見つけてそこでごまかすのか?「ばあちゃん、うちのご先祖さんが残してくれたほうの実家は片付ければ住めるか?」それを聞いておばあさんはニヤリと笑った。「片付ければ住めるわよ」今、結城家の邸宅はおばあさん夫婦が建てたもので、ある山の上にある家なのだ。そこを琴ヶ丘邸と名付けている。そして結城家の先祖たちが残してくれた邸宅こそが結城家の本当の実家であるのだ。その邸宅は古色蒼然としていて、時代を感じさせる趣ある邸宅だ。そこは琴ヶ丘邸からそこまで遠くなく、車で十分ほどの距離だ。毎年の正月には、おばあさんは子供や孫たちを連れてこの家に行き、先祖たちに新年の挨拶をするのが習わしだった。「今年の正月は、あの家で数日過ごそう」先祖代々続く家のほうが造詣が深い。ただそこは琴ヶ丘邸よ
顔をあげて彼を暫く見つめ、唯花は仕方なく彼の首に手を回し、自分のほうへ引き寄せて甘いキスを彼に捧げた。理仁は妻のほうからキスをしてもらい、上機嫌になって、片手でスーツケースを引き、もう片方の手で唯花の手を繋いで一緒に家を出ていった。おばあさんは一階でこの二人を待っていた。その時、おばあさんと一緒にいて話をしていたのは七瀬だった。唯月の引っ越しを手伝った時、唯花は七瀬も手伝いに来てくれたことに気づき、彼はきちんと報酬がもらえれば、どんな仕事でも請け負うと言っていた。そして、また唯花に会った時、七瀬はもうわたわたと焦ることはなかった。正当な理由をようやく見つけて堂々とできるという感じだ。「結城さん、内海さん、おはようございます」七瀬のほうから挨拶をしてきた。唯花はそれに微笑んで、ついでに「お名前は?あの日、すっかり名刺をいただくのを忘れていました」と言った。七瀬はその時、素早く主人である理仁のほうをちらりと確認し、彼の表情が変わらないのを見て何も恐れることなく彼女に答えた。「私は七瀬と申します」そして、ポケットから一枚の紙を取り出して唯花に渡し、申し訳なさそうに言った。「家に帰って名刺がもう切れていることに気づいたんです。まだ印刷しに行っていないので、携帯番号を紙に書いておきました」唯花は彼の電話番号が書かれた紙を受け取り、自分の横にいる夫に言った。「七瀬さんがどんな仕事でも受けてくれるらしいわ。今後自分でできないことは七瀬さんにお願いしようと思って」こう言って理仁がまたヤキモチを焼き始めるのを阻止しようとしたのだ。理仁は低い声で言った。「七瀬さんはとても頼りになるからね。何か力仕事があれば、彼に頼むといい」七瀬は素直に笑った。「はい、その通りです。きちんとお金をいただければ、どんな仕事だっていたしますよ。ところで、結城さん、出張ですか?」理仁は「ええ」とひとこと言った。「では、私はこれで」七瀬は夫婦二人に挨拶をしてからおばあさんに手を振り、自然にその場を離れた。今回、若旦那様は出張に半分のボディーガードしか連れて行かない。その中に七瀬は含まれておらず、ここに残って若奥様の護衛をするのだった。自分の主人の出張について行けないことを七瀬は少しも残念には思っていなかった。なぜなら、女主人にゴマすりで
電話を切った後、理仁は七瀬に指示を出した。「俺がいない間、しっかりと妻の警護にあたってくれ」「若旦那様、ご安心ください。私がしっかり若奥様をお守りしますので」若奥様はもともと強いお方だ。そんな彼女を警護する仕事なら楽勝だ。さらにさらに、ボーナスが倍に!七瀬はそれを考えただけで顔がほころんだ。これこそ若奥様とお近づきになる最大のメリットなのだ!「もし妻が何か困って助けが必要な時には、ばあちゃんに言えば解決方法を指示してくれるだろう。それか、辰巳に相談してくれてもいい」「若旦那様、ご安心を。若奥様が何かお困りになられたら、おばあ様がすぐにおわかりになることでしょう」おばあさんはもはや、神的存在だ。そんな彼女の孫たちは神の掌の上で泳ぐしかない。理仁は祖母の能力を考え、それ以上は何も言わなかった。それから、理仁にある意外な出来事が起こった。暫くの間、会社の前に現れなかった神崎姫華がこの日また現れたのだ。彼女は自分の赤いスポーツカーに寄りかかっていて、理仁の専用車の列がゆっくりと近づいてくるのを見ていた。それを見て運転手が言った。「若旦那様、神崎お嬢様がまたいらっしゃったようです」理仁は少し黙って、運転手に言いつけた。「神崎さんの前で車を止めてくれ」それを聞いた運転手と七瀬はとても意外だった。確かに神崎家の令嬢と若奥様は仲のいい友人同士である。しかし、今まで若旦那様は一度も神崎家の令嬢には優しくしたことはなかった。少しだけ彼が優しくしているのは牧野家のお嬢さんだ。彼女は若旦那様と交友関係にあるからだ。それに、牧野家のお嬢さんは若奥様と一緒に本屋を経営している。理仁にそう指示されて、運転手は言われた通りにした。姫華はその時どうしようか迷っていた。以前と同じように死ぬ気で彼の車を妨害しようかと思っていたところ、理仁が乗ったあのロールスロイスのほうから彼女の前に止まってくれた。車のドアが開き、理仁が車から降りてきた。暫くの間会っていなかったが、彼は彼女の瞳には依然として超絶な美形に映っていた。姫華は暫くじいっと彼に見惚れていたが、すぐに自分自身にそれを止めるよう言い聞かせた。彼はすでに他の女性の夫なのだから。「結城社長、あまり警戒しないで、今日私がここに来たのは、あなたに付き纏うためじゃないから
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ