久我探偵事務所の灯りの下で

久我探偵事務所の灯りの下で

last update最終更新日 : 2026-01-21
作家:  晴坂しずかたった今更新されました
言語: Japanese
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概要

BL

現代

ミステリー

探偵

ツンデレ

年の差

都会の片隅にある久我探偵事務所で、所長の久我は相棒の間遠と日々の依頼をこなしている。 両片想いでありながら進展しない二人だが、一方で事務員の神崎は相楽から告白され、同棲を始める。 日常の謎を解きながら、少しずつ関係を深めていく二組。 読めば心がほっこりするBLライトミステリー。

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第1話

詐欺か善か①

「父が、見ず知らずの若い女にみついでいるんです」

 中野駅からほど近い雑居ビルの二階。

 白地に青文字で書かれた看板が目印の久我探偵事務所で、依頼人の女性は訴えた。

 所長の久我健人くがたけとは真剣なまなざしで聞き返す。

「どういうことか、くわしく聞かせていただけますか?」

「はい。去年母を亡くして、父は今、一人で住んでいるんです」

 パーテーションで仕切られた応接スペースで、依頼人・宮崎春香は伏し目がちに言う。

「この前、父の口座の預金が減っていることに気づいて問いつめたら、若い女性に何度もお金を渡しているらしくて」

 と、かばんから数枚の写真を取り出した。

「買わされていたんです。幸福になれる線香とか、気持ちを穏やかにさせる石とか、とにかくよく分からないものを、父は相談もなく買ってたんです」

 テーブルに置かれた写真を見て、久我はあごに手をやった。

「なるほど、悪質商法ですか」

「これって詐欺ですよね?」

「ええ、おそらくは。ですが、何故うちに依頼を?」

 久我がふと不思議に思ってたずねると、宮崎春香は答えた。

「それが、父はまったく相手を疑ってないんです。話をすると、彼女、中山さんのことを悪く言うなって、怒り出す始末で……。

 どうか父には冷静になって考え直してもらいたいので、詐欺である証拠を見つけてほしいんです。お願いします」

 切実な訴えに久我はうなずいた。

「分かりました。では、現時点で中山さんについて分かっていることを、すべて教えてください」

 依頼人が帰っていくと、久我はデスクで退屈していた金髪の青年に声をかけた。

間遠まどう、向かってくれるか?」

 やんちゃな顔つきをした間遠さくらが顔を向けてたずねる。

「どこですか?」

「場所は練馬区大泉学園町だ。依頼人の父親が詐欺に遭っているそうだが、肝心の父親がそれを認めないらしい。

 そこで、詐欺である証拠を見つけてほしい、というのが今回の依頼内容だ」

「詐欺っすか。じゃあ、まずは聞き込みってところっすね」

 と、間遠が立ちあがる。

「ああ、依頼人の父親の生活状況について、調べてくれ」

「分かりました」

「詳細な情報と必要な資料は、あとで君のスマホへ送信する」

 久我の言葉に間遠はうなずき、椅子の背にかけていた上着を羽織る。それから、壁にかけてあったバイクのヘルメットを手に取った。

「それじゃあ、さっそく行ってきます」

「気をつけてな」

「はいっ」

 元気な声で返し、間遠は事務所を出ていった。

 見送っていた久我は「今日も可愛いな」と、なかば無意識につぶやく。

 久我探偵事務所のベテラン調査員である間遠はフットワークが軽く、笑った顔にはどことなくあどけなさがあって愛らしい。

 共に仕事をするうちに、いつしか久我は彼に惹かれるようになっていた。

 自分のデスクへ戻ると、事務員である神崎寿直かんざきすなおが話しかけてきた。

「所長、先ほど依頼人が口にされていた『ホープ・リレーションズ』について、検索をかけてみました」

 久我は顔をあげ、その仕事の速さに目をみはる。

「早いな。まだ指示はしてないはずだが」

 神崎はやわらかな笑みを浮かべた。

「もうここで働いて四年目ですから、所長の考えてることはだいたい想像がつきますよ」

 神崎は肩まである明るい茶髪をゆるくハーフアップにしており、細く整った顔立ちも相まって一見すると性別が判別しにくい。

 かけている伊達メガネでも、彼の美しさは隠せていなかった。

「それで、何か引っかかったか?」

 久我の問いに、神崎は視線を再び手元の画面へ戻した。

「はい。練馬区の協働交流センターに登録されていましたので、団体として実在しているのは確かです。

 ただ、公式なウェブサイトや活動内容は載ってなくて、現状として具体的な実態まではつかめませんでした」

「なるほど。登録があるのは一歩前進だ。代表者の名前でSNSを調べてみてくれ。きっとその方が早い」

「分かりました、やってみます」

 神崎はすぐにマウスを動かし、キーボードをたたいた。

 久我は途中だったネット相談の続きを開始し、返信を打ち始めた。

 最近ではネット相談をAIに任せる向きもあるが、久我探偵事務所では導入していなかった。というのも、所長である久我が元警察官であることを売りにしているためだ。

 経歴を信じて助けを求める人に対して、真面目な久我は手を抜くことができなかった。

「うーん、これは……」

 神崎が困惑したような声を出し、久我は視線を向ける。

「何か見つかったか?」

「SNSで注意喚起している人物がいるんですけど、ホープ・リレーションズではないんですよね」

 久我は席を立った。横からパソコンの画面をのぞきこむ。

「詐欺だと訴えていますが、あまり拡散されていませんし、同姓同名かもしれません」

 SNSに投稿されていたのは永和聖会えいわせいかいという、聞いたことのない組織を告発する文章だ。

 代表者の名前も挙げられているが、久我は苦笑した。

「代表者の名前は田中宏和、か。確かに同姓同名が多そうだ」

「どうします? ネットでこれ以上追っても、有益な情報は出てこない気がしますが」

「そうだな、一旦保留にしよう。間遠からの情報を待ってからでも遅くはない」

 直後、久我のスマートフォンが着信を告げた。

 すぐに耳へ当てると、間遠の元気のない声が聞こえてきた。

『すみません、久我さん。中山に会っちゃいました』

 事務所へ戻ってきた間遠は落ちこんでいた。

「近所で聞き込みをしている最中、中山が通りがかったんです。話を聞いていた人は中山と知り合いだったらしく、何気なく挨拶をして……」

「振り返っちゃったんですね」

 神崎が呆れ半分に言い、間遠はため息をつく。

「目が合ったんすよ。あの顔、確実に警戒されました」

 初日からミスをするとはついていない。しかし、ここでそれを責めても意味がない。

 久我は肩を落とす間遠の頭へ、そっと手を置いた。

「気にするな。他にもやりようはある」

「久我さん……やっぱオレ、黒髪にした方がいいすか?」

 上目遣いに見つめられ、久我は優しく微笑んだ。

「それはないな。僕は君らしくしている間遠が好きだ」

「っ……なな、何言ってんですかー!」

 間遠は顔を真っ赤にすると、一目散に給湯室へ逃げていった。

 神崎が冷めた目をして久我を見る。

「所長、何してるんですか」

 気まずさを覚え、久我は目をそらしながら返した。

「すまない。間遠があまりに可愛かったから、つい正直な想いを伝えてしまった」

「いつも言ってますけど、仕事中に間遠さんを口説くの、やめてもらえませんか?」

「すまない……。善処する」

「まったく、それでこれからどうするんですか? 間遠さんの顔が割れた以上、もう近所での聞き込みはできませんよ」

「そうだな。父親が買わされたという商品の写真があるから、次はそっちを調べてみるか」

「ネットで見つかるといいですけどね」

 すかさず神崎が皮肉り、久我は「僕が調べよう。神崎は他の仕事をしててくれ」と、席へ戻った。

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詐欺か善か①
「父が、見ず知らずの若い女に貢いでいるんです」  中野駅からほど近い雑居ビルの二階。  白地に青文字で書かれた看板が目印の久我探偵事務所で、依頼人の女性は訴えた。  所長の久我健人は真剣なまなざしで聞き返す。 「どういうことか、くわしく聞かせていただけますか?」 「はい。去年母を亡くして、父は今、一人で住んでいるんです」  パーテーションで仕切られた応接スペースで、依頼人・宮崎春香は伏し目がちに言う。 「この前、父の口座の預金が減っていることに気づいて問いつめたら、若い女性に何度もお金を渡しているらしくて」  と、かばんから数枚の写真を取り出した。 「買わされていたんです。幸福になれる線香とか、気持ちを穏やかにさせる石とか、とにかくよく分からないものを、父は相談もなく買ってたんです」  テーブルに置かれた写真を見て、久我はあごに手をやった。 「なるほど、悪質商法ですか」 「これって詐欺ですよね?」 「ええ、おそらくは。ですが、何故うちに依頼を?」  久我がふと不思議に思ってたずねると、宮崎春香は答えた。 「それが、父はまったく相手を疑ってないんです。話をすると、彼女、中山さんのことを悪く言うなって、怒り出す始末で……。  どうか父には冷静になって考え直してもらいたいので、詐欺である証拠を見つけてほしいんです。お願いします」  切実な訴えに久我はうなずいた。 「分かりました。では、現時点で中山さんについて分かっていることを、すべて教えてください」 依頼人が帰っていくと、久我はデスクで退屈していた金髪の青年に声をかけた。 「間遠、向かってくれるか?」  やんちゃな顔つきをした間遠桜が顔を向けてたずねる。 「どこですか?」 「場所は練馬区大泉学園町だ。依頼人の父親が詐欺に遭っているそうだが、肝心の父親がそれを認めないらしい。  そこで、詐欺である証拠を見つけてほしい、というのが今回の依頼内容だ」 「詐欺っすか。じゃあ、まずは聞き込みってところっすね」  と、間遠が立ちあがる。 「ああ、依頼人の父親の生活状況について、調べてくれ」 「分かりました」 「詳細な情報と必要な資料は、あとで君のスマホへ送信する」  久我の言葉に間遠はうなずき、椅子の背にかけていた上着を羽織
last update最終更新日 : 2025-12-04
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詐欺か善か②
 商品を検索してもまったく同じ物は見つからなかった。  検索方法を変えてみても効果はなく、久我はたまらずため息をついた。  気づくと日は暮れており、終業時刻まで一時間を切った頃だった。 「お疲れさまです!」  外に出ていた調査員、相楽浩介が戻ってきた。  最年少の彼は背が高く体格もいいが、さっぱりとした黒髪のせいか、間遠よりは風景に溶けこみやすい。 「お疲れさま。現場はおさえられたか?」 「ええ、ばっちりです」  相楽は自分の机にかばんを置くと、デジタルカメラを取り出した。 「見てくださいよ、これまでで一番うまく撮れました」  久我は立ちあがり、神崎と間遠も席を立って相楽の横から顔を出す。  相楽に任されていたのは、よくある浮気調査だ。  浮気相手との密会現場を撮影しに行ったのだが、相手の女性が持っているかばんまではっきりと写っているなど、どれもうまく撮れていた。 「ほら、これなんか最高でしょ? ピントもしっかり合ってるし。みなさん、褒めてくださいよ」  と、相楽が上機嫌で言い、久我は返した。 「確かにうまく撮れたな。これなら依頼人にも満足してもらえるだろう」 「成長したね、相楽くん」  神崎もそう言ってにこりと笑い、相楽は頬をほんのりと赤らめた。 「いやあ、それほどでも……」  と、嬉しさと恥ずかしさの入りまじった顔で頭をかく。  一方で間遠は言った。 「思い出した」 「どうしたんですか?」  神崎が聞くと間遠は目をみはった。 「かばんだよ、中山のかばんに変な数珠みたいなのがついてたんだ!」  久我と神崎ははっとした。間遠は席へ戻ると、メモ帳にボールペンで絵を描いてみせた。 「こんな風に赤と黄色と青と銀色で、やけに派手だったんです。見たことないなと思って、ちょっと気になったんです」 「貸してください」  横から神崎が絵を取りあげ、スマートフォンで撮影した。すぐにパソコンへ送り、AIの力を借りて実写化する。 「こんな感じですか?」 「そうそう、似てる!」 「画像検索かけます」  神崎は素早く画像検索を始め、間遠が横に立って画面を注視する。 「あっ、これだ!」  間遠が指さした画像をクリックすると、どこかのネットショップへつながった。  慎重に神崎が表示されたページを
last update最終更新日 : 2025-12-04
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詐欺か善か③
「祈りですわ」  と、久我を招いてくれた女性が本のようなものを開いてみせた。 「この特別な曼荼羅に向けて、朝と夜に祈りを捧げれば、あなたのお兄様の心は穏やかになり、お兄様のいる場所は天国になります」 「なるほど」  久我は神妙な顔でうなずいた。  鮮やかな色彩で描かれた曼荼羅は、どことなく魔力を秘めているように見えた。 「でも、それだけじゃありませんよ。この世であたしたちが幸福でいることもまた、あの世にいる人の心を穏やかにさせます。  何故ならどんな人も、あの世で家族や大切な人を見守ってくれているからです」  ありがちな話だが、心を動かされる人もいるだろう。特に亡くした相手への思いが強ければ強いほど、絆が深ければ深いほど。 「そのために、こうした物もあるんです。これは幸福を運ぶストラップです」  青年が見せてくれたのは、間遠が昨日見たという三色の石と銀色のビーズが連なったものだ。 「幸福を運ぶんですか?」 「ええ、運びます。私たちは幸福の担い手となり、周りの人々に幸福を届けるんですの。  すると自分も幸福になり、あの世にいる大切な方はもちろん、自分があの世へ行った時にも天国へ行けるのです」  まるで論理的でないなと内心で否定しながら、久我は「素晴らしいですね」と返した。  これで中山が永和聖会の会員であることが確実となった。おそらく依頼人の父親もまた、加入していることだろう。「永和聖会は愛する人を失った者の思いにつけこむ宗教団体だった。  依頼人の父親は妻を亡くしたばかりであり、一人暮らしの寂しさも手伝って、中山の言う通りにしているのだと思われる」  事務所へ戻り、久我は得てきた情報を元に話を整理していた。  手にはブラックコーヒー、話を聞いているのは神崎と間遠の二人だ。 「よって、ボランティア団体ホープ・リレーションズは永和聖会とつながっていると見ていいだろう。  ただし、相手は宗教法人だ。訴えるなら複数の被害者で集まって行う方がいい。依頼人にもそう話そうと思っている」  久我が話し終えると、神崎は言った。 「あの世なんてあるかどうかも分からないのに、バカげていますね」 「まあな。だが、宗教は人生のコンパスのようなものだ。それを信じる者にとってはそれが真実となり、時に人生を切り開く鍵ともなる」 「でも
last update最終更新日 : 2025-12-08
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ストーカー①
「まただ……」  郵便受けを見て、神崎寿直は息をついた。  取り出したのは何枚ものメモ書きである。書かれているのは、 「シャンプー変えた? 髪の匂い、いつもと違ってたね」 「今日から長袖にしたんだね。白い肌が見えなくなって残念だよ」  といった類のものだ。  神崎は胸にムカムカしたものを感じながら、郵便受けを閉じて部屋へ向かった。  どこからか視線を感じるが、不快感を表情に出すことなく冷静に努める。  神崎は経験から、反応すると相手を喜ばせるだけだと知っていた。「所長、相談したいことがあります」  翌日の始業前、神崎は耐えかねて久我健人へ告げた。 「相談? 何かあったのか?」 「実は三ヶ月前から、ストーカー被害にあってるんです」  久我の目が鋭くなり、神崎はストーカーからの手紙を取り出してみせた。 「毎日、こんなものが大量に郵便受けに入れられているんです。  帰り道は確実に尾行されていますし、おそらく職場もバレています」 「それは困るな」  久我は手紙のひとつを手に取りながら言い、様子を見ていた相楽浩介へ視線を向けた。 「相楽もこっちに来てくれるか? 事務所も巻きこまれかねない事態だ」 「はいっ」  すぐに相楽が席を立ち、神崎の隣へ並ぶ。そして机に置かれた手紙を見て、心底嫌そうな顔をした。 「うわ、エグい……ガチでストーカーじゃないですか」 「だから困ってるんだ。しかも相手は、おれが男だって分かっててやってる」 「ああ……神崎さん、美人だから」  と、相楽は視線をやり、神崎はむっとする。外見についてとやかく言われるのは好きじゃない。  不快な気持ちはさておき、神崎は言う。 「引っ越しも考えていますが、すぐにとはいきません。なので、もし所長たちに迷惑がかかったら、その時は申し訳ありません」 「事が起こる前から謝るな。むしろストーカーの場合、エスカレートさせた方が警察は動きやすい。  もちろん危ないことはさせられないが、ストーカーが逮捕される方が、神崎にとっても一番いいだろう?」 「まあ、そうですね。今日あたり、駅前の不動産屋を見に行こうかと思ってはいましたが」 「それだけではぬるいな。相楽に送り迎えをさせよう。恋人がいると見せかける方が、ストーカーにとっ
last update最終更新日 : 2025-12-10
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ストーカー②
 初日は何事もなく終わった。翌日は午前九時半に相楽が迎えに来てくれて、一緒に家を出た。 「朝はいないんだよね。いつも駅で待ってて、同じ電車に乗ってくる」 「じゃあ、電車に乗ったら警戒すればいいんですね」  と、相楽。 「うん、そうだね。相手はおれが一度、隣に座ったことがあるだけなんだけど、何を勘違いしたのか、つきまとうようになったんだ」 「厄介ですね。特に言葉をかわしたわけでもないんでしょう?」 「当然だよ。まさか、それだけでストーカーされるとは思わなかったし、最初はまったく知らない人だと思って怖かった」  神崎はため息をついた。またかと辟易したのと同時に、この手のトラブルに慣れてしまった自分が嫌だった。 「どうして、隣に座ってた人だって分かったんですか?」 「あっちからそう告白してきたんだよ」 「ああ……マジめんどくせーってやつですね」  と、相楽がため息をつき、神崎もうんざりして言った。 「女だと思われてストーカーされた時は、交番の近くで男だと知らせて、即逮捕してもらったんだけど」 「え?」 「わざと暴れさせて、事件にしてさ。あの頃は若かったから無謀なこともできたけど、今はやろうと思わないよ。あの後、警察官の一人にしつこくされたしね」 「……神崎さん、本当に苦労してるんですね」  相楽が苦笑いをし、神崎は言った。 「だから外に出たくなくて、事務員になったんだ」  所長の久我は神崎の事情を汲んでくれるため、今の職場はありがたかった。この場所を失うことになったら、神崎には大きな損失だ。  もしかしたら立ち直れないかもしれないと思うほどには、久我探偵事務所を気に入っていた。 出勤すると、すでに来ていた間遠桜が声をかけてきた。 「おはよう、神崎、相楽。ストーカーどうだった?」  神崎はいつものように「おはようございます。特に何もありませんよ」と、自分のデスクへ向かう。  相楽はそんな彼を気にしつつ、間遠へ歩み寄った。 「おはようございます、間遠さん。ストーカーの顔、ばっちり見ましたよ」 「お、そうか。どんなやつだった?」 「年齢は四十前後で、背は低くもなく高くもなく、ごく一般的なさえないおじさんって感じでした」  間遠はあまり興味を惹かれなかったのか、「へぇ」と返すだけだ。  椅子を
last update最終更新日 : 2025-12-12
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ストーカー③
 相楽がドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。  中に電気はついておらず、神崎は扉を開けたままにしておこうと手で押さえる。  慎重に相楽が部屋の電気をつけた。 「どこに隠れてるんだ? さっさと出てきやがれ!」  挑発する相楽を、神崎ははらはらと見守っていた。  今にも部屋のどこかからストーカーが飛び出してきて、彼に危害を加えるのではないかと怖くてならない。 「どこだ!? おい!」  相楽が声を張りあげ、奥の部屋へ足を踏み入れた時だった。 「っ!?」  突如、背後から腕が伸びてきて神崎は首を絞められた。 「相楽く……っ!」  後ろへ引きずられ、無情にも扉が閉まる。  鍵が開けられていたのは罠だったのだ、神崎と相楽を引き離すための。 「抵抗するな。綺麗な顔に傷をつけたくない」  ねっとりとした声とともに、目の前にナイフを見せられたが、かまわずに神崎は思いきり肘鉄を食らわせた。  隙ができたのを見逃さず、前方へと駆け出す。頬に一瞬、鋭い痛みが走ったが、気にする余裕などなかった。  部屋から飛び出てきた相楽にたまらず抱きついて叫ぶ。 「ナイフ持ってる!」 「神崎さんは離れて、警察に連絡を」 「うんっ」  震える手でポケットからスマートフォンを取り出し、神崎は警察へ通報する。 「助けて、ナイフを持った男が……!」  と、状況を説明する間にストーカー男は逃げ出していた。相楽が全力で追いかけていくのが見える。 「待て!」  距離が縮んだかと思うと、ストーカー男が振り向きざまにナイフを振りおろした。 「うわっ」  相楽の叫び声にはっとして、神崎はあわてて後を追いかけた。 「相楽くん!?」  何が起きたのか状況を把握する間もなく、相楽はストーカー男の手からナイフを叩き落としていた。  ひるんだ隙に腕をつかみ、勢いよく背負い投げを決める。 「ぎゃっ」  そしてうつぶせにさせると、素早く上に乗って腕をひねりあげた。 「確保ォ!」  相楽の声が近所中に響いた。さすが警察官を目指していただけのことはある、見事な逮捕劇だった。  ストーカーは抵抗することなく、ぐったりとしている。  どうやら終わったらしいと察して、神崎はその場にへたりこんだ。  振り返った相楽が微笑んで手を振ったが、その腕は赤い血にまみれていた。 夜の
last update最終更新日 : 2025-12-14
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嘘の人探し①
 久我探偵事務所は退屈だった。後輩調査員の相楽浩介は腕の怪我のため、有給休暇を取得している。  抜糸後に戻ってくるそうだが、調査員は自分だけになってしまった。  間遠桜はデスクに頬杖をつき、木目調のパーテーションをじっと見ていた。  向こう側は応接スペースになっており、今は所長の久我健人が客の対応をしていた。 「私は近藤博といいます。数年前に音信不通になった兄を探してほしいんです」  声の感じからして三十代から四十代くらいだろうか。緊張しているのか、少々早口だ。  落ち着いた調子で久我が返す。 「人探しですね。お兄さんのお名前や情報を聞かせてください」 「はい。名前は近藤敬一。私が把握しているところでは、五年前まで株式会社新都アーキテクチャーの監査部にいました」 「連絡が取れなくなったのはいつ頃ですか?」 「その、元々あまり頻繁に連絡をしていたわけではないんです。  なので、えーと……一昨年の十一月だったでしょうか。父が亡くなったので連絡をしたんですが、通じなかったんです」 「携帯電話の番号が、ということですね」 「ええ、そうです。しかたないので放置したんですが、母が最近亡くなったので、今度ばかりは行方を知りたいと思いまして」  何だか妙な話だ。調査員歴五年になる間遠の勘が働いた。 「警察には知らせましたか?」 「えっ、いや……」 「お兄さんを知っている知人をあたったりは?」 「だから、その……あまり、そういうことは知らなくて。お恥ずかしいことに、仲がよくないんです」  しどろもどろな返答は怪しいだけだ。こういう時、たいてい依頼人には他の思惑がある。  久我も間遠と同じように考えているはずだが、穏やかに言った。 「分かりました。お受けいたしましょう」 「あ、ありがとうございます。それで、料金はどれくらいになるでしょうか?」  最近は不景気のせいで、金額を聞いて依頼をキャンセルする人も少なくない。ここからが久我の腕の見せどころだった。「間遠、今の男を追ってくれ」  依頼人が出ていくと、すぐに久我から指示が出た。  待ってましたとばかりに間遠は席を立つ。 「尾行っすね」 「ああ、詳細はあとでスマホに送る。おそらく彼は偽名であり、兄弟というのも嘘だろ
last update最終更新日 : 2025-12-16
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嘘の人探し②
 二日後の午後一時過ぎ、事務所に電話がかかってきた。  事務員の神崎寿直が固定電話の受話器を取り、落ち着いた声で「久我探偵事務所です」と言う。  間遠は事務作業をぼちぼち進めながら、神崎の様子を見ていた。 「所長、近藤博様からお電話です。依頼について、いくつか聞きたいことがあるとか」  久我はすぐに電話を受けた。 「お電話変わりました、所長の久我です。今日はどうされましたか?」  事務所は静かだが電話の内容までは聞き取れない。間遠は気になってしまい、キーボードに置いた手を止めていた。  久我がちらりと間遠に目をやってから言う。 「あっ、ちょうど今、調査員が戻ってまいりました。進捗の方を聞いてきますので、少々お待ちいただけますか?」  そして電話を保留にし、久我はささっとメモを書いてよこしてきた。 「間遠、追ってくれ」 「はい」  受け取った間遠はすぐに立ちあがった。近藤博が中野駅にいる、という情報だった。 近藤博は中央・総武線で新宿へ移動した。平日でも人が多いため、間遠は見失わないように注意する。  改札を抜けたところで近藤博が振り返った。一瞬、目が合った気がしたが、すぐに歩き始めた。  間遠はほっと息をつく。おそらくセーフだろうと判断し、距離に気をつけながら尾行を続けた。  駅を出て少し歩き、近藤博はホームセンターへ入っていった。  間遠も後を追い、エスカレーターで上の階へ向かう。  どこへ向かっているのかと思っていると、キッチン用品の売り場で足を止めた。  商品を見る振りをして、離れたところから慎重に様子をうかがう。  近藤博が見ていたのは包丁だった。  どこか思いつめたような横顔に、間遠は嫌な予感を急速にふくらませる。久我に向けて『包丁を購入』とだけ送った。  会計を終えた近藤博は他のホームセンターへ行き、今度はビニール手袋を買った。 「おいおい、マジかよ……」  思わずつぶやかずにはいられなかった。  久我も間遠の報告を受けて同じように考えたのだろう。 『これ以上は危険だ。事務所へ戻れ』と、メッセージを送ってきた。  万が一尾行がバレたら、間遠が無事でいられるかどうか分からない。そうした危惧ゆえの判断だろう。  間遠は久我の指示に従い、尾行を中断してその場から離れた。 事務所
last update最終更新日 : 2025-12-18
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嘘の人探し③
 戻ってきた久我は相楽の姿を見て目を丸くした。 「相楽、来てたのか」 「はい。明日から復帰しますので、よろしくお願いします」  と、相楽は立ちあがって律儀に頭をさげる。 「そうだったな。ちょうどいいから、今後について話そう」  久我は自分のデスクに着き、まず確認をした。 「僕たちが今進めている調査について、もう聞いたか?」 「はい、怪しい依頼人のことですよね」 「ああ、そうだ」  と、久我は三人へ顔を向ける。 「弟から聞いた話では、ネットに書かれていた監査部のKというのは、依頼人が探すように言った近藤敬一だと分かった。  犯人には四年の実刑がくだされ、予定通りであれば、もう刑期を終えて出てきていることもな」 「業務上横領罪って、そんなに軽いんすね」  と、間遠が感想を述べると、久我は返した。 「初犯だったからな。依頼人が犯人である可能性は俄然濃くなった」  外はすでに暗くなっており、事務所内の空気が一瞬だけ沈む。クーラーの稼働音がやけに耳についた。 「だが、そう仮定すると妙なんだ。自ら居場所を教えておいて、尾行させた先で包丁と手袋を買っている。  あまりにも怪しすぎて、逆に何か計画があるのではないかということになった」 「じゃあ、怪しいのはわざとってことですか?」  相楽の問いに久我は言う。 「おそらくはな。だが、何の目的があってうちに依頼してきたのかが分からない。  言い換えれば、本当に殺人を計画している可能性も否定できないというわけだ」 「厄介ですね」  神崎がつぶやくように言い、久我もため息をつく。 「もし殺人を計画しているのであれば、それだけで逮捕できる。弟は警察として見過ごせないと判断し、協力してくれることになった」 「具体的には何をするんすか?」 「兄が見つかったと連絡を入れて、再会の場をセッティングするんだ。その場には私服警官を複数名つかせて、万が一に備える」  理解した間遠は「よっしゃ」と、気合を入れた。 「あの男が何を企んでいるのか、見せてもらおうじゃねぇですか」  久我は「ああ」と、うなずいた。 「そういうわけで、今後はあちらと連携して進めていく。当日は間遠にも来てもらおうと考えているから、そのつもりでな」 「分かりました!」  間遠は謎が解明されるその日を心待ちにした。
last update最終更新日 : 2025-12-20
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嘘の人探し④
 わけが分からなかったが体が動いた。察した敬一が手を伸ばす前に、間遠は書類を奪い取るようにして死守する。 「あっ! 返せ、それはっ」 「無理っすー!」  素早く踵を返して久我の後ろへ隠れる。  その間に依頼人が敬一を指さして叫んだ。 「黒幕はこいつです! 私はこいつに脅されてやったんです!!」  すかさず康人が駆け寄り、敬一の肩へ手を置いた。 「くわしく聞かせてもらえますか?」 「あっ、いや、これは……」  他の警察官たちも寄ってきて、敬一は依頼人をにらんだ。 「くそっ、逃げ切れると思ったのに」  近藤敬一は内部告発者を装った黒幕だった。監査部の人間が指示していたとすれば、企業の評判はさがるだろう。  警察官に連れられて敬一が歩き出し、間遠は胸に抱えた書類を康人へ差し出した。 「あの、これ」 「ああ、ありがとう。見事な瞬発力だったよ、助かった」 「いえ」  間遠ははにかみ、康人が依頼人へ声をかけた。 「後ほど、くわしくお話を聞かせていただきます」 「はい、よろしくお願いします」  依頼人が頭をさげ、康人も会釈をしてから仲間たちを追っていった。  間遠は久我が依頼人へ歩み寄るのを見て、後をついていく。 「警察がいる前で、彼を告発したかったんですね。まったく気がつきませんでした」 「当時、近藤の関連を主張したんです。でも、すべて私のせいにされてしまいました」  と、依頼人は伏し目がちになる。 「しかし、初犯だったので刑期は短く済みました。  まだ時効が残っていると知り、警察の目の前で告発すれば何とかなるのではないかと考えたんです」  依頼人は安堵したように息をついた。 「この度はご迷惑をおかけしました」 「いえ、気になさらないでください。ひとつ……いえ、二つほど質問があるのですが、いいでしょうか?」 「何でしょう?」 「あなたの本当のお名前と、どうしてうちに依頼をしたのか、教えてもらえませんか?」  久我の質問に彼は笑った。 「近藤博です。たまたま、苗字が同じだったんですよ」  久我と間遠は同時にきょとんとし、近藤博は答えた。 「依頼したのは、サイトに元警察官だと書かれていたからです。もしかしたら、今もまだつながりがあるかもしれないと思いまして」 「ああ、そういうことでしたか」
last update最終更新日 : 2025-12-22
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