Masuk都会の片隅にある久我探偵事務所で、所長の久我は相棒の間遠と日々の依頼をこなしている。 両片想いでありながら進展しない二人だが、一方で事務員の神崎は相楽から告白され、同棲を始める。 日常の謎を解きながら、少しずつ関係を深めていく二組。 読めば心がほっこりするBLライトミステリー。
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依頼人が帰っていくと、久我はデスクで退屈していた金髪の青年に声をかけた。
「「うーん、これは……」
神崎が困惑したような声を出し、久我は視線を向ける。 「何か見つかったか?」 「SNSで注意喚起している人物がいるんですけど、ホープ・リレーションズではないんですよね」 久我は席を立った。横からパソコンの画面をのぞきこむ。 「詐欺だと訴えていますが、あまり拡散されていませんし、同姓同名かもしれません」 SNSに投稿されていたのは事務所へ戻ってきた間遠は落ちこんでいた。
「近所で聞き込みをしている最中、中山が通りがかったんです。話を聞いていた人は中山と知り合いだったらしく、何気なく挨拶をして……」 「振り返っちゃったんですね」 神崎が呆れ半分に言い、間遠はため息をつく。 「目が合ったんすよ。あの顔、確実に警戒されました」 初日からミスをするとはついていない。しかし、ここでそれを責めても意味がない。 久我は肩を落とす間遠の頭へ、そっと手を置いた。 「気にするな。他にもやりようはある」 「久我さん……やっぱオレ、黒髪にした方がいいすか?」 上目遣いに見つめられ、久我は優しく微笑んだ。 「それはないな。僕は君らしくしている間遠が好きだ」 「っ……なな、何言ってんですかー!」 間遠は顔を真っ赤にすると、一目散に給湯室へ逃げていった。 神崎が冷めた目をして久我を見る。 「所長、何してるんですか」 気まずさを覚え、久我は目をそらしながら返した。 「すまない。間遠があまりに可愛かったから、つい正直な想いを伝えてしまった」 「いつも言ってますけど、仕事中に間遠さんを口説くの、やめてもらえませんか?」 「すまない……。善処する」 「まったく、それでこれからどうするんですか? 間遠さんの顔が割れた以上、もう近所での聞き込みはできませんよ」 「そうだな。父親が買わされたという商品の写真があるから、次はそっちを調べてみるか」 「ネットで見つかるといいですけどね」 すかさず神崎が皮肉り、久我は「僕が調べよう。神崎は他の仕事をしててくれ」と、席へ戻った。雲ひとつない晴れた土曜日の午後。 噴水広場は、家族連れや犬の散歩を楽しむ人々でにぎわっていた。 穏やかな陽光が降りそそぐ中、異様な緊張に包まれている一角があった。「よくも、よくもメロちゃんを……! この泥棒! 誘拐犯!」 依頼人の奥田美晴は、菅原夫人に向かって、周囲が振り返るほどの大きな声をあげた。 嫌な予感が当たってしまい、間遠は内心でうんざりとため息をつく。 奥田美晴は感情が爆発した様子で、顔を真っ赤にしていた。 菅原夫人の足元では、白と茶色のポメラニアン――メロちゃんが、戸惑ったように首をかしげて二人を見上げていた。「あの……本当に、私は駅前の交差点で震えていたこの子を見つけて……」 菅原夫人が落ち着いて弁解を始めると、奥田美晴はさらに声を荒らげた。「嘘おっしゃい! この子のリードは、刃物で切らなきゃ切れるはずがないのよ! どうせ身代金目当てだったんでしょう!? 今すぐ警察に行きましょう!」 今にもつかみかかろうとする奥田美晴を、間遠はあわてて制止した。「落ち着いてください!」 奥田美晴がはっとし、間遠は二人の間に割って入る。「菅原さんは誘拐犯ではありません。彼女が持っているリードを見てください」 間遠は菅原夫人が透明な袋に入れて持ってきたリードを示し、冷静に説明する。「この断面、ぱっと見はスパッと切れたように見えますが、近くで見るとガタガタになっています。 これは革が長年の使用で乾燥し、劣化して自然にちぎれた証拠です」 奥田美晴の動きがぴたりと止まった。 間遠は淡々と続ける。「メロちゃんはただの迷子だったんです。誰かに誘拐されたわけではなく、リードが切れて逃げ出してしまっただけです」「そ、そんなはずありません! 私は警察に盗難届を出したんです! なのに、何もしてくれなかった……っ」 奥田美晴の声に、怒りとともに悔しさがにじむ。「ええ、そこが問題の核心でした。菅原さんはメ
「お疲れ様です」 と、間遠は康人を引き連れて事務所へ入った。「お疲れ……と、そこにいるのは何だ?」 所長の久我健人がとっさに冷めた目つきになり、間遠は返す。「よく知らないっすけど、下でうろうろしてたので捕まえてきました」「ご、ごめん、兄貴」 と、康人が肩を縮こまらせ、久我はため息をつく。「そこのソファで待ってろ。まずは間遠の報告を聞いてからだ」 康人は黙って応接スペースのソファに腰かけ、間遠は久我へ今日のことを報告した。 タイミングを見て、鯉川が口をはさむ。「間遠ちゃんが送ってくれた写真、分析したら、同一の個体である可能性が九十パーセントを超えてたよ」 結局、調べてくれたのは鯉川だったようだ。しかし、間遠はそのことに触れることなく話を進めた。「ありがとうございます。じゃあ、やっぱり依頼人の犬ってことですね」「おそらくはな」 ということは、あとはあの犬をどうしたら依頼人の元へ返せるか、考えればいいだけだ。 話が一段落したところで、久我がため息をつきながら席を立つ。 そして応接スペースへ向かい、一喝した。「バカ野郎! 言い訳なら聞かないぞ!」「ごめんって、兄貴。でも、ちゃんと話をさせてくれよ」 と、康人の情けない声が聞こえる。 間遠は自分の席へ着き、パソコンを起動させた。「話って何だ? お前はレイに振り回されるのを楽しんでたんだろう?」「それは否定しない。でも、ああ見えてレイにもいいところがあるんだ」「犬をなでていたことか?」「うん。犬が好きなやつに悪いやつはいない」「ふざけんな。そんなわけがあるか!」「俺はそう信じたいんだ。猫派の健人には分からないだろうけど、レイも昔、犬を飼ってたみたいなんだ」「だから何だ?」「えっと、だから……」 応接スペースの空気は険悪だ。 久我の怒りはもっともだが、さすがに康人が可哀想な気もしてくる。
庭にある犬小屋は薄汚れており、中をのぞくとひどい異臭がした。「見てください、このリード。誘拐犯にカッターか何かで切られたんですよ!」 依頼人の奥田美晴が憤慨した様子で主張し、間遠桜は残されたリードを観察する。 革製のリードだった。直線的な切り口から、一見すると鋭利な刃物で切られたように見える。 間遠がハンカチを使って持ちあげると、表面がぼろぼろとはがれ落ちた。「うーん」 断面をよく見るとガタガタになっている。刃物ではないな、と間遠は思った。 庭はほとんど手入れされていなくて、雑草が伸び放題になっていることから、リードが劣化していたのは事実だろう。 間遠がそっとリードを地面へ戻すと、奥田美晴はたたみかけるように言った。「お友達が教えてくれたんですが、隣町にうちの子そっくりの犬を飼ってるお宅があるんです。 きっと、その人がうちの子を誘拐したに違いありません!」 六十歳を超えた依頼人は、どうにも感情の制御ができないタイプのようだ。 間遠は困惑を内心に留めて、穏やかに問いかける。「そのお宅の住所は分かりますか?」「ええ、もちろんです」 その場で奥田美晴はスマートフォンを取り出し、地図アプリで示してくれた。「ここです」「ありがとうございます。メモさせてもらいますね」 と、間遠はその住所をさっとメモ帳に書き留めた。「ちなみに、そのお宅には行かれましたか?」「ええ、怖かったけど行ってみました。でも留守だったので、その後で警察へ行ったんです」「でも窃盗扱いのため、緊急性が低いと判断されたんでしたね」「ええ、そうです。もう嫌になっちゃうわ」 と、奥田美晴はむすっとした。 ペットは法律上、物として扱われるため、誘拐されても窃盗にしかならない。「それでは、さっそく調査を開始させていただきます。進展がありましたらご連絡しますので、それまでお待ちください」 間遠は丁寧に言ってから、依頼人宅を辞した。 最初に向かったのは、依頼人が誘拐犯と目してい
「どういうこと?」 理解できない鯉川へ久我はため息をつき、椅子に座り直した。「あいつはレイに振り回されるのを楽しんでいたんです。 それを察したレイは、嫌になったのか分かりませんが、狙いをこちらへ戻した。おそらくそういうことです」「つまり、弟のせい?」「そうなりますね。ったく、あのバカは……」 と、久我はいつになく不機嫌な顔で腕を組んだ。「っつーことは、やっぱり犯人はレイで、璃久ちゃんを巻きこんだ、と。で、俺はどうすりゃいいんだ?」 首をかしげる鯉川へ、神崎が言った。「やり返せばいいのでは?」「え、やだよ。相手が悪すぎる。如月データソリューションズにハッキングなんてしたら、捕まっちゃうよ」「そうなんですか?」「俺が前にいた会社の競合だったんだ。あの頃はかろうじてこっちが優勢だったけど、今や逆転しちまった。 最近だと、官公庁や警察関係のシステムなんかもやってるらしいし、一般人が手を出していい相手じゃない」 と、鯉川が息をつくと、不機嫌なまま久我は言った。「道理で警察の動きを知っているわけです。 ですが、レイのやっていることは許せません。どうにかして迷惑行為をやめさせないと」「それはまあ、そうなんだけど」 しかし、いいアイデアは浮かびそうにない。 事務所内が沈黙したのもつかの間、神崎が聞く。「鯉川さん、隠しカメラはまだそのままにしてあるんですよね?」「ああ、外してくるの忘れてたわ」 と、鯉川が立ち上がると、神崎は片手を出して制止した。「待ってください。その隠しカメラ、音声は入るタイプでしたか?」「いや、映像だけだ」「それなら、隠しカメラを通じてレイにメッセージを伝えるのはどうです?」 神崎の提案に鯉川はまばたきを繰り返した。「えっと、たとえば?」「こちらにダメージが入っていないことを伝えるとか」「つまり、効いてないよってか?」「ええ、そうです。効いてないことをアピールできたら、レイはム
鯉川は神崎の説明を聞いて納得したようだ。「ははあ、なるほど。それで?」「偽物は年末に上京した女性で、少々頭のおかしい人のようです。自分はかりんたんになれると、本気で信じているようなんです」「おっと、やばい感じがしてきたぞ」「そうでしょう? おれがそれとなく偽物説を流したことで、彼女の計画はくずれたはずです。 誹謗中傷として片付けたかったようですが、疑いを持っている人がいることに、彼女も気づいたはずです」「ということは、本物を殺して、今度こそ自分が成り代わろうとするかもしれないと」「ええ、そういうことです
バレンタインデーが過ぎた二月半ば。「神崎、ちょっと来てくれ」 応接スペースで客と話をしていた所長、久我健人に呼ばれて神崎寿直は席を立った。「何でしょうか?」 普段は滅多に入ることのない応接スペースへ行くと、久我が言った。「こちらは佐藤花梨さん。SNSだけでなく動画のチャンネルまで乗っ取られてしまったというんだ」 神崎はピンときて久我の隣へ腰かける。「神崎はこういうの、くわしいだろう?」「ええ、好きで見てますからね。詳細を聞かせていただいてもよろしいですか?
『お菓子作り得意だったよな? バレンタインデーに何か作りたいんだけど、教えてもらえるか?』 夕食後にそんなメッセージが届いたのは、二月の初め頃だった。相手は同僚の間遠桜だ。 神崎寿直はすぐに返信した。「所長へ渡すんですか?」『当たり前だろ!』「それじゃあ、おすすめのサイトを教えますね」 と、レシピサイトのバレンタインデー特集ページのURLを送った。 スマートフォンをテーブルへ置くと、相楽浩介が声をかけてくる。「何かありましたか?」
鯉川から買い取った機材のリストを作成しながら、神崎は言った。「やたらいろいろありますけど、結局、鯉川さんって何をしている人なんですか?」 久我は手を止めてそちらに視線をやる。「プロの盗聴器発見業者だ」「それならノートパソコンが四台もあるのは何故ですか?」 すかさず疑問を返されて、久我は困った顔をする。「確か、元々はホワイトハッカーだったはずだ。それで今は盗聴器発見業だけでなく、いろいろやっていて」「そのいろいろが気になるんです。明らかに犯罪スレスレの機材もまざってますよ、これ」「悪いことに使