未央は両腕を胸の前に組み、低い声で言った。「大したことじゃないの。私はあなたのお父さんの病気を治して、当時の真相を知りたいだけ」聡子は目を細めていた。今までは憎しみで理性を失っていたが、今よく考えてみれば、なんだかおかしいことに気付いた。「つまり……」彼女は少し戸惑い、訝しげに言った。未央は一度唇を閉じてから、またこう話し始めた。「私の父親も当時誰かの罠にはめられてしまったの。そして、長谷川晃一さんを死に至らせ、あなたのお父さんである橋尾肇さんをこうさせてしまった真犯人は他にいるの。だから、私たちの目的は同じなのよ。当時白鳥グループを陥れた人物を暴き出すことなの」そう言い終わると、未央はじいっと聡子の瞳を見つめた。聡子は少し口を開いたが、驚いていて何も言葉を発することができなかった。父親がこのような状態になってからというもの、彼女はずっと白鳥家のことを憎んできた。その結果、今彼女は父親をこのようにした犯人は他にいると告げられたのだった。「わ……私がそんな言葉を信じると思う?」彼女の声は少し震えていた。未央の力強い瞳とぶつかり、そう言ってはいるものの、自信がなさげだった。そして――未央はここ最近集めた証拠を取り出し、その一つ一つを彼女の目の前に並べていった。「これは……」聡子は両手を細かく震わせ、それらの証拠を見た後、非常にショックを受けていた。そして暫くしてから。彼女はやっとのことで顔をあげて未央を複雑そうな瞳で見つめてから、下を向いて言った。「ごめんなさい、あなたのことを誤解していたみたい」未央は手を左右に振って、落ち着いた声で言った。「今重要なことはあなたのお父さんを治療し、当時の真相を探ることよ。あなたの協力が必要なの」聡子は深く頷いた。「分かったわ。私は何をすればいい?」その時未央の瞳がキラリと光り、聡子の耳元まで顔を近づけると低い声で何かを呟いた。聡子の顔色が変わり、少し躊躇っていた後、最終的にそれを受け入れることにした。未央はゆっくりとホッと息を吐き出した。肇本人から答えをもらうことはできなかったが、今日ここに来て収穫は少なからずあったのだ。そして精神科病院を離れた後。未央は博人のほうへ顔を向けた。彼を見つめるその眼差しは明らかに柔らかくなっていて、優しい
立花精神科病院。柔らかい日の光が部屋に降り注いでいた。聡子はフルーツの入ったバスケットを持ち、笑みを浮かべて晴れやかな表情で病室に入っていった。「お父さん、お見舞いに来たわよ」彼女の視線は病室のベッドに注がれていた。中年男性は青と白のストライプの服を着て、前方を呆然と見つめていた。まるで、その娘の声は聞こえていないかのように何も反応がなかった。聡子の瞳には悲しみの色が浮かんだが、すぐに元気を出して笑顔で言った。「お父さん、あなたの状態をね、ある慈善企業家が知って、A国の有名な精神科の先生に診てもらえるようお金を出してくださるんですって」ここまで言って、聡子の目には期待がキラキラと光った。「絶対に良くなるわ」しかし、肇はただただぼけっと窓の外の青い空を見つめるだけで、彼女の言葉には全く反応を示さなかった。この時、外からドアをノックする音が響いた。医者が聡子のほうを見て、暗い声で言った。「あなたが患者さんのご家族の方ですよね。ちょっとお話がありますので、来ていただけませんか」聡子は頷き、病室を出ていった。そして彼女が病室を離れてすぐに、ある二人がここを訪れた。未央は病室のベッドの上で呆然としている肇を見て、瞬時に博人がさっき言っていた問題がどのようなものなのかを理解した。彼女は少し戸惑い、眉間にしわを寄せて、小走りにベッドまで駆け寄り、目の前にいるその人物とコミュニケーションをはかろうとした。「橋尾さん、はじめまして」彼女が何を言っても、肇は全く如何なる反応も返さなかった。この時、後ろにいた博人が説明した。「長谷川晃一の出来事のあの日、彼はちょうどその現場にいたんだ。記者としての職業病みたいなものだろうな、彼はすぐにそれを全て記録しようとしたんだ。しかし、それが悪人の手によってひどい目に遭ったらしい。彼のご家族が言うには、橋尾は二日ほど消息不明となり、帰ってきた時にはもうこの状態だったという」未央はその瞳を暗くし、両手をぎゅっと握りしめて、悔しそうにこう言った。「そいつ、本当にふざけているわね!」そう言い終わるとすぐドアのほうから女性の甲高い声が聞こえてきた。「ふざけているのはあなた達のほうよ!」聡子は険しい表情で、素早く病室に入ってくると、両手を広げて自分の父親の前に立
高橋はすぐに返事をしたが、すぐにまた躊躇った様子で言った。「西嶋社長、奥様も心の病気の専門家でいらっしゃいませんか。奥様に診ていただいてはいかがでしょう?」博人はそれに頷いた。「ああ、もう遅いから、明日俺から彼女に伝えてみるよ」それと同時刻。屋敷の中はとても仲睦まじい様子だった。理玖は他人をどう喜ばせるかを心得ていて、すぐに悠奈と打ち解けてしまった。「未央さん、息子さんってとっても面白い子なんですね」と悠奈は笑ってそう言った。未央は仕方ない様子でキャッキャッと声をあげて遊んでいる二人を見つめた。心の中でこれもいいかと思ってもいた。誰かが悠奈の意識をそらしてくれれば、彼女が発作を起こす回数も減るだろう。未央は彼らの傍で少しの間見ていて、それから部屋へと戻った。しかし、この時悠奈はハッとした。ちょっと待って!理玖は西嶋博人の息子だ。悠奈が彼をここに留めるのを許すと、まるでいつの間にか兄を裏切っている形になっているのではないか。悠奈はスッと息を吸い、それからすぐ近くでブロック遊びをしている小さな男の子に目線を落として、顎を撫で考え事をしていた。実際、別の角度から考えてみれば、この西嶋理玖を攻略することに成功すれば、継父として兄を推すことができるのではないだろうか。そうすれば兄は未央の夫になれるのでは?奥さんを手に入れられるだけでなく、そのまま息子までついてくるのだ!彼女は本当に頭の切れる女の子だった。悠奈の笑みはどんどんキラキラと期待を膨らませていった。理玖を見るその眼差しもかなり柔らかいものへと変化していった。この子は彼女の未来の甥っ子なのだ。「ハックション――」理玖はこの時悪寒がしてくしゃみをした。なんだか誰かに目をつけられている感覚だ。深夜のこと。屋敷の中は再び静寂に包まれ、三人はすでに就寝していた。理玖は母親と一緒に寝ると一通り騒いだが、完全に拒否されてしまい、しぶしぶ未央の隣にある部屋で寝ることになった。そして翌日の朝。未央はゆっくりと目を覚まし、ベッドに座って博人から送られてきたメッセージを見ていた。「この前君に伝えたあの目撃者が見つかったよ。だけど、ちょっと問題があって、会って話せないだろうか?」それを見た瞬間、未央は目を大きく開き、心の中で歓喜してい
未央が説明しようと口を開いた瞬間、理玖が手を放して悠奈のほうへ向かっていった。「お姉ちゃん、はじめまして。僕、西嶋理玖って言います。今、青空幼稚園に通っています」彼は博人と未央の良いところを合わせた顔立ちをしていて、そのお利口そうな様子に簡単に騙されてしまいそうな感じだ。悠奈はそれに驚き、無意識に会釈をした。「は……はじめまして」するとすぐに。その幼い子供の声がまた響いた。「悠奈お姉ちゃん、僕も少しの間ここにお泊りしてもいいですか?僕、お利口にしています。自分で歯磨きも顔も洗えるし、着替えだってできます。他にもお手伝いできるんですよ」そう言い終わると、理玖は顔を上げて、あのキラキラと輝く訴えるような眼差しで見つめてきた。さっきまで泣いていたので、くるりと弧を描いたまつ毛には涙の雫が残っていた。見るからに非常に可哀想な様子だった。悠奈の心にある母性がその瞬間に刺激されてしまい、思わず「いいわよ。どうせ私も家で一人でいるとつまらないし」と言ってしまった。それを聞いて理玖は顔を下に向け、相手に見えないようにこっそりとニヤリと口角を上げた。あの澄み渡る空のような綺麗な瞳には狡猾な笑みが浮かんでいた。それを見て未央は大人しく運命を受け入れ、玄関のところにいる博人に言った。「いいわ。理玖の気が収まったら、二日くらいして迎えに来てちょうだい」博人は気が塞いでいた。唇を動かし、今すぐにでも理玖と同じようにここに残りたいと言ってしまいたかった。しかし、そんなことを言っても未央が受け入れるはずがない。あの小さな姿を見つめ、博人はとても羨ましく感じていた。考え方を変えよう。彼は今後、息子がここにいるのを理由に会いに来て、未央との関係を緩和することもできるのだ。そう思うと気持ちはだいぶ良くなった。「分かったよ。数日したら理玖を迎えに来るから」博人は頷いて、早く帰れと言わんばかりの目で見つめる未央に見送られ、しぶしぶその家から出ていった。冷たい空にかかる月が、銀色に輝く光を地上に落としていた。博人は屋敷を離れると、一人寂しく道端に立っていた。街灯の薄明りが彼の体に降り注ぎ、顔を半分だけ照らして暗闇の中にぼうっと表れていた。脳裏ではこの日の昼間、一家三人の仲睦まじい光景が映し出されていた。し
「わーん、わーん――」彼は収拾のつかないほど大泣きしていて、見ているだけでもこちらのほうが辛くなりそうなくらいだ。未央は軽くため息をつき、不定期に理玖の背中をポンポンと叩いて落ち着かせようとこう言った。「パパはあなたを叱っているわけじゃないわ。ただあなたのことがとても心配だっただけよ」理玖はそんなこと構っていられず、博人に背を向けて、母親だけのその落ち着く匂いに夢中になっていた。そして少ししてから。彼は疲れて泣き止み、鼻をすすって時折その小さな体をぴくぴくと震わせていた。空が完全に暗くなり、遊園地の警備員がやって来た。「すみません、そろそろ閉園のお時間です。お気をつけて」未央は頷き、理玖の手を引いて前を歩き、その後ろに博人が続いた。そしてすぐに車へと戻ってきた。車はゆっくりと動きだし、窓の外の景色はだんだんスピードをあげて流れていった。理玖はこの時まだ未央にくっついていて、すでに完全に泣き止んでいた。その瞳をくるくるとさせて、小さな頭の中で何か考えているようだ。そして車は屋敷の前に止まった。未央は車を降りて、家に帰ろうとした時、理玖が彼女のすぐ後ろに続いていた。「私はもう帰るわ。あなたはパパと一緒に帰りなさい」未央は仕方がないといった様子で、優しく理玖を諭そうとした。しかし。理玖は意地でも頭を横に振って拒否した。「僕、パパ嫌いだから、ママと一緒にいる」彼は誰かに頼るより、自分でどうにかしたほうがいいとはっきり分かったのだった。父親が母親の気持ちを取り戻すのを待つよりも、自分から積極的に母親の家に一緒に住んだほうがいいという結論に至ったのだった。博人はまさか目に入れても痛くないほど可愛がり信じていた息子に裏切られるとは思ってもいなかった。その瞬間、周りは静寂に包まれた。未央は目をパチパチとさせ、目の前にいるこの小さな男の子を説得しようとした。「毎日病院に行かないといけないから、あなたのお世話をする時間がないのよ。家にも執事や家政婦さんはいないし、パパのところにいたほうが快適に過ごせるわ」理玖は唇を尖らせた。「僕、もう大きくなったんだ。自分のことくらい自分でできるよ」未央はこの小さな男の子を説得させることはできず、顔を上げて博人に助けを求めるしかなかった。その目はまる
理玖がいない?未央は顔を険しくさせた。彼らはトイレの目の前にいたのだ。もし子供に何か危険があれば、何か気付いたはずだ。あることを除いて……理玖が自らトイレを離れない限りだ。博人もそれに気付いたらしく、顔を曇らせ低い声で言った。「どうやら、普段、俺がきちんと教育をしていなかったようだ」未央はゆっくりと息を吐き出し、落ち着いてから彼に慰めの言葉をかけた。「それより、今はあの子を探すことが重要よ」いつの間にか空は真っ暗になっていた。問題は、この時理玖がどこへ行くかだ。未央は眉間にしわを寄せ、頭の中はぐちゃぐちゃになっていて、この時どこも思い当たる場所がなかった。この時、博人も心を落ち着かせて、沈んだ顔をして言った。「遊園地の中から出ることはないと思うから、付近を探してみよう」時間が経つにつれて、遊園地の中の人もだんだん少なくなっていった。しかし、あのよく知った小さな姿は全く現れなかった。未央はそれでさらに焦りを覚えた。彼女は西嶋家から出ていくことを決意したわけだが、それでも理玖を長年面倒見てきたのだ。彼には無事に大きく育ってほしいと心から願っていた。そして脳裏には今日一日理玖が楽しそうにキラキラと笑っている姿が浮かんできた。未央はこの時突然思い返し、最近自分は少し冷たい態度をとりすぎていたのではないかと思った。冷たい夜風が通り過ぎ、彼女は思わず身震いして、心の中は不安で押しつぶされそうだった。この時、目の前にある大きな人影が現れた。博人が彼女の目の前に立ち、骨にまで滲みる冷たい風を遮ってくれた。「安心して、俺が必ず理玖を見つけだすから」彼はスーツのジャケットを脱ぎ、彼女の肩にかけて優しい声で言った。未央が顔を上げると、彼の慈愛のこもった眼差しと視線がぶつかった。あのいつも難しそうな顔をしている彼がはじめてここまでその表情を険しくさせていたが、彼女を落ち着かせる言葉をかけるのを忘れていなかった。未央は唇を噛みしめた。「あのお化け屋敷のところだけ探していないわ。一緒に見にいきましょう」博人はしっかりと頷いた。二人は肩を並べ、この時は長年のわだかまりを一旦脇に置き、一緒に理玖の捜索に集中した。夜のお化け屋敷はさらにおどろおどろしく不気味だった。未央は深呼吸をして、自分