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第269話

Author: 大落
背中がすでに冷や汗でびしょ濡れになった剛は慌てて頷いた。

暫くして。

静江が連れ出されてきた。髪が乱れ、顔には隠せない恐怖の色が浮かんでいた。

幸い、この人たちは暴力を振るう度胸はないらしい。

周りは騒然となり、ようやく真相を悟った。

「マジかよ!このクリニックの院長はあんまりだ!」

「そうよ。やっぱり安いからって目をつけちゃだめだよね。これから向こうの病院に行こう」

「だめだ、俺は絶対このことをネットにばらすぞ。こんな悪徳クリニックを続けさせちゃいけないんだ」

「同意しますよ!このエデンカウンセリングクリニックをこれ以上存続させてはいけません!」

……

周囲から怒りの声が次々と上がってきた。

剛は顔色が完全に青くなり、目が死んだようになった。そして、すでに分かってきた。

ここまで来れば、エデンカウンセリングクリニックはもう終わりだ。

それだけでなく。

彼はこれから刑務所行きになるかもしれない!

これまでにない後悔が込み上げてきた。最初からこんなことになると分かっていたら、静江のことをもっと穏便に済ませればよかったのだ。それからのこともなくなっていたはずだ。

しかし、この世にはもう一度やり直すという選択肢など存在しない。

ここで騒動がようやく終わった。

未央はスタッフたちを病院に連れて、みんなの嬉しそうな顔を見て、思わず口元に笑みを浮かべた。

「さあ、各自の仕事に戻りましょう」

スタッフたちは頷きながら、その興奮を抑えきれない様子だった。

「白鳥先生すごい!」

「ハハハ、向こうがようやく潰れた!あんな人のやり方が一番気に食わないんだよ」

「やっぱり院長が出るのが一番ですね」

……

未央は苦笑しながら暫く彼らを好きなようにさせた。

オフィスに戻ると、博人と悠生もついて入ってきた。

二人は彼女の左右に立っていた。

まるで護衛騎士のようだった。

悠生は未央を見つめながら、笑って言った。

「さっき森社長と商談していたんだ。彼がクリニックの話を出すと、すぐに君のことを思い出したよ」

未央は感激したように彼を見て、頷いた。

「今回はあなたのおかげですよ。そうでなければ、あんなにうまく収まらなかったでしょう」

悠生は手を振り、全く気にしていない様子で尋ねた。

「母さんはもう立花に戻ってきたんだ。仕事が終わったら、
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