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第1362話 番外編十一

Penulis: 花崎紬
一方で自分は、親も家もない、何の後ろ盾もないただの人間だ。

目の前の男とは比べようもない。

澈はゆっくりと目を伏せ、一歩ずつ後退し始めた。

その仕草を見て、ゆみは胸がきゅっと締め付けられるのを感じた。

彼女は感情を押し殺し、佑樹に言った。

「ボーッとしてないで、早く行くわよ!」

佑樹は鼻で笑い、澈から目を逸らすと、そのままゆみを背負って教室へと歩いていった。

だが――その一部始終を、奈々子はしっかりと見ていた。

澈が俯いてその場に立ち尽くしている姿を見て、奈々子は胸が苦しくなった。

昼休みになると奈々子は、澈が何を言おうとお構いなしに、彼を引っ張って無理やり上階へ連れて行った。

澈は腕を引こうとしたが、奈々子は一切の隙を与えなかった。

両手で必死に、彼を階段の上へと連れて行った。

「奈々子、一体何するつもりなんだ?」

澈は眉をひそめて問いかけた。

「あなた、ゆみのことが好きなんでしょ?だったら、ちゃんと話さなきゃ!」

奈々子は怒りに任せて彼に叫んだ。

「君には関係ない」

澈は唇をぎゅっと引き結び、小さい声で言った。

「関係ないわけないでしょ!」

奈々子は、悔しさで涙を浮かばせた。

「私は……あなたが彼女のことでこんなふうになるの、見ていられないの!言いたいことがあるなら、言えばいいのよ!」

「もうやめろ!」

澈は奈々子の手を振り払った。

「僕には、彼女のそばにいる資格がないんだ!君の心遣いはありがたいが……」

そう言い残すと、澈は足早にその場を離れた。

奈々子は拳を固く握りしめ、澈の背中を見つめた。

そして再び階段を見上げると、迷わず駆け上がっていった。

教室の前まで来ると、先ほどゆみを背負っていた男がまだいた。

奈々子は迷わずゆみに近づいていき、声を震わせて言った。

「お願いだから、もうこれ以上澈を傷つけないでくれる?」

ゆみと佑樹は、同時に奈々子を見た。

奈々子の言葉で佑樹の雰囲気は一瞬で凍りつき、雰囲気では恐ろしいほど冷たく、視線は鋭かった。

ゆみは佑樹が怒りを爆発させる一歩手前だと察し、慌ててその手を握った。

佑樹は不満げに彼女を見つめたが、ゆみは落ち着いた様子で奈々子に言葉を返した。

「私がどうやって澈を傷つけたっていうの?あなた、私たちのことどれくらい知ってる?何も知らないのに、いきなり
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